第53話 純白の風龍ー2
◇
少女は一人は、東京で最も高い場所。スカイツリーの頂上で小さくなって座っていた。
白髪をなびかせ、眼下に広がる摩天楼、美しい夜景、月が照らす夜。
もうボロボロで赤く汚れたスケッチブックをめくりながら、みんなの顔を見て一つ一つ丁寧に呟き、ページを捲った。
「ノノア、シルフィナ、グライブ、フィン、エミリ……」
記憶を呼び起こすように名前を呼んだ。
もうこの世界にいないその名前をずっと繰り返し呼んだ。
「メリダス……リリア。ママ、私忘れてないよ。私だけは……みんなを忘れないよ」
少女の中にしか、もう彼らはいない。
100人の名前をつぶやいた少女は、また初めから繰り返す。
少女にはその記憶しかないから。
それだけが生きる意味だから。
「私が……最強だから…………私、頑張るから」
そのスケッチブックをギュッと抱きしめて、暗い夜に一人で泣いた。
◇夜虎
俺は先ほどのゼフィロスにしか見えないローブの女性を、男性寮にある俺の部屋に連れて行った。
今、シャワーを浴びてもらっている。
「あの……俺の服で悪いんですけど」
「い、いえ……すみません。本当にここまでしてもらって」
「いえ……あと、御粥も」
「…………ありがとうございます。私……何もできなくてすみません」
リビングで待っていると、俺の服を着たゼフィロスっぽい少女が出てくる。
顔には傷があるが、ボロボロだった先ほどに比べて綺麗になったらやはりとても美少女だった。
しかしガリガリの体、衛生的にも問題があった。
一体彼女はなんなのか。
「どうぞ」
「失礼……します」
御粥をゆっくり食べる。
とても美味しそうに、そして……涙を流していた。
「お、美味しいです。まともな食べ物……食べたの……すごく久しぶりで」
「あの……聞いてもいいですか?」
「はい。すみません、自己紹介が遅れました。私は……リリア。お察しの通り……ヴァイスドラグーン家、いえ……ゼフィの姉妹。その生き残りです」
「やっぱり……そうなんですね」
「はい。私が生き残ったのは……運がよかっただけです。他のみんなは……もう。私がまだ生きているのは、おそらく魔力を生まれてから一度も使わなかったからです。あの子が……ずっと守ってくれたから。でも魔力を使ったならきっと器が耐えきれずに……死にます。でもそんなことはどうでもいいんです!!」
リリアさんは、俺の方を向いてそして頭をまた擦りつける。
何度も何度も、必死に頭を下げた。
「頭を上げてください!!」
「いえ……させてください。私は……今から無茶を言います。なんの義理もないあなたに……命を賭けろと言うんです。この首でよければいくらでも下げます。差し上げます。貧相な体ですが、何かしろと言うのならなんでもします! だからどうか……どうか!!」
俺はそれでも無理やり顔をあげさせてその眼を見る。
「言って下さい。俺にできる事ならきっと」
「白虎夜虎さん。ゼフィと同じ……世界の因果の外にいるあなたにしか頼めないんです。ゼフィを…………あの優しい子を……私たちが呪いをかけて戦わせてしまったあの子を…………」
そしてまたボロボロと涙を流しながら言った。
「どうか……解放してあげて」
それからリリアさんは、語った。
あの日何があったのか。
エウロス・ヴァイスドラグーンも知らない……ゼフィロスがすべてを失ったあの日のことを。
そして何よりゼフィロス自身が勘違いしている……彼女の呪いの正体を。
それは……聞いているだけで、胸が張り裂けそうな事実だった。
それと同時にとても……とても温かい真実だった。
気づけば俺は泣いていた。
そしてリリアさんもボロボロとずっと泣いて、呻くような声で必死に願った。
全てを知った俺は、ゼフィロスがどんな思いで戦っているの知った俺は。
ゆっくりとこぶしを握った。
