第48話 黄金の聖火ー3



銀色の世界シルバーアイス!!!!」


 ジークフリートが、慌てて魔術を発動する。

 視認性は悪いが、そんなことを言っている場合ではない。

 観客席すべてを、銀色の分厚い氷が包み込む。


 そして、それは爆ぜた。


 ドローンは溶けて、石畳の闘技場すらも溶ける。

 永遠に溶けない銀氷すら、黄金の聖火で半分溶けてしまったが観客たちは守り抜く。


「とんだ……お転婆姫だ。うちのより酷い子がいるとは」

「ジークフリートさん! うちの子がすみません!」

「いや、問題ないですよ。彼らが思いっきり戦えるように、私がいるんです」


 アザルエルの母は、ジークフリートに駆け寄ってその手をぎゅっと握り、胸に挟む。

 若干気まずそうにジークフリートは、視線を外した。

 

「しかし……ノヴァ8ですか。あの威力を一瞬で……末恐ろしい力だ」

「えぇ、あの子。私よりも魔力ずっと多いから……だから」

「――!?」

「あれぐらいなら連発できるんです」

「なんて子だぁ!! 銀色の世界シルバーアイス!!!! 私の魔力が持たないぞ!!」


 再度放たれるノヴァ8。

 慌てて氷を張りなおすジークフリート。

 一般客はもはや恐怖で、半分近くが闘技場から逃げ出していた。


「しかし、夜虎といったか。あの若造……何者じゃ? なんやかんや全部防ぎよる。魔力量、魔力制御、身体能力。そして……センス。どれをとっても……非の打ち所がない」


 黒王 志勇シユウは、夜虎を見る。

 雷を纏い、高速で移動する姿は、間違いなく特級などで納まる器ではない。

 それにあまたの魔術師を見てきた志勇シユウをもってしても。


「しかも底が見えん……か」

「なんだい、まだ耄碌はしてなかったのかい」

「紫電の。あれは一体なんじゃ? 何から生まれた。いや、どうやって作った」

「あんたらとは違うよ。あれは……ただ愛されて生まれた天然物の天才さ」


 そして紫電千代子は、いまだに一度も口を開かない男を見る。

 エウロス・ヴァイスドラグーン。

 世界最強の一族が、確かに夜虎を見つめていた。



「はぁはぁ……はぁはぁ……やーくん……やーくん!! すごい! もっと!! あぁん! もっとして!!」

「テンションがおかしくなってるぞ、アザルエル!! あと喘ぎ声みたいなのやめて!」


 夜虎は躱し続けた。

 いや、躱すスペースなどどこにもなく、爆発にむしろ雷槍をぶつけ相殺を繰り返していた。

 軽度の火傷は負っているが、魔力の鎧が夜虎を守り切っている。


「はぁはぁ……やーくん。しぶとい。でも……先にイったほうが負けだかんね」

「望むところだ。我慢するのは得意だぞ」


 お互いわかっている。

 どちらの魔力が先に消えるか。今やっているのは、そういう戦いだということが。


 アザルエルはノヴァを繰り返す。

 夜虎は雷槍を繰り返す。

 真っ向からの魔力勝負、先に魔力が尽きたほうが負ける。



 それを見る特等席に座るアザルエルの母、グラディルはうっとりした表情で夜虎をみる。


「なんて優しい子……勝とうと思えば、もっと簡単に勝てるのに。アザルエルちゃんをできるだけ傷つけない方法で……真っ向から受けてくれている。アザルエルちゃんも夜虎くんが、全部受け止めてくれるから思いっきり戦えてる」

「ああいう子なんですよ。そんな彼が……私は好きだ。私の娘もね。まっすぐで……愚直で……どこまでも……優しい」

「認めるしかないようじゃな。あれは……凡ではない。とんでもないガキを連れてきたの。紫電の」

「ははは! まだ全員わかっちゃいないね。白虎夜虎という存在を。あいつが優しい? そんな生易しいもんじゃないよ。あれは一種の求道者だ。狂気と言ってもいい。一体どんな人生歩めば……あの年でああなるのか。一回死んで、生まれ変わったって言われてもあたしは信じるよ。でもね」


