第50話 純白と白銀ー1

 実況は言葉を失った。

 今日は何度も言葉を失ってきたが、今回ばかりはレベルが違う。

 どこまでも深く底が見えない奈落が闘技場にぽっかりとできている。


 直径30メートルほど。

 その淵に佇むは、黒王冥。


『…………消えた? ゼフィロス・ヴァイスドラグーンが……消えた……』


 ゼフィロス・ヴァイスドラグーンは消滅してしまったように消えている。


『まさか……この年で五行円環を使える者がいるとは』

『い、一体なんなんですか! あの虹色の光の柱は!!』

『五行円環――魔術の極みと呼ばれる技だ。原理は簡単。陰陽五行と呼ばれ、魔術には基礎となる5つの性質がある。木、火、土、金、水だ。そして、五行相生、木は燃やすと火を生むように、お互いがお互いを強化することができることを利用する』

『簡単? 簡単って威力じゃないですよ!?』

『木は火を、火は土を、土は金を、金は水を、そして水はまた木を強化し、円環となる。つまりは制御さえミスらなければ、魔力が続く限り理論上はどこまでも強化し続けることができる。そして血継魔術ではなく、誰にでも使える魔術だ。確かに理論は簡単だ。しかし、それでいて魔術の極みであり、最強の魔術と呼ばれている。その難易度は、一周するたびコインを縦に積んでいくようなもの。それを完璧なバランスで幾度も繰り返し、威力を上げていく。並みの魔力制御では不可能の大技だ』


 光太郎は言葉を紡ぎながらも、信じ難い光景に視線を釘付けにされていた。

 確かに誰でも使える魔術だ。

 適正属性以外の属性は、効率が著しく落ちるがそれでも発動ぐらいはできるし、霊符を使えばさらに簡単だ。

 しかし、自分では間違いなく無理。

 いや、この世界でそれができる人間など、何人いるというのか。


 五つもの属性の魔術を、完全に支配下に置いた1ミリのずれもない魔力制御がなければ発動することができない極致。

 それを、黒王冥はたった16歳にして、圧倒的な魔力を注ぎ込みながらも完璧に発動してみせた。


『……化け物』


 そう呟こうとした光太郎。

 しかし、それをつぶやいたのは光太郎ではなかった。


 息を切らせて、顔を上げ、睨むようにつぶやいたのは冥だった。

 そしてその言葉の先には。


純白の龍鎧ヴァイスドラグーン・アーマー……血継魔術、使うとは思わなかった。あなた……強い』


 純白の鎧を身に纏う天使。

 まるで龍にも見える少女が穴の底からゆっくりと浮かんでくる。

 

『100回転じゃ……貫けないか。最強の盾……ほんっとうざい』


 そしてゼフィロスが手をかざす。

 


 ――ぞくっ。



 その場にいた全員が、命の危険を感じるほどの殺意。

 その瞬間だった。まったく同じプレッシャーが冥から溢れる。


 真っ黒な魔力が滲み、空間をゆがめていく。


『いいわ。もう……いくともまでいくってことね。やってあげる。ここでお前が死ぬか、私が死ぬか!! やってやろうじゃないの!! 魂装……いてぇ!?』

『アホ孫。降参じゃ……こんな余興試合で命を懸けるな』


 しかし、冥は後ろから叩かれた。

 それは黒王志勇シユウ、冥の祖父だった。


『じい様!? で、でも私負けてない!』

『わかったわかった。お前の好きな飴ちゃんやるから今日は我慢しなさい。お前のは後戻りできるような技ではないだろう』

『うぅ…………ふん! じゃあ、イチゴ味ね!!』


 そういって冥は引き下がった。


『風龍の……ここは引く。だがな、黒王がこの程度と思うなよ。しかし此度はお前さんの勝ち……じゃ』

『そう……』


 そして、黒王志勇シユウも闘技場を後にした。


『えー……っと、これは』

『英断でしょう。しかし、さすがは世界二位。格は何も落ちなかった。しかし……ヴァイスドラグーン家の化け物具合がさらに強調された形にはなったが。あれが……ヴァイスドラグーンが最強である所以。五行円環ですら貫けぬ最強の盾――純白の龍鎧ヴァイスドラグーン・アーマー

