第46話 黄金の聖火ー1

 対戦カードが発表される。

 1 紫電静香

 2 アザルエル・ロートオリフラム

 3 俺

 4 黒王冥

 5 ゼフィロス・ヴァイスドラグーン

 6 オーロラ・シルバーアイス。


 1と6は一回戦免除だ。

 2と3が戦い、勝者と1が戦う。

 4と5が戦い、勝者が6と戦う。

 

「なんかちょっと偏ったな。静香お姉ちゃんとか」

「くじ引きだから仕方ないわね。私は夜虎と戦うつもりはないけど」

「せっかくだからやろうよ! 成長した俺と!」

「いやよ、勝てるわけないじゃない。よかったわ、これで楽ができる。夜虎、あとは任せたわね」

「うわ、ずる」

「本命はあなたなのだから。ふふ、頑張ってね。頑張れたら、お姉ちゃんが頭を撫でてあげる」


 にこっと笑う静香お姉ちゃん。まさかくじ引きに細工を?

 と考えても仕方ないので、俺は気持ちを切り替えて対戦相手を見る。


 金髪黒ギャルが俺を見てにやっと笑う。


「よろ、やーくん」

「…………手加減するつもりはないよ、お互い頑張ろ」

「あれ? 手加減? なんか……もしかしてやーくんって私より強いと思ってない?」

「…………思ってるよ。そう思わないと勝てないから」

「ふーん、そっか。じゃあ……」


 にやっと笑うアザルエル……しかし、黄金の魔力が漏れ出てまっすぐと俺を見る。


「わからせちゃお。負ける気持ちよさ」


 ぞくっとするような感覚。

 今までのアザルエルとは違う。

 俺は気を引き締める。相手は五大貴族……生半可な相手ではない。


 そして、開会式はつつがなく終わり、一回戦である俺とアザルエルだけが会場に残った。

 審判は。


「お前かよ」


 審判はなんと清十郎だった。


「仕方ねぇだろ。親父に無理やりやらされてんだ。頼むから巻き込まないでくれよ、お前ら化け物の戦いに。俺は所詮一般人だ。すぐ死ぬぞ」

「そんな余裕があればな」


 まぁある程度強くないとだめだし、こいつはほぼ実力は上級魔術官。

 こういうとき、下っ端は辛いな。


「悪いが贔屓はできねぇぞ」

「当たり前だ」


 そして時間になる。

 清十郎の指示のもと、俺とアザルエルは100メートルほどの距離を取った。

 会場にはドローンがたくさん飛んでおり、ネット中継や会場の大スクリーンに映されている。


 さらには観客に、被害がいかないように特級をはじめ名のある魔術官が配置されているし、極めつけはこれだ。


「――銀幕シルバーカーテン」 


 その瞬間、観客席と俺達の間に視界を妨げないが意識すれば見えるほどの銀色の薄い膜が広がる。

 それはジークフリートさんの魔法だった。

 例年、シルバーアイス家のこの魔法をもって、観客を守るらしい。鉄よりも硬い銀色のカーテンだ。しかもほんのり涼しく夏の火照りを冷ましてくれる。


 すると実況のテンション高い女性アナウンサーがお礼を述べた。


『ジークフリート・シルバーアイス様! ありがとうございました!』


 大画面に映される五大貴族用の特等席。

 すると、ジークフリートさんが片手をあげて、さわやかに笑った。

 さすが世界中のおばさま達からガチ恋されているイケオジだ。おそらく今ので何人かおば様が失神している。


「じゃあ、二人とも準備はいいな?」

「はーい!」

「いつでも」

「OK」


 清十郎が、手を上げる。

 と同時に実況が叫んだ。


『さぁ! 第五回となる五大覇祭! 対戦カードは、黄金の聖火! ロートオリフラム家のアザルエル様! 対するは、日本の秘密兵器! ニュースで見かけたこともあるでしょう! 日本史上最年少特級魔術官! 白虎夜虎さんです! ぜひ、健闘していただきたい!』


