第19話 銀氷の姫君ー2


 とある高級バー。


「…………予定通り7月27日に殺す」


 無精ひげを生やした粗暴そうな男と、ドレスを着た女性が会話する。

 女性は目が合うだけで、誰もが心奪われるような美女だった。

 それに反するように、男は黒い無地のTシャツだけで、場の雰囲気には似合わない。


「お願いね、五大貴族の子供……一人でもやれたら御の字よ」

「はっ! 俺が失敗するかよ。あんなガキに」

「世界の因果があの家々を守っている。そう簡単には殺せないわ。どうせ何か邪魔が入る」

「それを言うなら、これが作動するかの方が心配だな」


 そういって男はカバンの中にある三つの玉を取り出す。

 その二つとも禍々しい黒い渦を巻く水晶のようなものだった。


「罪玉――世の中には便利な魔術もあるもんだな。シンを生み出す魔術か……で、なんで五大貴族なんか殺すんだ? ありゃ、人間の守り手だろ」

「あら、クライアントの事情を知りたいの?」

「…………いや、興味ねぇ。金さえもらえればな」

「ふふ、期待してるわ。あぁ、そういえばあなたの娘、上級魔術官になったそうよ。名前は……静香だっけ?」

「…………糞どうでもいい。捨てた家のことなんかな」

「そう。あ、そうだ」


 そういって女はもう一つ、その罪玉と呼ばれた玉を渡した。

 その中に渦巻く黒は、先ほどの三つよりもずっとドス黒い。


「なんだよ、これ」

「最後の切り札……使わないことをお勧めするわ」

「ガキ一人殺すにしては、周到だな」

「ふふ、じゃあ頑張ってね。紫電家の汚名さん」


 女はふふっと笑いながら立ち上がった。

 男は酒をあおりながら殺す相手を思い浮かべる。


「将来エロくなるだろうに、もったいねぇな……オーロラ・シルバーアイスだったか」


 あの銀色の髪の少女のことを。









 7月27日、花火大会当日。


 やってきました。東京!! 暑すぎるね!

 コンクリートジャングルって感じで、二回目とはいえ人の多さに目が回る。

 今はすでに夕方。花火大会まであと2時間ほどというところか。そして俺達は隅田川花火大会会場へと向かった。


 道行く人の多くが着物を着ていた。

 そして、俺とローラも、今日は着物を着ている。しかし、ローラの着物姿はなんというか……天使だな! 今朝はアリシアさんが、姫様ぁぁぁ! って叫びながらリアルに千枚ぐらい写真撮ってた。


「ど、どう? 夜虎」

「めちゃくちゃ可愛いよ! 天使かローラかわからないぐらいだ! 千年に一人の美少女と言っても過言ではない!!」


 俺が手放しで大げさに喜ぶ。

 ローラは少し顔を赤くして嬉しそうにしていた。



 

 隅田川周辺はすでに場所取りの人が多くいた。

 アリシアさんが先に出て、朝からスタンバっときますって言ってたので場所に関しては問題ない。

 国として動けば場所取りなんて簡単なのにと思ったが、お忍びでいくことになったのでそれはできない。

 とはいっても、周囲には一般人に扮した黒服が何人も見張っているが。


「お、いたいた。わかりやすいな」


 アリシアさんを探していたら、両手を組んで仁王立ちでスタンバっている北欧美女がいた。

 朝からずっとそれだったの? 体力あるなぁ。


「お疲れ様です、姫様。白虎家の皆さんもありがとうございます」

「アリシアさんも場所取りありがとうございます。ここからは私たちがみておくので」

「あぁ、大丈夫だ。遊んできてください。アリシアさん」

「いえ、私は……」

「ほらほら! 夜虎、お願いね」


 そうして母さんに背中を押されたアリシアさん。

 俺は頷いて、ローラとアリシアさんと手を繋ぐ。


「ローラ! いこ! アリシアさんも! せっかくきたんだし屋台を巡ろうよ! 花火大会まであと2時間しかないんだから!」

「う、うん!」

「…………あぁ! そうだな! 全力で遊ぼう!」


 そして俺達は三人でたくさんの出店を回った。チョコバナナに焼きそばに、りんご飴に、たこ焼きに。

 輪投げ、スーパーボールすくい、くじ引きからと目につく全てを遊んだ。


「あぁ……」


 すると輪投げを全てはずしてしまったローラが少し悲しそうな表情をしている。

 目当ては、あの白いウサギのぬいぐるみだろうか。

 

