第4話 誘拐事件

「白骨に近い状態の腐乱死体」

 というのが見つかって、少ししてのことだった。

「誘拐事件」

 というものが、表に出てきたのだった。

 発覚したのは、誘拐された子供の親が、警察に事件を通報してきたことから始まった。

 警察とすれば、

「誘拐なんて、そんな簡単にできるものではない」

 と思っている。

 もちろん、だからと言って、

「誘拐事件がなくなるということはない」

 とは思っているだろうが、

「限りなく不可能となってきている」

 と思っていたのも事実だろう。

 何といっても、今では連絡方法もしっかりしていて、スマホなどと持っていたりすれば、「GPSで居所が知られる」

 というのも当たり前のことである。

 もっとも、そんなスマホはどこかに捨ててくればいいのだろうが、犯人の中には、

「そこから足がつくかも知れない」

 ということで、不安に感じる人間もいるだろう。

 そもそも、

「そんな不安に感じる人間が、誘拐などという神経を遣う犯罪ができるわけはない」

 ともいえるのだろうが、だからと言って、綿密な計画が必要な誘拐を、

「おおざっぱな人間にできるわけもない」

 というものである。

 誘拐は、

「いかにバレないようにするか?」

 ということが大きな問題で、

「誘拐犯が誰であるか?」

 あるいは、

「居場所を特定される」

 などということは、その時点でアウトということである。

 しかし、誘拐した相手は分かっているのだ。

 もし、身代金の受け渡しに成功したとした時、

「犯人が、人質をどうするか?」

 ということは大きな問題である。

「殺してしまうと、殺人犯になってしまう」

 ということで、営利誘拐が目的で、金を手に入れたのであれば、そのまま逃走を考えると、そこで人質を殺してしまえば、

「捕まったとすれば、下手をすれば、無期懲役だ」

 ということを考えながらの逃走など、果たしてできるというものだろうか?

 だったら、

「人質は返すしかない」

 ということになるだろう。

 そうなると、

「果たして、自分たちのことがバレたりしないか?」

 あるいは、

「人質の証言から、隠れ家が分かって、そこの捜索から、足がつくともいえないのではないか?」

 ということを考えると、

「今までの自分たちの計画がだんだん不安に感じられる」

 ということだ。

 そうなると、今度は、

「こんなことしなければよかった」

 という後悔の念に苛まれるかも知れない。

 営利誘拐というのは、動機とすれば、大きく分けると二つになるだろう。

 一つとしては、

「金に困って」

 ということである。

 そのものずばり、

「身代金が目的」

 ということで、とりあえずは、借金があれば、借金の額と、さらに逃走費用も考えることだろう。

 だから、そこまで大きな金額ではなく、ある程度、細かな金額になるかも知れない。

 もっとも、

「お金はいくらあっても困らない」

 ということであろうが、受けとりには、

「現金を使う」

 ということになるだろう。

 それを考えると、

「あまり多すぎると身動きができない」

 ということになり、

「かなり切実でリアルな犯罪計画」

 というものになるだろう。

 そしてもう一つの動機とすれば、

「復讐」

 というものが考えられる。

 例えば、社長や会社に対しての個人的な恨みなどである。

 例えば、

「誘拐した相手が、昔取引のあった会社の社長で、その社長から、ある時いきなり取引を停止されて、倒産してしまった」

 などということになると、復讐したいと思う気持ちも分からなくもない。

 いきなり取引を停止され、倒産に追い込まれると、雇っていた社員を、

「路頭に迷わせる」

 ということになり、さらに、自分の家庭も、バラバラになってしまうということも、十分に考えられる。

 犯人としても、

「こんな理不尽なこと」

 ということで、さぞや恨みに思うことであろう。

 自分は孤立無援となり、社員や家族に対しての、後ろめたさとが、

「自分を追い詰める」

 ということになり、それが

「逆恨み」

 となることも十分に考えられる。

 ただ、

「これが本当に逆恨みなのかどうかは分からない」

 被害者の社長とすれば、会社が危ないということで、その会社を切ったということで、

「うちも切羽詰まっているんだ」

 ということであれば、救いはあるだろう。

 しかし、

「向こうよりも、こっちの方が、原価が安い」

 というだけの理由で、長年一緒にやってきた相手を袖にするということであったとすれば、そこに、

「復讐される覚えはない」

 といってもいいわけにしか聞こえないかも知れない。

 もちろん、資本主義の、

「自由経済」

 の世の中なのだから、

「会社の方針」

 ということで、利益の取れない会社と手を切るというのは、どこにでもあることだ。

 しかし、やはり、倒産に追い込まれた相手のことを考えることをしないというのは、問題ではないだろうか?

