第42話 五大貴族ー5

 バン!!


 静香お姉ちゃんが立ち上がった。


「話というのはそれだけね? なら答えは決まっている。この国は紫電が守るわ」

「冷静になることね。あなたたちは、罪度ギルティチュード5や6ですら国難と言って、大騒ぎするんでしょ。私からしたらそのレベルのシンなんて、吹けば飛ぶような雑種よ」

「…………日本は日本人が守るわ。いらないおせっかいね」

「それができないから言っているの。一体何人死なせる気? あなたの両親のように」


 静香お姉ちゃんの目が凄い怖いし、雷が迸っている。

 やめて、雷槍だけは。

 しかし冥様も一切、引かない。バチバチである。

 

「じゃあ聞いてあげる。罪度ギルティチュード9……現れたらどうするの? 誰が倒す? 静香、あなたが倒せるの?」

「…………私は倒せない」

「そうね、確かに昔は日本は強かったって、じい様も言ってたわ。今の世界級……罪度ギルティチュード8が来ても戦える猛者がゴロゴロいたって。まさしくアジア最強、紫電一門はヴァイスドラグーン家に対抗できる唯一の力だったって。でも、酒吞童子に全て壊された。紫電虎太郎をはじめ、並み居る魔術師全て、あの理外の化け物に殺されてしまった。しかも、あいつは生きてるのよ。紫電に執着してるあの化け物は、またこの国を襲うでしょうね」

「酒呑童子? 冥様、どういうことですか」

「ん? 知らないの、駄犬」


 俺は静香お姉ちゃんを見る。

 そういえば、この話をしてもらったことはない。

 するとため息を吐きながら、静香お姉ちゃんは座りなおして口を開いた。


「固有名称――酒吞童子。千年を生きる化け物……100年前、紫電家の当主を殺した最強の鬼よ。そしてそいつは生きている。今からもう……20年近く前に私たちの……いや、紫電家当主だった私の母の前に再び現れた。そして私の母を殺し。あいつは言ったわ…………母の亡骸の前で、まるで落胆するように。まがい物……とね。そして……消えた。あいつは待ってるのよ。自分が戦うに値する強き魔術師が生まれるのをずっとね」

「そんなことが……」

「そう! だから黒王家が守ってあげるって言ってるのよ。日本の守護は明け渡し、軍門に下りなさい。そして静香、あなたは私の……そうね、兄と結婚しなさい」

「は、はぁ!?」


 いつも冷静な静香お姉ちゃんの声が裏返った。


「何を驚いてるの、政略結婚なんて普通のことじゃない。そうね…………あの糞兄貴。年は40近いし、脂ぎってて気持ち悪いけど、一応は黒王家だしね。ふふ、私だったら死んでも嫌だけど。あんなくっさい豚」


 すると冥様は立ち上がる。

 

「ということよ。今日は話だけ。でも五大覇祭は世界に放送される。結果は全てにおいて優先されるわ。静香、覚悟してね。私は本気よ」

「…………ええ。わかってる」


 そして冥は去っていく。

 残されたのは、俺と静香お姉ちゃんだけだった。

 静香お姉ちゃんはため息を吐いた。


「もしふがいない結果になったら、私は本当に冥の兄の嫁にされるでしょうね。そしてその力があの子にはある。黒王家の次期当主。中国含めアジア全土の頂点に立つ女よ。今の紫電とは雲泥の差」