『と、ということは! 勝者! ゼフィロス・ヴァイスドラグーン!!』




 そこで映像は止まっていた。

 俺は顔を上げ、そして心をざわつかせた。

 なぜなら五行円環ですら、ほんの少しも傷がつかなかったゼフィロス。その次の対戦相手はローラだから。


 俺とローラ、そしてアザルエルは闘技場へと続く廊下へと向かった。

 ここからなら直接戦いが見える。

 動画では完全に消滅していた闘技場も、またもや冥の力によって修復されている。


 そしてその中心には、一人の少女がただ茫然と立ち尽くしていた。

 ゼフィロス・ヴァイスドラグーン。

 順番で言うなら次は俺と静香お姉ちゃんのはずだが。


「棄権したわ。悪いけど、私はあなたと戦いたいと思わないし、勝てないものね」

「やっぱり…………」


 俺の疑問に答えるように、廊下で待っていた静香お姉ちゃんが答えてくれた。


「だから今から私とヴァイスドラグーンよ。明日って話もでたけど、あんな一撃を食らっておいて、ゼフィロスはすぐ戦えると言っているらしいから……だから今から私はあれと戦う」


 ローラが一歩前に出た。


「じゃあ、いってくるわ、夜虎」

「ま、待って。ローラ!」


 俺はローラの手を思わず掴んだ。

 

 棄権しよう。


 その言葉を言いそうになった。

 ゼフィロスは何かがおかしい。

 強いのは当然、しかしその眼からは命の重みというものを何も感じない。


 そしてローラも性格上、決して引かないだろう。

 歯向かう者には容赦はしないゼフィロス、初対面で殺そうとしてきたぐらいだ。

 なら二人が本気で戦ったらどうなるか。


 俺は心がざわつき、鼓動がうるさくなるのを感じる。

 もしもローラに何かあったなら。

 それが心配でたまらない。

 だから、そう言うつもりだったのに、ローラは背中を向けて静かに口を開いた。


「怖いよ。ゼフィロスは本当に強い。私も全力で戦うつもりだから…………もしかしたら……死ぬかもしれない。あいつ人殺すの全然抵抗とかなさそうだし」

「ローラ……」


 そういうローラの手は少し震えていた。


「でもね……大丈夫。私戦うよ。覚えてる? あの日のこと」

「あの日……花火大会の?」

「そう……夜虎にとってどうかはわからない。でも私にとっては、一番大事な思い出なの。この10年、一度たりとも忘れたことはない。そして……それがずっと私の心を支えてくれる。あの日のあなたを思い出せば、どんな強敵にだって立ち向かえる。どんなに怖くたって立ち向かえる。だから……今度は私が言うね」


 そして、振り向きいつものように、にこっと笑って言った。


「……


 それは俺があの日言った言葉と同じ。

 そして次の瞬間。


「!?」


 俺の手を引っ張ったローラは、俺の口に柔らかいものが触れた。

 突然のことで反応できず俺は目を白黒させる。そしてそれを理解し顔を赤くした。


 そして目の前のローラも真っ赤な顔で。


「もうほっぺなんて年じゃないもの。だ、から今度こそ! この続きは帰ってからだからね!」


 でもニコッと笑う。

 そして俺を指さす。


「覚悟しなさい、夜虎! 絶対に誰にも負けないんだから! あなたはわたしのものよ!」


 恥ずかしそうに、慌ててローラは背を向ける。

 だから俺も慌てていった。


「ローラ!!」

「ん?」

「待ってる。続き」

「…………うん!!」


 そしてローラは頷き、闘技場へと向かった。

 俺はその背を見つめる。

 ゼフィロスは静かにローラを見た。

 



 

 

『えぇ、本日の最終戦! 紫電静香様が棄権なされたので、これの勝者が決勝進出です! まさかでしたね、光太郎さん』

『いえ……静香様が先ほど棄権するときにおっしゃったとおりです。夜虎は強い。静香様自身が自分よりも強いことを公言なされた。ならばこれは国の戦い、夜虎の力を決勝まで温存するのは正しいかと』

