第23話 勝利ー2

 俺達は空港にやってきた。

 俺が起きたのはすでに夕方だったので、あれから数時間しかたっていない。

 あまりのスピード間だが、紫電竜馬のような殺し屋が今すぐにでもローラを狙っているかもしれない。

 北欧連合のプライベートジェットをすぐに用意したそうだ。


「あれ? 母さん、ローラは?」

「少し待っててほしいって」


 移動中も何やらやっていたが、何をしているんだろう。

 そんなことを考えているうちに、もう出発する時間だ。

 するとローラとアリシアさんが走ってきた。


 俺の前で息を切らせるローラは、後ろに何かを持っているようだった。


「夜虎!!」

「ローラ、どうしたの?」

「はぁはぁ…………私も……頑張る。夜虎に負けないように、隣に立てるように。頑張る! それと……たくさん遊んでくれてありがとう! 私……すごくすごく楽しかった!!」

「…………うん。僕も頑張るよ。それに僕も楽しかった」

「それでね……だからね。こ、これを受け取ってください!!」

「ん?」


 そしてその手渡されたものは。


「氷の……お花?」

「夜虎君。それは……シルバーアイス家のみが作り出せる花。永遠の銀花エターナル・フラワーだ。姫様が生きている限り……生涯溶けることはない」

「すごい……わぁ綺麗だね。ありがとう、ローラ! 大事にするね! わぁ! 嬉しいな」


 俺は特に何も考えずに受け取った。

 するとローラがとても顔を赤くして嬉しそうに俯いた。

 そして、もじもじしていると思ったら。


 おれをぎゅっと抱きしめる。


「絶対にまた会いに来るから……忘れないでね。夜虎……絶対に夜虎の隣に立てるぐらい強くなるから、待っててね!!」

「もちろんだよ、待ってる」

「約束ね!」

「うん、約束!」

「姫様、出発の時間です」


 最後までぎゅっと強くローラに抱きしめられた。

 そして名残惜しいとゆっくりと離した。


「えっとね……えっとね」

「ん?」

「ちょっとだけ……目を閉じて……欲しいな」

「ん? わかった」


 俺は言われるがままに、目を閉じた。

 すると頬に柔らかい感触が。

 驚き目を開くと、顔を真っ赤にしたローラが慌てて背を向ける。


「夜虎、またね! 絶対またね! 続きはまたね!!」


 そして急いで走って行ってしまった。

 ボディーガード達が慌ててローラを追っていく。

 俺は頬を抑えながらポカンとその背を見つめていた。


「実はオリヴィア様に性格は似たのかな? だが……君のおかげだ、夜虎君。姫様は過去を受け入れ、そしてもうすでに未来を見ている。やっと前に、進める。……ん? ふふ、君にも年相応の反応があって嬉しいよ」

「あ、こ、これはあまりにびっくりして!」


 気づけば顔を赤くしていることに気づいた。


「あ、そうそう。一応教えておこう。その花は、ジークフリート様がオリヴィア様に求婚したときに渡した花であり、シルバーアイス家では代々求婚するときに送る花だ。永遠の溶けない愛をあなたにと」

「え!? 結婚!?」

「もらってしまったな。姫様の愛を」

「…………で、でもさすがにまだ小学生ですし?」

「ふふ、さぁ……どうだろうな。シルバーアイス家の愛は永遠に溶けないからな」


 6歳のときの結婚の約束なんてあってないようなものだろう。

 うん、気軽にもらっちゃったけど大丈夫なはず。大丈夫だよね?

 

「では、私も行くよ。光太郎殿、香織殿、そして……夜虎君。短い間だったが、私にとっても宝石のような時間だった。本当にありがとうございました。また会える日を楽しみにしています」


 俺と父さん達も頭を下げて、アリシアさんを見送った。

 こうして、オーロラ姫は一夏を日本で過ごし、そして自国へと帰っていった。

 

「父さん、僕も強くなるよ。もっと……もっと……僕はまだ弱い」

「…………あぁ。さすが……俺の子だ」 


 きっとローラは強くなる。

 だから俺も強くなろう。そう心に決めた。

 ローラがいなければ俺は死んでいただろう。

 俺はまだまだ弱い。

 そして弱くて……だから守れなかった。そんな言い訳は絶対にしたくない。


 誰も死なないように、そして俺自身も死なないように。

 それが俺の目標だから。


 ――だから最速で、最強になってやる。


 そう心に決めた。


 こうして、俺の幼年期の戦いは終わりを告げた。

 しばらくの静寂と時が流れ、俺は心身ともに成長した。

 平和な毎日を修行付けの日々で過ごし、この膨大な魔力を制御すべく奮闘した。


 いずれ来る戦いに備えて。





 かくして、長かったプロローグは終わり、もう一度物語の幕は開く。

 転生者の俺が、この世界に転生した意味を知る物語が。


 心も体も責任も……もう少し大きくなり、世界を知り、世界を守る物語が。

 


