第34話 温泉旅行ー1
数日後。
迎えた土曜日、早朝。
東京駅、新幹線乗り場に四人の男女が集まった。
「ドキッ! 美少女だらけの湯けむり温泉旅行編!! 開幕!! 」
清十郎が大きくこぶしを上げた。
俺とローラと姫野は、それを見て、同じようにこぶしを上げた。
こんなんでほんとにうまくいくのか? 大丈夫なのか?
新幹線を1時間。
そのあとバスで山道を1時間ほど。
「うわ、良い雰囲気だな。秘境って感じだ。よくこんな場所見つけたな」
「ネットでたまたまな。電話したら1枠だけ空いててさ。しかも超格安だ。ふっふぅ! 財布に優しいぜ!」
「清十郎以外全員、お金持ちだけどな」
「まだ高校生のはずなのに、お前たちがおかしいんだよ」
到着した場所は、まるで秘境のような小さな村――というか集落だった。
古い日本家屋が並び、なんだか実家のような安心感を感じる。
周りを竹藪の森で囲まれており、温泉独特の硫黄の匂いが漂っているが、お客さんは数える程度しかいない。しかも大体おじいちゃんとおばあちゃんだ。
でも雰囲気が良い。
春先ということもあり、桜の木がギリギリ残っていて、集落の中心を通る川の川辺に咲いている。
テレビでしか見たことないが、城崎温泉のような雰囲気があり、なんだかノスタルジックを感じる。
「ようこそ、おいでくださいました。私、当旅館の女将の遠藤と申します」
清十郎の案内のまま、向かった旅館では、女将さんが俺達を出迎えてくれた。
旅館の中は、確かに少し古いが、清掃が行き届いている。
ギシギシという音がする廊下を歩いて、俺達は部屋に通された。
「お若い方なんて久しぶりですわ。一泊二日……とお聞きしますが、本日はどちらから?」
「あぁ、東京です」
「まぁ、それは遠路はるばる。ふふ、ダブルデート……というやつですね?」
「いやいや、友達ですよ」
「あ、そうなんですか? てっきり、カップルかと。とてもお似合いのお二人同士でしたので」
そういう女将さんは、俺と姫野。そして清十郎とローラを見た。
「私と夜虎君はネットでベストカップルと言われたぐらいですから……勘違いされても仕方ありませんね! 夜虎君!」
そして俺の左手に飛びつく姫野。
「はぁ? 私と夜虎はベスト夫婦なんですけど。訂正を求めるわ。そうよね、夜虎」
そして俺の右手に飛びついて引っ張るローラ。
「あ、あはは……はやく部屋に案内してくれ。頼むから」
本当なら嬉しいのだろうが、まったくそんなことはない。
そしてなんとか俺と清十郎、姫野とローラに分かれることに成功した。
ローラは文句を言っていたが、今回の目的のために仕方あるまい。
無理やり押し込んで、二人で絶対に温泉に入れと念を押しといた。
そして俺達も部屋に入る。
「「おぉ!!」」
これぞ旅館という部屋で、やはりそこには男が大好きなあれがあった。
こういう宿の窓側にあるよくわからないけど、なんか好きなスペースに俺と清十郎は座った。
「お、色々あるじゃん! 夜虎何飲む?」
「コーラ、氷たっぷりで」
「うぃ、ポテチもあけるぜ!」
そして俺達は、解放感と嫌なことは全部棚に置いて、乾杯した。
◇
「これが日本の温泉……中々ね」
一糸まとわぬ堂々とした立ち居振る舞いで、ローラは立つ。
見事な露天風呂は、しかし誰一人として客はいない。
「うわぁ……貸し切り? すごい!! って……ローラさん。堂々すぎる。しかもすごい……体」
「見られて恥ずかしい体じゃないの。夜虎以外には触らせないけど。…………姫野、こっちに来なさい」
「え?」
ローラに呼ばれた姫野は、言われるがまま座る。
そして背中を流された。無言でごしごしと……一体何の時間だろうと少し姫野は恥ずかしくなる。
「あ、あの……オーロラさん?」
「日本でもきっとこうするんでしょ? 裸の付き合いって」
「あ……はい。ありがとうございます」
そして姫野もローラの背を流した。
(…………傷。戦いの痕)
「もう治らない永遠の傷……体中にあるわ」
「…………オーロラさんは、いつから戦われてたんですか?」
「……初めて殺したのは四歳の頃」
「四歳!?」
「そう…………私は、
「え?」
