第16話 出会いー2

「紹介しよう! こちらにおわすが我ら北欧連合の連合総長であらせられるジークフリート・シルバーアイス様のご息女! オーロラ・シルバーアイス様だ!」


 我が家のリビングにある座布団の上に、正座している俺と同い年ぐらいの幼女。

 その幼女を、大げさな仕草で、紹介する御付きの人――名をアリシアさんというらしい。

 ぱちぱちとアリシアさんが拍手しているが、オーロラ姫様は特に反応もなく、虚空を見つめている。


「いらっしゃいませ、アリシアさん。オーロラ姫様! 白虎香織です」

「これはご丁寧にありがとうございます。私はアリシア・ビクトリアス。姫様の護衛兼お世話係をさせていただいております」


 お辞儀する母さんと、お辞儀を返すアリシアさん。

 アリシアさんは、年は20代であろう若さだがきりっとした目でまるで女騎士である。くっころされそうと言えば雰囲気が伝わるだろか。

 しかしとても美人である。


 そして、オーロラ姫。

 銀色の髪が腰まで伸びて、テレビでみたままの天使の姿のまま、その少女は座っていた。

 まるで人形のような完璧な顔は、ピクリとも動かず本当に作り物のようでもあった。

 そして一言もしゃべらず俺を見て、また視線をどこかに向けてしまった。


 人見知りなのかな?


 一体どういうことかと俺は母さんに助けを求める。

 すると、同じタイミングで父さんが帰ってきた。

 用事があるといってたのは、オーロラ姫でも迎えに行ってたのだろうか。


「お、夜虎。もう挨拶はすんだな。そちら私の愚息の夜虎になります。夜虎、粗相のないようにな!」

「父さん、母さん、僕何も聞かされてないよ!」

「ん? そうだったか? 今日から一年、我が家にオーロラ姫様はご滞在だ。護衛のことも考えて、やはり十二天将家がいいとな。それに年が近い夜虎もいるということで、白虎家でお預かりすることになった。お前が付きっ切りでお供するんだぞ。わかったな!」

「全部ぶん投げられた気分だ……そんな話聞いてないんだけど!!」

「そ、そうだったかな? ははは、すまんすまん!」


 父さんが嘘をつくときの顔をしている。

 これはあれだな、ここまで来たら断れないだろうという魂胆が透けて見える。

 たぶん父さんも上……つまり紫電家や魔術局から無茶ぶりされてる。


 どうやら話を整理すると、オーロラ姫はこの国に一年留学することになった。

 住む場所は、白虎家であり、俺が年が同じだからという理由でお友達になれとのこと。


 俺はため息をつきながら頷いた。


「白虎夜虎です。よろしくお願いします」

「…………(コクリ)」


 俺の言葉は確かに聞こえているようで頷いてはくれた。

 だが、一言もしゃべってはくれなかった。

 無口な子なのかな。


「アリシアさん、では挨拶も済んだことですし! お食事にしましょうね! 日本では鍋を囲んで仲良くなるんですよ!」

「ありがたい。私も手伝いましょう」

「夜虎はオーロラ姫様と遊んでてね」「頼みます」

「わかった!」


 といってもピクリとも動かない。

 まるで意思というものをどこかに落としてきてしまったかのように。


「こ、こんにちわ」

「…………こんにちわ」


 消え入りそうな、それでいて泣きそうな儚い声で返事をしてくれた。

 よかった人形じゃなかった。

 しかし、それ以上会話は何も続かなかった。



 それから俺たちは鍋を囲む。

 オーロラ姫は、ちゃんとすき焼きを食べていた。

 だがやっぱり何も表情は変わらなかった。ほっぺが落ちるほどに美味しかったんだが……。

 

「そういえば、どうして日本に留学を?」


 会話が途切れたタイミングで、俺は疑問に思ってたことを聞いてみる。


「紫電家とシルバーアイス家には、強い絆がある。シルバーアイス家の世継ぎは、一度は日本に留学するのが習わしだ」

「強い絆?」

「あぁ、そうだ。夜虎君は、どこまで歴史を?」

「恥ずかしながらまったく」

「ふむ、では北欧連合……並びにシルバーアイス家に伝わる歴史を話そう。今から200年前、ヨーロッパ全土は滅亡の危機に陥った。鮮血のヴァンパイアによってな」

「ヴァンパイア……吸血鬼ですか?」

「あぁ、固有名称を持つ罪度ギルティチュード9……つまり大霊災のシンだ。その強さは、特級の私とて2秒持たないだろう。さらに、そいつは、殺した人間を使役する力すらも備えていた。気づいたときには、北欧連合の特級に位置する魔術官も次々殺され、使役され、戦力は逆転していた」

「それは……ひどい。なんでそんなになるまで……他国は助けてくれたなかったんですか?」

「…………当時は、今のように世界は平和ではなかったからだ」

「なるほど、軍事介入」


 人と人だ。

 きっと前世の世界のように、戦争は絶えなかったのだろう。

 そしてその時代に敵国に助けてもらうというのは、場合によっては国を奪われることになる。


「君は聡明だな。とても六歳には見えない。だがそのとおりだ。シルバーアイス家は……そしてヨーロッパ全土は迫られていた。他国の……いや、ヴァイスドラグーン家の介入を……そして従属の道をな」

「……当時の世界情勢を知らないですが、助けてもらうというのは、そう簡単な話ではなかったんですね」

「あぁ、だが当時の当主様は、それを決断なされた。民を……そして世界を救うために」

「それは…………英断ですね」


 ヴァイスドラグーン……現世界最強と聞く貴族。

 アリシアさんの口ぶりからすると、当時からずっと最強だったのだろうか。

 そんなものに助けを求めたら、間違いなくそのまま従属することになってしまうだろう。 


「だが……彼が来た。一人乗りの小舟を漕いで、着物一着、鼻歌交じりに海を渡ってやってきた」

「彼?」

「そう……のちに最速最強――紫電の魔人と呼ばれた男だ」

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