『なるほど! しかし、ますます白虎夜虎選手が一体なんなのか。私、気になりますが! 今はこの一戦に集中しましょう!! 永遠の銀氷! オーロラ・シルバーアイス様!! 対するは、純白の風龍! ゼフィロス・ヴァイスドラグーン様!!』


 実況が盛り上がり、そして審判の清十郎が手を上げる。

 ゼフィロスは感情なくローラを見つめ、ローラは燃えるような瞳でゼフィロスを見つめる。


『二人とも、用意はいいな。では、はじめ!!』


 始まりはローラから。

 手を前にかざす。そして。


銀色の世界シルバーアイス


 その前方すべてが、ゼフィロスごと凍った。

 観客にはダメージがいかないように制御したが、その直径100メートルは超える氷塊にゼフィロスは閉じ込められる。


 しかし、パリンという音とともにゼフィロスの風で砕け散った。

 まるでなにかしたか? そう言いそうな目でローラを見る。

 が、それはローラも想定内。次々と氷の礫や、氷の槍がゼフィロスに飛んでいく。

 

 しかし、そのすべてが近づく前に消し飛ばされる。


「ほんと……顔色一つ変えないで」

「終わりでいい?」

「いっつも受けなのは、全部受け止めて、圧倒的を見せつけるためなんでしょうけど……ほんとムカつく。でも認めるわ。今の私の魔術じゃ、あなたに何一つダメージを与えられない」

「そう……じゃあ降参?」

「いいえ……私言ったわよね。って」

「ん?」


 ローラは大きく息を吸い込んだ。

 周囲の冷気がローラに向かって収束していく。

 目を閉じて、そして集中する。


 その収束していく冷気が徐々に形を成していく。

 まるでその体に鎧を纏うかのように。


「驚いたねぇ……あれぐらいの年齢が一番伸びるとはいえ……これほどかい。あんたの想いは」


 初めに口を開いたのは紫電千代子だった。

 そして五大貴族の当主達も、何をしようとしているのか。すぐにわかった。


 そしてそれがどれだけ異常なことなのかも。


「まさかのぉ……あの世代は一体どうなっとるんじゃ。魔術の極みの次は、魔術師の到達点か。16の若造がほいほい、使えるようなものではないぞ」

「あれがアザルエルちゃんの……恋敵。これは強敵ねぇ~」

「黒王冥の五行円環にも驚いたけど……あの子も天才……いや化け物だね。ジークフリート」

「ローラは10年、一日たりとも修行を欠かしませんでした。が、あれができるようになったのはつい最近ですよ。きっと……夜虎君に出会って……もっと強くならなきゃと思ったのでしょう。確かにローラの才能は私など軽く超える。しかし……あの子は才能だけではない。その精神こそが天才です。そして夜虎君に追いつこうと、隣に立とうと、気づけば到達していたんです。魔術師の到達点に」


 そしてエウロス・ヴァイスドラグーンはつぶやいた。


「これも平和の因果を守ろうとする……世界の意志か……『魂装』を使えるとはな」



 そして瞬間――世界は白銀に染まった。


 その場にいる者、すべてが錯覚するかのような銀色の世界が広がる。

 それはあたかもその世界に連れていかれたようにすら思えるように。


 そしてその中心には立つのは。


「魂装――銀氷の戦乙女シルバー・ヴァルキュリア


 まるでヴァルキュリアのように、銀氷の甲冑と、銀氷の槍を持つローラだった。

 そしてローラはその槍を放った。


「――!?」


 なにかがまずい。

 そう思ったゼフィロスは、風の壁を幾重にも生み出す。

 しかし、そのすべてが銀氷の槍に触れた瞬間、風ごと瞬時に凍って、砕け散る。


 そしてその槍はゼフィロスの頬をかすり、赤い血が流れ、そして血も凍った。


「躱したんじゃない。当てなかったの。その意味わかる? 死にたくないなら本気出しなさい」


 初めてゼフィロスの表情が崩れ、ローラは再度槍を生み出してゼフィロスに向ける。


「じゃないと銅メダルももらえないわよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る