62「追えません」

「――叔父上が……連れ去られてしまった」


 茫然と西の空を見遣り、ロップス殿が呟きます。

 食糧事情的にお引取り願おうかと思っていましたが、これなら食糧に困るくらいの方が断然良かったです。


 参りましたね。


「なんなんだ彼奴あやつは! 魔獣を使ったゲームでは無かったのか! 竜族は魔獣ではないぞ!」


 その通り。ルール無用にも程があります。


「とにかくロップス殿。厳しい事を言いますが、アンテオ様の事は一度忘れます」

「……なに?」

「まず第一に、追えません」


 これはもう物理的に無理です。僕らは飛べません。


「……確かに。しかし――」

「第二に、また向こうからやって来るだろうという事」


 イギーさんはゲームを続行するでしょう。


「…………」

「第三に、イギーさんさえ倒せばアンテオ様も解放されるだろう事」


「間違いないのか?」

「恐らく、としか言えませんが、ワギーさんに操られていたマヘンプクが一斉に解放された事から、そうだろうと推測されます」


「……そうだったな。分かった。一旦は忘れよう」

「ロップス殿、勘違いしないで頂きたいんですが、僕はアンテオ様を諦めた訳ではありませんからね」

「解っている。身内が迷惑をかけた」


 直ぐにでも追いたいでしょう。しかし、今ロップス殿に抜けられるのも厳しいですし、一人で追ってもし追いつけたとしても返り討ちです。

 全員で追うという選択肢もありません。追いつく目処めどもないのに、世界を危険に晒すこともできないですから。


「ロップス殿、怪我はありませんか?」

「槍で防いだから大丈夫だ。槍は折られてしまったがな」

「槍はガゼルの街で買いましょう。とにかく、そうですね、お昼にしましょうか」




「タロウ、預けている魔力はどれくらいありますか?」

「そうっすね、ヴァンさんの半日分よりちょっと少ないくらいっすかね」


 思ったよりありますね。シュタミナー村を出てから毎晩、満タンの三割くらい移していた甲斐があります。

 しかしそれでもタロウの器の底は見えません。一体どれほど大きいのでしょうね。


「急ぎましょうか。すぐにイギーさん達が戻るとは思いませんが、早くガゼルの街を目指しましょう」


「今度来た時には、さらに強敵になりそうっすね」

「ええ。あの口ぶりですと連携を強化して来るでしょう」


「……叔父上……」



 ロップス殿にも思う所があると思いますが、ここは堪えて頂き先を急ぎましょう。

 すみません、ロップス殿。





 イギーさん達と戦った日から三日、なんとかガゼルの街が見えてきました。

 魔獣や有翼人の襲撃は無かったですが、なんと言っても食糧不足に悩まされました。


 もちろん僕はこの三日間、何も食べていません。


 岩場ばかりの山道ですから、食糧が全く確保出来ませんでした。森や沢がもう少しあるルートもない事はないんですが、このルートが最短最速です。

 しょうがないですよね。


「ほら、みんな見てください。ガゼルの街が見えますよ!」


「……街なんてどうでも良いんすよ!」

「そうだ。街なんてどうでも良い」

『今必要なのはゴハンでござるよ!』

『オ腹、空イタ』


 あまりの空腹で頭が回っていませんね。


「何を言ってるんですか。街ですよ? 街に着けば食糧も食べ物屋さんもあるじゃないですか」


 少しの沈黙。


 唐突に猛然と走り出したタロウ、それを追うロップス殿がタロウを追い越します。

 少し遅れたスタートながら、一気に加速したロボとプックルがさらに追い越しました。


 ――あ、バカ。


 タロウから青白い魔力が迸りました。

 魔力による身体強化まで使ってロボ達を追い抜きます。


「はい、そこまで」

 

 大地に手をついて魔力をこめます。

 タロウの目の前に現れる土の大壁。


「ぐぎゃぁぁぁ!」

 ズドンという音と共に響くタロウの悲鳴。


「みんな落ち着いて下さい。そんな勢いで走ったら衛兵さんが驚いてしまいますよ。それに、誰もお金持ってないでしょう?」


『使った事もないでござる』

『無イ』

「貯金箱は置いてきてしまった」


 そう言えばロップス殿はまだ十二歳でした。


「酷ぇっすよヴァンさん。口で言ってくれればちゃんと止まるっすよ」


 絶対に止まらなかったと思いますが、やり過ぎ感は否めませんね。


「そうですね、やり過ぎでした。すみません」

「良いんすけどね。強化してたんで痛くないっす。びっくりしただけっす」


 タロウの身体強化も堂に入ってきましたね。無駄な事に無駄に高い技術を使わないで欲しいですが。



「じゃぁ改めて、街へ入って食事にしましょう!」




「……いやデカくても山羊は良いが、このデカい狼はちょっと……」

 衛兵さんに止められてしまいました。


「狼? ロボは犬ですよ? ねぇロボ」

「ワンワァン!」


 打ち合わせ通りにロボが可愛い声で吠えました。体が大きくなっても相変わらずの可愛い声です。


「……可愛い。こんな可愛い声の狼はおらんな。よし、連れて入って良いぞ」


 上手くいきましたね。



「早速ご飯っす!」


 衛兵さんに伺ってみました。


「なに? 牧草の美味い店だと?」

 ないですよねやっぱり。


「あるぞ。街の西の外れになるが、西門の北寄りに食堂もやってる牧場がある。そこに行ってみると良い」


 聞いてみるもんですね。衛兵さんにお礼を言って、早速向かってみましょう。

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