第40話 五大貴族ー3

「美味しいぃぃぃ!! まじでやばいんだけど!! 日本のラーメンうっまぁ!」


 割りばしを持つその手は、割りばし並みに長いつけ爪をしている。

 よくそんな指で器用に割りばしを使えるな。しかし、満面の笑みで美味しそうに食べている。


「豚骨も美味しそう! 交換しよ!」

「え?」

「ほら、やーくん。あーん!」


 夜虎と自己紹介したらやーくんと呼ばれるようになってしまった。

 そして今、俺の目の前にはこのギャルがさっきまで使っていた割りばしに挟まれたチャーシューが俺を誘惑している。

 いいのか、これ。食べていいのか!? 


「ん? いらないの? あーん」

「あ、あーん…………う、うまい」

「じゃあ次、私ね。ちょーだい。あーーん」


 そういって俺の前で口を開けるギャル。

 なんだか、恥ずかしくなってくるが、俺はその口にラーメンを放り込んだ。

 

「おいしい!!」

「そりゃよかった……」

「ん? あはは、間接キスで照れてる。やーくん、可愛い。イケメンなのに、もしかして経験なし? 彼女いない系?」

「ち、ちげーし! 照れてねーし! 経験ぐらいあるし!」


 うわぁ、今のめっちゃ童貞っぽい。あと経験ないです。見え張りました。

 が、俺を見てにやにやと笑うギャル、完全に見透かされている。


 俺はとりあえず話題を変えた。


「アザルエルは旅行?」


 さっきからギャルと呼んでいたが、名をアザルエルというらしい。

 外国人っぽいが、化粧ががっつりなので正直わからん。

 

「旅行っちゃ、旅行かな。護衛がうざくて、逃げてきちゃった。マジ無理、せっかくの海外なのにずっとボディガードが張り付いてるとかありえないっしょ」

「護衛?」

「そ。もうママがすっっごい過保護でぇ……まぁ昔死にかけたことあるから仕方ないんだけどね」


 護衛ということは、お金持ちなのかな? 

 五大覇祭があるので、今海外からセレブたちがこの国に集まっているらしい。

 五大貴族同士のガチバトルなんてそうそう、見れないからな。実際俺も見るだけでも楽しみだ。


「だからやーくんがいてくれてマジ感謝。現金なんてもってないしね。スマホの充電も切れちゃったから行き倒れになるとこだった」

「俺も並ばずに食べれてラッキーだったよ」

「あ、でもお金返さなきゃ……うーん。どうしよ」

「いや、いいよ。これぐらい」

「いや、それは悪いっしょ。でもあたし……なんも持ってないし。あ、そうだ。じゃあ…………」


 そういってアザルエルは、俺の手を握って。


「体でいい?」

「――!?」


 その胸に当てた。

 俺は何が起きたか一瞬理解できなかった。


「10秒だけね。はい、1。2」

「な、なんで!?」

「さっきからやーくん、あたしの胸、ずっとちらちら見てるから触りたいのかなって」

「大変申し訳ございませんでした!!」

「いいのいいの、男の子だもん。ほら、自慢だけどすっごい柔らかいっしょ? ラーメン代分だけ揉んでいいよ」


 俺の手の上には、それはもう溢れんばかりのおっぱいが乗っている。

 突然のことで思考がフリーズした。いいのか、これ。いいんだな? これ!!


「はい、終了ーー10秒たっちゃったね」

「へぇ?」

「あはは! やーくん、なんか固まってたね!!」

「今……何が起きた?」

「えー、記憶飛んじゃった? まぁ……やーくん、可愛いし……どうしてもって言うなら仕方ないなぁ。人のいないとこ……いく?」


 そういって胸元の服をつまみ、谷間をみせてにやにや俺を挑発するアザルエル。

 俺の魔力量をもってして、抗えない魔力がそこにはあった。おっぱいだぁ……わーい。


 ゴン!!


 俺は机に頭を打ち付けて自我を取り戻した。

 

「ダメだよ、アザルエル。自分の体は大切にしないと……そういうのは大切な人にだけするもんだ」

「い、痛くなかった?」

「日本男児たるものこれぐらい屁でもない」

「なんでいきなり武士風? ふふ、やっぱりやーくん、おもしろ。大丈夫、冗談だって」


 俺は心で血の涙を流しながら、耐え切った。偉いぞ、白虎夜虎。それでこそ大和魂だ。


「ねぇ、やーくん。インスタ教えて」

「え?」

「またあそぼ。美味しいお店連れてってよ。あたし、お寿司食べたいんだ。ほら、あれ! 回るお寿司!」

「ふむ、是非もない。拙者が業界最大手、スシヤロウに連れてってやろう」

「あはは、まだ治ってないし! めっちゃ楽しみ」


 俺はスマホを開いた。

 その瞬間だった。



 ウオーーーン!! ウオーーーーン!!



