第58話 受け継がれてー1

「うん、俺にできる事なら」


 俺は手紙をめくって追伸を読む。


『静香を孕ませてくれ。さぁ、レッツセック……』


 俺は手紙を閉じて、見なかったことにした。


 というわけにもいかねぇ! さすがに遺言を見なかったことにはできねぇんだけど!!

 俺は頭を抱えながら、とりあえず一旦心の奥底にしまっておくことにする。

 静香お姉ちゃんを孕ませる? そ、それは……ちょっと……いや、静香お姉ちゃんはすごい美人だし、たまに甘えたくなるような包容力のある女性だけど!


「はぁ……でも……千代子婆ちゃんらしいな」


 俺は少し笑った。



 そのあと色々用事をすませ、母さんや父さんにも電話し、無事を伝えた。

 そして退院して家に戻ることにする。

 

「ゼフィロス……どうしよう。まだ俺の部屋にいるのか?」

「ゼフィでいい」

「あ、そう? …………うぉ!?」


 部屋を出てすぐにベンチにゼフィは一人座っていた。

 なんで!? と突っ込みたくなるが、とりあえず無事でよかった。


「私も検査が必要だったから。先に終わったからあなたを待ってた」

「そ、そっか……怪我はない?」


 コクリと頷くゼフィロス……いや、ゼフィ。

 そうだ、俺は友達になろうって言ったんだった。

 

「え、えーっとゼフィ?」

「うん。私はなんて呼んだらいい?」

「えーっと、夜虎で」

「わかった、夜虎。夜虎はケガは……あるよね。ごめんなさい」


 そういえば体中傷だらけではある。

 ゼフィの攻撃を真正面から全部受けたからな。

 俺の体を見つめるゼフィは、申し訳なさそうに頭を下げた。


 身長が150センチぐらいのゼフィはなんだか小動物みたいだった。

 だからだろうか。まるで幼い子にするように、思わず手を伸ばしてその頭を撫でてしまった。


「大丈夫。これぐらいすぐに治るよ。そうだ、何か困ってることはない?」

「困ってること?」

「うん。ほら……ゼフィは色々心を抑えてたから……だから何か今困ってるんじゃないかって」

「困りごとというか、お願いがあるの」


 俺は胸をドン! っと叩いて頷いた。


「なんでも言ってくれ! 友達の頼みなら!! 例え火の中水の中!!」

「ありがとう。じゃあ連れていきたいとこがある」

「え? 今から?」


 ふわっと浮いて、俺はゼフィの魔術で窓から飛び出して空を飛ぶ。

 初めての間隔だったが、これは結構気持ち良いな! 一体どこにいくんだろうか。

 

「速度をあげる。夜虎なら大丈夫」

「おう! おぉぉぉ!?」


 ソニックブーム、音を置き去りにした。。

 まさかの音速を軽く超えていく。

 風の魔術で抵抗を限りなく0にしていて快適そのものなのだが、どんどん加速していく。


 しかし、一体どこに。

 というか速すぎないか!? まるで戦闘機のような速度。 

 こんなの余裕で日本を飛び越えて……。


 

 ~数時間後。



「初めまして……というべきか? 紫電の魔人――白虎夜虎」

「わぁ……NYだ、初めての海外」


 待っていたのは、エウロス・ヴァイスドラグーンでした。

 これ入国審査とか大丈夫ですか?


「入国審査? 問題ない。私がいいと言えばいい。大統領ですら私には逆らえないからな」

「で、ですよね!」


 初めてのニューヨーク。

 帝国ホテルかな? と思うような超高級ホテルのレストランを貸し切って俺はエウロスさんとお昼のランチをしていた。

 なんでこんなことになっているのか。


「まずは…………ありがとう。ゼフィを救ってくれて。それと謝罪する。すまなかった」


「そ、そんな。俺は…………いえ、雷槍でも叩きこんだ方が、あなたの心は救われますか?」


「だ、だめ! 夜虎。リリアに全部聞いた。お父様は……悪くない。世界を守ろうとしただけ。私は恨んでなんかいないし、リリアもそう言ってた。それにたくさん謝ってもらった」

