第52話 純白の風龍ー1

「や、やはり勘違いではない!! なんなんじゃ……あの若造は一体なんなんじゃ!」

罪度ギルティチュード9……測定不能の魔力。なんて激しい魔力なの……近くにいるだけで痛い」

「ふふ、君はやはりそういう男だな。夜虎君」

「まったく、隠しとけばいいのに。どこまでも馬鹿正直な男だよ。あいつは」


 エウロスはそれを見て、目を見開いた。


「ゼフィ以外に……いたというのか。世界の因果に縛られぬ者が」



◇夜虎。



 俺は魔力を抑えて、実況を見る。

 父さんがサムズアップして、頷いた。


『これにて五大覇祭、初日は終了だ!! 明日、決勝!! この世界最強の二人がぶつかる! 以上解散!!』


 そんな父さんの大きな声と共に、困惑の中、五大覇祭一日目は終わった。

 俺は急いで、医務室へとローラの下へ走った。

 

「ローラ!!」

「あ、やーくん! 大丈夫。ダメージはあるけど、傷自体は大したことないよ。これなら傷跡も残らない。魔力切れで今は寝てる」

「そっか…………よかった」


 すると、扉を開けて入ってきたのは。


「少し……いいかな」


 ジークフリートさんだった。

 俺は立ち上がり、頭を下げて部屋を後にしようとした。

 すると俺の肩を持つジークフリートさん。


「話があるのは君だ。夜虎君……だが、まずは娘を助けてくれてありがとう。これで二度目だな」

「すみません、すぐに助けられず」

「いや……ローラの誇りを……私も止められなかった。でも……君がいなければ間に合わなかった。いつでも助けれるように、待っててくれたんだろ?」

「……はい」


 そういってジークフリートさんは、眠るローラを優しく撫でる。

 その表情は五大貴族なんて感じさせず、ただ……娘を愛する父だった。


「娘をこんな目に合わせたゼフィロス君が……憎いか?」

「え?」


 俺をまっすぐと見るジークフリートさん。

 そしてアザルエルを見る。


「やーくん、あたしは出るからローラちゃんに何かあったら呼んでね」

「すまない。アザルエル君」

「いえ、失礼します」


 医務室には、俺とジークフリートさん。そして眠るローラだけになった。


「親の私が言うのも……なんだが。ローラを傷つけたゼフィロス君を恨まないでやってほしい」

「ジークフリートさんは……何か知ってるんですか? あの子が異常なまでに最強に執着する理由を」

「全て……ではないけどね。だが……あの子をあんな風にしてしまったのは、私たち……五大貴族なんだよ。いや……世界と言ってもいい。彼女は世界の犠牲者なんだよ」

「どういうことですか」

「これから話すことは……君の胸にとどめておいて欲しい」

「…………わかりました」


 そしてゆっくりとジークフリートさんは語ってくれた。


「今から10年以上前。年々増加するシンの脅威に、我々は触れてはいけない禁忌に手を出した」

「禁忌?」

「あぁ……血が魔術師の強さならば……同じ血を持つ人間を大量に生み出せばいいのではないかとね」

「…………どういうことですか」

「人が妊娠できる数には限りがある。だから……試験官の中で受精し、子宮を模したフラスコの中で育てたんだ。ジェネシス計画と呼ばれたそれは、実に100人のゼフィロス君の腹違い……と呼べる兄弟姉妹をフラスコの中で生み出した」

「――!?」


 聞いたことはあるし、可能ではあるのだろう。

 子供は母親の子宮で育つ。それが当たり前で人類が誕生して以来それは一切変わらない。

 だが、それを否定し、科学で命を育てようとした。


「ゼフィロスも……そうなんですか」

「いや……彼女は違う。彼女だけは我々と同じ……母親の中で育った子だ。この先を語る前に、彼女の母について話さないといけないな。彼女の母……エルメアさんは当時の世界最高の魔力を持っていた。その強さは……罪度ギルティチュード8相当だったよ。一般家庭に生まれた突然変異的魔力、ただ病弱で……戦う力は持てなかった。それにとても…………優しい人だったよ。だがそれに目を付けたのが……エウロス・ヴァイスドラグーンだ。半ば無理やりのような形だったのだろうが、結婚し、そして子供が生まれた。それこそがゼフィロス君。生まれたときからすでに罪度ギルティチュード8相当の魔力を持つ天才だった」