「強いの?」

罪度ギルティチュード7ぐらいなら片手で殺すような奴よ。間違いなく私よりも強い。でも…………」


 静香お姉ちゃんが俺の手を握る。


「あなたのほうがもっと強い……私はそう信じてる。白虎夜虎は世界最強だって」

「静香お姉ちゃん…………」


 俺の目を見て微笑む。

 やっぱり俺ははなんやかんや優しい静香お姉ちゃんが好きだ。


「うん! 頑張るよ! 静香お姉ちゃんをあんな奴らに渡すわけにはいかない!」

「ふふ、まるでプロポーズみたいね」

「俺、静香お姉ちゃんのこと大好きだから!!」

「ふぇ?」

「絶対に勝つよ! 俺を信じて! 静香お姉ちゃんを他の奴の嫁になんていかせない!」

「う、うん……そ、そうね。ありがとう……他の奴?」


 そして俺は立ち上がった。

 居ても立っても居られない。

 今開発中の新技を完成させなくては。


「あとは俺に任せてくれ、静香お姉ちゃんは必ず俺が守る!」

「え、えぇ……ありがとう」



◇静香



 私は大きくなった夜虎の背を見つめる。

 そしてぎゅっと握られた手を見つめる。

 熱がこもっている。


「ふふ…………ほんと…………おっきくなったなぁ」


 初めて会った時は6歳で自分は中学生だった。

 あのときは、可愛い子ね。オネショタってこういうのを言うのかしら。ぐらいに思っていたが、すぐに試験で考えが変わった。


 とんでもない才能、この国を変えるほどの天才。

 それでいて……素直でまっすぐな良い子だった。


 それから紫電家に正式に挨拶にきて、自分のことをお姉ちゃんと後ろをついてきて、慕ってくれる夜虎。

 あんなに強いのに、当たり前のように世間知らずで小さくて……トコトコと不安そうについてくる夜虎が可愛かった。

 

 私は幼い頃両親を亡くしている。

 だから家族は祖母しかいないし、祖母も大変に忙しい人だった。


 愛情には飢えていただろうし、今思えば随分と寂しかったのだろう。


 だからたまに遊びに来る夜虎を、私は弟のように可愛がった。

 溺愛したといってもいい。そう見えないとは思うが。

 少し厳しいことも言ったりして、姉ぶったりもしたが年を重ねるごとに私にとって……夜虎は大切な存在になっていた。


 それでも慕ってくれる可愛かった弟は、今大きく育ち、とてもかっこよく頼れる男になった。

 この国を背負えるほどに。

 それでも自分にとってはやはり弟のようなものだ。


 だから。 


「あ、あれれ? 違う違う!! 他の奴ってのは言葉の綾で! これは絶対に……違う!」


 顔が赤いのも気のせいだ。



◇夜虎


 俺は今日もいつものごとく特級専用修練場にきていた。

 いつものメニューだったりで3時間。

 大の字で息を切らせて休憩中。


「ふぅ…………よし!! 休憩終わり! もうひと頑張りしよう!」


 すると声がした。


「相変わらず、やってるね。夜虎」

「千代子婆ちゃん!?」


 白髪のオールバックに、サングラスのファンキーな見た目。

 ここは禁煙なのにと思いながらもたばこを吹かす100歳を超えるお婆さん。

 紫電家現当主――紫電千代子が立っていた。


「どうしてここに?」

「まぁ座りな」


 俺は言われるがままベンチに座った。

 その隣に、千代子婆ちゃんが座る。


「来週の五大覇祭だけどね。もし……日本がその力を示せなかったら、ヴァイスドラグ―ンと黒王家で日本を東西に守護することになった。まぁ事実上の占領だ」

「え!? どういうこと!?」

五大貴族会議ノブレスでね。決まっちまったんだよ。まぁずっとその話は出てたんだが、黒王とヴァイスドラグーンで決めてたんだろうね。まぁ……ここいらが潮時みたいだ。断れる理由もない。日本の魔術師は死に過ぎた」

「そ、そんな!」

「でも…………これからは違う。これからの日本は違う。そうだろ? 夜虎」


 千代子婆ちゃんが俺の目をまっすぐと見る。


「ほんとはね……まだガキのあんたにこんな責任押し付けたかないんだけどね」

「やります。俺はこの国好きですから。それにもう16歳。責任だって持てます!」

「あんたはそう言ってくれるだろうからねぇ……だからあたしも腹くくったんだ。あたしはあんたを信じてる。白虎夜虎は最速、最強だってね。だからね、正面からその話、受けてやった。そのかわり、言ってやったよ。もし日本が力を示せたときは、わかってんだろうねってね。ははは! あの黒王の糞爺と、ヴァイスの傲慢王が頭下げたらどれだけ気分が良いだろうねぇ!!」

