第55話 純白の風龍ー4
千代子はその紫の雷を見て、昨日の夜を思い出す。
突然屋敷にやってきた夜虎は、自分に会うなり頭を床につけて頼み込んできた。
「ごめん、千代子婆ちゃん。俺……明日誓いを破る!」
「そうかい……使うんだね」
「うん。俺……ゼフィロスを救いたいんだ。ただの同情だけどゼフィロスは……俺なんだ。あの日、母さんを救えなかった俺で、父さんがいなかった俺で……千代子婆ちゃんや静香おねえちゃん。清十郎やローラ、アリシアさんや土田さんに千歳さん。たくさんの人に出会えなかった俺なんだ。ゼフィロスには誰もいなかった。ほんの少しずれていたら……俺がきっとああなっていたと思う。それに」
夜虎は胸を押さえながら苦しそうに言った。
「一人ぼっちの寂しさは……痛いほどにわかるから。だから救ってあげたいんだ!」
初めからいなかった過去の自分、そしていなくなってしまったゼフィロス。
どちらが辛いのかなんてわからない。
それでも夜虎は、ゼフィロスに自分を重ねていた。
「だからお願い! 紫電を使う許可をください!!」
「いいよ」
「なんでもするか……え? いいの? だ、だってあんなに使うなって」
「紫電はね。実は使ったら体の成長が止まるんだよ。まだ小さいあんたが使ったら、そこで成長が止まってしまう。だから、あたしは禁止させた」
「えぇ……なんだ。そんなことなの? 心配して損した」
夜虎は安堵するように胸をなでおろす。
それを見て千代子は高笑いし、そして夜虎の頭を撫でた。
「思いっきりやんな。やりたいように、あんたなら……できる」
「うん!!」
嬉しそうに出ていく夜虎。
千代子は小さく呟く。
「悪いねぇ、夜虎。それは嘘だ。でもあんたはそれでいい」
そして、今。
紫電千代子は、紫電を纏いし夜虎を見る。
その目は孫をみるように、そして……かつての主君を見るように。
「それでいい……今だよ。今がそのときだ。やっと……そのときがきたんだ。大丈夫、あとのことは任せて。お前は思いっきりやんな」
そして五大貴族の面々は、夜虎が
「やっと見れたよ、夜虎君。…………それがローラを救ってくれた紫電か。なんて力強く、激しい力だ」
「綺麗な色。あれが最速を誇った……紫電なのね」
「まさか紫電の魔人とは……ただ者ではない小僧だと思っておったが…………もう何が起きても驚かんつもりじゃったが……生まれておったのか、最速最強が」
エウロスだけは、ただ目頭を熱くし、二人を見つめていた。
そしてそれを病室でテレビ越しに見つめる銀髪の少女も。
「あぁ……もう。かっこいいな、夜虎の紫電はやっぱり……何よりもかっこいい」
少し涙を浮かべながら、そして少し嫉妬をしながらも。
「頑張れ、夜虎。私の時と同じように……その子の呪いも、その最速で貫いて」
ローラは夜虎の背中を押した。
夜虎は、その手に紫電を帯びてまっすぐとゼフィロスを見て言った。
「友達? あなたと私が?」
「そうだ。俺と友達になろう、ゼフィ。そうだな、おしゃれなカフェとか知ってるんだけど、いかないか?」
「友達…………」
「うん。俺と一緒に遊ぼう! 太陽学園でさ、清十郎やローラ。他にもみんな良い奴だから……きっと楽しいよ。俺は君と友達になりたいんだ」
「私は……私は……」
ゼフィロスが頭を抱えて、そして。
魔力が開放される。
暴風が周囲全てを吹き飛ばすが、夜虎の紫電はそれをはじき返す。
腕で、足で触れるだけで人間など消し飛ぶ風を、紫電の刃でたたき切る。
「わからない……わからない!! 私はどうしたらいいのかわからない!!」
「ただ全力でぶつかってこい!! 大丈夫、俺がそれを超えていく!」
羽ばたく純白の翼、輝く紫電の光。
その戦いは、まるで神話の再現だった。
テレビの向こうでは、誰しもが手を止めその映像だけに心を奪われる。
見ているだけで恐怖すら感じる戦いなのに、その戦いから目を離せない。
人とは、これほどまでに強くなれるものなのか。
そして何よりも日本人達は、かつてのその光を強く知っている者たちは。
膝をついて夜虎の戦いを見る。
年配の人の中には、涙を流す人も多くいた。
それほどまでに紫電とはこの国の強さの象徴でもあった。
そしてその強さは噂にたがわぬ強さを見せてくれていた。
それはもちろん世界でも。
特に北欧は紫電の魔人の伝説が色濃く残る。
そして、アフリカ大陸も、アジア大陸も、もちろん。米国も。
誰しもがその世界の頂点を決める戦いを見つめた。
中でも強く、その戦いを見つめるのは。
「最速最強……紫電の魔人」
ゼフィロスの父、エウロスだった。
そのまなざしは、厳格な世界の支配者などではなく、ただ娘を思う父の顔で。
「私は……間違っていたのだろうか」
思い出すあの日。
