第20話 銀氷の姫君ー3

「白虎夜虎……光太郎の息子だな。っつても……さすがにその年でそれはおかしくねぇか?」


 俺に雷槍を弾かれたその男は、一歩下がる。


「お前は……何者だ。父さんを知ってるのか」

「あぁ? あぁ……そりゃその年じゃ知らねぇか。俺は紫電竜馬だ。ちっとは顔は売れてるな。まぁ簡単に言えば殺し屋だ」

「…………紫電?」

「十二天将家なら調べりゃわかることだろ。つまり裏切り者だ」


 静香お姉ちゃんの父は死んだといっていた。

 だが、何か含みを持っていたような言葉だったが、つまり父親だけは……家を捨てたということだろうか。


「……なんでこんなことをする」


 俺は会話を続けようとした。

 周りはすでに騒然として大騒ぎ。ならきっとすぐ父さんが来てくれる。

 だが、にやっと笑ったその男はたばこに火をつけながら、余裕の表情で俺を見る。


「時間稼いでもいいが、お前の親父はこねぇぞ」

「…………なぜ」

「世の中には便利な魔術があってな。ほら……もうそろそろ」


 そのときだった。


 警報が周囲一帯に鳴り響く。

 それはシンの出現を警告する日本共通の警報だった。

 そして続く言葉に、俺は言葉を失った。


罪度ギルティチュード5のシンが3体出現しました。至急避難してください』


 ドン!!


 遠くで大きな音がした。

 戦闘している音、そして雷の帯電の光。あれは父さんだ。

 罪度ギルティチュード5……王級の父さんなら倒せるがそれが……3体。

 

「ってことだ。まぁあいつならそれでも何とか倒すだろうよ。でも……ギリギリだろうな。守るもんが多い奴は大変だ。正義の味方は辛いねぇ」


 母さんはもちろん、周囲の人たちも守らなければならないのなら苦戦するだろう。

 そのときだった。

 

 一般人が三人一斉に、紫電竜馬にとびかかる。

 祓魔刀、霊符、それに炎の魔法に氷の魔法。

 隠れて見張っていた国家陰陽師だろう。おそらくシルバーアイス家の人もいる。


 だが、その男はたばこを吸ったまま、ただだるそうに。


「てめぇらごときが相手になるかよ。俺を殺したきゃ、帝級でも呼んできな」


 その全てをだるそうに、しかし完璧に躱し、四人を手とうのみで突き刺した。

 全員一撃で、急所を貫く。無駄のない最小の動きにすら見えた。


 強い。下手をすれば父さんよりも。


 魔力量では俺が圧倒的に勝っているだろう。

 でも魔力制御も、対人能力も、戦闘技術も……そして何より人を殺す経験が違い過ぎる。


 殺すことに慣れ過ぎている。


「夜虎君……姫様を連れて……逃げてくれ。死んでも時間を稼ぐ。あれは…………元王級魔術官。紫電…………竜馬だ……勝てない」


 アリシアさんが腹部を抑え、凍らせる。

 激痛と共に歯を食いしばって立ち上がった。


「かっこいいねぇ。涙出るわ。しかし…………まさかこんなガキに邪魔されなんて夢にも思わなかったなぁ。ふぅ……一服終わり」


 そしてたばこを吐き捨ててこちらを見る。

 

「じゃあ……殺すか」


 魔力に乗った殺すという意思を込めた殺気が俺に届く。

 本当の本気、純度100%の殺意に、俺はおもわず下がりそうになった。だがそのときだった。



「夜虎!!!!」


 父さんの声が遠くから聞こえた。


「すまないが、すぐにはいけそうもない!! だが、お前は俺の子だぁぁ!! 俺はお前を信じている!! だから母さんは父さんに任せて……」


 そしてさらに大きな声で叫んだ。


「オーロラ姫はお前が全力で守れ!!」 


 そうだ。俺は約束した。

 俺が絶対に守るって、なのに俺は何をビビってるんだ。


 俺はこぶしを握って、下がりそうになった足を前に出す。


「――任せて」


「多少はできるようだが、次は殺すぞ。もし逃げるってんなら逃がしてやるよ、別にお前はどうでもいい。まぁ、その姫様はダメだけどな」

「逃げる?」


 俺はこぶしを握って目を閉じた。

 抑え込んでいた魔力の蓋をゆっくり外す。


 この蓋は父さんとの絶対の約束だ。

 私利私欲のためには使わない。まだ魔力制御がうまくない俺では誰かを傷つける可能性がある。


 外していい時は一つだけ。

 

 誰かを守る。そのときだけだ。


 ドン!!!


