第15話 生粋のカードゲーマー

「なんで君がいるんだ!」


 俺を見るなり、月ヶ瀬先輩は某賭博映画主演男優のように濁点を入れたような声で叫んだ。


 昨日限定ボックスを購入し、ご機嫌な俺は翌日の放課後に学校近くのショップで開催される大会に参加しようとしていた所、先に来ていた先輩と遭遇したのだ。


「いや、俺は普段から平日の大会に出てたじゃないですか」

「それはそうだが……よりにもよってなぜ今週なんだ!」

「カードゲームをやりたいからですよ」

「有栖ちゃんはどうした、彼女にルールを教えるんじゃないのか?」

「今日はクラスの友人と予定が入ってたみたいです。 黒崎先輩も相変わらずバイトなので、一人部室にいてもつまらなかったので来ちゃいました」

「天野君は部活を続けたいのか廃部にしたいのかどっちなんだ」


 部活は続けたい。けれども、それと同じくらいカードゲームで遊びたい。そもそも部活の本来の目的でもあるわけで……


「先輩ならすぐにでも結果がついてきますよ。 俺は公式大会で先輩と戦ってみたいんです」


 部室では何度も対戦しているが正式な場で先輩と対戦した事は一度もない。このような場所で先輩と戦える機会を俺は望んでいた。


「生粋のカードゲーマーめ……良いだろう。 部長であるこの私が君を倒して優勝してみせようじゃないか」

「それでは対戦発表していきます。 ハカセさんと月ヶ瀬さんはこちらでお願いします」


 店員さんのアナウンスを聞いてお互いに見合ってしまう。まさか一回戦から先輩と戦うことになるとは……というか先輩プレイヤーネームを本名で登録しているのか……色々と大丈夫なのかな? 今週になって初めて大会に参加し始めたみたいだし、俺と会うまでは対戦勢ではなくカードを集めるコレクターだったのかもしれない。


「天野君は何のデッキを使うんだ?」

「言うわけないでしょ。 ほら、席に着きますよ」

「ほ、ほんの少しでいいからヒントを!」

「先輩、往生際が悪いです」


 さっきから普段と同じようなテンションで話しているがここは部室ではなくカードショップ。俺と先輩以外の参加者も当然いるわけで……さっきから視線が刺さるように飛んできている。普段の俺は見向きもされないが、容姿の整った茶髪ロングヘア―の美人が騒いでいれば誰でも見てしまうだろう。


「全ての対戦卓準備できましたね? それでは始めてください!」


 店員さんのコールと同時に対戦が始まる。俺と先輩の初めての公式戦が幕を開けた。


 〇


「これで俺の勝ちですね」

「…………」


 一回戦は最終的に俺が勝利した。普段の先輩ならやらかさないようなミスを何度もしていたのは公式戦に慣れていないから……というよりは勝利にこだわるあまりに視野が狭くなっていたからかもしれない。


「……天野君、店員さんはまだ見ていないね?」

「そうですけど、すぐに結果を報告しますよ」

「……スッ」

「無言で一万円を出さないでください。 受け取りませんよ」

「……スッスッ」

「枚数を増やしてもダメです。 そんな事してバレたら出禁になりますからね」

「……ぐぅ」


 先輩は財布に一万円札を戻すと悔しそうに唇を嚙んでいた。なんかこういう先輩見るのは新鮮だな……変な性癖に目覚めてしまいそうだ。

 対戦相手を負かしてその表情を見て愉悦に浸る……漫画の悪役かな?


「今日はここ以外に大会は……やってないのか」

「先輩、今の試合もそうでしたが焦り過ぎですよ。 いつもみたいに落ち着いて丁寧なプレイングを意識してください」


 焦っていたら本来の実力を発揮するのは難しい。今日の先輩に勝っても嬉しさよりも心配が勝っていた。


「そうだな……今の私は目先に捕らわれていた。これでは勝てる勝負も勝てないな」

「先輩は相手の意表をつくようなプレイスタイルが得意ですからね。 俺も何度やられて悔しい思いをしたか……」

「天野君の負ける顔を見るのが楽しみだからね」


 目の前に悪役がいた。助けてヒーロー!


  ○


「それでは二回戦を始めます。 ハカセさんとアオリイカさんこちらでお願いします」


 全ての試合が終了し、二回戦へと進んだ。先輩はショーケースに飾られているカードを見に行ったので俺はそのまま次の対戦卓に向かう。


「よろしくお願いします」


 互いに挨拶をして対戦準備に移る。平日の大会に参加する人は俺と同じ学生が多い。対面のプレイヤー、アオリイカさんも別の学校の高校生でここではよく顔を居合わせている人物だった。


「ハカセさん、一回戦の相手と仲が良いみたいですけど彼女さんですか?」

「そう見えます?」

「見えませんね。 豚に真珠、猫に小判、ハカセさんに彼女です」

「オーケー、どうやらボロ負けにされたいらしい」


 アオリイカさんは俺には女性の縁はないと言いたいようだ。自分で言うのは良いが、他人に言われるのはむかつくので許さない。


「冗談は顔だけにしてくださいよ」

「……ピキピキ」


 いかん、顔の血管が音を立ててちぎれそうだ。さっきから絶妙な煽り文句を……はっ、そうか! だからプレイヤーネームがアオリイカなのか!


「アオリイカさんを倒して今日の勝利を酒の肴にさせてもらいますよ」


 よし、うまい言い返しだ! 我ながら言葉では負けてないぞ!


「ハカセさん、酒の肴って実は二重表現なんですよ」

「え、そうなの?」


 知らなかった。


「もっというと、俺もハカセさんも未成年ですよね?」

「うん、そうだね」


 学生服を着ている時点でお互いに二十歳未満なのは明らかである。畜生、前哨戦は完敗だ。


「やっぱりハカセさんは話していて面白いなー」


 アオリイカさんはあははと軽快に笑いながら話す。


「いや、アオリイカさんの言葉選びが巧みなおかげですよ」

「でも、話し相手って大事じゃないですか。 俺はほら、こういう話し方なので……人によっては受け入れてもらえないんですよ。 ハカセさんは誰とでも仲良く話す印象だったので、今日はちょっと積極的に会話しちゃいました」


 人との接し方を意識したことはなかったので、そういう印象を持たれていたんだなー、と俺はアオリイカさんからの評価を聞きながらデッキをシャッフルする。


 決して俺はコミュニケーションが得意な方ではない。アオリイカさんとこうして会話しているのも同じカードゲームを楽しんでいるから出来ているのだ。

 だからこそクラスの人とは馴染めていないわけで……この話はここまでにしておこう。傷口が広がりかねないからね!


「それでは二回戦を始めてください!」


 店員さんの掛け声と共に対戦が始まる。さーて、どう料理してやろうかな!



 その日、俺はアオリイカさんに負けたのでカードゲーム部の最高戦績は二回戦で終わった。

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