84「魔装」

「あれ――……なんだ?」

「僕の三つめの目ですよ」


 このテラスに降り立つ前、四人が相談している間に魔術を使っていました。


 ――俯瞰する瞳――


 魔術で擬似的に作り出した瞳が僕の死角を補ってくれています。こういった乱戦では非常に有効です。


「ズルくない?」

「ズルいですよね。でも、それがどうかしましたか?」


 貴方がたを殺す事に、一切の躊躇いが湧き起こりません。


「全力で殺します。僕は怒っていますからね」


 顔を歪めたノギーさんの体にヒビが入り、手や足の末端からサラサラと崩れ去りました。

 先ほどの胸への一撃が、何か核の様なものを砕いていたんでしょうか。

 以前、ヤギーさんの頭をタロウの吹き矢で吹き飛ばした時も同様でしたし、その他のみんなも頭か胸、どちらかへのダメージを受けて崩れ去りましたからね。



 ああ、しまった。これはいけません。

 僕とした事が、楽に死なせてしまいました。



「残りの三人に苦しんで頂く事にしましょうか」


「誰を苦しめるって?」


 ああ、またまたいけませんね。

 しっかり時間稼ぎされてしまいました。


「貴方がた三人ですよ」

「三人? あ、ヌギー! ネギー! あれ? ノギーは?」

「ついさっき砂のように。マズかったですか?」


「な――!? 殺してやる! ボクの奥の手、このでな!」


 そうですか。

 それは魔装と言うんですか。


 魔力を纏い、その魔力で鎧を具現化する魔術のようですね。

 ふた回りほど大きくなった、黒い獣じみた姿。


「しかし貴方のそれ、ウギーさんがやったのより荒いですし、何より生成に時間がかかり過ぎですね」

「ウギーがなんだ! ボクの方が優秀だ!」


「知りませんよ、そんな事は」

「クソっ!」


 舌打ちしたニギーさんが腕を振り、ヌギーさんを捕らえて離さない岩の棘を、ネギーさんを覆った岩の大壁を、どちらも砕いてみせました。


「ヌギーとネギーは下の連中を殺せ! ヴァンはボクがやる!」

「「わ――分かったよ!」」


 二人は『助かった』そんな表情をしてテラスを飛び降りました。


 『俯瞰する瞳』で下の様子もちゃんと把握しています。本当ですよ。


 残る魔獣は、マイチョウが一頭――


「うわぉぉぉぉん!」


 ――ロボの一撃でマイチョウはゼロ。マヨウが一羽にマロウが二頭。


 ……うーん、ちょっとマヨウが邪魔ですね。


 背に負った大剣を抜き、タイミングを見計らって投げました。


 お、ちゃんと当たりましたね。


 真っ直ぐに飛んだ大剣がマヨウの胸を貫通し、そのまま弧を描いて落下、串刺しにしたまま大地に突き刺さりました。


 下へ向かって大声で叫びます。

「タロウとロップス殿で有翼人を頼みます! ロボ達はマロウを!」


 ここから先は精神感応で。

『タロウ、充分に気をつけて下さいよ』

『おっす!』


 ニギーさん達にはまだ僕が生け贄だと思っていて欲しいですからね。



「……良いのか? 剣を捨てて」

「魔力が十全になりましたし、貴方ぐらいなら……まぁ、どうとでも」

「後で吠え面かくなよ!」


 ニギーさん自慢の魔装はどうでしょうね。

 以前ウギーさんが纏った時には一発殴られただけでしばらく立てなくなりましたが。


「喰らえ!」


 飛び込んで来るかと思いましたが、ニギーさんの攻撃は魔術の矢。

 先程までより強く速いですが、もちろん喰らってはあげません。


 拳大の障壁を、角度をつけて展開し弾きます。


「少々威力が上がっても、この程度では効きませんよ」

「うるさい! これでも防げるかぁ!?」


 ドンッと足を踏みならして岩を砕いたニギーさん。

 砕いたいくつかの岩の破片に「行け!」と声を掛けました。

 ニギーさんの声に従う様に、大小様々な破片が僕へと殺到します。


「岩の大壁!」


 でも岩ですからね。

 魔術の矢より遅いですし、岩で受け止められるでしょう。


 いくつかの破片が僕の大壁に当たり、早くも壁に亀裂が……。


 ――あ、あれ? 同じ素材の岩なんですが……。


 あっさり砕かれそうです。マズいですね。

 『俯瞰する瞳』で大壁の向こうの様子を確認、この後飛んでくるのは大きな岩も混ざっています。


「業火弾!」

 

 ちょっと慌てましたが、大壁を貫いて飛んできた岩を火の魔法で溶かすのに成功です。

 次の攻撃も『俯瞰する瞳』でちゃんと把握はしていますが、対応が間に合いません。


 背後に回られ、背中を殴りつけられました。


 吹き飛ばされて、手摺りをぶち折って外に叩き出されるというていたらく。


「どうだぁ!」


 ……まぁ良いでしょう、一発くらいは。

 タロウ達の戦いの様子も分かりやすくなりますし、僕らも地上に降りて戦う方が都合が良いです。


 半重力を使って柔らかく着地して、折れた手摺りの所から体を覗かせるニギーさんを見上げます。


 なんともない顔をしてみせますが、背中がズキズキと痛いです。

 ですが骨や体に異常はない様で回復の煙も出ていません。じきに痛みは引くでしょう。


 ニギーさんもテラスから飛び降りました。

 そのまま一直線に僕へと飛んで、今度は肉弾戦に臨む様ですね。


 ニギーさんが魔装に覆われた右腕で殴りかかりましたが、これを魔力を籠めた左腕でガードして、逆にニギーさんの胸を殴りつけました。


「ふん、なにかしたか?」


 蹴り飛ばされました。


 空中で態勢を立て直し両足で着地しましたが、勢いを殺せずズザザと地を滑る僕。これで二発目ですね。クソが。


 粗いとは言え、魔装と肉弾戦はちょっと分が悪いですね。大剣投げない方が良かったかも知れません。

 それでも、このまま戦っても間違いなく僕が勝ちます。

 しかしそれは本意ではありません。


 圧倒的にぶちのめして、楽には殺さないつもりですから。


「貴方の『魔装』、攻撃力と防御力の増加は大したものですね」


「やっと分かったか! これがボクの奥の手さ!」

「ただ、タロウの言葉を借りれば、が悪いですね。魔力を垂れ流していないと維持できないんじゃないですか?」


 言葉を失うニギーさん。図星ですね。


「……『こすぱ』が何か知らんが、まぁ、その通りだ」

「貴方のぼんやりしたソレとは違い、ウギーさんの『魔装』は美しかったですよ。余分な魔力消費もなく、しっかりと鎧が具現化されていました」


「うるさいうるさい! ウギーと比べるな! ボクの方が優秀なんだよ!」

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