第43話 開幕ー1
夜。
俺はその日の修行を終えて、学生寮に帰る。
家でこの巻物をゆっくり読みたいしな。
すると、隣の特級専用修練場2の明かりがついていた。
二つしかないこの修練場、いつも真っ暗だが最近良く明かりがついている。
太陽学園には多くの生徒がいるが、特級の人は他にもいるんだろうか。
俺は気になったのでちょっとだけのぞいてみる。
そこには。
「はぁはぁ…………もう一度。これじゃ……まだダメ」
ローラがいた。
最近、今までみたいにべったりではなくて毎日忙しそうだなと思ってたけど修行してたんだ。
俺が使いだした頃から明かりはついてたし、毎日のようについていたので相当長いことやっている。
「もう一度……こんなんじゃ……あいつに勝てない。私は……最強の妻なのよ。はぁはぁ……世界で……二番目に強くなくちゃ」
俺はそれを少しだけ見つめていた。
ローラの魔力制御は正直、俺と同等レベルだ。
つまりそれは俺が必死に修行した10年と同じような密度の修行を10年こなしたということだろう。
自分で言うのもなんだが、生半可な努力で到達できる場所じゃない。
そして今、この光景を見ればわかる。
ローラはとてつもない努力をしている。
その動機が俺の隣に立つ……というのは少し恥ずかしいが、それは置いといてあれほど努力できるローラを俺は尊敬している。
だから声をかけずに、静かに修練場を後にした。
「……頑張れ、ローラ」
もうすぐだ。
もうすぐ、始まる。五大覇祭。
「俺も頑張るよ」
◇
そしてあっという間に日々は流れる。
それぞれが思惑を持ち、努力し、鍛え上げ、目指す五大覇祭。
その前夜のことだった。
東京銀座……最高級クラブで数十人が死ぬ大量殺人事件が起きた。
~前夜。
毎日湯水のごとく金が泡のように消えては沈む夜の世界。
銀座の中でも最高級クラブのその店で、開店当初からNo1に座る女がいた。
名を玉藻前。
平安時代、上皇に仕えた九尾の狐が化けた絶世の美女の名を語るが、その名に負けない絶世の美女。
男達はその女と目が合うだけで恋に落ち、妻子がいるのも忘れて自分の人生のすべて捧げた。
狂ってしまうほどの美、まるで操られているかのように。
同性ですら性別を忘れて虜になるほどに美しく、まるでこの世の者ではないような。
そんな女が、男と二人でVIP席に座る。
「で……何の話だ。お前と違って俺は忙しい」
「あら、100年ぶりにあったのにひどいわね。私にお酌してもらえるなら人生捨てるって男はたくさんいるのよ?」
「お前が操っているだけだろう」
男は褐色の肌に銀色の短髪、スーツと黒いカッターシャツはまるでホストのようにも見えたが、年は30代中ごろのいい歳の取り方をしたような、そんな男だった。
「で……なんだ。お前からの話など碌なものではないがな」
「ふふ……相変わらず冷たい人。ねぇ、道満。今の世界……あなたはどう思うの? やっぱり憎い? はい、日本酒のロック。昔からこれが好きねぇ」
そういって女はお酒を作って男に渡した。
グラスに丸い氷、度の強い日本酒をロックで一杯。
男はそれを受け取り、ゆっくりと飲む。メジャーではない飲み方だが、男はそれが好きだった。
「一言であらわせるようなそんな単純な感情ではない。だが、千年前のあの日から何も変わってなどいない。俺には俺のやることがある。それだけだ」
「そ……相変わらず一途なのね。素敵」
しばらく無言だった二人、しかし女の方が口を開いた。
「私はね……退屈。あなたの妻……晴明が命をかけてあれを封印し、平和の因果を作った。そして……五大貴族が生まれた。人が結束し、
「何をする気だ。あいつの願いを壊すつもりなら……場合によってはここでお前を修祓するぞ」
「あら……それもまた楽しそうね」
にこっとその玉藻前と呼ばれた美女が笑ったそのときだった。
――ズン!!!!!!!
まるで重力が何倍にもなったように、周りに人間は地面に倒れる。
上から何かに押さえつけられるような感覚と、重く苦しい空気は息をすることすらできなかった。
パニックになりもがく人々を、その美女は感情のない目で見つめる。
だが隣の男だけは、なんのこともないと酒を煽りながら会話する。
「ふふ、でもあなたと戦うつもりはないわ。こぶ付きは好みじゃないの。それに今はちょっと気になる子がいるのよね。しばらくはその子で遊ぼうかしら」
「先日感じた……あの魔力の少年か? ふん、相変わらずお前の好みはわかりやすい」
「だってすっごく可愛いのよ! にこっとした笑った顔がさわやかで、でもしっかりとした芯を持ってて! 私ファンになっちゃった!! こういうのを今の時代、オネショタっていうらしいわよ?」
「千歳差をそういうのならな」
「もう! 意地悪なんだから! そう……だから、ここはもういいわ。飽きたからもういらなーい」
その瞬間だった。
九つの狐の尻尾のようなものが生えてくる。
目を見開く店員やキャスト、客はそれを理解するまえにその尻尾によってミキサーに入れられたようにぐちゃぐちゃにされて絶命した。
静まり返った高級クラブ。
男だけは、指で印を結び体の周囲を球体のような結界で尻尾の攻撃から身を守った。
そしてその女は立ち上がり、背を向けた。
「あ、今日の話だけどね。一応あなたには伝えておくわ。私たち大罪は手を組んだ。もちろん、朱点の鬼もね。敵対するならあなたから殺さないといけなくなる。だから昔のよしみで教えてあげるわ」
「俺には俺のやることがある。好きにしろ。ただし俺の邪魔をすればお前たち全員、俺に修祓されることを忘れるな」
「ふふ……あなたが言うと冗談に聞こえないから怖いわ。さすが、あの時代最強の魔術師……蘆屋道満様ね」
そして女はふふっと笑いながら死体の上を歩き、闇に消えていった。
その背を見つめる男。
「七つの大罪が手を組むか…………面倒なことになったな。下手をすれば人類の歴史はここで終わるぞ」
血みどろの中で、男はたった一人酒を飲み笑った。
「さて、どうする。平和の因果に生まれし、現代最強の魔術師たちよ」
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