「生まれたときから……」


 俺は母さんのおかげでここまで器が広がった。

 なのにゼフィロスは生まれたときから? それは天才……なんて言葉で片付けられないだろう。


「ヴァイスドラグーン家の血継魔術を持つ罪度ギルティチュード8相当の魔力を持つ子……ゼフィロス君が生まれた。そして話は先ほどに戻る」

「そんな子が生まれたなら……もしその才能と同じ力を持つ子を作れるというのなら……そういうことですね」

「あぁ、そうだ。エウロスとエルメアさん。その子供がそれほど強いならと……そして、それは五大貴族会議ノブレスで決まったんだ。私も……賛成した。世界のためならばと。千代子さんだけは……最後まで反対していたがね。きっと千代子さんはなんとなくわかっていたのだろう。勘の良い人だからね」

「なにがわかったんですか?」

「失敗するということだよ。フラスコの中で1歳まで育ったその子達は…………外に出て5歳になるまでに……半分近くが死んだ」

「死んだ? なんでですか」

「結局我々は生命の神秘というものを再現できると驕っていたのだろう。致命的に何かが足りなかった。戦う力すらほとんど持てなかった彼らは、6歳までにほぼ全員が死ぬことがわかった。見せかけの器だけではダメなんだ。心が……魂が……揺るぎない意思こそが……魔力の源なのだから。結局ジェネシス計画は失敗に終わり、そして研究は打ち切られた」

「そうなんですね」


 魔術師なら一度は聞いたことがある言葉に、こんな言葉がある。


 魔力は強き意思に宿る。


 それは感情論などではなく、事実だ。

 すでに完成した魔力の器すら作り変えるのは、揺るぎない意思。


 俺が母さんを守ろうとしたときのように。

 ローラが母を守ろうとしたときのように。

 俺がローラを守ろうとしたときのように。


 意思だけが、人の限界すらも超えていく。

 俺は何度もその場面を経験している。


「でも……なんでそれでゼフィロスがあんな風になったんですか?」

「…………」


 ジークフリートさんは言いづらそうに。

 そして眉間を抑えながらゆっくり口を開いた。


「ゼフィロス君と共に育った兄弟姉妹は一緒に暮らして……一緒に訓練をしていた。当初は……連携を取ることも視野にしていたからな。私も一度だけ様子を見に行ったことがあるが……まるで大きな幼稚園のようで……みんな、楽しく……仲良く暮らしていた。実際の兄弟でも考えや思考、見た目が異なるように、確かに似ているがそれぞれが個性を持った100人がそこにはいた。私はいずれ……この子達が世界を救うことを疑いもしなかったよ」

「…………そうですか」


 その兄弟姉妹が全員亡くなったんだ。

 それは……大きな心の傷を残すだろう。

 それが原因なら……あぁなってしまうのも無理はない。


「いや、事実は君が思っているよりもずっと……ずっとひどい。ゼフィロス君は……最も才能があり、最も魔力が強かったが……エルメアさんの血を強く引いたのか、虫も殺せないような……そんな優しすぎる少女に成長してしまった」


 俺が知っているゼフィロスとジークフリートさんが話すゼフィロスがあまりに違い過ぎる。

 今のゼフィロスは、人を殺すことに何の躊躇いもないような……そんなまるで機械になってしまったような。


「だからかもしれない。5歳までに半分が死に、そして残りも先が長くないことを知ったエウロスは…………彼女、彼らを……ゼフィロス君を覚醒させるために利用することにした」

