第21話 銀氷の姫君ー4
雷が扇のように前方に広範囲で放たれる。だから雷扇と名をつけた。
本来は、なんか敵がいっぱい来たときに使えたらなぁなんて考えてたんだが、この敵のように躱される敵には有効だ。
これはさすがに躱せない。
例え俺が受ける側だとしても躱せないだろう。
ただし、広範囲に出力するのでダメージは随分と落ちる。
雷槍に比べたら100分の1にも満たないだろう。それでも人間がまともに受ければ死ぬ。
「やっぱりすごいよ、お前なら死なないってわかってたけど。ギリギリで魔力を前方に放って相殺したのか。僕じゃその速度はまだ到底できない。正直すごい」
「はぁはぁ……よく言うぜ、クソガキ。ちっ! あの糞女狐……こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ」
竜馬は膝をつき、肩で息をしていた。
「投降してくれ。悪いが次は本当に死ぬかもしれない。たとえお前が大悪党だとしても、できれば僕は……人を殺したくない」
「…………投降したら間違いなく殺される身なんでねぇ。仕方ねぇ、10億は惜しいが……逃げるわ」
「逃げるなら……また放つぞ」
「はは……奥の手もらっといてよかったな。…………ってことで、頑張れよ、化け物同士で」
「はぁ?」
すると竜馬の懐から何かが落ちた。
黒くて丸くて禍々しいガラス玉? 激しく鳴動し、そして――砕けた。
砕け散って、ガラス玉から真っ黒な闇が溢れ出した。
直後だった。耳鳴り、そして空気が重い。
まるで重力が10倍にでもなったかのように、ずしんと重さを感じるほどのプレッシャー。
今まで感じたことのない程に、空気の密度が濃くなって。
「――!?」
直後、その真っ黒な闇から刀のようなものが俺目掛けて伸びてきた。
『呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵呵!!』
「
現れたのは、黒い鎧武者の
人型で、それでいて骸の鎧武者は、ボロボロの刀で俺を突き刺した。
まるで落ち武者だが、その体は5メートルぐらいはあろうサムライの巨人。
「痛――!?」
ギリギリでガードしたが、俺の手にその刀が傷をつけて血が噴き出す。
俺がただ何のコントロールもなしに放出する魔力では、軽減はできても無効にはできない攻撃力。
さきほどの紫電竜馬の一撃を軽く凌駕していた。
と同時にあたり一帯に警報が鳴り響いた。
それは
『
「
つまりこの敵は、あの日俺が夏祭りで初めて倒した
国難――その言葉が適切なほどの強敵。
「雷槍!!」
俺はすぐさま反撃した。
だが、簡単にひらりと躱された。
その動きは、まるで剣の達人のよう。
俺のただの直線攻撃は、今の一回で間違いなくこいつには当たらないことがわかった。
「雷扇!!」
ならばと距離をとって、範囲攻撃。
これは直撃するだろう。しかし……。
『呵呵呵!! ワッパ!! ヨキカナ、ヨキカナ!!』
笑いながら叩き切られた。
人に比べて大量の魔力を持つ
しかし、今の剣技含めて……この鎧武者、俺よりも技量でいえば遥か上にいる相手だ。
俺は血が滴る左手を押さえる。
「夜虎君……今度こそ、私も!」
「アリシアさんは、ローラを守っていてください!」
「し、しかし
「わかってます。でも……あいつがまだどこかで狙っているかもしれない。逃げながらじゃとても守れない。それにこいつに背後を襲われたら……間違いなく逃げ切れないし」
そして体を帯電させて、前を向く。
「ここで倒さなきゃ、誰かが死ぬ」
◇
ローラは、アリシアの手を握りながら、夜虎の戦いを見た。
友達と罪が殺し合いをしている。
