第35話 温泉旅行ー2

「な、なんで……そんなシンが私を」


 姫野は周りを見る。

 吊るされているとはいえ、檻というよりはどちらかというと可愛らしい女の子の部屋だろうか。

 ぬいぐるみまで置いてあり、それがこのシンとの差異でおかしくなりそうだ。


『もちろん、あなたを食べるためよ』


 ――ぞわっ。


 にやっと笑うその顔は、確かに人のできる顔ではなく。

 姫野は心の底から恐怖した。

 渋谷で出会った罪度ギルティチュード4のシンなど可愛く見える化け物。


『あの温泉宿でね、私の好みの若くて可愛い子がいたら攫って食べちゃうの。ほんとはもっと食べたいけど……ほら、あんまり派手に動くと、つっよい魔術師たちがきちゃうじゃない? だから、従業員たちを脅して協力させたりしてるのよ。頭良いでしょ?』

「一体……どこまで知性があるの」

『私一応は分類は罪度ギルティチュード7だけど、でも生まれたばっかりじゃこうはいかないわね。これでも私、100年以上生きてるから。あなたみたいな生娘よりよっぽど世界の理は知ってるわ。それに、私みたいに隠れて暮らすシンは多いわよ。人間は弱いけど、恐ろしく強い個体もいるから。紫電家なんてもう目が合うだけで……震えちゃう! あ、でも……今はもういないけど』


 あまりに流暢な言葉に、姫野は戦慄した。

 このシンの持つ知性は人と何も変わらない。

 特別頭が良いというわけではないだろうが、おそらく人間と同等の知性を持ち、そして恐ろしく強いのに狡猾だ。


「わ、私をどうする気。食べるなら……なんでこんな回りくどいことをするの」

『バカね。あなた』

「な、なにが……」

『私たちはシンよ。人間の負、そして罪よ。だからこそ、あなた達が生きるという本能を持つように。私たちにも色んな本能が……罪がある。ただ食べるだけなんてもったいない』


 姫野は思い出していた。

 罪度ギルティチュード4の天狗は自分を犯そうとしていた。ならばそれはそういう欲が具現化したものなのだろう。

 ならこの国をも滅ぼすシンは一体どんな……そういって、そのシンは姫野の体に手を当てる。


『私はね…………嬲るのが好き! 嬲って嬲って恐怖させてぇぇぇ!! 最後には心の底から殺してくださいと泣きながら嘆願する私よりも綺麗な女を食うのが好きぃぃぃ!!!』

「ひぃ!?」

『あら、私ったら下品だったわね。ふぅ、落ち着いて落ち着いて……あ、そうだ。これ……付けときましょ』


 そういってそのシンは姫野の首に手をかざす。

 次の瞬間現れたのは、黒い魔力の首輪だった。


「――!?」

『これでもう……あなたは終わり。その首輪はね。私の魔力で出来てるの。念じるだけで……あなたを殺せる。こんな風に』


 とたんにその黒い呪力の首輪がぎゅっと姫野の首を絞めた。

 呼吸ができず、姫野は目を見開いて、舌を出す。


「あ……ガッ……」

『あらら、すっごくそそられる顔ね。嫁入り前の乙女がしていい顔じゃないわよ。首絞めプレイがお好み? あはは! 変態なのね!!』


 楽しそうにするそのシンは、指をひょいっとするだけでその首輪は緩み、姫野は涙を流しながら呼吸をした。

 心の底から楽しそうにして、人間ではできない歪んだ顔の大天狗を見て、姫野は絶望した。

 自分は、嬲られ、死んだ方がましと思うような辱めを受け、そして最後には死ぬのだろう。

 それは怖くて、どうしよもなくて涙が零れてしまう。


 そのシンは、ソファから立ち上がる。

 そして、身の毛もよだつ表情でにやっと笑い、姫野の顎を掴んで顔を持ち上げて言った。


『お願いだから……すぐには壊れないでね? たっぷり遊びましょ』

「うっ……うっ…………いや……」


 姫野は涙を流しながら目を閉じた。

 そしてこんなとき、やっぱり思い浮かべるのは。


「……助けて」



 ドン!!