「そうか……だそうですよ。エウロスさん」

「…………感謝する」


 エウロスさんや、ゼフィの話ではリリアさんは、あの日世界級の殺し屋がきたとき運よく生き残った。

 死体すら燃えて、死んでいたと思われていたがそうではない。


 リリアは戦いの螺旋に巻き込まれたくなくて逃げた。


 それから逃げるようにホームレスとなって生き延びたと。

 幸いまだ幼かったリリアに優しくしてくれる人たちは、多くいた。

 それで飢え死にするようなことにはならなかったらしい。


 それでもゼフィのことはずっと気にかけていて、この五大覇祭でどうしても伝えなきゃいけないと、海を渡って日本にきた。


「今日は……ただ君に会いたかったんだ。本当は私から行くべきなんだが、さすがに日を開け過ぎた。この国でも多くのシンが生まれるからな」

「いえ、俺も話せてよかったです。誰かに聞いたあなたではなく、直接言葉を交わさなければわからないこともある」

「あぁ」


 それから俺達は静かなランチを過ごした。

 ゼフィは無口だし、エウロスさんも全然しゃべらないし、若干気まずい。


「時に、夜虎君」

「はい……なんでしょうか」

「君はオーロラ・シルバーアイスと恋人なのかな?」

「え!? こ、恋人と言われると……違います」

「では好きか? 愛しているのか? 結婚の予定はあるのか? 婚約状況は」


 なんかめっちゃぐいぐいくるな。


「わかりません。愛……といえば愛してると思います。でもそれは母さんや父さん、みんなに向ける愛と似ていて……恋と言われるとわかりません」

「そうか。ならゼフィにもまだチャンスはあるな」

「えぇ…………えぇ!?」

「驚くことではない。強者同士惹かれる部分もあるだろう。それに…………いや、これは私からではないな」


 するとエウロスさんは立ち上がった。


「呼び出しておいてすまないが、シンが現れたようだ」

「お父様、私が」

「ゼフィ……今日よりお前はこの国のシンを倒す責任を持つ必要はない」

「え?」

「お前はもう十分戦った。あとは私に任せろ。白虎夜虎……いや、夜虎君、ゼフィと一緒に日本へ向かってくれるか?」

「それはいいですが……日本?」

「明日……紫電千代子の国葬で全てがわかる。紫電千代子のことは実に残念だ。私が尊敬できる数少ない魔術師だった」

「はい」


 そして頷き、エウロスさんは背を向け飛び立ってしまった。

 俺はゼフィを見る。

 同じように首をかしげているが、どういうことだろう。


「とりあえず帰ろうか」

「うん」


 そして俺達は家に帰った。

 気づけば移動だけで夜になってしまった。


 ローラから鬼のような電話がかかってきているが、とりあえず一言大丈夫とだけ送っておこう。

 

 俺の部屋には当たり前のようにリリアさんが待っていた。

 三日ぶりだったが、ずっと待っていたそうで。

 そのあと感謝を込めて、何度もありがとうと言われたが、この三日でゼフィとたくさんのことを話したのだという。


 語りたいことはたくさんあるが今日はもう深夜なので寝ることにした。

 明日は婆ちゃんの国葬だしな。

 

「じゃあ俺は床で寝るから」

「そ、そんな。夜虎さんがベッドで寝てください! 私、床で寝るの慣れてますから! ホームレスですし!」

「私も大丈夫。たまにこうやって寝るから……端っこなら安心するの」


 そういって膝を抱えて端っこで蹲るゼフィ。

 慣れてますと床で寝ようとするリリア。


 やめて、二人の過去が可哀そうすぎるから。

 この二人を床で寝かせて、ベッドで寝る方が気になって寝れない。


「じゃ、じゃあ……こうしよう」


 俺は苦渋の決断をした。

 三人で床に寝るという選択だ。

 布団を引けばまぁなんとかなるな!


 俺、ゼフィ、そしてリリアで川の字で眠る。


「…………温かい」


 なんだか嬉しそうなゼフィを見ているとまるで妹が出来た気分だ。

 小さいし、心もおそらくまだ幼い。俺とリリアに挟まれて本当にうれしそうにしている。


 俺は思わず頭を撫でてしまった。

 すると、ゼフィがこちらを向いて、俺の手を握った。

 距離感をミスってしまっただろうか。そうだよな、ほとんど初対面だもん。


「ごめん……ゼフィ……ゼフィ?」


 するとゼフィは、リリアと俺の手を取って自分の胸の前でぎゅっと抱きしめた。


「…………二人とも、こんな私のためにありがとう。リリアは生きててくれてありがとう」

「…………うん」


 そしてゼフィは俺を見る。

 

「夜虎は……命を懸けて助けてくれてありがとう。抱きしめてくれて……ありがとう」 


 満面の笑み……というわけにはいかないが、それでも確かに笑顔で言った。

 それを見た瞬間、もうゼフィは大丈夫なんだと確信した。

 俺の戦いは無駄じゃなかった。

 確かにたくさんケガはしたが、この笑顔が見れたなら何も問題はない。

 きっと色々言いたいことも話したいこともあるが、今はそれが精いっぱいなんだとわかるように絞り出した声だから。


 だから俺もなんでもないことだと言った。


「どういたしまして」


 するとゼフィが俺の手を掴んで、頬に触れさせた。

 すりすりとする姿は、まるでツンっとした野良猫がデレたようなそんな可愛さを持っていた。


 そしてゆっくりと目を閉じた。


「おやすみ。リリア、ゼフィ」

「うん、おやすみ」

「はい、おやすみなさい。夜虎さん」


「おやすみ、夜虎」


 ………………あれ? なんか一人多くない?

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