「千代子婆ちゃん…………」

「まぁ……そんなことは別にどうでもいいんだ。ただね、あたしが希望を見たいんだ。この国を照らす希望の光が見たいのさ。100年前に死んだと言われたこの国を、まだ……この国は死んじゃいないって日本人に見せてやりたいのさ。ただこれはあたしの願いさ。あんたの願いじゃない。だから聞きに来た。無理やり参加させたあたしが言うのも変だけどね」


 そうして、千代子婆ちゃんは、もう一度俺の目を見てニコッと笑う。


「あんたはなんで最強を目指すんだい」


 何度も何度も聞かれてきた問いだ。

 強くなれば死ななくてよい人が死なない。

 そう思って努力してきた。でも最近、メディアで騒がれたり、ニュースになったりで一つ思ったことがある。

 

 最強は、存在するだけで力なんだと。

 抑止力と言ってもいい。


「…………みんなの心の支えになれると思うんです」

「ほう」

「最強の役目は戦うことだけじゃなくて……最強がいるからこそ、きっと罪が減ると思うんです。俺がいるから、白虎夜虎という存在がいるから……この世界が平和になれば……死ななくて良い人が死ななければ……って」


 俺は何となく言語化できてない思いを口にした。

 

「な、なんかうまく言葉にできないですね」

「いや…………わかるよ。昔同じようなことを言ってた人を知ってるからね」





 紫電千代子は、ふふっと笑って目を閉じた。

 そしてずっと昔を思い出していた。

 100年以上も前、自分がまだ小さな幼子だった頃。


 抱きかかえられた腕、たくましく、そしてそれは世界最強の腕だった。

 名を紫電虎太郎、最速最強と呼ばれた紫電の魔人――紫電景虎の正統後継者。


「御屋形様! 御屋形様は、世界最強?」

「あぁ、そうだ。最速最強――紫電の魔人だぞ!」

「なんで最強なのに、毎日修行するの?」


 すると周りの家臣達が笑っていたのを覚えている。

 しかし、御屋形様だけは目線を合わせてゆっくりと言ってくれた。


「千代子、最強が背負うものを知っているか」

「わからない」

「人という種族全て。世界と言ってもいい……俺の背には数えきれない命が乗っている。だから……もっともっと強くなるんだ。そして……俺がいるから、俺に背を預けて民草は笑顔で明日を迎えられるんだ。だから最強なんかで満足しちゃいけない。昨日の自分よりももっともっと! 最強にならないとな」

「うーん、難しい」

「ははは! いつかわかるときがくる。だがな、千代子。お前は俺の背に乗るだけではなく、俺と一緒にみんなを背負うんだぞ」

「背負う?」

「あぁ、そうだ!!」


 そして、御屋形様は自分の頭を優しく撫でてた。


「頑張れ、土御門千代子。平安より続く大陰陽師――安倍晴明様の子孫よ。お前なら……きっとできる」

「うん!!」





「千代子婆ちゃん? 千代子婆ちゃん?」

「ん? あぁ、はは。悪い悪い。やだねぇ年取ると涙脆くなっちまって。だが……あんたの答えは聞いた。だから、これをやる」

「ん? なにこれ」


 そういうと千代子婆ちゃんは、俺に巻物を手渡した。

 めちゃくちゃ古いな、なんだこれ。


「紫電家だけが読むことを許された秘伝の巻物だ。景虎様が書いたと言われている」

「紫電景虎……初代が」

「そこには、紫電の秘術が書かれている。だが……未完だ。読んでみな」


 俺はそれを受け取って、開いてみる。

 なんとか読めるが……古い文字だ。結構長いな……しかし、俺は最初に数行を呼んで目を見開いた。


「…………!? こんなことが……本当にできるんですか?」

「さぁね。ただ……御屋形様、紫電虎太郎様は言ってたよ。俺の代で完成させたかったってね。つまり……いまだ未完の技だ。紫電家歴代当主達が夢見て……切磋琢磨し、紡いできた。でもまだ完成できなかった」


 すると千代子婆ちゃんは俺の頭を撫でた。


「でも私は信じてるよ。頑張んな、夜虎。あんたなら……きっとできる」

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