第37話 温泉旅行ー4


◇陰陽庁魔術局――霊災対策本部指令室。

 

 様々な機器とオペレーターたちが日本全国で発生する霊災――つまりシンの発生を検知する場所。

 日本中に張り巡らされた魔力波を感知するシステムと連動し、その波の影響範囲から発生したシンの強度を測定できる。


 そのモニター室に、大音量で警告が鳴り響く。

 オペレーターの女性が大きな声で叫ぶ。


「ギ、罪度ギルティチュード7!! 罪度ギルティチュード7の顕現です!!」

「なに!?」


 それを聞いた指揮官は即座に指示を下す。


「すぐに千歳局長に連絡! 特級案件!! 同時に…………夜虎君に連絡を!! 十二天将家と特級以上全員にだ!」

「はい!!」


 そのとき、指令室にまた大音量が鳴り響く。

 真っ赤なランプが全て点灯し、シン発生のアラームが鳴り響く。

 

「え? そんな…………なんで……なんで!?」

「どうした!! はやく報告しろ!!」

罪度ギルティチュード7のシンのすぐ近くに、巨大な魔力反応…………まだ上がる。まだ……上がる」


 ピーーーーー!!!


 エラーを吐き出す音が鳴り響く。


「測定不能…………そんな」

「まさか……現れたのか」


 そして、オペレーターの女性は顔を真っ青にして答えた。


「はい。罪度ギルティチュード9…………測定不能の大霊災です」

 




 貴人千歳は自室で報告を受けた。

 冷静に、だが間違いなく冷や汗をかきながらその報告を受け止める。


「……夜虎君しかいませんか。いや、ここは他国の貴族にも助力を願うべき。シルバーアイスに……いや、しかし距離がありすぎる。ヴァイス……黒王。罪度ギルティチュード9……世界の危機ともなれば、さすがに協力してくれるはず」


 そのときだった。

 清十郎から電話がきた。


「どうした、今緊急だ」

「あぁ、親父? そのアラートだけど誤報ってことで切ってくれねぇ?」

「……どういうことだ」

「いや、すぐに終わると思うしさ。あんまり国民を不安にするのも良くないだろ? 罪度ギルティチュード7はすぐ夜虎が修祓するし」

「…………まさか、この魔力は……夜虎君……なのか」

「そういうこと。初めて見たわ、普段ニコニコしてるあいつがあんなにブちぎれてるの。魔力だけで近づけねぇ」


 

◇夜虎



『なんなのよ……なんで…………なんで!!』


 大天狗は焦り、そして叫んだ。


『なんで人間ごときが、そんなバカみたいな魔力持ってんのよぉぉぉぉ!!』


 バチッ!!


 魔力を纏い、そして性質変化し、帯電する。

 夜虎はこぶしを握り、一歩前に進んだ。


 一歩ずつ怒りを込めて踏みしめ進む。

 踏みしめるだけで、石の床が砕ける。

 迸る雷が、砕けた石をさらに砕き、歩くだけでその周囲を妬き焦がし、空間すら捻じ曲がる。


「お前たちはいつもそうだ。恐怖だけを振りまいて……一体何人殺してきた。一体何人泣かせてきた。一体どれだけの命を奪ってきた!!」

『ひっ!?』


 夜虎は許せなかった。

 姫野のことはもちろん、女将や従業員から聞いたこのシンの悪行全て。

 一人や二人なんて数じゃない。一体どれだけの人間をこいつは殺してきたか。

 人の尊厳を踏みにじり、ただ快楽のために、殺して食う。そして支配する。


 それがただ許せなかった。


「なんでわからないんだ。お前が食ってきた人たちが……どれだけ愛をもらって生まれてきたか。どれだけ誰かに愛を与えているのか。どれだけ誰かにとって大切なのか!! 恋人がいて、親がいて、子供がいて!! 誰しもが誰かにとって最愛なのに、なんでそんな簡単なこともわからず、なんでそんな簡単に命が奪えるんだよ!!」


 殺された人たち、残された人たち。その涙を見たとき、10年前を思い出した。

 大切な人を殺された人たちの気持ちが、失った人の気持ちが、残された人の気持ちが。


 自分には痛いほどに理解できる。

 だからこそ、本当に許せなかった。


 だからもう絶対に許さない。


『やめて……やめて……近寄らないでぇぇぇ!!』

「断る。お前は……ここで修祓する。修祓しないといけない」

『い、いや…………いやぁぁぁぁぁ!!』


 大天狗は、後ずさり、背が壁についた。

 もう後がないと、全力の魔力を解放し、その拳に込めて殴る。


『し、死になさいよぉぉぉぉ!!』

 

 バシッ!!


『ひぃ!?』


 しかし夜虎が片腕でそれを受け止めた。

 そしてその手に魔力を込め、握りつぶす。


『あんぎゃぁぁぁ!?』


 そしてその手をぐっと握る。

 理外の魔力を込めた右手、魔力制御も何もなし。

 ただ殴りたいという意思を込めて、許せないという意思を込めて。


 怒りのままに、全力で雷を纏う。


『いやぁぁぁぁぁ!!!!!!!!』


 そして、全力でぶん殴る。

 

 ドン!!