 瞬間、会場の空気が震えた。


「逃げない、守る。そのために強くなったんだ」

「なんだ……そのバカげた魔力は」


 俺は全身に魔力を纏い、帯電した。

 コントロールなど一切無しだ。ただ全力を。ただ俺のすべてを。

 全力の魔力を雷にかえて、その身に纏う。


 魔力の放流で、空間が歪み、屋台が吹き飛ぶ。

 そして俺は紫電竜馬を見つめる。


「全力出すと、まだ魔力制御ができないんだ。めちゃくちゃ溢れて効率も最悪だし。それにこの状態だと手加減ができない。でも……お前は父さん並みに強そうだから」

「――!?」

「死ぬなよ」


 この相手は、強い。

 今まで戦った誰よりもずっと強い。

 だからこれぐらいじゃ死なない。


「おいおい、こりゃ……10憶の仕事じゃねーって」


 ギリギリ躱されたが、だるそうにしていたそいつの表情が変わった。

 その眼は鋭く鷹のような目をしている。本気ということだろう。


 竜馬は、俺に雷槍を叩きこむ。なんて早い魔力制御、だめだ。避けられない。


「くっ!!」


 俺の脇腹が針で刺されたような鋭い痛みが広がる。


「うそだろ…………纏ってる魔力だけで一点集中した俺と同等かよ。どんな密度してんだ、その魔力」


 その雷槍は、俺にはほとんどダメージを与えなかった。

 それでも少し痛かった。

 魔力の差は歴然なのにダメージを受けた。よかった、魔力を解放しておいて。


 もししてなかったら、今の一撃で俺は死んでいたかもしれない。

 これが極まった魔力制御か。

 もっと精進しなきゃ。


 俺は雷槍で返した。

 が、避けられた。やはりこのレベルの相手では、俺の発動までが遅い雷槍では、直線的でモーションもわかりやすく避けられる。


「しかし、歯向かってくる度胸。そのバカげた魔力に、魔術を使える。神童……ってやつか? ガキらしいとこなんて見た目以外ねぇじゃねーか。お前、実は変な薬で子供になったおっさんだったりすんのか?」

「失礼だな。チョコバナナが大好きなれっきとした小学生だ」

「そんな小学生いてたまるか。わかった降参だ」


 するとあっけなく手を両手に挙げてひらひらとする。

 俺はその油断しまくっている姿に、油断してしまった。


「はは……甘さだけはガキんちょだな。雷光!」

「うっ!」


 雷による光の目潰し。

 こんな戦い方もあるのか。

 俺は全身をガードする。どこから来てもいいようにだ。



 …………いや、違う!!



「甘いとこはあるが、頭の回転ははえぇのな」

「ローラは死んでも守るっていっただろ!!」


 竜馬は、ローラを殺そうとしていた。

 だから俺はローラを抱きしめて守った。

 危なかった。判断が少しでも遅れたら殺されていただろう。


 すると竜馬は距離をとった。


「お前の攻撃は当たる気はしねぇが……俺の攻撃もきかねぇしな……さてどうやって殺すか」

「まだ俺の力の底をみせた覚えはないが」

「はっ! はったりまで言いやがる。でもお前の魔力制御は正直稚拙だ。まぁそんな魔力操るだけで10年は修行がいる。魔力量と魔力制御の難易度は比例するからな。そんな魔力持った奴見たことねぇが」

「あぁ、操るのはまだまだできないよ。修行不足だな」


 だから俺は新技を使うことにした。


 雷属性の技は多くない、なぜなら雷属性の魔力変換効率は最悪なので、基本的には身体能力強化にしか使えないからだ。

 もし放出なんかしたら一瞬で枯渇する。

 

 だから、これは俺にしかできない技だろう。

 この魔力量だからこそできる技だろう。

 

 俺は右手を前にかざす。その手に雷が帯電した。


「まさかお前…………おいおい、さすがにこれは想定外すぎるだろ。神童じゃなくて」


 そして。

 

「化け物かよ」

「――雷扇らいせん!」


 放つ。


 それは無数の雷が弓のように扇状に飛んでいく。

 そして、俺の前方数百メートルは一瞬で焼け焦げた。

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