第48話 黄金の聖火ー3
◇
「
ジークフリートが、慌てて魔術を発動する。
視認性は悪いが、そんなことを言っている場合ではない。
観客席すべてを、銀色の分厚い氷が包み込む。
そして、それは爆ぜた。
ドローンは溶けて、石畳の闘技場すらも溶ける。
永遠に溶けない銀氷すら、黄金の聖火で半分溶けてしまったが観客たちは守り抜く。
「とんだ……お転婆姫だ。うちのより酷い子がいるとは」
「ジークフリートさん! うちの子がすみません!」
「いや、問題ないですよ。彼らが思いっきり戦えるように、私がいるんです」
アザルエルの母は、ジークフリートに駆け寄ってその手をぎゅっと握り、胸に挟む。
若干気まずそうにジークフリートは、視線を外した。
「しかし……ノヴァ8ですか。あの威力を一瞬で……末恐ろしい力だ」
「えぇ、あの子。私よりも魔力ずっと多いから……だから」
「――!?」
「あれぐらいなら連発できるんです」
「なんて子だぁ!!
再度放たれるノヴァ8。
慌てて氷を張りなおすジークフリート。
一般客はもはや恐怖で、半分近くが闘技場から逃げ出していた。
「しかし、夜虎といったか。あの若造……何者じゃ? なんやかんや全部防ぎよる。魔力量、魔力制御、身体能力。そして……センス。どれをとっても……非の打ち所がない」
黒王
雷を纏い、高速で移動する姿は、間違いなく特級などで納まる器ではない。
それにあまたの魔術師を見てきた
「しかも底が見えん……か」
「なんだい、まだ耄碌はしてなかったのかい」
「紫電の。あれは一体なんじゃ? 何から生まれた。いや、どうやって作った」
「あんたらとは違うよ。あれは……ただ愛されて生まれた天然物の天才さ」
そして紫電千代子は、いまだに一度も口を開かない男を見る。
エウロス・ヴァイスドラグーン。
世界最強の一族が、確かに夜虎を見つめていた。
「はぁはぁ……はぁはぁ……やーくん……やーくん!! すごい! もっと!! あぁん! もっとして!!」
「テンションがおかしくなってるぞ、アザルエル!! あと喘ぎ声みたいなのやめて!」
夜虎は躱し続けた。
いや、躱すスペースなどどこにもなく、爆発にむしろ雷槍をぶつけ相殺を繰り返していた。
軽度の火傷は負っているが、魔力の鎧が夜虎を守り切っている。
「はぁはぁ……やーくん。しぶとい。でも……先にイったほうが負けだかんね」
「望むところだ。我慢するのは得意だぞ」
お互いわかっている。
どちらの魔力が先に消えるか。今やっているのは、そういう戦いだということが。
アザルエルはノヴァを繰り返す。
夜虎は雷槍を繰り返す。
真っ向からの魔力勝負、先に魔力が尽きたほうが負ける。
それを見る特等席に座るアザルエルの母、グラディルはうっとりした表情で夜虎をみる。
「なんて優しい子……勝とうと思えば、もっと簡単に勝てるのに。アザルエルちゃんをできるだけ傷つけない方法で……真っ向から受けてくれている。アザルエルちゃんも夜虎くんが、全部受け止めてくれるから思いっきり戦えてる」
「ああいう子なんですよ。そんな彼が……私は好きだ。私の娘もね。まっすぐで……愚直で……どこまでも……優しい」
「認めるしかないようじゃな。あれは……凡ではない。とんでもないガキを連れてきたの。紫電の」
「ははは! まだ全員わかっちゃいないね。白虎夜虎という存在を。あいつが優しい? そんな生易しいもんじゃないよ。あれは一種の求道者だ。狂気と言ってもいい。一体どんな人生歩めば……あの年でああなるのか。一回死んで、生まれ変わったって言われてもあたしは信じるよ。でもね」
紫電千代子は笑いながら夜虎を見る。
「そういうもんだ……世界を変えるような男ってのは」
長い長い戦いも、ついに終わりが近づいていた。
夜虎にはまだまだ余裕はあるが、アザルエルは目に見えて消耗している。
それだけで、勝者はどちらか全員わかっていた。
「はぁはぁ……やーくん。体力ありすぎ……もう……膝ガクガクなんだけど」
「これだけは自慢なんだ。だからアザルエル降参してくれる?」
「うーん、ごめんね。普段適当に生きてるけどさ、これでも……あたしも一族背負ってるんだ。何億って人があたしの背中に乗ってるの。今もきっと……みんな見てる。エッチな体はいくらでも見られていいけど、逃げる背中は見せられない」
「そっか……」
「うん、だから貴族として」
アザルエルは手を掲げ、その上には太陽が生まれる。
「最後まで誇り高く」
「かっこいいよ、アザルエル」
今までで一番大きな太陽。
ノヴァ8を優に超えるる巨大な黄金の炎。当たれば夜虎といえばただでは済まない威力。
「ノヴァ16…………これがあたしの全力だよ」
「受けて立つ!」
そのときだった。
アザルエルが膝をついた。
と同時に、地面に倒れた。
「あ、あれれ? なんで? 体が……うごか……ない」
「まさか…………魔力切れ!? ここで!?」
制御を失った太陽が、激しく火花を散らして、鳴動する。
ノヴァ16。直径30メートルを超える巨大な太陽が……さらに強く鳴動する。
「ジークフリートさん!! やばい!!」
「わかっている!!!! わかっているがぁぁ!!」
全力の銀氷が、観客席を今までの三倍以上の分厚さをもって守る。
だが、その巨大な太陽の前にはあまりに心もとない。
「それでは足りん……
「エウロス殿……助かる!」
エウロス・ヴァイスドラグーンが手をかざした。
竜巻のような純白の風がさらに観客を守るために、出現する。
だが、観客席だけだ。
夜虎は走った。
「アザルエル!!」
「…………ミスった。魔力切れなんて……10年ぶり……で」
魔力が切れて動けない。
つまり、フェニックスでもう再生できないということ。
「アザルエルちゃん!!」
「待て、黄金の!! 巻き込まれる!! 間に合わん!」
あの爆発に巻き込まれればアザルエルは死ぬ。
助け出す? 太陽は臨界、もう間に合わない。
バチッ!!
太陽が爆ぜる前に、空気が爆ぜて雷鳴轟く。
夜虎は全力で走って、アザルエルに覆いかぶさるように抱きしめた。
「……逃げて」
「逃げない。守る」
ドン!!
まるで超新星爆発のような巨大な爆発が会場を包む。
銀氷を砕き、そして風に阻まれた爆発は、天高く立ち上り、きのこ雲を作り出した。
爆煙で何も見えない闘技場。
そしてゆっくり煙が晴れたとき、石畳は全て溶けて消えて、ぽっかりと大きな穴が開いていた。
たった一か所を残して。
そこには、アザルエルを抱きしめて守った夜虎の背があった。
「はぁはぁ…………ケガはない? アザルエル」
「やーくん……守ってくれたの? なんで……あたしを」
心配そうな顔で見つめるアザルエル。
自分が失敗したことで、夜虎を傷つけた。
戦いではなく、自分のミスで。
「友達なんだ。命かけて守るよ。それより……無事でよかった」
そういって痛みを我慢しながらも、安心させようとニコッと笑う夜虎。
「…………負けました」
「え?」
「惚れたら……負けだもん」
「………………………………え?」
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