 特に、誘拐された時に、

「誘拐した」

 ということで電話がかかってきた時、被害者の社長が、

「事件を本気にしなかった」

 ということであったり、犯人が、

「俺が誰か分かるか?」

 といったとして、社長が電話口から、

「いや、見当もつかない」

 などといわれたとすれば、その気持ちは大きなものになることだろう。

 それを考えると、かなり、犯人側も落胆することだろう。

「俺がここまでして復讐をしようと思っているのに、あいつは俺のことなんて、すっかり忘れていやがるんだ」

 ということで、犯人によっては、

「もうバカバカしい」

 ということで、警察に相手が言っていないのをいいことに、人質を解放するということになるかも知れない。

 しかし、これは、

「まだ犯人が、相手を見くびっていた」

 ということになるのかも知れない。

 というのも、

「相手にとって、誘拐が未遂に終わったとしても、誘拐があったことは事実だ」

 ということで、

「警察に通報する」

 ということになるかも知れない。

 いや、相手のことも考えず、倒産しようがどうしようが取引を停止するような、不義理な男が、そのまま黙っているわけがない。

 警察に通報するかも知れないし、下手をして、その会社が裏で、

「反政府組織とつながっている」

 とでもいうことになれば、そんな連中を使って、何か攻撃をしてくるかも知れない。

 ということも考えられる。

 ということは、

「誘拐というのは、一度着手してしまうと、どこまでも突っ走ってしまわないと、自分が危険だ」

 という犯罪ではないだろうか?

 そんなことを、犯人は分かっているのかどうなのか? 誰に分かるというのだろうか?

 その誘拐事件が、少しおかしな様相を呈してきたのは、

「誘拐犯の様子が少しおかしい」

 と刑事が感じたことだった。

 誘拐してきてから、連絡がなかなかない。相手が警戒してきているのは分かるが、どこで見ているのか、それもよく分からなかった。

 そのうちに、郵便ポストに、怪しい郵便が入っていた。

 そこには、あて先はあったが、消印がなかったのだ。

 そしてその郵便に対して刑事は、怪しいと思ったのだ。

 この家は、さすがに社長の屋敷というだけあって、防犯設備もしっかりしている。

 玄関前にも、防犯カメラが設置してあり、郵便が届けられて、家政婦が、ポストから取ってきた時には確かに、おかしな郵便はなかったのだ。

 その郵便が届けられたのは、昨日の夕方近くだったという。それからは、郵便受けに取りに行ったとすれば、新聞配達が入れたくらいで、その新聞を取りに行った時に、初めてその怪しげな封書が見つかったのだという。