そこからローラは、簡単にそして淡々と過去起きたこと、そして夜虎がそんなふさぎこんでいた自分を救ってくれたこと。
ひと夏の思い出……自分にとってそれがどんなに大切で、どんなに救われた思い出だったのかを。全て話した。
その一つ一つが、物語のようで……自分とすむ世界がどれだけ違うのかを姫野は実感させられていた。
「……ありがとう。もういいわ」
「は、はい」
その傷を見て姫野は、とたんに綺麗で傷一つない自分の体が恥ずかしくなった。
母親のようになりたい。そんな夢を語っておいて、自分は部活程度の感覚でしか魔術を学んでこなかった。
それでも努力はしていたつもりだが、ローラの話を聞いた瞬間。自分の努力など遊びのように感じてしまった。
生まれが違い過ぎる。
人類を守るため、世界を救うため。
そのために血を血で洗い、紡いできた家とその使命を背負った力。
ただ一般家庭に生まれた自分とはあまりに世界が違い過ぎる。
そして二人は温泉に浸かった。
「夜虎が好きなのね」
「え!?」
「いいわ、隠さなくて。それにそんなことどうでもいい。どうせ夜虎は私の隣にくる」
「わ、私は! 夜虎君を譲るつもりなんかありません!」
「いや……あなたが耐えきれなくて去るわ。恋は盲目……今はまだ何も見えてないし、実感しないと思うけど、すぐにわかる。彼は特別、あなたは凡。その差は摩擦を生んで、軋むのは当然よ。彼の隣にいるだけで……あなたは幸せよりも、苦しさを感じるようになる」
姫野は怒るように立ち上がった。
「わ、私だって夜虎君が大好きです!! や、夜虎君だって今はまだでも……きっと好きって言わせて見せる!!」
「えぇ、あなたは綺麗だし、度胸もある。だから……夜虎が好きになる可能性はあるわね」
「え?」
思っていた答えと違う答えが返ってきて戸惑う姫野。
しかしローラはまっすぐと姫野を見ていった。
「でもね、あなたは夜虎の最愛になれない。いや……なってはいけない」
「どういう……ことですか」
「夜虎は最強よ、世界の理から外れてしまっているほどに、天衣無縫。魔力の量は、運命の大きさともいわれるわ。彼は……世界を救うために生まれたの。それだけじゃない……かっこよくて、努力家で……すごく…………すごく優しいの。そして……優しすぎるのよ」
「優しすぎる……」
「ええ、そんな世界最強の夜虎が負けてしまうとしたら……死んでしまうとしたら……どんな時だと思う?」
「夜虎君が死ぬ? そ、それは……」
姫野は言葉に詰まった。
答えがわからないからではない。わかってしまったから。
そしてその答えを言っては自分の負けだと言っているようなものだから。
でもわかってしまった。
「そう。夜虎が情の鎖で縛られたときよ。あなたみたいな弱くて、でも夜虎にとって大切な人間が、例えば敵の手に落ちたりね」
「…………わ、私だって強くなろうと!!」
「いいや、無理。あなたは弱い。弱すぎる。努力でどうにかできる差じゃないのよ」
瞬間、ローラが冷気を放つ。
それだけで姫野は思わず立ち上がって、しかし凍えて、動けなくなった。
痛い、冷たい、死……ぬ……怖い。
「これはね、私にとっても夜虎にとっても、呼吸のようなレベル。それだけであなたは死にかける。でも私たちが日夜戦う相手というのは、このレベルの相手よ。
だが魔術は解けて、姫野は思わず温泉に尻もちをついた。
「…………はぁはぁはぁ」
冷えた体が、ゆっくりと温められていくが凍えるように体を抱いて震えた。
「私、個人的にはあなたのこと嫌いじゃない。男を選ぶセンスはあるわ。でもね、彼の最愛になるのだけは許さない。もしどうしてもっていうのなら、私があなたを殺してあげる。夜虎を死なさないためなら、私は彼に恨まれたってかまわない。優しい夜虎にできないことは、私がしてあげなきゃいけないの」
「…………はぁはぁ」
「でもそんなことはしたくない…………だからお願い」
そしてローラは立ち上がった。
背を向け、威圧する言葉ではなく、優しく諭すように告げた。
「彼を優しさで死なせないで」
「…………」
温泉を去っていくローラ。
姫野は何も言い返せず、ただ下を向いて、自分の体を抱いていた。
ローラのいうことは正しいと思った。
でも……否定したかった。
