第17話 出会いー3

「紫電景虎――初代紫電家当主だ」 

「初代……」


 すると、アリシアさんは荷物を漁って一冊の本を取り出した。

 そこには、二人の男が真っ赤なマントの吸血鬼? と対峙している表紙の絵本があった。


「これが、北欧で最も売れている童話――銀と紫の英雄だ。当時の話が絵本になっている」


 と同時に、オーロラ姫が素早くわくわくしているように、絵本の前に座った。

 この絵本が好きなのかな?



 そこから話される英雄譚。

 たった一人で戦うといった紫電景虎、それについていく当時の当主――アレン・シルバーアイス。

  

 千に近い操られた魔術官を、不殺で倒し、次々と進んでいく。何度も窮地に陥るが、二人の友情で乗り越えていく。

 手に汗握る展開。そしてついに二人は鮮血のヴァンパイアと対峙した。


『俺ごと凍らせろ、アレン!』

『――!? し、しかし!!』


 鮮血のヴァンパイアは動きが早く、とらえきれない。さらに心臓の位置が体内で高速で移動し、急所を貫けずに苦戦していた。

 致命的な一撃を与えるためには、一瞬でもいいから動きを止める必要があった。

 だからアレン・シルバーアイスの広範囲魔法で全体を凍らせる判断を景虎は行った。

 しかし、それは自分も凍らせられるという捨て身の作戦だった。


『で、できない! 私は、君を殺したくない!! シンならともかく、人が耐えられるような魔術じゃない!』


 迷うアレン、しかし景虎は、ニコッと笑ってただ一言だけ言った。

 


『――俺を信じろ』



 多くは語らない。

 その眼を見たアレンは静かに唇を噛みしめて、覚悟を決めて頷いた。

 そして大きく息を吸って、確かに叫んだ。


銀色の世界シルバーアイス!!』


 そして発動された血継魔術。

 白銀に凍る世界が、罪も命もすべてを凍らせて、世界の時間を止める。

 色すらも凍って、世界は銀に塗りつぶされた。


 しかし紫が轟く。


『紫電雷槍!!』


 白銀が砕け、凍るよりも速く、紫の雷が放たれた。

 そして、鮮血のヴァンパイアの心臓は、その槍のような右手に貫かれ、死んだ。


「「おぉぉぉぉ!!」」


 俺とオーロラ姫は思わず、手をぎゅっと握って立ち上がった。

 お互い顔を見合わせて、少し恥ずかしそうに座る。後ろでは母さんと父さんが笑っていた。

 

 オーロラ姫も顔が赤くなっている。よかった感情が死んでるわけではないようだ。

 きっとこの話はあちらの国では童話のようなものなのだろう。

 とすれば紫電景虎は王子様みたいなものなのかな。いや、確かにくそかっこいいな。この人。


「こうして平和は訪れた。おしまい。そしてこれは実話だが…………紫電景虎様は、そのあとすぐにお礼する暇もなく小舟を漕いで帰られた。船で来たのも日本からの軍事介入ではなく、あくまで個人が勝手にしたということにしたかったのだろう。その男気にアレン様は、いたく感動し、この話を童話として国中に広めた。それから我が国では、紫電といえば救国の英雄だ。そしてシルバーアイス家と紫電家は強い絆で結ばれ、今ではシルバーアイス家の子は必ずこの国に留学することになっている」

「……すごく良い話ですね。紫電景虎……かっこいい人だったんだな」

「あぁ……北欧では、少女はみな初恋の相手は紫電景虎様だというほどだな」

「へぇ……」


 そういうアリシアさんも少し頬を染めている。

 シンデレラの童話に出てくる白馬の王子様という感じか。

 しかもそれが実在したとなれば、こうなるのも頷ける。



 そして夕食が終わり、俺は家の中をオーロラ姫に案内した。

 言葉は通じるが、話してはくれなかった。

 アリシアさんがずっと隣にはいるから問題ないのだろうけど、まだ慣れないのかな。


「ここがトイレ、こっちがお風呂。父さんからは自分の家だと思って自由に使ってって言われてるから自由に使ってください」

「……(コクリ)」

「ありがたい。後で入らせてもらおう」

「で、えーっとここがオーロラ姫様の部屋になります。アリシアさんもですよね」

「あぁ、ずっと私がおそばにいる予定だ」

「そうですか、それは安心ですね」

「うむ、誰一人。姫様には近づけさせん」

「あ、あはは……」


 なんか教育的に良くないような気もするけど、すごく燃えてるし水を差すようなことは言わないでおこう。

 

