第13話 鈍感

「そうか、そういう見方も出来るね」


 週明けの放課後、俺は部室で月ヶ瀬先輩に思いついた内容を伝えると彼女はうんうんと首を縦に振って聞き入れた。


「私の考えていた案よりもよっぽど合理的で現実的だ」

「先輩はどんな方法を考えていたんです?」

「生徒会にお金を渡して廃部を阻止しようかと」

「賄賂じゃねーか!」


 たまらず突っ込みを入れる。まさか高校生の部活動で裏金の話題が出てくるなんて想像もしてなかった。生徒会は多数決と言っていたから妹さんは無理でも他の全員を買収すればいけなくはないわけだ……さすがお嬢様、一般人とは考えの次元が違い過ぎる。


「天野、この効果ってどういう意味?」

「あー、これはだな……」


 有栖川から質問を受けたので俺は彼女の持っていたカードに書かれたカードの内容を説明する。ふむふむ、と聞き入れた彼女はまた別のカードを眺め始めた。


「前にも言ったが無理にやる必要はないよ。 ここは私と天野君がいれば成り立つからね」

「無理はしていません。 私だって教えてもらえればいつかはやれますよ」


 有栖川と先輩は互いに笑顔で会話する。目が笑っていないのは気のせいだろう。

 近くで先輩と俺が対戦しているのをただ見ているだけなのはつまらないもんな……有栖川もカードゲームにはまってくれるなら、一人のカードゲーマーとしては嬉しい限りだ。


「失礼します!」


 俺が腕を組んで頷いていると外から声が聞こえて同時に扉が開かれる。現れたのは先輩の妹である月ヶ瀬夕里と近江生徒会長だった。


「あら、今日は黒崎さんいないのですね」

「先輩はバイトで休みだよ。 月ヶ瀬さんが来たのはさっそく部活動の意義と成果について確認しに来たのかな?」

「そうです!」


 先輩の妹は肯定する。ずかずかと部屋に入る月ヶ瀬夕里の後に一瞥して近江生徒会長も続いた。ちゃんと音を立てずに扉を閉めるあたりに生徒会長の人柄の良さがまた出ている。


「では、お姉ちゃ……月ヶ瀬先輩、説明してください!」


 顔を赤くして言い間違えをごまかす妹さんをみて俺はニヤニヤと笑みを浮かべる。その刹那、隣の席に座っていた有栖川からボディブローを入れられた。机の下から伸びた手は他の誰にも気づかれず、俺だけが過呼吸となって机に突っ伏した。


「顔がキモイ」


 コヒューコヒューと息をしながら有栖川を見ると冷たい目でこちらを見下していた。痛い!怖い!酷い!


「では、我々カードゲーム部の活動内容等について話そうか」


 死の間際で震えている俺をよそに先輩は生徒会二人に向けて説明を始めた。


  ○


「……以上がこの部活の意義と現状の成果だ」

「なるほどね」


 近江生徒会長は頷き、月ヶ瀬夕里は口を閉じて黙り込んでしまった。月曜日に早速部室に訪れたのはいいものの、ここまでしっかりと対策されているとは想定していなかったみたいだ。


「これなら部活動として認めてもらえますか?」

「部室の活動によって彼は大会で成績を残している、うん。 確かに筋も通っている」

「せ、生徒会長!」


 先輩の妹が口を挟もうとする。何を言っても生徒会長が納得したならもう大丈夫だろう……そう、安心しきった直後だった。


「ただし、問題はあるかな」


 近江生徒会長は言葉をつけ加えた。


「問題?」

「これまでの成果を見させてもらった限りでは結果を残しているのは君だけだよね?」

「それの何が問題なんですか?」

「月ヶ瀬さん、あなたはどこかの大会で結果を残した事は……そもそも大会に出ているのかい?」

「それは……ありません」


 月ヶ瀬先輩は近江生徒会長に言いよどむ。これまで何度か誘ったりもしたが、休みの日を含めて先輩が大会に出ている姿を俺は一度も見たことが無かった。


「これではまるでこの部活は彼の為だけに存在している……それでは全員が平等に健全な活動をしているとは言い難いかな」

「全員が一つの目標を目指さないとダメってことっすか?」


 少しだけ乱暴な口調で近江生徒会長に突っかかる。その意見が成り立つのであれば条件を満たさない部活動は他にも大量に出てくるだろう。


「君たちの部活は最近出来たばかりで部員数も少ない。 君だけが部活に沿った活動をするのであれば、そもそもこの部活動は必要ないと思わないかい?」

「思わないっすね。 対戦は一人ではできない。 先輩がいなければ大会で結果を残せたかどうかは分からないんすよ」

「それは見方を変えれば相手が一人いれば他はいらないと同義に聞こえるね。 もっと言えば、相手は月ヶ瀬涼子さんでなければいけない理由はあるのかい?」

「それは……」


 近江生徒会長の言葉の乱打に俺は戸惑ってしまう。


「……要するに天野以外の誰かが結果を残せば良いわけね?」


 今まで黙っていた有栖川が突然口を開いた。


「そうだね……可能なら君たちカードゲーム部としての成果を出せるのが望ましいかな」

「それならこれから出して見せるわよ!」


 有栖川は立ち上がるとカードを一枚手にしながら高らかに宣言した。


「……そうか。 うん、その姿勢を見られただけでも彼以外に部活に対してやる気に満ち溢れた子がいるって証明になるね」


 近江生徒会長はふふっと笑った。まさかこの先輩、部員の意思を試すためにわざと俺を煽っていたのか?


「今日はこれで失礼するよ。 部活動の時間を邪魔して申し訳なかった。 行こうか、月ヶ瀬さん」

「あっ……はい」


 二人は最後にお邪魔しましたとお辞儀をして部室を出て行った。


「何よ! あの生徒会長! 天野が結果を出したってのに、難癖付けてきて! 腹が立つ!」


 近江生徒会長がいなくなると有栖川はバンバンと足で地面を蹴って文句を言った。


「気持ちは嬉しいけど、まずは落ち着けって」

「なんで言われた天野がそんなに平然としてるのよ!」


 身近にいる人が高ぶっていると意外と周囲が冷静になるってのはあるあるだよね。


 有栖川のおかげでだいぶ状況を俯瞰して見られた俺は生徒会長の意図を組む。おそらくあの人はただ俺たちにはっぱをかけにきたのだ。結果的に有栖川はカードゲームに対して先ほどよりもやる気を増しているわけだし。あの生徒会、どれだけ仕事上手なんだ……


「有栖川、もしよければ対戦もやってみないか?」

「えっ……でも私まだ全部のルールを把握していないし……」

「隣で俺が手取り足取り教えるから大丈夫」

「手取り足取り……?」


 ちょっと待て有栖川、なんで急に顔を赤くするんだ……べ、別に変な意味で言ったわけではないからね!


「……天野君、君は良くも悪くも鈍感なところがある。 そこは改善した方が良いよ」


 先輩にまでそう言われると気を付けないといけなと痛感してしまう。おかしいなぁ、その言葉は女の子に言われたら嬉しい台詞だと思っていたのに、どちらかというと落ち込み度が大きい。


「と、とりあえずやってみようぜ」


 先輩に練習相手になってもらい、有栖川の横に立って俺は彼女に教えながら対戦を始めた。

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