でも夜虎の攻撃は躱されるのに、サムライの攻撃は夜虎にダメージを与えている。
押されていた。
「雷槍!!」
躱される。
夜虎の雷槍は、発動こそすれば稲妻のような速度だが予備動作も大きく動きは直線。
避けることは難しくなかった。当たれば確実に倒せる。なのに当たらない。
『呵呵呵!! 未熟未熟!!』
「ぐっ!」
夜虎がまた切られて、傷が増える。
右手は雷槍のために守っているが、左手はすでにぐちゃぐちゃだった。
「やっ……やっ……夜虎……夜虎!!」
その血に、ローラは思わず目をそらしそうになる。
痛いなんてものじゃないはずだ。
なのに立ち向かっていく。
なのに、自分はただ震えることしかできなかった。
あんなに仲良くしてくれた大好きな友達なのに。
自分と同じ年の男の子が、あんなに怖い敵と戦っているのに。
自分は五大貴族の一人なのに。
守ってもらうだけで、何もできない。
また……何もできない。
「しまっ!?」
「稚拙!! 油断!」
夜虎が蹴られて、吹き飛ばされる。
ごふっと息と血を吐いて、誰もいない屋台に突っ込んだ。
「や……やっ……」
ローラは記憶が混濁して、フラッシュバックした。
二年前、押し込めていた記憶。
母が死んだあの日の記憶が、今夜虎と重なる。
あの日、母と魔術の訓練をしていたローラとアリシア。
そこに突然現れたのは、同じく
世界的な魔術師――王級魔術官ですら殺される災厄との邂逅に、ローラはただ恐怖で震えた。
だが母は守るために戦った。
ローラの母も五大貴族に嫁ぐほどの魔術師――戦いは苛烈を極めた。
それは今まさに、夜虎が戦っているように。
母は命を懸けてローラを守ろうとした。その記憶を頭を抱えながら泣きじゃくり、思い出す。
『脆弱! 虚弱! 貧弱!!』
「うぐっ!」
そして夜虎の腹部を刀が貫く。
それを見たローラは、心臓が跳ねて、その姿に母の最期を重ねた。
「夜虎!!」
あのときもそうだった。
泣きじゃくり、母が傷つけられるたびに、心が切り裂かれるように痛かった。
大好きなのに、自分は何もできなかった。
そしてついに
ローラの中で何かが弾けた。
魔力の覚醒――強き意思が呼び起こした世界を守護する貴族の血。
それを見た母は、にこっと笑ってローラを見ながら叫んだ。
『ローラ!! おもいっきりやりなさい!! 大丈夫……ママは強いから』
それを聞いたローラは、意味も分からずただ本能のままに、全力で叫んだ。
そして、その血に刻まれた魔法は発動された。
永遠に溶けないと呼ばれる銀色の氷――シルバーアイス家だけの血継魔術は、瞬間その周囲一帯を凍らせた。
『ごめんね……ローラ…………大好きよ』
もちろん、最愛すらも。
問題ないといったローラの母、だがそれは、嘘だった。
このままでは負けて、全員殺される。
そう思ったローラの母は、嘘をついた。
ローラが魔法を使うことをためらわせないために、そういった。
そして広範囲すべてを凍らせる銀氷で動きが止まったヴァンパイアの心臓を氷の刃で貫き、修祓した。
だが、同時にローラの母も凍って死んだ。
それがローラだけが知っていて、心の奥に封印していた記憶。
自分が殺した母の最期。
その光景が、フラッシュバックし、心神喪失。
直後、再度封じられた魔力は暴走する。
「夜虎……夜虎…………いやぁぁぁぁぁ!!」
「姫様? まさか!? 夜虎君!! 逃げろ!!」
「え?」
ローラの周囲が凍り始める。
アリシアが、ローラから離れた。
夜虎は、それを見てすぐに気づいた。
魔力暴走。
夜虎は全力で走り、ローラのそばのアリシアを抱きかかえる。
「夜虎君!?」
「全力で捕まって!! 本気で走ります!!」
このままでは巻き込まれると、全力で走る。