 そこで、家政婦が、

「奥様」

 ということで、奥さんにまずその封書を届けた。手書きで書かれていて、それもわざと汚い字で書いていて、ギリギリ読める程度の崩し字になっていた。

 それを見た時、刑事は、

「いや、わざと崩したのではなく、本当に下手なのかも知れない」

 というと、他の刑事が、

「まさかとは思うけど、崩し字の研究でもしていたのかも知れないですね」

 ということをいうのだ。

 ということは、

「この犯人は、ひょっとすると、字は結構うまいのも知れないですね」

 ということで、

「どちらにしても、もし、これがわざとであろうがなかろうが、そこに、何かの作為があるとすれば、結構頭のいい奴かも知れない」

 ということになった。

 何しろ、

「いつ入れたか分からない」

 という焚書を、気づかれずに玄関先に、投函できるだけの能力があるからだ。

 実際に、防犯カメラを見るかぎり、そこに、おかしな奴の姿が映っているわけではなかった。

 それを見ると、

「やっぱり、海千山千のやつかも知れないな」

 と考えてもよさそうだった。

 よく見てみると、確かに、玄関先の防犯カメラを見る限り、誰も近づいた人はいない。

 さすがに、この家の防犯カメラは、暗い時であっても、しっかり判別できるように、

「暗い時は、防犯カメラが赤外線に切り替わるようになっている」

 ということだったのだ。

 それを思えば、

「これだけの設備をかいくぐって、よく、ポストに放り込めたものだな」

 と刑事は感心していたが、一人の刑事がふと、おかしなことを言い始めた。

「これって、まさか、狂言誘拐ではないですかね?」

 とポロっといったのを聞いて、他の刑事が、

「何をいきなり。ご家族に聞かれたらどうするんだ?」

 という叱責を受けたが、そういった刑事も、実はそれを感じていたようで、

「ああ、やっぱり、そういうことも考えられるのではないか?」

 と感じたのだろう。

 それを思えば、

「よし、ちょっと、俺たちは捜査本部に戻ろう」

 といって、現場に半分以上の刑事を残して、3人で、本部に戻った。

 本部でも、

「犯人がなぜ動かないんだ」

 としびれを切らしているところに、手紙が舞い込んだという話は聞かされていた。

 ただ、内容は、

「警察が動いているので、それを何とかしろ」

 ということであった。

 どこで見ていたのか、犯人は、やはり少なくとも、近くにいるということは、これで分かったというものである。

「警察が、必死になっているのに、犯人は嘲笑ってやがるんだ」

 と、捜査本部に詰めている主任が、いつものような汚い口調で、吐き捨てるように言った。

 普段であれば、他の刑事はその口調を聞いて、

「苦虫を?み潰したかのようだ」

 と思うのだろうが、その時はそんなことはなかった。

 どちらかというと、皆、

「気持ちは同じだ」

 という意味での、悔しそうな顔を浮かべ、主任を睨む人は一人もいなかったのだ。

 それを感じた、元ってきた三人は、

「本部長。どうも何かおかしな気がするんですよ」

 と、三人の中で一番最高齢の刑事がそういった。

 どうかすると、主任よりも年上ではないかと思える。

 ただ、それだけ老けているというよりも、イメージ的に、

「ベテラン刑事」

 という雰囲気で、昔の年功序列であれば、部下はどちらについていいのか困るくらいだろうが、今の時代では、

「主任につく」

 というのが正しいのであって、

「主任が、第一線では一番だ」

 ということになるのであった。

 ただ、実際に、口調が下品なところがあって、他の刑事も若干困っているところがあった。

「本来なら、市民に愛されるはずの警察なんだけどな」

 と、まるで、昭和の刑事を彷彿させるその態度に、数人の刑事は、

「手を焼いている」

 という気持ちだった。

 しかし、警察というところは、

「本当にどうすればいいんだ?」

 とこの事件に関して感じていて、そんな状態が数日も続けば、

「いい加減にしてくれ」

 と皆思っていることだろう。

 誘拐事件というのは、とにかく、相手が動いてくれないと、どうすることもできない。

 犯人が、誘拐したということは分かっていた。

 これは、実に早く、届けられたものだったのだが、それは、USBメモリだった。

 そこには、ビデオにとられた画像が張り付けられていて、そこには、

「誘拐された子供が縛られてい釣っていたのだ」

 場所はどこか分からない。

 どこかの倉庫なのか、コンクリート張りのところで、まわりに何があるのか分からないようなところで、家族はそれを見て、

「こんな劣悪な環境に息子を閉じ込めるなんて」

 ということから、

「早く助けてあげないと」

 と両親は、そのことばかりを言っているのであった。

 それを見て、刑事も労うように、

「はい、我々もできるだけ努力しますから、お待ちください」

 としか言えなかった。

 もちろん、両親にも、その場所に特徴がないかということを何度も見直したのだが、それらしい特徴は見つからない。

 それだけを見ても。

「これは犯人からの挑戦かも知れない。あいつは、バカな警察や家族に、自分たちの場所が分かるわけはないとタカをくくって、わざわざこのUSBを送り付けてきたのかも知れない」