 直後、鉄製の後ろの扉がボコっと凹んで吹っ飛んだ。

 シンは姫野から手を離して、後ろを見る。


『あら? お客様? それにしては…………すっごい怖い顔ね』


 そこには、血が滲むほどにこぶしを握り、迸る雷を纏う男が立っていた。

 


◇ほんの少し前



「姫野が帰った?」

「そう……こんな手紙が置いてあったの」


 ローラは、その手紙をみせる。


「少し厳しいことを言ったわ。きっと……そのせいよ」

「ローラ……なんでそんなことを」

「必要だったから」

「はぁ…………仲良くしてほしいんだけどなぁ」

 

 夜虎が手紙を見て、ため息を吐いた。

 しかし、清十郎が、その手紙を見ると。


「…………これ、姫ちゃんの字じゃねぇ」

「え? どういうこと?」

「ほんとか、清十郎」

「あぁ、俺は一回みたことは忘れない。姫ちゃんのプリントは何度も嘗め回すように見てきた。断言する。これは姫ちゃんの字じゃない」

「嘗め回すには突っ込まないが、なら……誰が。いや、それより、姫野はどこだ」


 夜虎はすぐに姫野に電話するが、電源が入っていないと言われ連絡がつかない。


「でない。姫野がスマホの電源を切る? まさか何かに巻き込まれてる? 清十郎! 何かわからないか!!」

「ちょっと待て……整理する」


 そういって清十郎は、あぐらをかきながら目を閉じ、まるで座禅のポーズ。


「なにしてるの」

「…………清十郎は、普段アホっぽく振る舞ってるが本当はアホじゃない」

「なにそれ、なぞかけ?」


 そして清十郎は目を開いた。


「最初から違和感はあった。この宿を予約する電話で、人数と年齢、そして性別まで確認された」

「それは普通じゃないか? 男性女性で色々違うだろうし」

「いや、部屋の空きを確認するなら人数、使用する部屋数を聞けばいいはずだ。なのに、この宿は特に性別を……若い女性かどうかを確認した」

「それがなんだよ」

「夜虎、お前の携帯でこの宿に予約の電話を入れてくれ。男1人18歳……そうだな、一か月後とかにしよう」

「…………? わかった」


 そして電話をする夜虎。

 女将さんの声がして、男1人で予約しようとしたら。


「空いてないって……」

「だろうな。次にオーロラさん、同じ日を女1人18歳で予約してくれますか? もちろんオーロラさんのスマホで」

「……わかった」


 そしてまた女将が出た。

 だが違っていたのは。


「…………予約できた。一体どういうこと」

「はぁ……なるほど、やっぱりな。しかし最悪だ。全員気を引き締めろ」

「どういうことだ、清十郎」


 眉間に皺を寄せ、こめかみを抑える清十郎は、いつものふざけた態度ではなく真剣な表情で言った。


「…………この温泉街は、シンに支配されている。おそらくは罪度ギルティチュード7以上……相当年数生きている狡猾な奴が」

シンに支配されてる!?」

「知ってるよな。罪度ギルティチュード7を超えるシンは、知性を持ち、魔力をコントロールできる。だから感知もされない」

「それは知ってるけど……」

「おそらく……このシンの目的は若い女だ。狡猾に、計画的に、魔術師にバレないように女を食ってる」


 夜虎はすぐに走り出そうとした。

 しかし清十郎が止める。

 

「待て、すぐに場所をつきとめる。もうあたりはある」

「あぁ!」


 

 温泉宿、ロビー。

 夜虎達は、女将に会いに来た。

 呼び出し用に鐘を鳴らすと、女将が奥から出てくる。


「あの、連れが帰ったみたいなんですが……」

「あぁ、はい! さきほどですかね。何か考え事をされているようで、おひとりで帰られるとおっしゃってましたよ」


 女将はニコッと笑って答えた。

 それを見て清十郎はもう一つ質問しようとした。


「そうですか……あともう一つ聞きたいことがあるんですが」


 プルル♪ プルル♪


 すると宿の電話が鳴り、女将が振り向いた。


「あ、どうぞ」

「すみません! すぐに戻りますんで!!」


 そして電話を取る女将。


「あら、さっき予約してきた女性の番号……はい、もしもし!」

「さっきの質問の続きなんですけど、なんで男は予約できないんですか?」

「――!?」


 電話の先から聞こえてきた声は、後ろから聞こえてきた声と同じだった。

 清十郎がローラのスマホで宿に電話する。

 女将はすぐに、電話をきって、別のところに電話しようとした。


 バチッ!!


 しかし、夜虎がその手を握って電話を止めた。


「姫野はどこですか」

「えぇ……な、なんのことでしょうか。わ。私は何も知りません!!」

シンがいるんですね? それも罪度ギルティチュード7相当の。あなた含め全員脅されている。それぐらいわかります。でももう大丈夫」

「え?」

「俺が誰も死なせません」



◇そして現在。


 夜虎はそのシンをまっすぐと見つめる。


「お前がここを支配していたシンか」

『あら……イケメンなのに、怖い顔』


 迸る稲妻、怒りを込めて。

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