しかし背後が冷たくなり、氷が迫る。
つかまればただではすまない。死ぬかもしれない。
夜虎は、全力の魔力で加速して、アリシアを抱きかかえて走る。そして冷気が収まり振り返ると。
「はぁはぁはぁ……これが血継魔術。なんて威力だ」
あたり一帯がローラを中心に銀色の氷で、凍っていた。
幸い、すでに避難は完了していて巻き込まれた人はいない。
しかし、
倒した? 夜虎はそう思ったが、だがローラが膝をついて魔法が解けた瞬間。
氷がバキっと割れてサムライはもう一度復活する。
『イマノハ少シ、イタカッタナ。ワッパ』
不完全な魔術なのか、多少のダメージを与えたが、修祓するまでには届かないようだ。
「でも…………止まった。そうか……そういうことですね。オリヴィアさん」
そのとき夜虎は、過去に何があったか理解した。
きっと、ローラの母も今自分が考えていることと同じことをしたのだろう。
そして……初代――紫電家当主も同じことをしたのだろう。
「なら……僕も同じことを」
そして決断し、夜虎はローラの隣に走った。
「ローラ!!」
「あ、夜虎……ごめんなさい。私……私!!」
「大丈夫だよ、ローラ。大丈夫……ローラは何も悪くない」
ローラをぎゅっと抱きしめた夜虎は、こう言った。
「ローラ……もう一度今のをやってほしい。僕があいつと戦うから、僕たちに向けて! 同じ魔術を!」
「え? で、でも!! 夜虎も凍っちゃう! 夜虎も死んじゃう!! 私また!! 殺しちゃう!!」
「凍らない」
そして夜虎は立ち上がり、サムライを向く。
「ローラ!! おもいっきりやって!! 大丈夫……僕は強いから!!」
「で、でも!!」
そして夜虎は再度、鎧武者と戦った。
出血して、傷だらけの体、左手はすでに動かない。
その姿は、あの日の母と同じように。
決死の覚悟で自分を守ってくれている。
それを見るローラは、トラウマが蘇り、体が震えた。
発動なんてできない。また母親の時と同じように凍らせてしまう。
殺してしまう。
そのとき。
「姫様」
「アリシア……」
アリシアが血を口から流しながら、後ろからローラを抱きしめるように、その震える手を握る。
そして一緒に戦っている夜虎を見る。
「信じましょう。あの騎士を」
「でも……でも!! 夜虎が死んじゃったら、私!!」
「騎士が命を懸けて戦うというのなら、その覚悟を受け取るのが姫の覚悟というものです。それにきっと大丈夫……」
アリシアは、ローラの手のひらを夜虎に向ける。
そして同じく夜虎を見つめて、言った。
「――彼は強い」
ローラは唇を噛みしめて、夜虎を見る。
動機が止まらない。今にも泣きだしてしまいそう。
怖い。失敗したら……夜虎が死んでしまう。夜虎も凍って死んでしまう。そうなったらもう二度と会えない。
でも……このままだったらやっぱり夜虎が死んでしまう。
「いや……いや……」
それでも、怖くて手を引っ込めそうになった。
そのとき、夜虎が叫ぶ。
「ローラ!!」
そして、振り向きいつものように、にこっと笑って言った。
「――
多くは語らない。
ローラならこれで全て伝わると夜虎は思ったから。
あの物語のようにきっと通じる。
自分の気持ちも自分の覚悟も、全てローラへとまっすぐ届くはずだと。
「…………いや……いや」
怖い、嫌だ。でも……なによりも。
「夜虎が死ぬのはもっといやぁぁぁ!!!」
ローラは唇を噛みしめて、頷き、顔を上げる。
その手に銀色の魔力が集まっていく。
彼は信じてと言った。
だからもう一度……もう一度だけ信じてみよう。
必ず守ると言ってくれたあの騎士を。
大好きな夜虎を、もう一度。
「姫様……」