エウロスは、ジェネシス計画で生み出されてしまった子供達を一同に集め、苦しまずに死ねる自害の薬を手渡した。
必要ならばいくらでも金も払うつもりだった。
残り一年もない命を自由に使ってほしかった。
申し訳ない。大人の……そして世界の都合で勝手に生み出しておいて本当に申し訳ない。
精一杯の謝罪をしたが、かえってきた言葉は罵声ではなかった。
『ゼフィにこの命を繋ぎたい』
それが彼らの総意だった。
この世界で、ゼフィが戦えるように自分たちの命を使ってほしい。
何も知らないゼフィはきっととても辛い思いをするけど、それでも強くなければこの世界で生き残れないから。
自分たちにできることがあるのなら、ゼフィのために何かを残してあげたい。
彼らはそう言った。
そしてエウロスはその意思を汲んだ。
ならばこそ厳格に、ゼフィを最強へと導いた。
結果、世界最強に至る。
しかし、それでも迷いはあった。
後悔もあった。愛もあった。
でも……やめるわけにはいかなかった。
「私は……間違っていたのだろうか。あの選択は……間違っていたのだろうか。彼らの命を無駄にしないために……ゼフィを一分の隙もなく最強の支配者に育てようとした私は……間違っていたのだろうか」
「さぁね。誰もその答えをもっちゃいないよ。でもね数百年以上、あんたの家がこの世界を守ったのは確かだ。そしてあの子が結果的に最強になって……何十万、いや何百万の命を
その瞬間、エウロスは何かに気づいたように、驚く。
「…………まさか。五大覇祭をお前が提案したのは……そういうことなのか。紫電千代子。お前はこうなることが全部わかっていて……」
「勘の良い男は嫌いだよ。男はね、馬鹿正直で……鈍感ぐらいがちょうどいいんだ。あの子みたいにね」
にやっと笑う千代子。
エウロスは目を閉じ、目頭を抑え、少しの涙を流しながら娘を見る。
そして、紫電を纏いし少年も。
「…………頼む、紫電の魔人よ。その最速で…………ゼフィを救ってくれ」
二人は向かい合う。
「はぁはぁ……みんなは、私を恨んでる。私が弱かったのを恨んでる!」
「何度でもいうよ。何度だって否定する。みんなは君を恨んでなんかいない」
何度も何度も純白の刃をその紫電で貫く夜虎。
「君は愛されていた!! ……聞いてみるんだ。君の心の中にいるみんなは、なんて言ってる!」
ゼフィロスは涙が止まらず、その言葉に昔を思い出す。
記憶の中のみんなは確かに笑っていた。
自分が守れなかったせいなのに、誰一人として恨み言なんか言っていない。
それどころか。
『大好きだよ、ゼフィ』
伝わってくるのは、心からの愛情ともう思い出せないと思っていた笑顔だった。
「違う、違う!! 恨んでよ!! 守れなかった私を…………恨んでよ!! 私が悪いのに!! 私を恨んで!!」
それをゼフィロスは否定した。
否定しないと……自分を責めないと耐えられなかった。
守れなかった罪の意識と、それでも愛してくれるみんなの笑顔が混ざってゼフィロスはわからなくなった。
感情が爆発して、魔力が暴走する。
純白の翼が、今日一番の羽ばたきとともに、同じく生み出された純白の槍が夜虎を狙う。
かつて世界級の魔術師すらも一撃で消し飛ばした最強が、全力をもって、放たれた。
その暴風吹き荒れる嵐の中、迸る紫電、暴れまわる。
「恨んでないよ。でも……それはあとで直接聞いてあげてほしいな。たくさん話したいことがあるって泣いてたから。だから、君が前に進めるように…………!!」
夜虎の魔力がまるで噴火のように燃え上がる。
その魔力すべてが紫電に変わって、その体に凝縮される。
チチチという音が、響き渡り、暴れる紫電。
そして構える夜虎。
「俺がその呪いを修祓する」
その構えは何度も何度も繰り返してきた構えだった。
一日で万を下回る日はないほどに繰り返した。
雨の日も、風の日も、雪が降ろうと、死ぬほど疲れていようとも。
擦り切れるほどに繰り返し、体にしみこませた技。
音すら置き去りにしたのはもうすでにずっと前。
原点にして頂点、最速で最強の魔術が今、紫電を纏いし、その手に宿る。
そして、爆ぜる紫、雷と共に。
「――紫電雷槍!!」
100年の時を経て、この国で再び放たれた最速最強の魔術。
ぶつかる純白と紫電。そして、紫は白を一閃し、ゼフィロスの槍は砕け散った。
勢いそのまま、ゼフィロスへ。
純白の羽がゼフィロスを守る。
再びぶつかる純白と紫電。
最強の盾が最強の矛とせめぎ合う。
しかしそこに矛盾は生まれない。
なぜなら紫電は最強であると同時に最速だから。研鑽と揺るがぬ意志を上乗せし、ここで全て出し切ってもいいと、魔力を底から練り上げる。
燃え上がる。燃え上がれ。
さらに熱く……どこまでも!
