第51話 純白と白銀ー2
魂装――それは魔術師の到達点。
魔術の極みが技術の極みだとするなら魂装は、精神の極み。
気の遠くなるような長い修行の果て、血のにじむような努力を経て、それでも限られた者だけが到達できるはずの領域。
自らの強き意思を、魂を……魔力に変えて、身に纏う。
魔力の器による限界すらも超えた力を引き出すそれは
今、ローラはその領域に足を踏み入れた。
「わかった、あなた強い。
纏われる純白の龍の鎧。
ゼフィロスは、即座に判断した。今のまま勝てるような相手ではない。
「そう……懸命ね」
再度、銀氷の槍を生み出すローラは、槍を投擲した。
阻むは純白の風の壁。
ゼフィロスはこの
先ほどの風の壁とは、桁違いの威力の魔術。
しかし、それでも。
「邪魔よ、凍れ」
「――!?」
ローラの銀氷の槍を弾けなかった。
相打ちのように消えるお互いの血継魔術。
それが意味することは、能力的には同等ということ。
世界最強の血継魔術と、ローラの魂装の力は同等ということ。
「なに……あなたのその強さ。なぜ……そんな魔力でそれだけの力がでるの」
「愛の力が上乗せされてるんだから当然でしょ?」
「…………意味不明」
「ええ、わからないでしょうね。愛に向き合えないあなたじゃね! 魔力は強き意思に宿る! 魂装は、魔力の器の限界すら超える人間の持つ可能性!! だから!!」
「――!?」
ローラは、空を走る。
空気を凍らせその場に氷を生み出して、落下する前に蹴って駆け上がる。
そして、その銀氷の槍でゼフィロスを貫く。
「あの人の隣に立ちたいって気持ちで私が誰かに負けるわけないのよ」
「ぐっ!!」
ゼフィロスは両手を前に、純白の鎧で受け止める。
ローラの槍は、最強の盾を貫くことはできなかったが受けることは叶わず吹き飛ばされる。
競技場の巨大スクリーンに叩きつけられて、衝撃で肺の空気を吐き出すゼフィロス。
落下こそしなかったがフラフラと浮遊し、闘技場へと膝をついた。
そしてゼフィロスの目の前に立ち、槍を向けるローラ。
「好きな人ができてから出直しなさい。でも……同情はしてあげる。あなたは、夜虎に出会えなかった私だから」
「…………ありえない」
「負けを認めるのも勇気よ、あなたの過去を私は知ってる。ここからきっとやり直せるわ。私でよければ……」
「…………ありえない」
「え?」
直後、ズシンと来るような重さ。
空気の密度が上がり、観客たちは呼吸ができなくなったかと錯覚する。
渦巻く空気、気圧とともに密度が上がる。
魔力の密度が。
「ありえないの。私が負けるなんて……最強じゃないなんてありえない!!」
「――!? 全員伏せてぇ!!」
ローラは、全力で魔術を発動した。
併せてジークフリートも、
しかし、それは全てはじけ飛んだ。
だが、なんとかエウロスの魔術でギリギリ相殺し、観客たちは守り抜いた。
ゼフィロスはゆったりと歩き、ローラを見る。
「私の過去を知ってる? 知ったふうな口を利くな……私は、ゼフィロス・ヴァイスドラグーン。世界の守護者、最強の魔術師」
あまりの出来事に静まり返った会場を、そして。
ウオーン!! ウオーン!!