 と感じたのだ。

 それが、

「何といっても、犯人の作戦ではないか?」

 と考えると、

「どうすればいいんだ?」」

 としか思えなくなったのであった。

 そこで、現場から帰ってきた刑事三人は、副本部長を捜査本部から少し別室に招いて、話を聞いてもらった、

 普段であれば、このピリピリとした捜査本部から、副本部長とはいえ、そう簡単に誘い出せるわけではなかったが、三人のうちの一人の刑事が、

「すみません、少し聞いてほしいことがあるんですが」

 というと、それが分かったのか、言われると、そそくさと、

「それじゃあ、皆にバレないように」

 と、副本部長も言って、少し離れた会議室に入っていった。

 そこには、

「使用中」

 という札にしておけば問題ない。

 そもそも、最初に、

「会議室の使用予定は、リサーチ済」

 だったのだ。

 三人の中の一人に、そういうことには聡い人がいて、

「事前準備をやらせれば、彼に敵うものはいない」

 とまで言われている人だったのだ。

 それを考えれば、会議室を抑えることくらいは、何とでもなるというものだった。

「ところで話を聞かせてもらおうか?」

 と副本部長はいった。

「副本部長は、どこまでこの事件を承知しているんですか?」

 とまず、本部の事情を聴きたいということで話を聞いてみた。

 今回の捜査本部の中で、それを聞き出すのに一番の適任が副本部長だったというのも、「他の部屋に呼び出す相手を誰にするか?」

 ということを、考えないで済んだといってもいいだろう。

 とにかく、

「誘拐事件というのは、人質の命が大切だということもあるので、迅速な行動が不可欠である」

 ということになるのであった。

 だから、本部はピリピリとした状況に包まれている。

 そういう意味では、警察が取り扱う事件の中で、一番厄介なのは、

「誘拐事件ではないか?」

 ということになるだろう。

 ただ、他の人に言えば、

「そんな単純なものではない」

 という人もいるかも知れない。

 それは、

「誘拐というものを見くびっているわけではない」

 というのも、

「やくざがらみの事件、特に麻薬捜査などでは、内偵というものが大変だ」

 ということで、それこそ、

「命がけの捜査だ」

 というものもあるだろう。

「警察の捜査に、楽なものなんかあるわけはない」

 と思っている人も多いだろう。

 特に警察というのは、

「犯人を逮捕し、証拠を固め、自白に追い込んだところで、検察官が裁判所に起訴する」

 というところまでなのだが、

「実際には、そこで刑が確定し、犯人がちゃんと刑期を終えて、再犯はしない」

 ということが分かってしまうところが、犯罪というものだ。

 といっている捜査官がいるが、まさにその通りである。

「刑事ドラマなどでの、刑期を終えて、ムショから出てきたところを、逮捕した刑事が待っていて、就職の世話をしてやる」

 というところまで、面倒見るということが、よく言われているではないか。

 本当に実際にそこまでできるかというのは疑問であるが、捜査員がそこまで考えていれば、

「犯罪なんかなくなるのかも知れないな」

 と思う人もいるだろう。

 もちろん、落胆的ではあるが、捜査員が皆気持ちの上でそれだけのことを考えていれば、少なくとも、

「警察が市民から嫌われる」

 ということもないだろう。

 そもそも警察というのは、

「市民から嫌われてなんぼ」

 と思っている人もいるだろう。

 だから、警察幹部は、

「庶民に愛される警察」

 というものを目指している。

 その理論として、

「警察が威厳を持っていれば、庶民は警察を尊敬してくれ、捜査にも進んで協力してくれる」

 と思っている人も上層部には多いことだろう。

 というのは、実際には、難しいことなのかも知れない。

 それは、

「昭和の刑事ドラマなどを見て育った人にとっては、警察というところは、自分たちの手柄しか考えていない」

 と考えるだろう。

 そして、平成のトレンディドラマ以降であれば、

「縄張りという管轄問題としての横のつながり」

 であったり、

「キャリア組とノンキャリという、上下の関係」」

 というものが、まるで、結界のように、警察内部で雁字搦めになっているということから、

「警察を誰が信用するというものか」

 と考えるのであった、

 確かに昭和の頃も、平成以降であっても、そういうドラマは、

「視聴率優先」

 ということで、

