第36話 温泉旅行ー3
◇そして現在。
「お前がここを支配していた
『あら……イケメンなのに、怖い顔』
先ほど、女将はすべてを泣きながら話した。
数年前に、
抵抗できないように、従業員には全員魔力の首輪がつけられていること。
その首輪は、糸のように細くもできて、視認することは難しくそして念じるだけで首が飛ばされた人を何人も見てきたこと。
そんな恐怖で支配された温泉街――定期的に若い女を献上しなければ殺すと脅されていたこと。
ただ泣きながら女将は謝り、すがるように夜虎に助けを求めてすべてを話した。
そして今、姫野がいるであろう
「ごめん、姫野。遅くなって」
「夜虎君…………」
裸で吊るされ、泣いている姫野を見て夜虎はただ怒りが沸いた。
その怒りが魔力となって滲んだ時。
『この子が死んでもいいの?』
大天狗は、にやっと笑って姫野を指さす。
と同時に、首輪が閉まり、姫野が苦しそうに眼を閉じる。
それを見て夜虎は握ったこぶしを開いた。
「…………わかった。何もしない。だから姫野に手を出さないでくれ」
「だ……め……夜虎君」
『あら、かっこいい。正義の味方って大好き。じゃあ……』
ドン!!
「がはっ!?」
『遠慮なくぅぅぅぅ!!』
大天狗にぶん殴られて、壁に激突した。
綺麗な壁紙は剥がれて、コンクリートの壁が砕ける。
「夜虎君!!」
『あらーー頑丈。あなた相当に強いのね……特級? 魔力を解放してないとはいえ、形とどめてるなんてびっくり』
血を流しながら夜虎はゆっくりと立ち上がった。
「はぁはぁ…………俺から攻撃は……しない。だから……10分好きにしていい。もし俺が耐えれたら……姫野だけでいい……解放しろ」
『10分!? んまぁ! 素敵! ゲームってことね! いいわ、じゃあ……耐えれるものなら耐えてみなさい。もし耐えれたなら本当にこの子だけは解放して…………あげる!!』
大天狗は踏み込んだ。
夜虎の前で拳を握り、そして殴打。
また夜虎は吹き飛ばされて、壁に激突する。血を吐き、それでも形を残していた。
それを見て大天狗は少し、眉をひそめた。
『あなた本当に人間?』
ただの人間なら、一撃で内臓から骨までぐちゃぐちゃになる威力だ。
なのに、この人間は耐えている。一体どんなからくりだと。
「夜虎君!!」
「大丈夫……安心して……」
夜虎は口から血を吐き捨て、また立ち上がった。
そして、まっすぐと姫野を見て、いつものようににこっと笑う。
「――俺が誰も死なせない」
――ぞくっ。
大天狗は得も知れない恐怖を感じた。
何かがやばい。そう感じたからこそ、もう一度殴る。何度も殴る。
本気で殺す一撃なら抵抗されるかもしれない。だから痛めつけ、弱らせ、勝ち目を無くす。
でも何度殴っても……夜虎は倒れなかった。
左腕は折れた。
他にも肋骨なども折れているだろう。
なのに、倒れない。血だらけで今にも膝をつきそう。
なのに倒れない。
その姿を見て、大天狗は一歩後ずさった。
『なんなのよ……あなた』
「もう……10分たつぞ……」
『ちょっと信じられないんだけど。でもいいわ……あなたの勝ちよ。私約束は守るタイプなの。あーあ、ここ結構好きだったのに、また移動しなきゃね』
だが、目を閉じ、そして全身に力を入れた。
『はぁぁぁぁ!!!』
魔力の放流、黒い魔力が溢れ出す。
そして、日本中にアラートが鳴り響く。
人の身では耐えることなどできない法外な魔力が、温泉街を包み込み、その
『次で終わりにしてあげる。耐えられるものなら耐えてみなさい。
それを見て、姫野は叫んだ。
「戦って、夜虎君!! 私は死んでもいいから! お願い戦って!! 戦ってよぉぉ!!」
「姫野……だいじょう……ぶ」
「いや……死んじゃうよ……夜虎君が死んじゃう!! お願いだから戦ってえぇぇ!! 私の事なんて……どうでもいいから……お願い!!」
鎖を引っ張り暴れる姫野は、涙を流しながら何度も叫んだ。
しかし、夜虎はボロボロの体でまた立ち上がって、にこっと笑い姫野をまっすぐ見て言った。
「俺が死んでも……姫野は守るよ」
「…………うっ……うっ」
『私、あなたみたいなバカだーーーいすきぃぃぃ!!!』
そしてその手に真っ黒な魔力を纏い、大天狗が殴ろうとした。
当たれば夜虎といえど致死は免れない破壊の一撃。
その時だった。
「
「え?」
『はぁ?』
銀色の冷気が、姫野のを優しく包み、その黒い首輪を凍らせた。
『魔術!? 一体どこから!! くっ!! させないわよ!!』
しかし黒い魔力の首輪は、銀色の氷に凍らせられ、制御を失った。
まずい。人質が! と姫野へと手を伸ばすが、その目の前にはまた銀色の氷の壁が立ちふさがる。
『この銀色の氷。まさか……シルバーアイス家の…………なんで!!』
大天狗は、魔術の出どころを探す。
そして見つけたのは、排気口だった。
確かにこの排気口は、外に繋がっている。だが、ここを通って遠距離から魔術を発動する?
この部屋が見えていなければ無理な芸当だ。しかもおそらくは、この一撃のタイミングを狙っていた。
一番隙ができるこのタイミングを。
しかし、一体どうやって…………。
「夜虎! もう大丈夫!! 今、姫野含めて従業員全員の魔力の首輪を凍らせたわ」
大天狗は、その声のした方を見る。
それは夜虎の左胸ポケットに入っていたスマホだった。
そのスマホのカメラがこちらを見ている。
確かに胸をかばうようにして、自分の攻撃を受けていた。そのせいで左腕が折れている。
『まさか……初めからこのための10分……』
夜虎は、スマホを右手で握り、耳に当てる。
「ありがとう、ローラ。完璧なタイミングだった。その距離から……さすがの魔力制御だな」
「二度とこんな無茶させないわよ。でも、もう何も憂いはないわ。あなたを止めるものは何もない。誰も死なない。だから思いっきりやって」
「あぁ、そうするよ」
スマホを切った夜虎は
そして。
ドン!!!
蓋を開けた。
六歳の頃、開いて以来の全力全開の魔力が怒りと共に放たれる。
心身ともに成長し、大きく広がった器も、完全に魔力で満たされ完成した16の年。
その才能に、心も体も責任も全てが追いついた。
そしてこの世界に今、最強の魔力が開放される。
『は? なにそれ』
大天狗は言葉を失った。
それがこの小さな人間から止めどなく溢れている。
ありえないと後ずさる。
「初めてだ。こんなに…………怒りが抑えきれないのは……こんなに許せないと思ったのは」
大天狗は恐怖した。
根源的な恐怖――遥か格上の相手を前にして、震えが止まらず恐怖した。
『なんなのよ…………あなた一体なんなのよぉぉぉぉ!!』
「覚悟はいいな、
ドン!!!
さらに魔力が跳ね上がり、その衝撃で大天狗は尻もちをついた。
「――お前を
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