第10話 大事なのは誰といるか

「さて……どうしたものか」


 部屋から出るなり月ヶ瀬先輩は腕を組んでむむっと唸った。まだ解決策を持ち合わせていないらしい。


「このままではせっかく作った部活もなくなってしまうわけだ……おっと、月ヶ瀬ちゃん、私はこれからバイトが入っているから、お先に失礼するよ」


 黒崎先輩はそう言って走っていった。むちゃぶりに対応してくれたので黒崎先輩には感謝しかない。貸しを作ってしまったけど、今度何で返すか考えとかないとなぁ……


「私も今日はクラスの人達から歓迎会に誘われているから、ごめんね」


 え、何それ俺聞いてない……いや、省かれて当然か。


 有栖川も離れていき、最終的には俺と月ヶ瀬先輩だけが残された。


「とりあえず部室に戻ろうか」

「ですね」


 渡り廊下を歩き、階段をのぼる。すれ違う生徒達は週末に浮かれるようにパタパタと元気な足音で通り過ぎていく。

 時折俺の方に汚物を見るかのような視線が飛んでくるが流石にもう慣れた。いや、これは慣れてはいけないよな……


「天野君はどう思う?」

「う~ん、すみません。 俺もすぐには解決方法思いつかないです」


 野球部なら甲子園! 吹奏楽部なら全国コンクール! みたいに明確な指標が出てくる。その目標に対して日々努力を積み重ねればおのずと実績にも繋がっていく。

 しかし、カードゲーム部には何か目指すべきものがあるわけではない。


「いや、私は部活を続ける気があるのかと聞いているんだ」

「え? そんなの当たり前じゃないですか」


 先輩はきょとんとした表情をする。俺からしたらむしろ逆にどうしてなんだけどな……

 放課後に気兼ねなく自由にカードに触れられる。友達の少ない俺にとってあそこは憩いの場である。


「先輩がいますからね。 俺は離れたくないですよ」


 カードゲームは一人では遊べない。部室に行けば対戦相手になってくれる先輩がいる……こんな環境から離れるなんてありえない。


「……君は、本当にそういう所だ」

「?」


 先輩は俺から顔を逸らした。何かまずいことを言ってしまったかと直前の発言を思い出して俺は理解する。口に出した部分だけ読み取ったらこれ完全に告白みたいじゃないか。


「えっと、その修飾語が足りていなかったというか、いや事実は事実なんですけど……と、とにかく俺は廃部にはしたくないです!」

「……そうだな、私も君と同じ意見だ」


 先輩はこちらを向くとふふっと笑った。窓から差し込む光と重なってその笑顔がより鮮明に輝いて見えた。


  ○


「さて、部室についたわけだが……何をしようか」

「とりあえず、気分転換に一戦やりません?」


 俺は部室に置いていたカバンからゴソゴソとカードを取り出して先輩に見せつける。


「君は本当に……そういう所だ」


 呆れて苦笑いをしながら先輩はここに来るまでに聞いた同じセリフを繰り返した。


「ほ、ほら、対戦しているうちに何か良いアイデアとか出てくるかもしれませんし」

「天野君がやりたいだけだろ? カードゲーム部だからな……よかろう、部長としてこの前のようにコテンパンに負かせてみせよう」


 先輩も自身のカバンからデッキケースを取り出すと不敵に笑い、反対側の椅子に座って対戦準備を始めた。


  ○


「これでとどめ、私の勝ちだな」

「く……まさかもう対策されるとは」


 部室に戻って一戦だけ対戦をするつもりだったが、俺が勝つと先輩はすぐに「もう一試合!」とねだってきた。俺も応じると先輩は部室にあったカードの束から何枚か取り出してデッキのカードを数枚変更した。すぐに再戦が行われ、二戦目は先輩の圧勝だった。