アリシアは、驚きながら、頷きその手と震える小さな体を支えた。
そしてローラは泣きながら、引きつる声でしかし確かにはっきりと叫んだ。
「
銀色の魔力が、ローラの前方に放たれた。
世界の色すら奪う白銀が、目につく全てを銀で上書く。
罪も、命も何もかもを白銀に染め上げ、永遠に凍らせるその魔法に、夜虎も包まれて、体が凍っていく。
「ありがとう、ローラ。信じてくれて。……なら……あとは俺が倒すだけだ!!」
その瞬間、夜虎は全魔力を解放した。
出し惜しみなく、残りの魔力を全力で最後の最後まで放出し、抵抗する。
氷と稲妻がせめぎあい、バチバチと音を立てて弾きあう。
「もっと強く……もっと速く……もっと……もっと」
帯電する魔力が、銀色の魔力に抗ってその体を迸る。
『呵!?』
凍った鎧武者、動きは止まる。
夜虎は凍える体を無理やり動かし、構えて、前を向く。
雷すらも凍る永遠の銀氷が、夜虎の魔力量を持ってすら、徐々に凍らせその命を終わらせようとしていた。
「僕は……俺は……今度こそ、誰よりも速く……誰よりも強く」
バチバチ!
理外の魔力が、さらに炎のように燃え上がる。
永遠の銀氷を解かすは、燃え上がるほどの雷の熱。
バチバチバチバチ!!
出力量の限界を超えて、思いも覚悟も力に乗せて、さらに向こうへ。
限界を超えた強き意思は魔力の器すら作り変える。
そしてさらに、研ぎ澄まされる。
圧縮し、密度を上げる。さらに、さらに練り上げる。もっと……もっと練り上げる!
「俺は……全力で……生きる。絶対に守る……だから!!」
バチバチバチバチバチバチバチバチ!!!!
そしてその雷は。
「今日ここで!! 最速で、最強になれ!!!!」
チチチチチチチチチ!!!!
確かに、色鮮やかな
「夜虎君、まさか……その魔術は」
「……紫電の…………光」
夜虎が身に纏っていた雷が、徐々に色付きそして紫色へと変わっていく。
それはかつて、この国で生まれた最速最強と呼ばれた色。
誰よりも速く、誰よりも強く、敵を貫く紫電の雷。
キーン!!!
空気が爆ぜて、衝撃波。
雷鳴轟く紫色の稲光が迸る。
紫電纏いし少年は、今、銀氷も罪もなにもかもを貫く最強の矛と化す。
かつてこの国を照らした失われた魔術をその身に宿し、誰も死なせたくないと。
「雷槍!!」
願いを込めて、叫びと共に、罪を貫く。
ドン!!
『呵呵呵呵呵呵…………』
そして次の瞬間、そのサムライの
『…………
かつて最速最強と呼ばれた紫電の魔人が、再びこの国に誕生した瞬間だった。
★★重要なあとがき★★
勘の良い方は気づいてましたかね?
紫電の魔人誕生です。
個人的に雷属性ってめっちゃ好きなんですよね。紫電ってめっちゃかっこよくないですか? ちなみに紫電の意味は研ぎ澄ました鋭い光です。つまり最強ってことです。
こうしてローラのトラウマも、罪も何もかもを貫いた夜虎。
こんな6歳いたら恋に落ちちゃうのも当然ですよね。絶世の美女に成長するであろうローラが恋に落ちるのも当然っすね。
ということで、紫電かっこええやん。もっと夜虎の無双の続きが読みたい! という人は、フォローや★を頂けると、作者が小躍りして執筆できます。
ちょっと指を伸ばしていただいて、タイトルからレビュータグで、★で称えるを押してくれると嬉しいです。
あ、あとね。もう星つけたわ。って方。文字付レビューくれるとマジでうれしんで面白かったとかの一言や、もっと無双見せろとかでもいいんで、してくれるとね。ありがたいっす。
ということで、これから頑張って更新していくので、是非楽しんでいってください。
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