 自己紹介、そして清十郎が腕を振り下ろし。


「はじめ!!」


 戦いの火蓋を切る。





 五大貴族特等席。


「アザルエルちゃんがんばれぇぇぇ! ママが応援してるわよぉぉ!」


 アザルエルにも負けず劣らずの胸を揺らす褐色美女が応援する。

 アザルエルの母であり、現・ロートオリフラム家当主――グラディル・ロートオリフラだった。

 年齢を感じさせない若さは、まるでアザルエルの姉のようでもあった。


「おほーー! 揺れとる揺れとる! 黄金の! 相変わらず揺れとるのぉ!」


 その隣で、試合そっちのけでグラディルの胸を見る初老の男。

 杖をしながら、背は低くすでに齢70を超えているが、現黒王家当主であり、冥の曽祖父――黒王 志勇シユウだった。


 そこに戻ってきた紫電千代子も席に座る。


「そんなもんより見なくていいのかい、エロ爺。うちの夜虎を」

「ん? 紫電の糞ババアか。はて……夜虎とは……あぁ、あの若造か。一般枠じゃろ? いらんいらん。名前を覚える気にもならん。ただの才能ある若造なんぞ、アザルエルちゃんに爆破されて終わりじゃ。そんなことより、アザルエルちゃんもよう……実っとるのぉ!!」

「そうかい、そりゃ……あんたの目も耄碌したねぇ。はやく引退しな」

「あぁ? なんじゃと?」


 少し怒気を含んだ声と、黒い魔力が滲みだす。

 だが、遮るようにジークフリートが声をだす。


「楽しみですね。千代子殿。夜虎君の世界デビュー戦ですか?」

「なんじゃ、銀氷の。お前さんまであの小僧が気になるのか?」

「ええ、実の子のようにね。志勇シユウ殿も今一度見るといい。歴史は変わるかもしれません」


 その言葉に眉をひそめながら夜虎を見る志勇シユウ


 そしてジークフリートは隣の椅子を見る。

 何もしゃべらず、ただ静かに目を閉じているヴァイスドラグーン家の現当主――エウロス・ヴァイスドラグーンを見る。


「もしかしたら……最強もね」





 夜虎とアザルエルは向かい合う。


「やーくんは強いから……うーん。2ってとこかな。4はちょっと死んじゃうかもだし」


 アザルエルが指を鳴らす。

 その瞬間だった。


 チリッ……。


 空気中をまるで導線に火がついたように火花散る。

 

 次の瞬間だった。


「ノヴァ2」

「――!?」


 夜虎の目の前には半径2メートル近くの巨大な火の玉が生まれた。

 鳴動し、そして黄金の炎と共にまるで小さな太陽が。


「バン!」


 爆ぜた。

 爆風が会場を包み込み、銀氷の幕が観客を守る。

 闘技場の石畳が、あっさりと吹き飛び、まるでダイナマイトの爆発だった。


 あまりの威力に、観客は言葉を失った。

 五大貴族とはこれほどまでに常識外れの力なのかと。


「なんじゃ……あっさりと終わりよったぞ? あんな凡になぜ期待しとるんじゃ? 下手すると死んだか? 死体が見えんがぁ」

「はは、やっぱり耄碌してるのかい?」

「なんじゃと………………ん? なるほどのぉ。雷か。お前の国らしいな」


 志勇シユウは身を乗り出した。

 




 アザルエルは、慌てて両手で頭を抱えた。


「や、やっちゃった!! 2でもやーくんには強すぎた!! やばいやばい! 死んじゃった!?」


 バチッ!


