第18話 銀氷の姫君ー1
「ほら、ローラ! カブトムシ!」
「……やっ!」
俺は大量にカブトムシを入れた虫かごをローラに見せた。
物凄い勢いで首を振られた。
こんなにかっこいいのになぁ。
「お昼ご飯食べたら、川で泳ごっか! 母さんが、水着買ってきてくれてたし」
「…………うん」
虫取り作戦は、あまりローラの心を動かすことはできなかった。
というか女の子は虫が嫌いだしな。よく見ればカブトムシのお腹気持ち悪いわ。
山の探検は終わり、家に戻ってお昼をみんなで食べた。
今日は、母さんが庭で流しそうめんを用意してくれていた。
すごく夏っぽいし、本物の竹を使用した本格流しそうめんだ。
「…………難しい」
「お箸で取るの難しいよね。ほい! ほら、これあげる」
「……ありがとう」
「む? これは難しいな……日本人が手先が器用なのは、箸を使うからかもしれんな」
「フォーク使いますか?」
「いや、せっかくだ。頑張るとしよう。姫様も頑張っておられるしな」
俺は、ローラを見る。
真剣な表情で、次に流れてくるそうめんを見つめていた。
次こそは取ってやるという意思を感じる。
そして、母さんがそうめんを流した。
「おぉ! うまい!」
ローラは、見事に箸で取ることに成功していた。
すると嬉しそうに、少しだけ笑った。……笑った!?
「アリシアさん! アリシアさん! 今の見ましたか!」
「くっ! また失敗か! 次こそは仕留めて見せる!!」
「…………」
姫様そっちのけで、そうめんに夢中である。
ちょっとだけ抜けてるというかドジなんだよな、アリシアさん。
「次こそは! あぁ! 落ちてしまった!!」
「大丈夫ですよ、洗ったら食べれますから」
でも俺は結構、まっすぐなアリシアさんが好きだ。
裏表なんて何もなくて、全力って感じで。
そのあと、俺達は川に遊びにいった。
「夜虎! どう! どう! まだまだいける? 大学生ぐらいに見える!? ママ綺麗?」
「き、綺麗だよ」
「やったぁぁ!!」
母さんのビキニを綺麗だと褒めると、嬉しそうにきゃぴきゃぴ喜ぶ。
俺が6歳で25歳の時に産んでくれたので今、31歳だ。
少し露出の多い水着はなんとなく厳しいものを感じるが、嬉しそうなので何も言わないでおこう。
「アリシアさんは……なんかすごくカッコいいですね」
「そうか?」
アリシアさんは、抜群のスタイルで黒のビキニを着こなしている。
さすが外国人、モデルみたいなスタイルだ。手足長いなぁ。
その後ろに隠れているローラがひょこっと恥ずかしそうに顔を出す。
「……天使」
ローラが、完璧な美少女すぎる件について。
今更言う必要もないが、白い水着を着ていると完全に天使である。
銀色の髪をポニーテールにして、小さな浮き輪を持つ姿は、男だろうが女だろうが、全員がメロメロである。
案の定、母さんもアリシアさんもデレデレだ。無理もない、千年に一人の美少女と言っても過言ではないほどに国宝級だ。
「…………恥ずかしい。あんまりみないで」
「ご、ごめん。つ、つい」
俺もついデレっと顔がほころんでしまうが、そのあと俺達は川遊びを楽しんだ。
川遊びがひと段落ついたら夜は河原でバーベキューをした。
父さんが何とか仕事を終わらせて合流することに成功し、めちゃくちゃ良い肉を買ってきてくれた。
夜の河原でやるバーベキューは、懐かしくもないのになぜか懐かしい気分になる。
こういうのをノスタルジックと言うんだろう。ただ雰囲気がよかった。
そんなよくある一日が終わる。
夏休みの思い出としては、120点の一日だっただろう。
夜。
家でお風呂に入った俺とローラは、縁側でお月見をしながら涼んでいた。
二人きりで、お菓子を食べながらである。風鈴の音と夜風が心地よくて夏を感じる。
「今日は楽しかった?」
「……うん」
俺は少し博打かなと思いながらもローラに昔のことを聞いてみることにした。
反応によってはすぐに話を切り上げるつもりだが、向き合ってみるのも大事だと思ったからだ。
「……魔術、一緒に練習してみる?」
「…………」
その言葉にローラは反応し、わかるほどに震えていた。
俺はその手をぎゅっと握る。まだ早かったようだ。
「ごめん、忘れて。そうだ! 明日は花火しよっか!」
「花火?」
