68「混在」+

『ヴァン殿!! タロウ殿が!! 溶岩に呑み込まれたでござる!!』



「ウギーさん、緊急事態です! すみませんがお先です!」


 幸い僕らの方が斜面の上です。


「足留めは私が。上は任せたぞ!」

「すみませんがお願いします! けれど無理はしないで下さいよ!」


 身体強化最大のままで駆け上がります。


「ちょ――ちょっと待ってよ! ヴァン!」

「通さぬ!」


 後方でロップス殿の刀とウギーさんの爪が上げる音が聞こえます。

 ロップス殿、死んではいけませんよ。


 一気に頂上へと跳び込みました。


「ロボ! タロウは無事ですか!?」

『ヴァン殿! それが……、溶岩に引きずり込まれて……』


 ……それって、既に絶望的なんでは……


『タロウ、誰カニ、呼バレテル、ッテ』


 誰かに?


「プックルはその声を?」

『聞イテナイ。聞コエナカッタ』


「その後すぐに引きずり込まれたんですか?」

『マグマノ柱、上ガッテ、ワリトスグ』


 一体なんなんでしょうか。

 声の方は全くもって分かりませんが、少しでも時間があればタロウなら体に魔力を纏わせられるはず。

 まだ可能性はゼロではありませんね。


「僕が潜ります」

『潜るって溶岩にでござるか!?』


「それしかありません。二人はロップス殿と協力してウギーさんをお願いします」

『任セロ』

『……承知でござる!』


 火口から溶岩を覗き込みます。

 はっきり言って、潜りたくありませんね。

 魔力が切れた瞬間に間違いなく死にます。


 けれどここが男の見せどころ、しょうがないですね。

 身体強化に回していた魔力を操作し、体の外側に、全力で密度を高くした薄皮一枚分の障壁を纏わせます。


 せぇの――


『すまん、やられた』

 

 ――届いたロップス殿からの精神感応。


「お待たせ! ぼくが来たよ!」


 うるさいのが登ってきましたね。


「今忙しいんです! 今度にして下さい!」


「……何やってんの? 溶岩に飛び込むつもり?」

「見れば分かるでしょう!」


 僕は今まさに溶岩に飛び込む為に中腰になったところでした。


「プックル! ロップス殿をお願いします!」

『任セロ』


 急斜面を物ともせず、プックルが駆け下って行きます。


「山羊さんもかっこい! 欲っしい〜!」






◆◇◆◇◆◇◆



 ここ、なんなんすか?

 俺、確かマグマに飲み込まれて……


 ――ああ、死んだんすか。


 死んだらこんなんなってるんすね。


 俺の周りは真っ白で、白いとこと自分の体の境界が曖昧で、なんか変な感じっすね。

 体も動かへんし……、って動くんかーぃ。


 フワフワ浮かんでる感じやから、泳ぐ感じで動けん事ないっす。ちょっとオモロいっすね。


「あぁ〜あ、ヴァンさん達の世界、守れんかったすね……」


 泣いてなんかないっすよ。

 ここでフワフワしてるのも、ファネルさんちでゴロゴロしてるのもそんな変わんないっしょ。



 でももうちょっとヴァンさん達と旅してたかったっすね。


 ――タロオ――


 うるっさいすね、だから泣いてなんか――って、え?


 ――タロオ、聞け――


 そうやん! この声やん!


 うわっ! ズゴゴゴって、ちょ、ちょっと待ってそんないきなり下からマグマ上がって! ちょ――まっ――


 ……はー、びっくったっす。

 俺のちょっと下で止まってくれたっす。


 真っ白な世界の下半分、奥行きがよく分からんけど、見渡す限り真っ赤なマグマ。

 あら? もしかしてここ、地獄っすか?