「じゃあおやすみなさい。何かあれば言ってください。僕は隣の部屋なので」

「ありがとう。夜虎君。おやすみ」


 俺が背を向けると。


「…………おやすみなさい」


 また消え入りそうな声がした。

 透き通っていて、まるで薄氷のように薄くて壊れてしまいそうな声だった。



 それから少しずつオーロラ姫とコミュニケーションを重ねていく。

 小学校に一緒に登校したり、一緒に川遊びしたり、一緒にハンバーグをコネコネしたり。

 そんな特に何かあるわけでもない穏やかな日常を、俺はオーロラ姫と過ごした。


 ただやはりオーロラ姫は、ずっと元気がなかった。

 いや、どちらかというと…………楽しんではいけないと自分を責めているようにも見えた。



 ~そんな日々が続き……。



 ミーン、ミーン。

 うるさい程のセミの声、肌を焼くじりじりとした日差し。

 春が終わり、日本の夏がきた。


 オーロラ姫が、うちに留学にきて早くも三か月近くが経過していた。

 

「……夜虎、すごい」

「ふぅ……日課の訓練終わり!」

「いや……しかし大したものだ。北欧連合にも、いや、世界を見渡しても君ほどの動きができる6歳はいないだろう。私がその領域に到達にしたのはおそらく高校生の頃……一度手合わせしてみようか」

「アリシアさんが良ければぜひ!」


 俺は庭で、今日も肉体的な訓練を行っていた。二人はそれを縁側でお茶を飲みながら見学している。

 俺がやっていたのは、父さんから習った型というものだ。空手とかにあるやつだな。

 筋トレはまだ体が出来てないのでお預けだが、動かし方だったりを学ぶのは若い時の方がいい。


 それに魔力制御の練習にもなる。

 俺の巨大な魔力を、微量な魔力にまで抑えて、型に合わせて繊細な制御を学んでいる。

 本来は、魔力を消費するのを抑えるためではあるんだが、これを学ぶことで例えば雷槍の威力向上が見込める。


 スポーツと一緒だな。

 腕だけの力ではなく、体全体で技を出さなくては。

 そして日課の修行が終わり、俺も縁側に座った。


「じゃあ、ローラ。約束してた探検いこっか!」

「…………うん。着替えてくる」


 ローラこと、オーロラ姫は自室に戻っていった。

 この三か月、毎日のように顔を合わせ、勉強を教え、一緒に遊んだ俺はついに彼女をローラと呼ぶことに成功した。

 家族や親しい人しか呼ばない愛称であるが、ローラはそれでいいと言ってくれたのだ。

 あとは砕けた話し方もだな。身分を超えた同い年の特権である。


「私は…………間違っていたのだな」


 ローラの背をアリシアさんは、優しく見つめる。

 まるで母親が娘を見つめるようだった。

 

「姫様のため、もう傷つかないようにと全てから守るつもりだったが……逆に世界を狭めていただけだった。本当に必要なのは、君のような……ただ普通の友達だったのだろう」

「どうでしょう、でも最近は随分話してくれるようになったなと思います」

「あぁ、回復に向かわれているように見える」

「それならよかったです」


 ローラにはトラウマがある。

 最初は大人しい子だと思っていたが、そうではなかった。

 

 深い深い大きな傷がローラの心を抉っている。

 だが、そのトラウマが何かを俺は知らない。


「夜虎君……聞いてくれるか。姫様に……シルバーアイス家に何があったか」

「僕でよければ」


 するとアリシアさんが、意を決したようにそのトラウマを話してくれた。


「これは世間一般には公表されていない事実だ。君の胸の中にだけとどめておいてくれないか」

「…………わかりました」


 少し息を吐いたアリシアさんは、ゆっくり口を開いた。

 

「姫様の母君は……二年前に亡くなられている。これは世界中でニュースになったから知っているかもしれないな」

「はい、知ったのは最近ですが……知ってます。シンに殺されたと」

「あぁ、罪度ギルティチュード6……数年に一度現れるその災厄は、突然シルバーアイス家の屋敷の庭に現れた。そのとき、姫様と母君は一緒に魔術の練習をしていたんだ。私も……お傍でお世話させて頂いていた。運が悪く……当主様は外出中だった」

罪度ギルティチュード6……帝級魔術官でないと勝てない相手」


 尺度通りでいえば、罪度ギルティチュード3の約30000倍の魔力を持つ化け物。

 俺が夏祭りで倒したあいつが可愛く見える魔力量だ。

 父さんの説明では、特級が罪度ギルティチュード4相当であり、王級は5、帝級が6相当と聞く。

 