そして震えるリリアさんをぎゅっと抱きしめた。
「…………俺に任せろ」
◇翌日、五大覇祭――決勝。
前日のあまりの戦闘ぶり。
そして決勝は、お互い測定不能の
仮に五大貴族当主達でも観客を守れる保証はないと判断された。
だから審判もなし、観客はなし。
その競技場にいるのは、強者のみ。
五大貴族当主、次期当主。王級、帝級、世界級。
並み居る世界の強者だけがその戦いを見ることを許可された。
ただしドローンによってその様子は撮影されるし、非常用のドローンも大量に用意されている。
この戦いだけは世界に放送しなければならない。
紫電千代子の願いどおり、万全をもってかつてないその戦いは始まろうとしていた。
闘技場に立つは夜虎一人。
そして時計の針が進み、時間がくる。
空から風を纏って舞い降りる白龍。
ゼフィロス・ヴァイスドラグーンは白虎夜虎の前に立つ。
「体調はもういいのか? ゼフィロス」
「問題ない」
「そうか……よかったよ」
すると、実況が大きな声で叫んだ。
『さぁ、いよいよ始まります! 世紀の大決闘! お互い
『よろしく頼む』
『では、開始の合図だけこの方にお願いしております! 紫電千代子様です!』
そして映像は特等席に座る五大貴族当主の一人、紫電千代子に切り替わる。
「お互い準備はいいね。ゼフィロス・ヴァイスドラグーン!! 本気を出しな。その子はあんたの本気を受け止めるだけの男だよ。そして夜虎!!」
千代子はにやっと笑って夜虎を見て言う。
「精いっぱいやんな。やりたいように。救いたいなら……救えばいい。昨日話した通りだ。あんたなら……できる」
「……はい!!」
頷く千代子、そして宣言した。
「五大覇祭、決勝戦!! はじめ!!」
ドン!!!
ゼフィロスは魔力を解放した。
事前にアラームは切ってあるが、魔力の波が世界を渡り、測定不能をはじき出す。
そして、純白の鎧を身に纏い、まるで白き龍のように神々しい。
「最初から使ってくれるんだ」
「あなたは強い……でも、私の方がもっと強いことを証明しないといけない。私が……最強だから」
「そうか……でも俺だって負けられないんだ。俺には目指す場所がある。それに…………君を大好きな人から、君を倒してくれって頼まれたんだ。負けられない」
「私を……大好きな人? そんな人いない。私はみんなに恨まれてる。でもそれでいい。それが私の罪だから」
「君はずっと勘違いしている。真実を知らないんだ。でも……君を縛るその
ドン!!
夜虎もふたを開けた。
世界を渡る魔力波、測定不能同士がぶつかり合う。
「俺がその呪いを修祓する」
迸る雷、吹き荒れる暴風。
空間をゆがめ、存在することすら許さない力の化身が相対する。
ゼフィロスが、手をかざす。
純白の風の刃、誰もいない観客席を真っ二つに切り裂いた。
しかし、夜虎はいない。
「え?」
そして雷鳴轟き、目の前に。
その速度、稲妻のごとく。視認すらできないほどの速度で。
「雷槍!!」
「――!?」
夜虎の拳が、純白の龍鎧ごと貫こうとする。
ゼフィロスは吹き飛んだ。
速度そのまま壁に激突し、何が起きたと目を白黒させる。
理解が追いつかない最速。
気づけば自分の最強の盾が少しへこんでいる。五行円環ですら傷一つ付かなかった自分の鎧が。
ただの一撃で、砕けてしまいそうな威力。
そしてゼフィロスはゆっくり顔を上げ、こちらを見る夜虎を見る。
夜虎はゆっくりと、しかし確かにゼフィロスの目をまっすぐと見て言った。
「ゼフィロス、一つだけお願いがあるんだ。俺が勝ったら……君が最強でなくなったなら……もう最強を背負わなくていい。だからそのときは」
迸る雷、空気を震わせ。
「君は……もう自分の人生を生きろ」
願いを込めて、こぶしを握る。
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