 紫電千代子は笑いながら夜虎を見る。


「そういうもんだ……世界を変えるような男ってのは」



 長い長い戦いも、ついに終わりが近づいていた。

 夜虎にはまだまだ余裕はあるが、アザルエルは目に見えて消耗している。

 それだけで、勝者はどちらか全員わかっていた。

 

「はぁはぁ……やーくん。体力ありすぎ……もう……膝ガクガクなんだけど」

「これだけは自慢なんだ。だからアザルエル降参してくれる?」

「うーん、ごめんね。普段適当に生きてるけどさ、これでも……あたしも一族背負ってるんだ。何億って人があたしの背中に乗ってるの。今もきっと……みんな見てる。エッチな体はいくらでも見られていいけど、逃げる背中は見せられない」

「そっか……」

「うん、だから貴族として」


 アザルエルは手を掲げ、その上には太陽が生まれる。


「最後まで誇り高く」

「かっこいいよ、アザルエル」


 今までで一番大きな太陽。

 ノヴァ8を優に超えるる巨大な黄金の炎。当たれば夜虎といえばただでは済まない威力。


「ノヴァ16…………これがあたしの全力だよ」

「受けて立つ!」


 そのときだった。

 アザルエルが膝をついた。

 と同時に、地面に倒れた。


「あ、あれれ? なんで? 体が……うごか……ない」

「まさか…………魔力切れ!? ここで!?」


 制御を失った太陽が、激しく火花を散らして、鳴動する。

 ノヴァ16。直径30メートルを超える巨大な太陽が……さらに強く鳴動する。


「ジークフリートさん!! やばい!!」 

「わかっている!!!! わかっているがぁぁ!!」


 全力の銀氷が、観客席を今までの三倍以上の分厚さをもって守る。

 だが、その巨大な太陽の前にはあまりに心もとない。


「それでは足りん……純白の風壁ヴァイス・ウィンドウォール

「エウロス殿……助かる!」


 エウロス・ヴァイスドラグーンが手をかざした。

 竜巻のような純白の風がさらに観客を守るために、出現する。


 だが、観客席だけだ。

 夜虎は走った。


「アザルエル!!」

「…………ミスった。魔力切れなんて……10年ぶり……で」


 魔力が切れて動けない。

 つまり、フェニックスでもう再生できないということ。



「アザルエルちゃん!!」

「待て、黄金の!! 巻き込まれる!! 間に合わん!」



 あの爆発に巻き込まれればアザルエルは死ぬ。 

 助け出す? 太陽は臨界、もう間に合わない。


 バチッ!!


 太陽が爆ぜる前に、空気が爆ぜて雷鳴轟く。

 夜虎は全力で走って、アザルエルに覆いかぶさるように抱きしめた。


「……逃げて」

「逃げない。守る」



 

 ドン!!


 まるで超新星爆発のような巨大な爆発が会場を包む。

 銀氷を砕き、そして風に阻まれた爆発は、天高く立ち上り、きのこ雲を作り出した。


 爆煙で何も見えない闘技場。

 そしてゆっくり煙が晴れたとき、石畳は全て溶けて消えて、ぽっかりと大きな穴が開いていた。


 たった一か所を残して。


 そこには、アザルエルを抱きしめて守った夜虎の背があった。


「はぁはぁ…………ケガはない? アザルエル」

「やーくん……守ってくれたの? なんで……あたしを」


 心配そうな顔で見つめるアザルエル。

 自分が失敗したことで、夜虎を傷つけた。

 戦いではなく、自分のミスで。


「友達なんだ。命かけて守るよ。それより……無事でよかった」


 そういって痛みを我慢しながらも、安心させようとニコッと笑う夜虎。


「…………負けました」

「え?」

「惚れたら……負けだもん」

「………………………………え?」

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