「姫様の母君――オリヴィア様は、名家から嫁がれた方なのでシルバーアイス家の血は引いておらず、血継魔術は使えない。それでも北欧ではその名を知らぬものはいないほどの魔術官であり、王級魔術官でもあった。そして私の師匠でもあった。そして死闘の末に、オリヴィア様は罪度ギルティチュード6のシンと相打ったのだ」

「すごい……王級なのに」

「あぁ、これが世間で公表されている事実。だが……ほんとは違う。罪度ギルティチュード6のシンにとどめを刺されたのは……姫様だ」

「え?」

「血継魔術が発動したんだ。母君を助けたい一心だったのだろう。訓練はしていたが、今まで一度たりとも発動できなかった魔術が……暴走する形で発動した。周囲一帯すべてが凍るほどの冷気。そしてそれはやはりコントロールなどできなかった」

「まさか」


 俺は血の気が引いた。

 もしかしてローラのトラウマって。


「…………そうだ。姫様が発動した血継魔術は……シンと……そしてオリヴィア様を同時に……凍らせてしまった」

「そんな……それは、あんまりすぎます」

「私は……シンの一撃で気絶してしまっていて、その時のことは状況で推測することしかできないが。だが、すでに母君は深手を負っていて姫様の魔法がなければおそらく全員死んでいただろう。だから仕方なかったのだ。それでも……それはあまりにむごい事実だ。自分の魔術で、最愛の親を殺してしまった。幼い少女の心など簡単に壊れてしまうほどの傷だろう。想像するだけで胸が痛む」


 アリシアさんが目を覚ました時、血だらけの庭でローラのお母さんとシンは一緒に凍って死んでいたらしい。

 その横で、泣きじゃくり壊れてしまったローラも。

 

 俺は2年前を思い出した。

 死に物狂いで母さんを助けたあの日、もしあのとき母さんが死んでいたら。

 もしも俺が原因で母さんが死んでしまっていたら。

 俺は立ち直れただろうか。


 それをローラは、4歳の頃に経験している。

 肉親の死は、子供が耐えられるようなものではないと思う。

 ましてや自分の魔術が原因だったなら……その深い傷は、想像もできない。


「本来であれば留学はもう少し先だった。しかし二年たっても一向に姫様の状態が変わらず、魔術訓練も行えないことから、当主様は藁にも縋る思いで環境を変えることにしたのだ。北欧は……シルバーアイス家は、母君を思い出すものが多すぎるからな」

「そうなんですね……幼少期の訓練は、重要ですから……焦る気持ちもわかります」

「あぁ、姫様が戦えるようになるかどうかは、北欧連合としても最重要事項だからな。だが私は留学を反対していたんだ。この状況で他国など心労するだけだと。……だがふたを開ければどうだろう」


「…………夜虎、準備できた」


 するとローラが服を着替えて帰ってきた。

 顔を上げて、俺をまっすぐ見る。


「姫様は随分と上を向かれるようになった。君のおかげだ」

「いえ、僕は遊んでるだけですよ」

「それが一番必要だったのだ。私がバカだったよ。ありがとう、夜虎君」

「アリシアさんは立派だと思います」


「…………どうしたの? 夜虎」

「ううん、なんでもない! じゃあいこっか!」

「……(コクリ)」


 天使のようなその少女は、心にそんなに重いものを抱えながら、それでも必死に今日を生きている。

 俺はその手を掴んで、約束していた森へと向かった。

 三か月前だったら絶対についてくると言ったアリシアさんは、遠くから見ていますと一歩引いていた。


 俺は頷いて、二人で屋敷の裏にある山に入る。


「今日はカブトムシを取ります! いくぞぉ!」

「……おぉ」


 こぶしを掲げると、ローラも少し恥ずかしがりながらこぶしを上げてくれた。

 あんな話を聞かされたら、絶対に守ってあげたい気持ちになる。

 たった三か月だが、俺はローラを妹のようにすら思っていた。妹いないけど。


「ローラ」

「ん?」


 小さな手を握りながら、俺は心のままに言った。


「ローラは僕が守るよ。どんな奴がきたって、絶対守る」

「…………(コクリ)」


 ローラは、ただ頷いた。

 少し嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。


「…………ありがとう、夜虎」

「ん? あ、カブトムシだぁぁ!!! うぉぉぉぉ!! まてぇぇぇぇ!!」

「…………ふふ」

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