 空間すらゆがめる魔力が、シンごと直線状のすべてを吹き飛ばす。

 罪度ギルティチュード7の大天狗の上半身は、切り取られたように消え失せて、そしてサラサラと黒い粒子となって消えていった。


「……はぁはぁ」


 夜虎は、それを静かに見つめ息を切らせた。


 体力を大幅に使ってしまい膝をつきそうになるが、すぐに姫野のほうへと走り、その鎖を引きちぎる。

 自分の上着を脱いで、着せてあげた。

 そしてあの日と同じように、ただし左腕が折れているので片腕で、すすり泣く姫野を優しく抱きしめる。


「もう大丈夫。ごめん、遅くなって」

「うっ……うっ……ごめんなさい。私が……私がいたから……私のせいで! 夜虎君なら簡単に倒せる相手なのに……私なんかがいたから」

「姫野は何も悪くないよ……大丈夫…………大丈夫。泣かないで。大丈夫だから」


 姫野はずっと謝りながら夜虎を抱きしめた。

 夜虎はただ優しくその頭を撫でた。


「夜虎!!」


 するとローラと清十郎も走ってきた。

 解放された従業員たちも走ってきて、夜虎は安心するように眠りについた。





「またこれか」


 夜虎は目を覚ました。外は暗い。もう夜のようだ。

 白い天井を見て何度目だよ。と悪態をつく。

 体を起き上がらせようとすると、自分の膝の上に重さを感じた。


「……姫野」


 姫野が寝ていた。

 付きっ切りで看病していた姫野。罪度ギルティチュード7のシンとの戦いで、夜虎は気絶しそのまま東京の病院に運ばれた。

 すでに夜虎が気を失って三日が経っていた。


「夜虎君!!」


 夜虎が目覚めると、飛び起きた姫野が抱き着く。

 結局一度も帰らずにずっと看病していた姫野。涙を流しながら抱きしめる。


「どれぐらい寝てた?」

「三日です。よかった……ほんとに……起きてよかった」


 夜虎は左腕を見る。ギプスがしてあり、骨がやっぱり折れていた。

 全身ひびだらけ。しばらくは安静にしなければならない。それも仕方ない。最低限の魔力防御で、罪度ギルティチュード7の殴打を10分くらい続けたのだから。


 そのあと、病院の先生が来て診察し、退院の許可をもらった。 

 基本的に外傷だけなので、激しい運動を控えて安静にしていれば一月もあれば治ると告げられる。


 退院の準備をし、荷物をまとめて、二人は帰ることにした。


「タクシーで帰ろっか。夜だし」

「はい」


 姫野はどこか元気がなかった。

 男子寮への通り道である姫野の自宅に到着する。

 タクシーの中ではずっと二人は無言だった。


 そして姫野の家の前についた。


「あの…………夜虎君」

「ん?」

「少しだけ……話せませんか? 大事な話を……したいです」

「…………わかった」


 夜虎は何となくその話の内容がわかり、静かに頷き、タクシーを降りた。



 少しだけ歩くと、誰もいない小さな公園があった。

 そのベンチで姫野と夜虎は座る。


 春の夜。

 半月が照らす夜は薄暗くて、お互いの顔が良く見えない。

 少しだけまだ肌寒い風が、吹いていた。


 どれだけそうしてたかわからないが、二人はただ無言でベンチに座っていた。

 手が触れ合う距離だ。

 恋人ならきっと手を繋ぐべき距離だが、二人の間には見えないけどとても大きな壁があった。


「まず改めて。助けてくれてありがとうございます。それとすみませんでした」

「気にしないで。それに姫野は何も悪くないよ。悪いのはシンだ。君は何も悪くない」

「夜虎君はそういうんでしょうね…………」


 そのあと姫野は意を決したように口を開く。


「すごいですね。オーロラさんって。あんなすごい魔術使えて、すっごい綺麗で、五大貴族で……胸だってすっごく大きい。あーあ、敵わないなぁ……私なんかじゃ相手にもならない」


