第9話 魔王討伐御一行

「……天野君は本当に想像を超えてくるね」


 放課後、黒崎先輩を連れて部室に入ると月ヶ瀬先輩に開口一番に言われた台詞である。


「そこまで俺、信用されていなかったんですね……」


 俺にだって頼める人はいるもんね! ……まぁ、普通は頼まないだろう相手ではあるけど。


「いや、まさか二年生を誘ってくるとはね、確か黒崎さんだったかな?」


 二人は違うクラスのはずなので名前を憶えているあたり流石優等生といった所なのか。


「どうも、ヒロ君……天野博士とは幼馴染で元カノの黒崎綾乃です!」

「ブーッ!」


 黒崎先輩が挨拶を返した瞬間、先に教室に来て席に座っていた有栖川が飲んでいたペットボトルの紅茶を噴出した。き、きたねぇ……カードについたらどうするんだ。いや、いきなりとんでもない自己紹介をした黒崎先輩にも責任はあるけど……


「元カノ……それは本当かい?」

「えぇ、まぁ……」

「げほっ、げほっ……天野、あんた元カノを部員に誘ったの?」

「そうなるな」

「……あんたどういう神経してるのよ」


 有栖川は口元をハンカチで拭きながら呆れ果てた顔で俺を見てくる。


「月ヶ瀬ちゃんの言う通り、ヒロ君は想像を超えてくるからねー。 常識で測ると大事故を引き起こすよ」


 あははは! と黒崎先輩は目元に少し涙を浮かべながら笑って話す。この人完全にこの状況を愉しんでいるな。


「今の二人がそれで良いなら、この場で過去について追及するつもりはないよ」

「さすが優等生、助かるよー」


 黒崎先輩が月ヶ瀬先輩の肩を叩いてうんうんと頷いた。会話から察するに二人は今までよく接していたわけではなさそうだが、黒崎先輩は彼女を気に入ったようだ。


「それで、私はどこに名前を書けばいいのかなー?」

「ここに頼むよ。 それと、これから生徒会室に行って夕里に承認してもらうから、黒崎さんも同行してもらえるかな?」

「りょーかい、あなたが例のヒロ君が攫ったって噂の転校生だね?」

「有栖川瀬奈です。 天野は別に私を無理矢理攫ったわけじゃ……」

「大丈夫、彼とは昔からの付き合いだから、そんなの嘘だってわかってるよ」


 右手で名前を書きながら左手をひらひらと振って黒崎先輩は有栖川と会話する。

 度々月ヶ瀬先輩と有栖川の頬がピクリと同時に動いているけど、二人共睡眠不足なのだろうか? 


「それでは生徒会室に行こうか」


 名前を確認し終えた月ヶ瀬先輩は立ち上がると続いて有栖川、黒崎先輩、最後に俺の順番で部室を出て生徒会室に向かった。


  ○


「失礼します」


 ドアを三回ノックして中からどうぞー、と声が返ってきたタイミングで月ヶ瀬先輩は生徒会室に入る。まるで勇者一行みたいな動きだ。


 その場合、生徒会は魔王になるのか……などと、俺は適当な妄想をしていると月ヶ瀬先輩が先陣を切って先制攻撃、ではなく部活動申請書を机の上に提出した。


「部活に必要な書類と実際の部員です。 何か問題などはありますでしょうか?」


 先輩の言葉を聞いて席に座っていた月ヶ瀬夕里はポカンとした表情になり、最奥に座っていた男性が紙を受け取ると記載内容を確認した。


「うん。 問題ない。 これでカードゲーム部を正式に部活動として受理するよ」

「ま、待ってください!」


 我に返ったかのように机を叩いて月ヶ瀬夕里が反発する。


「月ヶ瀬さん、何か問題でも?」

「問題は……あ、あります会長!」


 先輩の妹の方を向いて会長と呼ばれた男が質問する。そんな気はしていたが、一番奥に座っている男性が生徒会長のようだ。

 入学式や全校生徒の集会の時に前で話していたのを見ていたはずなんだけど、はっきりと顔を覚えていなかった。


「この男は女子生徒を部室に連れ込む危険人物なんですよ!」


 生徒会長が美少女なのは都市伝説の類だよなー、とまたどうでもいい事を考えていると先輩の妹が俺を指さしてくる。

 こらこら、人に指をさしてはいけないって教わらなかったかい?