暴れまわる紫電を、意思の力で集約する。
その右手一本に、意思も想いも願いも乗せて。
「今ここで!! 最速で、最強になれ!!!!」
すべてを貫く槍となれ。
空気が爆ぜて、衝撃波。
雷鳴轟く紫色の稲光が迸る。
紫電纏いし青年は、今、純白も呪いもなにもかもを貫く最速最強の槍と化す。
パリン!!
純白の翼貫き、真っ白な羽が降る。それはまるで雪のように。
そして夜虎のその手は。
「やっと届いた。君に」
優しくゼフィロスの頬を撫で、その涙を拭いた。
10年ぶりのその感覚はゼフィロスが封印していた心の奥底の記憶を呼び起こす。
最後の記憶、優しく触れてもらった最後の日のことを。
敵を倒した後、灯のような命を振り絞って母はゼフィロスの頬に優しく触れた。
『辛いよね、悲しいよね、寂しいよね。死んじゃってごめんね……いなくなってごめんね、残していって……ごめんね。でもお願い……生きることを諦めないで。世界はすごく広いから……きっと……いつか。あなたの隣に立ってくれる人がいるはずだから。だから、ゼフィ…………』
そして母はぎゅっとゼフィロスを抱きしめて言った。
今、ゼフィロスを抱きしめる夜虎と同じセリフを。
『あなたは一人じゃない』
「君は一人じゃない」
夜虎に優しく抱きしめられたゼフィロス。
10年ぶりに、誰かに触れられて抱きしめられた。
暖かい。
人の温もりが、雷の熱と共に伝播して、ゼフィロスの硬く凍った心も溶かす。
その瞬間、決壊するように、感情だけが溢れ出す。
「あ……あぁぁ! あぁぁぁぁぁぁ!!」
ぎゅっと夜虎を強く抱きしめる。
あの日抱きしめられなかった分、涙をあふれさせて思う存分に抱きしめる。
『……大好きよ。ゼフィ』
そして母の最後の言葉を鮮明に思い出し、ずっと返せなかった答えを叫んだ。
「私も……私も!! 私もママが大好きなの!! 大好き!! 大好き!! みんなが大好きだったの!! みんなが……大好きなの!!」
泣きじゃくり、やっと自分の気持ちを言えたゼフィロス。
「知ってるよ……ここからゆっくり進もう」
夜虎はどこまでも優しく、ずっとその小さな少女を抱きしめた。
この日、紫電の魔人の名は雷鳴と共に世界に再び轟くことになる。
そして戦いが終わり、数分後。
夜虎の前にドローンが降りてきた。
夜虎はゆっくり目を閉じ、そしてゼフィロスを抱きしめながらも天に向かってこぶしを掲げた。
魔力は限界だ。
体力も限界だ。
ほとんど気力しか残っていない。
それでもこれだけはやっておかなければならないと。
チチチチチチ!!
紫電を纏い、勝鬨を上げた。
「さすが……俺の子だ」
それを映像ごしに見た実況席――夜虎の父は、すかさずマイクを手に取った。
そして感極まって涙を流しながら、しかし伝えなければと心を震わせ大きな声で叫ぶ。
『第5回……五大覇祭!! 激戦に次ぐ激戦を制し! この世界で己こそが最速最強だと証明したのは!!』
全力で、声と心を震わせながら叫んだ。
『100年の時を経て! 現代に蘇りし、紫電の魔人!! 白虎夜虎だぁぁぁぁぁ!!』
世界中から惜しみない拍手が喝采する。
この日、最速最強――紫電の魔人は、雷鳴と共に再び世界に名を轟かせた。
現代最強の魔術師・白虎夜虎の名と共に。
そして、夏の紫色に
『……紫電』
抑えきれない憤怒と共に。
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あとがき。
これにで第二章終了!
これからも頑張りますが、皆さんの応援がほんとに力になります。
作品タイトルから下にスクロールすると★で称えるとあります! そこでぜひ!レビューを! 可能なら文字付レビューでここまで読んだ! 面白かった! など頂けると嬉しいです! よろしくお願いします!
またサポータ様限定記事を公開しました。
よければどうぞ。定期的にちょっと本編では乗せられないSSを乗せようと思います。
白虎夜虎のちょっとエッチなSS置き場
https://kakuyomu.jp/users/kazu-ta/news/16818093091248582658
では、第三章で!
次話、因縁のあいつが登場。さて、どうなる。
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