 すると姫野は立ち上がった。


「ちょっと……もうついていけないかな」

「え?」

「住む世界が違い過ぎるっていうか…………なんか夜虎君と一緒にいたらまたこんな目にあいそうだし」


 夜虎は、姫野を見る。

 こっちを見ずに背を向けている。

 その声は震えていた。


「正直、もう限界かなって。助けてくれたのはすごくありがとう。でも……もうあんな怖い思いはこりごり! 勘弁してよって感じ!」


 無理に明るく声を出している。

 そんなことは夜虎にもすぐにわかった。

 姫野の本心じゃない。姫野はこんな嫌味な口調で言わない。


 だからこそ、こんな言葉を言う意味がわかった。

 だからこそ、その言葉を否定せず受け止めた。


「だから、あれ。忘れちゃってください! 告白! 一時の気の迷いでした! 勘違いってやつです!」


 そして震える声で絞り出すように言った。


「…………うん」


 夜虎は静かに頷いた。

 夜虎自身も考えていたことだった。


 言い訳するつもりではないが、10年田舎で修行に明け暮れた毎日。

 自分が一体どういう存在なのか。

 自分がこの世界でどういう立ち位置なのか。


 何もわかっていなかった。


 手の届く場所にいれば今日みたいに助けてあげられる。

 でも自分の知らないところで襲われたなら……助けられない。

 自分に近づきすぎて、今日みたいなことを作為的にされない保証なんてどこにもない。


 なら自分は姫野と親しくなるべきではないのかもしれない。

 隣にいるべきじゃないのかもしれない。


「も、もう! 暗いですよ! 別にこんなことよくあることでしょ。まぁ……あんな助け方されたらちょっと好きかもって勘違いぐらいしちゃいますよ! えへへ、気の迷いですね!」


 そして姫野は背を向けた。

 

「じゃ、じゃあそういうことですから! これからは……友達としてよろしくお願いしますね」

「あぁ。色々ごめん、それと…………ありがとう」

「ありがとう? な、なんのありがとうですか? 私お礼を言われるようなこと何もしてないですよ」


 夜虎は立ち上がった。

 背を向け、震えている姫野の後ろまで行く。

 そして背中越しに静かに言った。


「…………楽しかったから。姫野と話してると楽しかった。だからありがとう。一緒にいると楽しかった。だからありがとう」

「…………」


 姫野は、そして振り向いた。

 そして言ってはいけない言葉を言いそうになる。


「…………わ、私は!!」


 だが、夜虎はその涙で溢れる眼をまっすぐ見て言った。


「だから……今までありがとう」


 姫野は唇をぐっと噛みしめて、それ以上の言葉は出なかった。

 お互いわかっている。そして一緒にいない方がいいこともわかっている。

 だからその言葉の先は言わないし、言ってはいけない。

 

 それがわかっているから。


「………………はい。こちらこそありがとうございました」


 姫野は、涙を拭いて、にこっと精いっぱいの笑顔を作る。

 そして、夜虎の目をまっすぐと見つめ返して言った。


「――さようなら」

「――さようなら」


 二人は背を向けて、別々の道を進むことにした。

 一歩ずつ、重い足取りで離れていく。


 でも姫野は足が重すぎて動けなくなった。

 膝を抱えながら、声を押し殺しながら泣いた。


「……うっ……うっ…………違うよ。本当は……そんなこと思ってないよぉ……本当は……うっ……夜虎君が好きだよぉ……」


 その声は聞こえているが、それでも夜虎は聞こえていないと、前に進む。

 

 自分には目指す頂がある。

 その頂の険しさは、彼女がついてこれるような場所ではなく、ついてきていい場所ではない。

 命の保証などどこにもない。仮に命を懸ける覚悟があっても、それに見合う強さがなければ……やっぱりついてきてはいけない。


 だから、ここで完全にお別れしないといけない。

 

 そうすれば、彼女はもっと普通で……もっと幸せで……もっと穏やかな人生を歩めるから。

 だから夜虎は振り返らずに、突き進む。


 唇を噛みしめて振り返らない。胸の奥がズキンと痛む。


 それでも進め。だからこそ進め。


 誰にでも心から優しくしたかった。

 しかし、時にそれが生む痛みもあることを知った春。


 桜散り、春尽――季節は終わり、出会いと別れを経験した。

 若者達が、痛みを知って、甘さが抜けて、また一つ大人に近づく季節が終わり、夏が来る。


 夜虎が生まれた夏が、むせかえるような熱さとともに最強達とやってくる。


 永遠の銀氷、黄金の聖火、無限の魔王、紫電の雷虎。

 そしてもちろん。

 最強――純白の風龍、ヴァイスドラグーン家も。


 世界を支配する最強達が、最上の舞台へと上がってくる。

 日本の燃えるたぎるような夏がすぐそこに、来ている。







あとがき


姫野は、夜虎の心の成長にきっと欠かせない存在だったと思います。

10年たった夜虎が心身ともに成長し、自分という存在を自覚するためには、肉体的な強さだけではなく、こういう甘酸っぱくも寂しい別れが必要だと思ったからです。色々皆さんも姫野ちゃんに思うことはあったのでしょうが、高校一年生の女の子なんてきっとあんなもんです。考えも浅く、恋に盲目、SNSで失敗もするでしょう。なんせまだ義務教育が終わったばかり、つい先日まで中学生ですから。それでもこんな出会いと別れを繰り返して少しずつ大人になっていくのでしょう。きっと夜虎にとって彼女との出会いは大きく胸に残り続ける。そして姫野にとっても、きっとこの痛みは大きく成長できるきっかけになったはずです。二人の道はもう交差することはないでしょうが、お互いの道をこの経験を胸に、まっすぐと進んでくれるはずです。

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