「警察というのは、何があっても、市民にこびることはない」

 と思い込んでいる人も多いことだろう。

 警察も、本当はそんな放送は困ると思っていることだろう。

 しかし、

「事実じゃないんですか?」

 といわれたりすると、引き下がるしかないかも知れない。

「警察が、放送局と喧嘩になった」

 などということになると、

「それこそ、マスゴミの恰好のネタだ」

 ということになるだろう。

「人のうわさも75日」

 といわれるが、本当にそうであろうか。

 特にマスゴミが騒いだことなどは、結構長く騒がれる。

 特に、

「警察と放送局の喧嘩」

 などという、片が付くわけなどないというような話題には、庶民は、

「これ以上のごちそうはない」

 ということで飛びつくことだろう。

 どこまで行っても、

「交わることのない平行線」

 ということなので、どちらかが疲れてくれば、何らかの結論は出るであろうが、それまでの道のりというのは結構激しく、

「誰も止めることはできないだろう」

 ということになるであろう。

 それを考えると、

「今のところ、マスゴミにはかん口令を敷いているが、あまり長いと、マスゴミも、その仕事上、黙ってもいられなくなる」

 というものである。

 警察は、犯人と、被害者の家族。

 そして。マスゴミと、三方を敵にしなければいけない。

 それぞれに、共有することはないのだろうが、どれが相手であっても、手ごわいのは分かっている。

「どれを優先順位ということにするか?」

 ということが問題なのだ。

「副本部長、実は、この事件、まさかと思うのですが、狂言誘拐ではないかと考えるんです」

 と、呼び刺した刑事が言った。

 副本部長は、それほど驚いた様子がないことに、一同は、今度は、

「自分たちが驚くことになる」

 と感じたのだ。

 というのも、

「どういうことなんだ?」

 と普通であれば聞いてくるはずのことなのに、考え込んでいるというのは見て取れるが、それ以上の質問をしてこないというのはおかしい気がするのであった。

 それを見ていた、最初に、

「狂言誘拐」

 ということを考えた部下は、

「朝、封書が届いたのは、お聞きになりましたか?」

 と副本部長にいった。

「ああ、聞いた」

 と答えたのを聞いて、

「あの封書には、消印というものがなく、実際に屋敷に設置されている防犯カメラに投函している様子はどこにもないんですよ」

 というと、

「君は何が言いたいんだね?」

 と、副本部長は、さらに考えながら言った。

 普通であれば、平のぺいぺいの刑事が、話しかけるなど、

「恐れ多い」

 といってもいいところなのだろうが、上司と一緒ということで話をしているのだが、やはり、そこか、

「上下関係」

 というものを意識しているのか、若手刑事も、副本部長も、それぞれにぎこちなくて、歯車が?み合っていないかのようだった。

 それを見ていた上司は、

「何とか、話だけは通じるようにしないと」

 ということで、うまく話をつなげようとしているのだった。

「警察としては、組織捜査が基本であり、この原則を崩すわけにはいかない」

 というのが、キャリア組にとっての考え方であろう。

 そういう意味では、副本部長の立場からは、

「組織捜査を崩さないようにするために、自分がいる」

 というくらいに考えているであろう。

 それを思えば。今話していることは、ある意味、

「暴挙に近い」

 といってもいいだろう。

 しかし、それくらいのことをしないと、

「事件は解決しない」

 と言ってもいいだろうから、この際、

「警察の威信」

 ということを考えると、

「事件の性格的」

 にいっても

「早期解決」

 ということが望ましいのである。

 だから、警察官一人のプライドなどは関係ないといってもいいだろう。

 そうでもしなければ、解決しないということであるし、もし、本当に狂言誘拐であれば、

「交わることのない平行線」

 ということになり、

「警察のメンツは失墜する」

 といってもいいだろう。

 そうなると、警察とすれば、

「事件は解決しない」

「市民からは信用されない」

 という、

「踏んだり蹴ったり」

 ということになるに違いない。

「なるほど、君たちの言いたいことは分かった。しかし、狂言誘拐とだけ決めつけて事件に当たるのは危険すぎる。しかも。捜査員の中で皆この事件を狂言誘拐だと決めつけてしまうと、被害者家族がどう思うか? それを考えないといけない」