でも……やっぱり正しいと思った。
薄々感じていた夜虎との差。
それでも分け隔てなく接してくれる夜虎のせいでその境界は曖昧だったが、その差は自分が思っているよりも深く大きい。
どうしたらいいんだろう。
終わらない自問自答を重ねながら1時間以上、温泉につかっていた。
「お湯加減はどうですか?」
「え? あ……はい。とても……良いです」
しばらく温泉につかりながら考えていたら、女将が入ってきた。
「それは良かった。こちらサービスです。コーヒー牛乳と、フルーツ牛乳どちらがいいですか?」
「あ、いただけるんですか」
「はい。ぜひ、飲んでください。温泉につかりながら冷たい牛乳を飲むと、絶品ですよ」
「じゃ……じゃあ、フルーツ牛乳をいただけますか」
そして受け取った姫野は、それを飲んでみた。
甘かった。
美味しくて、冷たくて……のぼせそうな体に染み渡り、そして。
「あれ? なんだが…………」
眠くなった。
◇
一方、夜虎と清十郎。
二人は浴衣姿でのんびりジュースを飲んで卓球をしていた。
途中で清十郎が、このフィジカルお化けに勝てるわけなくねぇ? と諦めたので今は談笑中。
「仲良くやってるかな……二人とも」
「古来より、裸の付き合いこそが関係構築の最善だ。あとは祈るしかねぇな」
「湯けむり温泉旅行が、湯けむり殺人事件にならなければいいけど」
「…………そうなったら事故ってことで、もみ消すしかねぇな」
「リアルなのやめて?」
「まぁ…………そうはならないだろ。結果は見えてる……姫ちゃんの負けだ」
「え?」
すると、ローラが浴衣姿でやってくる。
「うぉ!? オーロラ姫の浴衣。破壊力半端ぱねぇ!」
「えぇ、今夜だけはその眼に映すことを許可するわ、清十郎。ど、どう? 夜虎?」
「え? あ……う、うん。いいと思う」
そういって浴衣で夜虎に抱き着くローラ。
その柔らかい胸を押し当てて、思わず夜虎も顔を赤くする。
しかし柔らかすぎる、そう思って思わず鼻の下を伸ばしながら下を見る。
「それだけ? もっと褒めてもいいのよ、ほら」
「つけて……ない……だと」
「浴衣って下に何か着るの? この下何も着てないんだけど……まぁ夜虎になら見られて構わないわ。いえ、触ってもいいのよ? この体はあなたのものなんだから」
思わず鼻の下が伸びてしまった夜虎。だめだめと思いながらもどうしても視線が外せない。
銀髪の髪と完璧なプロポーションの浴衣姿に思わず、ドキドキしてしまうが首を振って自我を戻す。
「あれ? 姫野は? 一緒じゃなかったの?」
「一緒に入ったわよ。ただ…………ちょっと長風呂するそうよ」
「そっか……」
結局、夕食の時間まで遊んでしまった三人は、部屋に戻る。
しかしローラが部屋に戻ったら、姫野の荷物がなく、そして急用ができたので先に帰りますとの手紙だけが机の上に置いてあった。
「そう…………」
ローラはその意味を理解して、目を閉じた。
「――ごめんね」
(…………ん? あれ……私……)
姫野はゆっくり目を開ける。
一体なんだろう、寝てしまったのかな? とおぼろげな頭が少しずつクリアになったとき。
「――!? なにこれ!!」
自分が裸であることに気づく。
慌てて隠そうとするが、そしてまた気づく。
自分の手が鎖につながれて、天井から吊るされていることに。
周りを見ると、まるで女の子の部屋のように可愛らしい装飾がされている部屋でもあった。
『あら、おはよう。姫川……姫野ちゃん』
その声をした方を見る。
「なに……あなた」
姫野は言葉を失った。
大きな真っ赤なソファに座っている何かは、自分のおそらくは財布から取り出したであろう学生証を見ている。
あまりに流暢な言葉をしゃべるそれは、服はまるで早乙女のように、女性らしい者を着ていた。
しかし人ではない。
『私がなにかって?』
人の枠を超えて2メートルは超えている体躯。
そして何より鼻が天狗のように長かった。
会話が成り立つ、知性がある。黒よりの褐色の肌。
その答えが指すことは。
『――
小国ならばたった一人で滅ぼす災厄の罪。
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