 スマホが心をざわつかせる大音量のアラートを鳴らした。

 画面が強制で切り替わり、真っ赤な文字で警告する。


罪祭スタンピード発生! 罪祭スタンピード発生!! 周辺住人は、至急避難してください。繰り返します。罪祭スタンピード発生』


罪祭スタンピード!! 場所は…………近い……ごめん、アザルエル! 払っといて!」

「え? やーくん!!」


 俺は一万円札を置いて、店を出た。

 罪祭スタンピード――大量のシンが突如発生する現象。

 ただし、一体一体の強さは大したことはなく、しかしその分、数がいる。


 発生する条件はわかっていないが、大体その近くでは。


「病院……か」


 出産中だ。

 生命の誕生に反応し、シンが集まってくるともいわれているが、なんとも迷惑な話だ。

 俺が生まれたときも発生したと父さんが言っていた。





 そして俺は病院についた。

 

「発生時の魔力反応は10体。罪度ギルティチュード1から2…………くそっ! もう病院に入ってるのか!」


 病院に到着したが、あたりは騒然として多くの患者や医者が病院から逃げている。

 すぐに中に入ると、目の前にはシンがお婆さんを襲おうとしていた。


「雷槍!!」


 一瞬で貫き、お婆さんを助ける。

 

「お婆さん、逃げてください!」

「あ、ありがとうございます!!」


 俺は病院内を探し回った。

 シンは出現時の魔力波によって強度と発生場所を知ることができるが、一度生まれてしまえばどこにいるかはわからない。

 魔力を解放してくれればわかるが、今の状態だと目視で探すしかない。


 2体目、3体目、4体目!


 病院の中を駆けぬけて、目につくシンを倒しまくる。

 しかし、すでに10分が経過していた。

 あと三体が見つからない。


 くそ、どこだ。

 ここは病院、寝たきりの患者や、動けない患者もいるだろう。

 早くしないと、誰かが犠牲になるかもしれない。


 そのときだった。

 悲鳴が聞こえる。

 上の階だ。階段……なんて登ってる暇はない!! 俺は天井を貫いて、上の階層へ。

 そこは長い廊下だった。


 そして、俺の左右には。


「助けてぇぇぇ!!」

「誰かぁぁぁ!!」


 シンに襲われている患者が二人。お婆さんと少女。

 今にも襲われそうになっていて、すでにシンが手を振り上げている。


 振り下ろすまで、数秒。

 


 バチッ!!



 俺は全力の魔力を解放した。

 絶対に間に合わせる! 死なせない!!

 

 そして、足に力を入れたそのときだった。


(――!?)


 俺の目の前のガラス、その向こう側にある別館の病院。

 そこにも、シンがいた。

 寝たきりの患者の部屋で、すでに腕を振り上げている。


 三体目が、すぐ目の前で人を殺そうとしている。

 

 だめだ。全員は……間に……あわ……。


「やーくん! 両端!! あたしが前!! 信じていけ!!」


 そのとき声がした。

 考える時間なんてない!! 俺はその声を信じるしかなかった。

 

 バチッ!! バチッ!!


 両端のシンを一瞬で貫き、そしてもう一人、三体目を見ると。



 チリ…………。



 空気中に、まるで導線のように火花が走った。

 そして次の瞬間。


「ノヴァ・ロートオリフラム」


 爆ぜる。


 ドン!!


 ガラス越しに、爆発が一つ。

 規模で言えば強力な爆竹ぐらいの爆発だった。

 しかしその爆発は確かにそのシンの顔面で発生し、シンの顔は吹き飛んだ。

 そして、黒い粒子となって修祓される。


 魔術だ。

 それも……俺がみたことがない……五行の外の特別な魔術が、ただ視認しただけでシンを消し飛ばした。一体今の声は……。

 

「…………はぁはぁ…………もう、やーくん走るの速すぎ! 思ったより筋肉系? ふぅ……疲れた」


 俺が壊した床から、よじ登ってきて、息を切らせながら腰を落としたのは。


「アザルエル…………まさか君は」

「えへへ、いぇーい! 全員救えたね! やったぜ! ピース!」


 汗だくで、それでいて満面の笑顔でダブルピースするのは、おそらくは世界一エロ……失礼。偉い金髪褐色ギャルだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る