 ――タロオよ、聞け――


「聞く! 聞くから出てくるっす!」


 あ、マグマの海からマグマがちょっと浮かんで来たっす。

 ちょっとっても、そこそこ、人ひとり分くらいっす。おお、人型になったすよ。マグマ人間。


 ――タロオ、我はこの世界の者が、明き神と呼ぶ者――


「明き神さま……、そうすか。じゃやっぱ死んだんすね、俺」


 ――タロオは死んでいない。話がしたかったので、此方こちらに連れてきた。驚かせてすまなかった――


「そうなんすか! ヴァンさん達心配してるやろうから早よ話済ませて! 戻らんと!」


 ――慌てるな。戻ればほんの僅かしか時は経っていない――


「あ、そうなん? ほな安心やね。で、話ってなんすか?」


 ――一つはタロオが知りたがっていた、タロオの魔力感知についてだ――


「それそれ! どうなんすか?」


 ――だ。タロオが持つ魔力と、この世界の魔素の親和性の差。恐らくこの先もできないだろう――


「どないせいっちゅうの!! ずっこけたわ!」


 ――二つ目は、我はこの世界であり、この世界は我だ。我は七十年前、四分の一となった。それだけでも守ってくれた五人には感謝している――


「あ、もうひとつ目終わってんのね」


 ――しかし、タロオも知るように、五人の内のひとりの寿命が近い。我の地表に住む、この世界の者どもは知る由もないが、四分の一の地表の裏側、我の内側が昏き世界に剥き出しだ。

 その剥き出しの裏側の結界が弱まっている。

 タロオが結界の礎としてこの世界に呼ばれた事は知っている。我の力を貸したい――


「なんで知ってるんすか?」


 ――この世界は我だ。この世界において、我の知らぬ事はない――


「そうなんすか。ひとつ言って良いすか?」


 ――良い――


「俺、タロオじゃなくてタロっすから!」


 ――………………それは……すまん――


「よっし! 力貸してくれるんなら借りるっす! 具体的にどんなメリットがあるんすか?」


 ――ただ一点――


「一点だけっすか」


 ――制限はあるが、我の魔力を使い放題だ。ヴァンに借りる必要なし――


「オッケー! 借りるっす!」


 ――リスクも一点。我の力に耐えられなければ、自我が崩壊するかも知れん――


「ちょ、それリスク大っきくないっすか?」


 ――我の魔力に耐えられそうな器を持つのは、この世界に二人だけだ。真祖の吸血鬼ブラムか、タロウだけ、しかしブラムは竜の因子を持たぬ。


 ――やはりタロウ、お前だけだ――


「……オッケーっす。そう言われると断れんす。契約成立っす」






◆◇◆◇◆◇◆



 なんです!?

 ドカンというかドォンというか、盛大に音立てていきなり溶岩が噴き上がりました。


「ヴァン、あれなんだい!?」

「知りません! ロボこちらへ! 少し下がります!」

『承知でござる!』


 ロボと共に頂上から少し離れます。

 ついでと言ってはなんですが、遠目にロップス殿の様子を…………大丈夫そうですね。プックルが背に乗せて移動を始めました。


「ヴァン! 少し休戦としよう! 明き神はともかく溶岩あんなのとは喧嘩したくないんだ」


 頂上から、少し遅れてウギーさんがやってきてそう言いました。


「良いでしょう。ではこれを――」


 小指の先に魔力を籠めて差し出します。


「これは少ない魔力でもできる魔術です。知っていますか?」

「あぁ、良いだろう」


 ウギーさんも指先に魔力を籠めてこちらに差し出します。


「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます! 指切った!」」



 これでしばらくはウギーさんの方は大丈夫です。

 万が一約束を破れば、空中を泳ぐ体の長い謎の魚にはらわたを食い破られる呪いが発動します。もちろんこちらもですが。


 とにかくタロウです。

 ウギーさんと違って、溶岩と喧嘩してでもタロウを取り返さねばなりません。


「ロボ、僕は頂上に戻ります。プックル達と合流して下さい」

『しかし……』

「聞き分けなさい。今は足手まといです」

『……分かったでござる』


 最初に噴き上がった溶岩が、ダパァンと音を立ててマグマ溜まりに落ちてきました。



「『ぎゃぉぉぉぉぉあぁあぁぁぁ!』」


 頂上上空、全身に紅蓮の炎を纏わせたタロウが叫んでいます。

 とりあえず無事なようで安心しましたが、何があればあんな事になるんでしょう。


 ほんともう頭が痛いですよ。

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