「姫様。お任せください! 私が!」

「あぁ、べっぴんのお姉ちゃん。これは子供用だから大人はダメだよ」

「なぁ!? か、金か! 金ならば言い値で払おう!! そのぬいぐるみを頂きたい!」

「んじゃ300万円」

「――!? ほ、法外すぎるだろ! し、しかし……うーん、是非もなし!! 買わせてもらおう! クレジットでもいいか!」

「はぁ?」


 日本的冗談は、外人さんには効かないし、そんなぬいぐるみに300万も払わないで欲しい。

 仕方ないので、ここは俺が一肌脱ごうか。

 

「おっちゃん、一回ね」

「ほい、300万円」

「はい」

「な、なぜ! それは300円だろ!」


 俺は300円を渡した。アリシアさんが意味が分からないと首をかしげている。

 そして俺はほいほいほいっと輪投げを投げて見事成功。

 

「はい、ローラ」

「い、いいの?」

「ローラのために取ったんだ。もらって」

「…………うん」


 するとぎゅっとウサギを抱きしめて嬉しそうにするローラ。


「夜虎……ありがとう」

「おう」


 俺も嬉しい。ローラも嬉しい。アリシアさんも嬉しい。

 みんな嬉しい夏祭り。そのときだった。


 ヒューー…………ドン!!


 夜空に美しい花が咲いた。

 

「あ、もうこんな時間か」

「ほう……これは見事な」

「わぁ……」


 せっかく場所取りをしたのに、始まってしまった。

 楽しく遊び過ぎたか。でも……それもまた祭りって感じでいいか。


 俺とアリシアさん、そしてローラはそこから空を見上げた。

 父さんと母さんには、アリシアさんが連絡しといてくれたので問題ない。

 人込みの中、ただの一般人として俺達は花火を見た。


 胸の奥まで響く空気が轟く音が、少し心地よくてでもその音に驚いて。

 前世では、ついぞ病室で人生を終えた俺はそういえばこんな音が外から聞こえてきてたなと思い出す。


「ん?」

 

 ローラが俺の手を握った。

 俺はローラを見る。

 泣いていた。

 感動して? いや、たぶん違う。お母さんのことを思い出しているんだろう。

 過去には戻れない。もうローラのお母さんは帰ってこない。

 悲しい、嫌だ、心が張り裂けそうだ。でも…………自分は生きている。自分は生きなきゃいけない。

 そんな葛藤をきっと少しずつ折り合いをつけているんだろう。

 

 俺はぎゅっと握り返した。


「大丈夫」


 ローラは強い。

 きっと、また前に進める。

 すると、ローラもまたぎゅっと握り返して、顔を上げる。その眼には涙が流れているが、それでもしっかりと開いていた。


 ヒューー…………ドン!!

 ヒューー…………ドン!!

 ヒューー…………ドン!!


 フィナーレだろう、夜空に満開の花が咲き、俺達の一夏の思い出は終わる。

 かけがえのない時間を過ごし、ずっと心に残って、支えてくれる大事な思い出ができた。


 宝石のような時間だ。

 一生の思い出にだってなる時間だ。 


 それを奪わせるわけにはいかない。

 絶対に。



「――姫様!!」


 

 声のしたほうに、反射的に顔を向けた。

 とたん、俺の顔に、そしてローラの顔に何かが飛び散る。

 それは――血だった。


「え?」


 目の前ではアリシアさんの腹部が……何者かの手に……雷を纏った手に貫かれていた。

 突然のことで、理解が追いつかなかった俺は言葉を失い、思考が止まった。


「にげ…………て」

「あらら、やるねぇ。これ以上ないタイミングだったはずなのに、守るのが反射までいってやがる。泣けるぜ、その忠誠心」


 アリシアさんが倒れ、その腹部から手が抜かれた。

 その後ろには、無精ひげを生やした男がだるそうにこちらを見た。


「よかったな、ガキ共。5秒寿命が延びたぜ」


 手を振り払って、血をぬぐう。

 こちらを見るその男の手は、確かに帯電していた。


「アリシア……アリシア!? いや……いや!!」

「姫様……逃げ……て……くだ……」


 ローラが、アリシアさんに飛びついた。

 そしてその男はローラを見る。その行動でわかった。

 ローラだ。こいつはローラの命を狙っている。


「まぁ、これぐらいは想定内。んじゃ悪いな、ガキ。恨んでくれて構わねぇよ、化けて出たらまた殺してやるから」


 帯電する雷――そしてその手に纏った雷槍がローラを狙う。

 アリシアさんは、気絶している。

 父さんもいない。


 ここにはもう。


 バチッ!!


「あらら。これはさすがに…………想定外」

「なんなんだ、お前!!」


 俺しかいない。

 俺の雷槍が、その男の雷槍をはじき返した。


 心臓の音が聞こえる。

 何もわからないが、ひとつだけわかることはこいつは俺達を殺しに来ていて。


 俺が守らなきゃ、ローラが死ぬ。

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