「あの噂か。 それは鬼道先生から誤報だって聞いているよ」


 生徒会長は柔和な笑顔で彼女の意見を正した。噂に流されずに真実を見極めている。この人はもしかしたら良い人なのかもしれない。


「君、何かあったら僕に連絡してくれ。 生徒会長として生徒の安全には協力するよ」


 訂正、生徒会長絶対良い人だ。


「そ、それなら黒崎綾乃さん……たっ、確かあなたはアルバイト許可の申請書を出されていますよね?」


「うん、そうだね」


「学校側は家庭の都合でアルバイトを許可しています。 部活動に参加する余裕はありますか?」


 月ヶ瀬夕里は標的を俺から黒崎先輩に変えたようだ。月ヶ瀬先輩の妹というわけもあって一年生で生徒会の会計担当、更に生徒の事情を把握しているとは優秀だ。彼女はどうやら幽霊部員になりうる生徒は認めないつもりらしい。


「無論、他の人達に比べたら活動頻度は低いだろう。 けれども、生徒会は家庭の都合でアルバイトをしている私は部活をしてはいけないと言うのかい?」

「そっ……それは」


 先輩の妹が言葉に詰まる。流石は黒崎先輩、一瞬で切り返した。


「僕たち生徒会に黒崎さんの自由を阻む権利はないよ。 学生が学生として過ごせる時間は尊重するべきだ」


 生徒会長がフォローを入れる。さっきからこの人随分と大人な対応だなぁ。


「今年になって学校側から部活動の経費を削減するように言われていてね……会計の月ヶ瀬さんは仕事を全うしてくれているだけなんだ。 皆さんは気を悪くしないでほしい」


 相手を考慮しながら仲間を大切にする。生徒会長、なんて良い人だ。きっとこんな人のもとで仕事をしたら働き甲斐があるに違いない。


「さて、週明けの全校集会で伝える予定だったが、君たちには先に伝えておこう。 来週から部活動に対して一斉に調査が入る」

「調査?」

「活動に意義があるのか、成果を出しているのか、我々生徒会が判断して教師に報告を上げる形になっている」

「近江生徒会長、もしそれで見合っていないと判断されたらどうなりますか?」

「部活を作ったばかりの月ヶ瀬さんには悪いけど、その場合は解散になる可能性が高いかな」


 生徒会長の名前は近江だったのか、良い人だから覚えておこう。


「カードゲーム部の意義って……何かしら?」


 有栖川がぼそっとつぶやいた。この数か月、先輩と部室でやっていたのはカードゲームで遊ぶ、あとはたわいのない会話をする程度……彼女の言う通り、意義なんてものはなかった。


「と、とにかくこれは決定事項です!」


 黒崎先輩に言いくるめられて大人しくなっていた月ヶ瀬先輩の妹が前のめりになって宣言する。先日の部室での言い争いを聞いている身からすると会計の仕事というよりは何か私怨を感じなくもない。


「その判断は公平にしてくれるんですよね?」

「当然だ、生徒会全員で決議を取るから安心してくれ」


 念のため生徒会長から言質を取っておく。この生徒会長が言うなら信頼しても大丈夫だ。月ヶ瀬夕里は口をつぐんで俺を睨んだ。怖い怖い。


「わかりました、それでは私たちはこれで失礼します」


 月ヶ瀬先輩が会長にお辞儀をしたので合わせるように他の三人も軽く会釈をして生徒会室から退出した。

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