「先輩、俺もカード変えるので、もう一試合やりましょう」

「それなら私も更にデッキを改造しようかな」

「先輩ずるいですよ! それじゃ対策出来ないじゃないですか」

「それが狙いだからね。 相手が勝てないようにあの手この手を使ってこちらが有利になるように進めていく……それはどの世界でも共通事項じゃないか?」

「正論っぽい台詞を……それなら俺はこのままでも実力で覆して見せますよ」


 いくら対策されたとしてもカードゲームに絶対はない。それが楽しみで俺は高校生になってもカードゲームにここまで熱中しているのだから。


「ふふふ、それなら次はまた何か賭けるかな?」

「ぐ……自分が有利だから提案してきましたね」

「おや、ビビッて逃げるのかい?」

「ここで逃げたらカードゲーマーの名が廃るってもんですよ! 受けて立つ!」

「ふははは! その勢い、私がへし折ってやろう!」


 決闘者のような台詞をお互いに吐いて盛り上がっていた、その最中だった。


「なんか楽しい事やってるなー」


 ドアが開き、教師が一人部室に入ってきた。


「鬼道先生、見回りお疲れ様です」

「おーう、月ヶ瀬。 部活正式に受理されたってよ。 良かったな」


 オガ先は先ほど生徒会に渡した書類をピラピラと見せびらかしながら話す。


「オガ先も一緒にやる?」

「学校でその呼び方はやめろって言っただろ。 遊びたいが、教師の俺にはやることがまだ残されてるんだ」


 オガ先はそう言うと羨ましそうに俺たちを眺めて深いため息を吐いた。目の前で自分の趣味を楽しそうにやっていたらそりゃー大人でもそうなるよね。反対側の立場だったら俺でも同じ反応をする。


「ここにあと二人生徒の名前があるが、まさか幽霊部員か?」

「黒崎さんはアルバイト、有栖川さんはクラスの歓迎会だそうです」

「天野、お前……歓迎会に誘われなかったのか」


 口元を抑えてオガ先はハッとしたリアクションで体を震わせ始めた。クラスの生徒が省かれている事実に担任の教師が涙を流して悲しんで……いや、違うな。


「オガ先、もしかして面白がってる?」

「あぁ、笑いを必死にこらえている」

「教師が面白がるなよ!」


 知っていたけれども、なんつう人だ。中学生の頃から知合いではあるが、オガ先はこういう人である。俺以外の生徒が同じ状況になったら流石に心配してくれるだろう……多分。


「話は変わるが、来週から部活に対して生徒会の調査が入るからな」

「それ生徒会長から聞いたよ」

「そうなのか? 聞いているわりには対戦しているなんてずいぶんと余裕だな」

「私は対策を考えようとしたのですが、天野君が聞かなくって……」

「先輩だって負けてすぐに再戦申し込んだでしょ」

「天野、いくら月ヶ瀬が優秀だからって、もう少し手加減してあげたらどうだ?」

「いや、先輩は十分強いじゃないですか」


 少しでも手を抜いたら簡単に負けてしまう。


「始めたばかりの人間に全力を出すのは流石に俺でも気が引けるぞ」

「……ん? 始めたばかり?」


 オガ先の発言を聞いて俺は引っかかる。確か入学式の日、先輩に始めて会った時に、先輩は長年カードゲームをやっていると聞いてたけど……


「鬼道先生は部活を存続する為に何かアイデアありませんか?」


 俺が記憶を掘り起こそうとすると先輩はオガ先に問いかけた。


「そうだな……俺でも簡単に思いつく方法はある」


 オガ先は髪を搔きながら即答した。


「あるならその方法教えてよ」

「なんだ、てっきり本当は思いついていたから天野はこうやって対戦していたと思ったが」

「?」

「その様子じゃ本当にただ対戦を楽しんでいただけか……お前は単純だな」

「オガ先、今俺を馬鹿にしてる?」

「している」


 この人本当に教師かな? 


「ま、天野ならすぐに答えを出すだろうし、大人の俺が深く介入するつもりはない。 俺としてはこんなに楽な部活の顧問をやらせてもらえるのはありがたいからな。 せいぜい頑張ってくれ」


 オガ先はそれだけ言うと部室から出て行った。最後の最後に教師らしい発言をしたオガ先を見届けた俺と先輩は置かれていたカードに向き合った。


「天野君は随分と鬼道先生に信頼されているね」

「どうなんすかね……」


 教師として生徒を導くのを放棄しているといえなくもない。


「君は私が初めて見た時からそういう人間だったな」


 先輩は机に肘をつけながら頬に手を当てて話す。そういう人間というのは、ひねくれた考えをすると言いたいのだろうか? 初めて先輩と出会ったのは入学当初のはず……俺はその時から先輩に性格の歪んだ人間として見られていたのか? そうだとしたら……なんかショックだ。


「俺なりに週末に対策考えてみます。 今日はこのへんで」

「私も部長として模索してみるよ。 天野君とはこれからもここで一緒にいたいからね」


 ついさっき俺が同じような発言をしてお互いに恥ずかしくなったというのに、この人は自然体でそう言うのだから……


 俺は「そうですね」となるべく先輩を意識しないように告げると部室を後にした。

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