「利用?」

「夜虎君……人が最も力を発揮するとき。魔力の器すら書き換える強き意思は何か。君は知っているだろう?」

「…………強き意思……まさか」


 俺は全身の血の気が引いていくのを感じた。

 人が最も力を欲し、覚醒する場面。

 俺はそれを知っている。


 それは……大切な人を死なせたくないと願うときだ。

 つまり。


「そうだ…………エウロスは、ゼフィロス君と共にまだ5歳の彼らをシンと戦わせた。そして愛する家族を目の前で次々と殺させることでゼフィロス君を覚醒させようとしたんだ。ゼフィロス君は必死に戦った。最愛の家族を死なせないために必死に毎日。戦いが苦手なのに……虫も殺せないのに……毎日必死に、死に物狂いで戦った。それでも死んでいく命を前に……心がすり減っていってしまったのだろう」


 ゴン!!


 俺は思わずこぶしを握って膝を叩いた。

 そんなの……許されていいことじゃない。


 俺の母さんが死にかけたとき、確かに魔力の器が広がったと思う。

 だから……それは確かに有効なのかもしれない。

 でも……そんなことを何度も何度も繰り返したなら……助けられなかったなら……心なんて簡単に壊れてしまう。


 きっと限界だったのだろう。もう感情を残しては生きていけないほどだったのだろう。

 それでも、まだ残っている命を失いたくないと、壊れることすら許されなかったのだろう。


 俺は怒りで拳を血が滲むほどに握った。


「言い訳にしかならないが……これは、私含め全員……後でわかったことなんだ。エウロスが途中から隠していたからね。だが……とある事件のせいで我々は知ることになる」

「とある事件? まさか……」

「あぁ、あの日だ。君がローラを救ってくれたあの日、全世界同時多発暗殺事件。そこでゼフィロス君は……ずっと味方でいてくれた最愛の母を……そして命がけで守ってきたすべての兄弟姉妹を……一人残らず失った」


 俺は胸が痛くなった。


 ゼフィロスがそのとき一体どんな気持ちだったのか。

 想像もできない痛みだったはずだ。


「ローラには君がいた。でもゼフィロス君には……誰もいなかった。誰も彼女を救えなかった。なのに我々は、経緯はどうあれ覚醒し、最強となった彼女に……最強であることを義務付け、責任を押し付け、世界の守護者であることを強いた。悪いのは、我々貴族で我々大人だ。だから……彼女を責めないで欲しい。子供達は何も悪くない。彼女はただ…………世界を守るために最強であれという責任だけが残った世界の被害者なんだ」


 俺は立ち上がった。

 ゼフィロスと話したい。

 今すぐに。

 

 言葉で何か変わるとは思わないけど、それでも。


「夜虎君……私が言うべきことじゃないが…………彼女を頼む」

「俺に何ができるかわかりません。でも……きっと」


 そして俺は部屋をでた。



 会場をでて、ゼフィロスのもとへと向かおうとした。

 だが、関係者出口を出たとき、ボロボロのローブを着た誰かが一人立っていた。

 誰だろう、あれ? どうやって入ったんだろう。俺を見て向かってくる。


「ま……待って」


 掠れるような声。

 出待ちというやつだろうか。これでも有名人なのでストーカー的な人もまぁいる。

 そういうときは、逃げるのが正しい。


 俺は帯電し、逃げた。


「お、おねが……いです。おねがい……します。話を……聞いてください。お願い……します」


 が、後ろから聞こえたのはすすり泣く声と、心から願う声だった。

 俺は足を止めて、振り向き、嘆願するように頭を地面にずっとこすりつけるその女性の下へと走った。


「お願いします。どうか……お願いします。どうかどうか……お願いします」

「どうし…………――!?」


 その人の前に膝をついた。

 すると顔を上げてそのボロボロのローブの中に見えるのは。

 

 傷だらけでボロボロの顔、泣きじゃくるが、間違いなく。


「ゼフィロス……?」


 あの最強の少女とまるで姉妹のように似ている顔だった。

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