「うん、花火! それか他に何かしたいこととかある? なんでもしよう! ローラがしたいことなんでも!」
何かローラがやりたいことがあるかなと思ったのだが。
すると思わぬ言葉が帰ってきた。
「…………花火大会に行きたい」
「花火大会?」
「…………ママが……言ってた。日本の花火大会、隅田川? でやってる花火大会が綺麗だったから。一緒に見ようって」
「そっか……それは……難しいかも」
隅田川花火大会。
間違いなく多くの人が集まる密集地帯。
そんなとこに、超が付くVIPのローラを連れて行くのは難しい。
「…………ママと……一緒に見るって……約束……日本にきたら……見るって…………うっ……うっ」
とたんにボロボロと泣き出したローラ。
俺は慌てて抱きしめた。
ひっくひっくと、泣きじゃくるローラは、今お母さんのことを思い出してしまったのだろう。
しばらく抱きしめるとそのまま疲れて眠ってしまったようだ。
俺はローラを背負い、部屋に連れていく。
軽い……本当に軽くて小さい。まだ六歳の女の子だった。
「む? 寝てしまわれたか。すまない、夜虎君」
「いえ……あの。話があるんで居間にきてくれませんか?」
「ん? 構わないが……」
俺はローラを布団に寝かせる。
そして、アリシアさんと居間に行き、父さんと母さんも呼んだ。
「白虎家緊急会議を始めます!」
「一体どうしたの? 夜虎」
「夜虎が、こんな場を作るなんて珍しいな」
俺は机をバンと叩き、主張した。
「ローラが、隅田川花火大会に行きたがっています! なんとかできませんか!」
「――!? それは……難しいな。あの花火大会は例年数十万人が集まる日本を代表する花火大会だからな」
「…………当主様が日本に留学に来ていた時、オリヴィア様と日本で花火大会を見たと聞いたことがある。そうか……ローラ様によく話されていた花火大会のことか」
「難しいのはわかっています。でも……見せてあげたい。どうしても……見せてあげたいんです! 一生のお願いをここで使います!」
「夜虎…………」
俺は頭を下げた。
同情ではある。でもたった三か月ローラと過ごして、俺はまるで妹のように彼女を思っていた。
血もつながってない赤の他人だ。それでも俺にとって初めての友達であり、そして守りたい子なんだ。
あの涙を、あの悲しそうな顔を見てしまったなら。
俺はどうしてもローラに立ち直ってほしかった。
「お願いします!」
父さんと母さんは難しい顔をしている。
当たり前だが、難しいか。
しかし思わぬところから援護射撃がきた。
「私が当主様はなんとか説得して見せよう」
「いいんですか、アリシアさん」
「姫様のためにここまで頭を下げてくれる気持ちを無下にはできない。それに姫様のため、何が一番いいか。私はこの三か月で君から学んだ。命を懸ける覚悟はできている。たとえどんな敵がこようとも、私が姫様を守って見せる」
「アリシアさん……」
すると父さんが、にやっと笑った。
「ならば俺も御屋形様を説得してみせよう。千歳さんにも相談し、当日は仕事を休ませてもらい、俺も付きっ切りで護衛として出る」
「父さん!」
「息子の一生のお願い。聞かねば白虎の名が廃る。だが夜虎よ、お前が言い出したことだ。ならば、白虎家の男としてわかっているな」
「もちろん! 守るよ! ローラは僕が絶対に守る!」
「ならばいい。俺とアリシアさんの二人が護衛に付くのだ。御屋形様も文句はないだろう。それにお前もいるしな」
「パパが良いって言うなら、ママもいいわ。当日はみんなで花火大会に行きましょう!」
「母さん! ありがとう!」
その言葉にアリシアさんが立ち上がって、頭を下げる。
「ありがとうございます。この御恩は忘れません」
「最高の日にしましょう、アリシアさん! きっと全部うまくいきます!」
「ありがとう、夜虎君」
そのあと、アリシアさんの懸命な説得と父さんと二人で護衛をするという条件のもと。
シルバーアイス家と紫電家、並びに魔術局の許可を経て、俺達は花火大会に行くために東京へ向かうことになった。
7月27日、決行である。
きっと全部うまくいく。
そのときは、そう思っていた。
だが、その日世界に激震が走る大事件が起きた。
五大貴族暗殺事件である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます