第49話 黄金の聖火ー4

「降参しまーーす! 私の負け!!」

「貴族の誇りどこいった…………」


 肩を貸してアザルエルを立たせたら、元気に片手を挙げて降参を宣言する。

 すると俺の手をぎゅっと抱きしめ、全体重を預けてくる。


「いいの。だって旦那に負けたなら誇りは傷つかないもん。むしろみんな喜ぶよ。強い人が身内になったって。そんなことより早く治療に行こ!」

「あぁ、うん。わかった…………はぁ? 旦那?」


 今おかしなこといってなかった? ちょっと聞き取れなかったな。

 すると大きな声でアザルエルが宣言した。


「ママ! 私、やーくんと結婚して子供産む! 好きピできちゃった!」

「…………はぁ?」

「はーい! ママもさんせーーい! 夜虎ちゃん! アザルエルちゃん助けてくれてありがとう!!」


 一瞬、競技場が……いや、多分世界中が言葉を失った。

 そしてその意味を理解して。


『えぇぇぇぇぇ!?』


 競技場と世界……主にアフリカと日本が揺れた。

 

「ちょ、アザルエル!!」

「ムリムリ、もうちょーかっこいい! あんなのされたら、もうやーくん無しじゃ生きていけない。好き好き! ちょー好き」

「だ、だめだよ! その……あの……と、とりあえず離れよっか!! とりあえず早く離れよか!!」


 だめだ、断る明確な理由がでてこない。

 ぎゅっと抱きしめられて、逃げられないが今この状態は世界中で放送されてるんだぞ!!

 

 っていうか、これはまずい! なぜなら。


「…………あ、さむ」


 アザルエルの魔法で熱気に溢れていた競技場。

 夏の日差しも相まってまるで灼熱だったが、とたんに北極のような極寒に変わる。


 ゆっくりと、怒りを込めて、歩く場所を白銀に凍らせながら氷の道を歩いてくるのは。


「ち、違うんだ。ローラ!! だ、だめだよ! いまアザルエルは魔力がないから! ほんとに死んじゃうから!!」

「大丈夫よ、夜虎。殺さないわ、氷漬けにしてリビングに飾るだけよ。いいオブジェになりそうね。題名は~哀れな泥棒猫の最後~かしら。とりあえず、夜虎ははやく治療に。あとは任せて。うまくやるわ」

「だめだよ! 絶対うまくいかないもん! 最後って言っちゃってるもん!」

「きゃ! 怖い! やーくん、守って!」


 そういって俺の背に回るアザルエル。

 アザルエルを守らなければまじで殺されてしまう。

 しかしここで守ったら、俺がローラに殺される気がする。


「夜虎は早く治療しないといけないの。いい加減にしてくれる?」

「お、怒らない? ローラちゃん」

「ええ、怒らないわ。100年ぐらい凍ってもらうだけよ」

「ローラ、ストップ! それはストップ!!」


 あちらを立てればこちらが立たず! 一体どうすれば!! ん? あれ?


「なんか背中の痛みが……和らいでる? ほんのり温かい」

「あ、今治療中。私の魔術って他の人にも使えるんだ。地元じゃ、聖女って呼ばれてます!! どう? 聖女ってエロくない?」

「全然似合わないとだけ」


 こんな歩く18禁みたいな聖女がいるかとツッコミたくなるが能力は本物だ。

 火傷した皮膚が治っていくのを感じる。


「さすがにあたしが復活するのと同じ速度は無理だけどね。これならちょっとかかるけど完璧に治ると思う」

「ありがとう、アザルエル」

「はぁ……仕方ないから治るまでは寿命を延ばしてあげる」

「やっぱり殺す気じゃん! でもやーくん、守ってくれるよね?」

「………………」

 

 正解は沈黙。


 

 

「ふん! 終わったならどいて! 邪魔よ。駄犬に群がる発情期のメスばっかりね!」


 すると冥が俺の前に歩いてきた。


「でも駄犬……にしては確かに強いわね。これなら飼ってあげてもいいわ! 種馬としても優秀かもね」

「だ、だめよ! 夜虎の種は私のなんだから! 妻として許さないわ!」

「いや、俺の種は俺のなんだが……」

「あたしは愛人でもいいよ。本妻はローラちゃんで。ね、やーくん。そのかわり……本妻じゃできない……すっごいプレイ。私としよ?」

「すっごい……プレイ……ごくり」

「だ、だめよ! あ、愛人って愛する人のことじゃない!! 私は夜虎に愛されたいの! 夜虎! 私がなんでもしてあげる! な、殴るのだっていいわよ! 私我慢できるもん! 夜虎のためならどんな変態的プレイでも我慢できるもん!」

「なんで俺が殴るのが趣味みたいになってるの!? そんな趣味ないよ?」

「ローラちゃん。『我慢』って言った時点で『負け』なんだよね」

「はぁ?」


「と、とりあえずこれ世界中に放送されてるから! 一旦戻ろ! 一旦戻ろ!! 変な噂が立つから一旦戻ろ!」


 俺は無理やりローラとアザルエルを連れて闘技場を後にした。

 あと普通に背中が痛いから早く治療して。


 はぁ……試合並みに疲れる。




『えーっと……言いそびれましたが……勝者!! 白虎夜虎選手!! 五大覇祭始まって以来! 日本人が勝利するという快挙です!!』


 その実況の言葉に、日本人が叫んだ。

 最後のいざこざは置いといて、間違いなく名勝負。

 五大貴族という存在の格は一切落とさず、それでいて白虎夜虎という異質の強さを実感できる戦いだった。


 観客たちは恐怖で怯えながらも大満足。

 もちろんアフリカ大陸の国民たちもだ。

 アザルエルが負けたこと自体は悔しいが、その強さ、誇りをみせてもらった。

 そして未来の旦那になるであろう夜虎の強さも、身内になるのなら溜飲も下がる。


 その白熱した戦いにただ賞賛を送ったと同時に、五大貴族の偉大さを実感した。


『しかし、一体どうなるんでしょうか! 光太郎さん!』

『息子はモテモテだな! さすが、俺の子だぁぁ!』

『あ……あはは、そんな簡単な話じゃないとは思いますが!! と、とりあえずこの件は追々ということで次いきましょうか!! と言いたいところですが闘技場がボロボロですね』


 アザルエルが滅茶苦茶にした闘技場。

 石畳は溶けたり砕けたりと荒れ放題。


「ふん! あたしが直してあげるわ。感謝しなさい」


 すると冥が手をかざす。

 出現したのは大量の石人形。100以上のそれがせっせと会場を直していく。

 

『わぁ、すごい! 黒王冥夜様は土属性の使い手なんですね!』

『いや……違う』


「アザルエルも相も変わらず滅茶苦茶な女だ」


 すると水を生み出し、残り火を消す。

 燃え尽きた灰を風で吹き飛ばし、空いた穴は土で埋める。


 圧倒いう間に全て直して、そしてその足に雷を帯電し、ぴょんっと真ん中に飛んだ。


『え? いま……一体どれだけの魔術を使ったんですか。火、土、水、雷……え? 四つ?』

『いや、無限の魔王……黒王家。その力は魔王と呼ぶにふさわしく、中でも歴代でもっとも才を持つと言われる黒王冥夜様は……血継魔術以外。すべてを使えると言われている』

『全て!? なんですかそのチートは!』



「ゼフィロス!! さっさときなさい! 私を待たせる気?」


 その瞬間だった。



 ズン!!



 濃密な魔力の波動がこの国中を駆け巡る。

 シンアラートが鳴り響くほどの巨大な魔力。


 そしてものの数秒後だった。


 吹き荒れる暴風が競技場を包み込む。

 まるで台風の中に放り込まれたような突風が起きて、悲鳴と共に観客たちが飛ばされそうになる。

 慌てて銀幕を張るジークフリート。


 落ち着いた競技場、そして頭上を見る。

 そこには少し大きめの白いシャツの小柄な少女。

 ボーイッシュな白髪で、感情の無い目をした少女が風を纏って空に浮いていた。


「まずは握手でもしようかしら?」

「いらない。時間の無駄」


 直後、風の刃が冥夜に飛んでいく。

 しかし、帯電し強化されたゴーレムが瞬時に間に入り、氷の盾を持ってそれを守る。


「礼儀も知らない、ブリキトカゲが」


 黒王は、その眼を開いて白龍を見る。




◇数分後。




「いてて……結構本気で魔力でガードしたのに、火傷するなんて……本当にすごい魔術だな」

「ごめんね、やーくん。私がヘマしたせいで」


 俺は今、医務室でアザルエルに治療してもらっている。


「大丈夫。痛いだけだし、アザルエルが無事ならそれが一番だ。それに治してくれるんだろ?」

「やーくん…………しゅき!」

「いてぇ!?」


 火傷している俺の背中にぎゅっと抱きしめるアザルエル。

 と思ったら、さっきよりなんだか痛みが……。 

 それになんだこのとんでもなく柔らかい感触は。


「実は手より……体密着したほうが早いんだ」

「…………え? まさか」

「今……あたし、裸だよ。やーくん、背中おっきいね。それにすごく……硬い」

「――!?」


 俺の背に、アザルエルが密着している。

 耳裏から囁くようなアザルエルの声と吐息が聞こえる。


「ちょ、あ、アザルエル!?」


 俺の前に手を回してきた。

 さわさわと俺の色んなところを触っているのか触っていないのか、そんな優しい手つきで俺の体を触る。

 すこしこちょばくて、なんでキモチイイんだ?


「あ…………」


 長い爪でカリっとされた瞬間、思わず変な声が出てしまった。


「あは♡ 可愛い声漏れちゃったね。やーくん、ここ敏感なんだ」

「あ、アザルエル! ふざけるのも大概にして……」

「エッチするのが一番密着できて回復速いんだけどなぁ。ヤる? ヤっちゃう?」

「こら! いい加減にしな……い……と」


 後ろを向いたら、アザルエルの顔が目の前にあった。

 とろんとした顔で、良い匂いで、目を閉じて俺に近づく。え? キス?


「全部任せて。お詫びに……天国見せてあげる」

「へぇ?」


 俺は思わず思考がフリーズした。アザルエルの唇が目の前に。

 

 ガラガラガラ


 すると扉が空いた。

 信じられないぐらい低い声とともに部屋が凍る。


「夜虎? 何してるの? 浮気なの? その女殺せばいいの? それとも夜虎が悪いの? 一緒に死ねばいいの? そしたらあなたは私だけのものになるの?」


 ローラだった。ハイライトが消えた目でまるで深淵のような眼差しと共に、抑揚のない声でまくしたてる。

 まずい、このままでは本当の天国に連れていかれる!


「ロ、ローラ! 違うんだ、これはアザルエルが勝手に!」

「違うよ、ローラちゃん! やーくんが迫ってきたの! ローラちゃんには内緒だぞって!」

「アザルエル!?」

「てへぺろ」

「そう……所詮、あなたもオスってことなのね。仕方ないわ……脱ぎなさい。今日から私が管理する。まずは一滴残らず搾り取らないとね」

「搾るってなにを!? 管理ってなに!? わからないけど、怖そうだからやめて!! 舌なめずりやめて! 腕まくりやめて!」


 ギロっと若干怒り気味のローラが怖かったので、俺は逃げるように立ち上がった。

 すると、あれ? 背中の痛みが消えてる。


「はい、治療終了!」

「え? すごい……まだ30分ぐらいなのに」

「えへへ。聖女ちゃんの愛の力でした!」


 俺は部屋に会った鏡を見て、確かに治っている背中を見る。

 すごいな。ほんとに綺麗に治ってる。

 アザルエルが言うには、黄金の聖火は活性化の力があるそうで俺の治癒力を最大にまで引き上げるそうだ。


「まぁいいわ。夜虎を治したお礼にチャラにしてあげる。夜虎、ちょっといい?」

「ん?」





 ローラにつれていかれて、廊下に出る。 

 そしていきなりの。


 ドン!


「壁ドン……ほんとにちょっとドキっとする」

「ねぇ、夜虎。なんで紫電を使わないの。温泉宿のときもそう。紫電を私はあの日からみてない。もしかして使えなくなったの?」

「……いや、使えるよ。ただ使わないだけ」

「どういうこと?」

「千代子婆ちゃんとの約束なんだ。6歳のころ、千代子婆ちゃんに紫電のことを父さんと報告しにいって紫電を使ったとき、いきなり婆ちゃんに雷槍叩き込まれてさ。気絶するかと思った。今すぐやめろ! 紫電を使うな!! ってめっちゃ怒られたんだよな」

「なんでそんなこと……普通は喜ぶことでしょ?」

「それはそのときがきたら話すって言われた。だから……わからない。でもあのときの婆ちゃんの顔は忘れられないんだ。でもそのあとすごくうれしそうに、優しく撫でてくれたんだ。ほんとによくやったって。ありがとうって。だから嫌がったんじゃない、何か理由はあるけど、まだ話す時じゃないってことなんだと思う。俺は婆ちゃんを信じてるから……父さんと誓いを立てたんだ。紫電は使わないって」

「ふーん、よくわからないわね」

「でも一つだけ。いや、二つかな。同じく誓いを立てたんだ」

「なんなの?」

「誰かを心から救いたいとき、そして紫電じゃなきゃそれが成し遂げられないと俺が思ったとき。その時に限り、禁を解く。って。だから俺はこの大会では紫電を使うつもりはないよ」 

