第8話

「不毛な会話に潜む」



「鹿野ぉ」

「どうした?寂しがりモードか?」

「好きな人できた」

「まじ?42分か……ちょっと、場所変えてはなそ」

「うちの学校の子」

「それがあ、他校の子」

「ええ?なにきっかけ?」

「市内の図書館で、よくみかけるなあと思って」

「香田、読書すきやもんな」

「うん、最近な、夏目漱石にはまっているねん」

「そうなん?私、あれ好き、えーとな、枕元に美人出てくる夢の話なんやっけ」

「えー、草枕」

「あー、夢十夜」

「え?」

「え?」

「どっちやったっけ」

「夢十夜が正解です」

「あ」

「あ、花咲先生」

「そうやで、香田ァ。草枕は、情に流されれば角がたつ、みたいなやつやん」

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。ですね」

「鹿野、見切り発車で古典文学を現代文の先生の前で話し出すもんじゃないで」

「先生、どういう意味なんですか?」

「偉そうにすると嫌われ、情をかけると巻き込まれ、意地っ張りだと孤立し、やってられねえなと思うこともある、ということですかね」

「先生の超意訳、後半、私念も入ってそうやけど、わかりやすくて好き!」

「あ、香田。ちょうどいいやん。私、放課後暇やし、図書館行こうよ」

「うん、ありがとう」


~図書館~

「おる?その……香田の想い人」

「照れるんやったら、中途半端に煽らんといて」

「ごめん。で、どう?」

「……今日は来ていないみたいやな」

「どうする?カラオケでも行く?」

「鹿野、隙があればカラオケ行こうとするんやから」

「”隙がある”のじゃなくて、”カラオケに行く隙”を作っているねん」

「最近自己啓発本にはまっているんか?」

「香田、何でわかるん?」

「もう、こんな不毛な会話しているなら、草枕でも読もうや」

「それは夏目漱石を軽んじているわ」

「夏目漱石というビッグネームを出しとけば、センスがあるように見えるやろうという作者の下心が見え透いた回やな」


(図書館では静かに過ごしましょう)

「草枕ってさあ」

「夢十夜さあ」

「あ」

「あ、ごめん」

「いいよ」

「いいよ。大した話じゃないから」

「十分な幅のある道で何度もお見合いしてしまって苦笑いする時の気分になったわ」

「そんな、日常的にそのシーンがあるって、寂しがり屋か」

「なんで寂しがり屋につながるねん」

「道ですれ違った人と、”人”と”人”として対面したいという深層心理が奇跡的に重なり合ったときにあの場面は起こり得るんやろ」

「鹿野、エビデンスのない事言うなよ」

「覚えたての英単語使いたいだけやん」


(図書館では静かに過ごしましょう)

「図書館ってさあ、どうしてもこの席がいいなっていうの、あるんよなあ」

「それは席を選ぶ余地のある場面に限るな」

「そやで、ありすぎるとどの席に座るかっていう選択だけで30分くらい使うときあるやん」

「それは自己目的化しているな」

「花咲先生に教えてもらった単語使いたがりか」

「で、自己目的化ってなによ」

「ほんまにしたいことを忘れて別のことに必死になることや」

「鹿野、エビデンスのないこと言うなよ」

「エビデンスの使い方あってんの?」

「けど、わかる。席にめっちゃこだわりある時とか、あるもん」

「席替えの時、窓際の席がいいなあ、とか」

「日当たり良いもんなー冬は寒いけどな」

「春は眠たくなるけど、冬は目覚めるで」

「季節に限らんと、昼下がりはだいたいうとうとしてるやん」

「香田、私のこと大好きなんはわかるけど、授業中は私見るより黒板見た方がいいと思うで」

「エビデンスのない事言うな」

「………エビデンス」

「(飽きてきたな)………私、草枕借りるから、鹿野、夢十夜借りて。カラオケいくで」

「香田、わかっているなあ」

「あ、けど、想い人のことはええの?」

「いいよ。今日は、鹿野と遊びたいから」

「香田に私のあいみょんを贈るわ」

「もう、はよいくで」

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花咲先生に叱られたい @Akanesasu-00

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