「へぇ?」

 

 後ろを振り向くアザルエル。

 そこには。


「大丈夫、安心して。死んでないよ」

「…………まじ?」


 その手に雷を纏う夜虎がいた。

 爆破と同時に、爆風よりも早く移動した夜虎は、アザルエルの背後に回っていた。

 そして、振り向いてガードしようとしたアザルエルのお腹に。


「雷掌!!」

「ぐふっ!?」


 電気を帯びた掌打を打ち込む。

 アザルエルは、震えながら突き飛ばされて、そしてピクピクと倒れた。

 

 試合開始数秒後に、爆破が起きて、さらに数秒の出来事だった。

 実況は言葉を失っていた。


『え、え……あの……な、なにが』

『ロートオリフラム家の血継魔術――ノヴァ。視認した場所を爆発させる強力の魔術だ。ノヴァ2とアザルエル様が言ったが、おそらく半径2メートルのノヴァを生み出す技だろう。それが夜虎の目の前に出現し、爆発した。だが、夜虎はその爆発よりも早く、アザルエル様の背に回り、掌打。我が息子ながら……鮮やかと言う他ない』

『と、ということは!! ま、ま、まさかの!! まさかの! 白虎夜虎選手、一回戦突破!!』

『いや……それは早計だ』

『え?』


 もう一度会場を見る実況は、それを見てやはり言葉を失った。




 夜虎は、急いでアザルエルに駆け寄る。

 加減はしたとはいえ、気絶してもおかしくはない威力。

 どこか怪我をしたら大変だと、その体を抱きあげようとする。


 しかし、近づいた瞬間だった。


「あつ!?」


 アザルエルの体が黄金の炎で燃え上がる。

 まるで不死鳥のような炎に包まれたかと思うと、まるで何事もなかったかのように立ち上がるアザルエル。

 


『た、立ち上がったぁぁ!! アザルエル様がまるで不死鳥のように立ち上がったぁぁぁ!!』

『あれこそが、ロートオリフラム家が消えない火と呼ばれる所以。血継魔術を二つ持つロートオリフラム家、アクティブのノヴァと……そして、パッシブのフェニックス』

『ファニックス……い、一体どういう力なんでしょうか!』

『簡単だ……たとえ四肢をもがれようとも、腹を貫かれようとも、頭が潰れようとも、その魔力尽きるまで……不死鳥のようにすべてのケガを修復し、再生する』

『…………すご』



 夜虎は一歩、距離を取った。


「噂には聞いてたけど……本当なのか。それが君のもう一つの血継魔術――フェニックス」

「やーくん、ほんとに強いんだ。びっくりしちゃったなぁ……あぁ、だめだめ。今のでスイッチ入っちゃう……抑えて抑えて」


「あれぐらいじゃ……ダメか。なら……ちょっと痛いけど!! ごめん!!」


 夜虎はその手に雷を纏い、そして手加減しながら雷槍を手をグーにして、アザルエルの腹部に叩きこむ。

 さすがに貫くわけにはいかないと抑えたが、普通の人間なら間違いなく気絶する威力。

 うっ……という声と共に、アザルエルは吹き飛んだ。


「ごめん! アザルエル!! 強すぎたかも!!」


 さすがに少し強すぎたと慌てて駆け寄る夜虎。

 しかし、その心配は不要だった。

 黄金の不死鳥が舞い上がり、アザルエルはまた何事もなかったように立ち上がる。


「あぁ……だめだよ。だめ……だめ。我慢してたのに……やーくんのせいだ。殴るんだもん。やーくん……そんな優しそうな顔してしっかり殴るんだもん。そんなことされたらゾクゾクして……スイッチ入っちゃうじゃん」


 焦点のあっていない目と壊れたような笑顔で夜虎を見る。


「ア、アザルエル、大丈夫? それに……スイッチって何?」

「発情スイッチ」

「えぇぇ…………」

「今のちょー痛くて……ちょーキモチよかったなぁ。だから、やーくん」


 まるで人が変わってしまったかのようなアザルエル。

 光悦の表情で、顔を火照らせながらうっとりと夜虎を見る。


「もっと激しくしても大丈夫だよ? 私、痛いの大好きだから」

「……えぇぇ」


 夜虎は何か見てはいけない深淵を覗いてしまったような気がして恐怖で、一歩下がった。


 なぜ殴られて気持ちよいのか。なぜ痛くて嬉しそうなのか。

 なぜ恍惚の表情で、焦点のあってない目でえへへと涎を垂らしているのか。


 その理由を夜虎はまだ知らない。

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