けたたましく響き渡る巨大なアラート音が支配する。
ただし、それは解放された魔力を波として受け取り、検知するシステムであり、ゆえに
だが、人の身で
ましてや、それが。
『
最大罪度9、測定不能を記録するなどありえない。
空間すら歪む理外の魔力が、ゼフィロスの周りを純白の風となって包み込む。
歩くだけで地面が吹き飛び、跳ねた石は、純白の風によって砂になるまで切り刻まれた。
『ぎ、
『最高傑作とは聞いていたが……ゼフィロス・ヴァイスドラグーン。人の限界を超えている……まずいぞ! 試合を止めろ!!』
実況をはじめ、全員今日何度目かもわからないが、信じられないとゼフィロスを見つめる。
そして衝撃で吹き飛ばされ、壁に激突したローラは息を切らせながら立ち上がった。
ローラはその手に持つ銀氷の槍を投擲する。
しかし、到達するまえに砕けて消えた。
圧倒的な暴力と絶望、それを見て根源的な恐怖が沸々と湧いてくる。
一歩下がりそうになるローラ。
だが足を止めて、ぐっとこらえた。
「逃げるな…………信じてって言ったでしょ。私は……夜虎みたいに。あの人みたいに。信じてって言った!!」
そして、一歩前に。
顔を上げてまっすぐと見る。
「あの人は、どんな絶望が相手でも諦めなかった!! どんな困難も貫いた!! 私だってそうだ!!」
銀氷の槍をその手に持ち、吹き荒れる暴風に突っ込んだ。
純白の魔力が、龍となってゼフィロスを包み、そして。
「
まるで槍のように、形作られる。
放たれた槍。
ローラの銀氷とゼフィロスの純白が衝突し、せめぎ合う。
お互いを塗りつぶそうとぶつかり合う。
「最強は……負けない。負けてはいけない」
「私だって……負けたくない!!」
ゼフィロスが手をかざした。
直後、その純白の槍は一回り大きくなる。
「――!?」
「勝て……完膚なきまでに。勝利しろ……圧倒的な差をつけて。それこそがヴァイスドラグーンに定められし使命。世界最強の守護者たる責任……みんなを殺した私の責任」
そして。
パリン。
銀氷が砕けた。
勢いそのまま純白の槍が、ローラを貫こうとする。
「…………ローラぁぁぁ!!」
ジークフリートが特等席から飛び出した。
ローラは魔力が尽きて、魂装は解ける。
完全な無防備状態、そんな状態で、ゼフィロスの一撃を受ければ間違いなく死ぬ。
ゼフィロスは自我を失ってしまったように、まるで意思を持たぬ機械のように。
ただ手をかざして、ローラを見つめた。
そしてその純白の槍がまっすぐとローラに届く。
死が、ローラに届く。
時が止まったように、純白に埋め尽くされた世界。
そこに雷鳴轟く。
バチッ!!
雷の熱で、空気が膨張し爆ぜる音が世界に響く。
純白の槍をその雷の槍が貫いた。
静まり返る会場。
そして、その槍を砕いた青年は、倒れそうになるローラを抱きかかえる。
「すごかったよ、ローラ。魂装なんて……びっくりだ」
「ごめん……ね、私……信じてって言ったのに。負けちゃった……」
「ローラはこれ以上ないってぐらい頑張ったよ……少し休もっか」
にこっと笑い、ローラの額にキスをした夜虎。
ローラは安心したように力尽きて目を閉じる。
「アザルエル!!」
「任せて!! 医療班いくよ!!」
アザルエルの黄金の聖火で、ローラの治療をしながら治療チームは、ローラを担架に抱えて移動する。
闘技場には、ゼフィロスと夜虎だけが残された。
そしてそれを見る五大貴族達。
全員、そして特にエウロスは、目を見開き夜虎を見る。
「ゼフィの……最大火力をはじき返しただと? 今……一瞬だが、感じた魔力は、まさか」
「なんじゃ……今の雷槍。わしの目がおかしくなったのか?」
「確かに……感じた。ありえないわ、ゼフィロスちゃんの魔力の勘違いよね?」
「そういう熱い男だから……あたしはあんたが好きなんだよ」
当主達は、己が感じたその一瞬の魔力の揺らぎを疑った。
確かに感じた。しかしありえないと首を振る。
「今の……あなた?」
「あぁそうだ。この試合は、君の勝ちだよ。決勝は俺が相手だ」
「そう。じゃあ……今から決勝を始める。明日なんて時間の無駄だから」
しかし、ゼフィロスはカクンと膝をつきそうになり驚いた顔をする。
「…………いや、決勝は明日にしよう。ローラの覚悟は思ったよりも強かったはずだ」
「大丈夫、これぐらい。私は……最強だから」
その言葉を聞いて、夜虎は、ゼフィロスの目をまっすぐと見た。
「ゼフィロス……俺は君にどんな過去があって、どんな覚悟で最強であろうとするのか……それを知らない。でも力には責任と覚悟……そして、何よりも意思が必要だと思う。なのに君からは何も感じない。最強のその先が何も見えない。だから一つだけ聞かせてくれ。君は最強になって何がしたい」
「最強になって何がしたい? …………なにも。私が最強であることそれだけでいい。そこに意味なんて必要ない」
「そっか……ならやっぱり負けられないな」
「じゃあ始める?」
「いや、やっぱり明日だよ。でも…………意図が伝わってないみたいだから言い直す」
夜虎は目を閉じて……そして静かに、ほんの少しの怒気を込めて。
ドン!!
抑えていた魔力のふたを完全に開ける。
世界最強の魔力が、開放される。
けたたましく響き渡るアラート音が競技場中から鳴り響く。
『
観客は、世界は、そして五大貴族は。
全員、夜虎を見つめ目を見開く。
空間が歪むほどの魔力と、迸る稲妻。
今、この理外の魔力を放っているのは夜虎であることは明白だった。
今、たった一人で世界を滅ぼす
そして夜虎はゼフィロスの目をまっすぐ見て言った。
「今の君を倒しても、俺が最強って言えないって言ってるんだ」
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