「そう……わかった。見れないのは残念だけど、夜虎なら紫電に頼らなくてもきっと勝てるわね」

「おう、任せとけ! そのための10年だ!」


 するとローラがニコッと笑った。


「そういえば…………終わったわよ。試合」

「え? どっちが勝ったの」

「見た方がいいわ」


 するとスマホを手渡すローラ。

 そこには映像が映っていた。

 黒王冥、そしてゼフィロス・ヴァイスドラグーンとの戦いの一部始終。





 世界最強と世界二位。

 その戦いは、言葉では言い表せない壮絶な戦いだった。


「これが……無限の魔王……黒王冥」


 試合開始と同時に、冥は、魔術を大量に繰り出した。


 アザルエルのノヴァよりも大きな火球。

 空からの雷、競技場すら凍る氷結。

 水の牢屋に、石の礫、100以上の見上げるほどのゴーレムが剣や斧やと振りかぶる。


 夜虎は思った。

 片手で罪度ギルティチュード7を倒すと聞いたとき、それほどかと思ったがそれ以上だと。

 圧倒的な手数の多さ、そして繊細さ。

 これだけの魔術を手足のように扱うには、血のにじむような魔力制御の努力があったはずだと理解できた。


 何分それが続いたか。

 ジークフリートとエウロス・ヴァイスドラグーンの防壁がなければ間違いなく観客にケガ人がでている。

 そしてその魔術の嵐がやっと終わったとき。


『相変わらず、うっとおしい風!!』

『もう終わり?』


 風の魔術が全てを阻んでいた。

 まるでそこだけ空間が断絶してしまったように、一切その先に攻撃は届かない。

 それは血継魔術ではない。ただのゼフィロスの風魔術が、全てを防ぐ。


 ゼフィロスが手をかざす。

 吹き荒れる暴風がすべてを吹き飛ばす。

 冥のあらゆる魔術すべてが、まるで風化したように消し飛んだ。


 これが最強。

 これが世界一。


『じゃあ、終わり』

『くっ!!』

 

 向けられる手、そして風の刃が直撃し、砂煙が舞い上がる。

 圧倒的な差、二位の黒王家とこれほどまでに差があるのか。

 観客席も実況も誰しもがそう思ったが。


 煙が晴れたとき。


『傲慢。それがあなたの敗因よ。ブリキトカゲ』

『……?』


 冥は笑っていた。

 首をかしげるゼフィロス。

 次の瞬間だった。


 色鮮やかな球体が、地面の中から飛び出してきた。

 その数は五個、直径2メートルほどの色鮮やかな球体だった。


 それを見て最初に反応したのは、エウロス・ヴァイスドラグーンだった。


『まさか、その年で使えるのか。魔術の極みを』

『ははは! 冥は、天才……という奴じゃよ。歴代黒王家で最も才能ある子……悪いな、風龍の……お前の娘。死んだぞ』

『…………ゼフィ!! それはお前でもまずい!!』


 まるでサファイアのような青の球体――木。

 燃えるルビーのような真っ赤な球体――火。

 黄色い土ような金色の球体――土。

 真っ白なキャンパスのような色の球体――金。

 そしてなにも移さない真っ黒な球体――水。


 その球体が高速でゼフィロスの周りを回転する。


 初めて表情を崩したゼフィロスは、その効果範囲から逃げようとする。

 しかしにやっと笑った冥は、手の平にこぶしを合わせて叫んだ。


『逃がすわけないがないでしょうがぁ!! 黒王吸渦ブラックホール!!』

『ぐっ!?』


 それは黒王家だけが持つ五行の外の血継魔術。

 ゼフィロスを中心に、真っ黒な渦が、発生し、周囲を強力な引力で引き寄せる。

 その力で、その場に押しとどめられたゼフィロス。


 そして周りの球体は加速し続け、ついに円環を為す。

 冥が両手を印を結び、にやっと笑った。

 

『死んだら、あなたの国は私が守ってあげる。だから安心しなさい! 五行円環!!』

『――!?』


 虹色に輝く光が、まるで火柱のようにその円環内に発生した。

 眩いばかりの輝きが、夜虎の持つスマホを埋め尽くし何も見えない。

 そして、次に画面を視界を取り戻した時。


 その虹色の光が貫いた場所には、何も存在していなかった。

 地面にはぽっかりと穴が開いて、まるでそこだけ切り取られたような深淵がのぞいていた。

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