◇10年後――白虎夜虎16歳の年、そして高校入学の年



「久しぶりだな。東京! うーん! 空気がまずい!」


 大きなスーツケースを引きながら、一人の青年が東京駅に降り立った。

 駅の外に出るとすでに夕暮れ、なのに見渡すばかりの人ごみと、高く聳える摩天楼が青年を出迎えた。


 プルルルル♪


「…………もしもし」

「あ、夜虎? ついた? もう東京駅?」

「もう母さん、10分おきに電話してこないでよ。ついたって」

「だ、だって心配だもん!」

「俺だってもう今年から高校生なんだからさ。一人でも大丈夫だって」

「ママにとっては、夜虎はずっと子供だよ。あ、パパも話したいって!」

「夜虎か? 寂しくないか? いつだって帰ってきていいんだぞ! 都会は怖いからな! 父さんと母さんはいつでもお前の帰りを待ってるぞ!」

「はいはい、二人そろってそろそろ子離れしような。じゃあ切るよ!」


 両親からの愛情も、ちょっと反抗的に返したくなる思春期真っただ中の青年は、電話を切ろうとする。


「夜虎!!」「夜虎!!」

「もうなに?」

「愛してるぞ」

「愛してるわ」

「………………お、俺も…………だよ」

「大きな声で愛してるって言って!」

「も、もう! 恥ずかしいから!」


 そのときだった。


 ウオーーーン!! ウオーーーーン!!


 スマホが心をざわつかせる大音量のアラートを鳴らした。

 画面が強制で切り替わり、真っ赤な文字で警告する。


罪度ギルティチュード3のシンが顕現しました。周辺住人は、至急避難してください。繰り返します。罪度ギルティチュード3の……』


 そして画面には、霊災の発生場所が表示されていた。

 

「夜虎? 今の警報って……」

「ごめん、母さん。切るね」


 ブチッ。


 電話を切った青年は、地図上に表示された霊災発生場所の方向を見る。





「持ちこたえろ! 特級……いや、せめて上級魔術官がくるまで持ちこたえろ!!」


 頻繁に霊災が発生する東京では、巡回する魔術官も多い。

 偶然居合わせた中級魔術官二人がシンの対処をしていた。

 しかし中級では、罪度ギルティチュード2が適切な相手。止められない。


『殺ス? 喰ウ? マズソウ、オッサン』


「おっさんで悪かったな! 五行霊符・水切!!」

「先輩は、まだ30代だ!! 五行霊符・石礫!!」



 水の魔術は、多少の傷をつけるだけ、石の礫は躱される。

 鬼がにやっと笑いながら前に一歩進んだその時。

 駐車されていた車から少女が慌てて出てきた。


「なぁ!?」

「まずい!!」


 たまたまタイミング悪く、親が買い物に行き、車で待っていたら霊災が発生してしまった。

 車で震えていた小学生ぐらいの女の子は、あまりに怖くて遂に、泣きながら車から転げ落ちて逃げようとした。

 それを見た鬼は、にやっと笑った。


『ウマソウナノイルジャン……マズハヨクタタキマショウ』


 そして鬼はこぶしを握って振り下ろした。

 魔術官たちも精いっぱいの魔術を使うが、止めることはできない。


「いや……いや…………誰か………………誰か助けてぇぇぇ!」


 バチッ!!


 しかし雷鳴が鳴った。

 眩いばかりの稲光と共に、10年の時を経て最強を目指し、そして至った少年が青年となって帰ってくる。

 

『アレ?』


 何もないコンクリートを叩き壊すシンは、首を傾げた。


「お前たちは10年たっても変わらないな。誰かれ構わず殺そうと、恐怖だけを振りまいて……」


 そこにいたはずの少女は、青年に抱きかかえられて、逃げていた。

 その青年は、ゆっくりと少女を地面に卸し、そして微笑んだ。


「ケガはない?」

「う、うん……」


 それに気づいたシンは、全力で少女と青年に向かって走ってくる。


『カエセ、オレノニク!』

「お兄ちゃん!! 死んじゃうよ!」

「大丈夫、誰も死なせないよ」


 その青年は安心させるようにニコッと笑って言った。

 その笑顔があまりに優しかったから、女の子の涙は止まり思わずうなずく。


『イイヤ、コロス!!』


 しかしシンは止まらない。


「いや、誰も死なせない。そのための10年だ」


 バチ……バチ……バチバチバチ!!!


 帯電する稲妻、腕に帯びて、そして……。


「雷槍!」


 空気が熱で爆ぜる音がする。


 ドン!!


 気付いたときには、その黒い鬼の腹に大きな穴が開いていた。


『…………ツヨスギワロタ』


 そして、黒い粒子となってシンは跡形もなく修祓された。


「い、一撃!? 罪度ギルティチュード3のシンを一撃!? せ、先輩!! 一体彼は…………何者ですか!!」

「制服を着たイケメンの高校生、信じられないほどに強い魔力。そして完璧なまでの魔力制御から生み出される雷槍…………まさか彼が」


 その青年は、なんでもないことだと言わんばかりに少し着崩れた制服を正す。


「日本史上最年少特級魔術官――白虎夜虎君か」

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