 と、副本部長はいった。

「確かにそうですね。気が緩んでしまったり、最悪、こちらが狂言誘拐だと考えているなどということが相手の家族に分かると、警察が不真面目だと思われてしまいますからね」

 と、上司が言った。

「それだけならいいのだが、彼らは、その気になれば、、警察だって動かせるだけの力がある組織なので、下手をすれば、自分たちで勝手な行動をするかも知れない。そうなると、警察の組織捜査も何もできなくなる」

 と言われ、

「そうなると、犯人逮捕はおろか、肝心な人質がどうなるか分かりませんからね」

 というと、

「そうなんだよ。彼らには、裏の組織もあるようなので、そちらが暗躍をすると何が起こるか分からない」

「じゃあ、なぜ、やつらは、最初から、自分たちで解決しようとしないんですかね?」

「そりゃあ、そうじゃないのかな? あくまでも、裏の組織は最後の手段と思っているだろうし、下手に使えば、自分たちが今度は犯罪者になってしまう。まずは警察を動かしてということかも知れない」

「じゃあ、被害者家族は、すでに、人質がどこにいるか、あるいは犯人が誰かということを分かっているかも知れないですね」

「これも、完全な憶測なので、何とも言えない。だから、我々は、ただの国家機関にすぎず、与えられた権力にも限界がある中での捜査にしかならないんだ。それをわきまえたうえで動くしかないぞ」

「分かりました。肝に銘じます」

 という会話が繰り広げられた中で、副本部長が言った。

「本部長には私から報告しておくが、被害者宅に、皆が詰めていてもしょうがない。君たちは、それぞれ、犯人が誰なのかということを、今実働部隊に数人が動いているが、君たちは、裏の部分、狂言誘拐を含めて、少し広げたところを捜査してもらいたい」

 ということで、

「分かりました。それと、私は内部に犯人への協力者がいると思っています」

「それは、どういうことかな?」

「防犯カメラに誰も映っていないのに、郵便物として配達されてきていない。つまり消印のない手紙が送られてきたわけですから、あの手紙は、郵便受けで見つかっているのだから、誰かが投函したことに変わりはない。だとすれば、家の誰かによるものだとしか思えません」

「誰だと思う?」

「一番怪しいのは家政婦ですが、まさか、母親がかかわっているということになると、かなり厄介なことになるかも知れないですね。それがバレると、母親も危険ですからね」

「確かにそうだ。そういう意味でも、早急な事実の確認が必要ということになる。事件を単純な狂言誘拐だなどと思っていると、痛い目に遭うことになるかも知れないな」

「そうですね。我々も、そのことを肝に銘じて行動します」

「分かった。じゃあ、捜査本部も、この話はごく一部だけで共有することにしよう。大切な命を守るのは、人質だけではないということになるので、そのあたりは気を付けるようにしよう」

 ということで、話は終わった。

 それで、実際に、三人の刑事が、

「狂言誘拐を元に捜査をする」

 という部隊ができあがった。

 そのトップを担うのが、門倉刑事だった。

 門倉刑事は、まず、被害者に恨みを持っている人間を探した。それも、あくまでも、

「個人的な恨み」

 である。

 別動隊は、

「誘拐するに値する」

 あるいは、

「殺意が十分に感じられる」

 という人間を探しているようだった。

 だから、そういう相手は、別動隊に任せる。しかも、それ以外にも、

「あの家に近しい人間に、金に困っている人がいないか?」

 ということも調べられた。

 ひょっとすると、

「ご主人に、金の無心に行ったが、冷たくあしらわられたことによって、お金に困っている」

 という人もいるかも知れない。

「誘拐で、身代金をもらわないと、一家心中ということになりかねない」

 ということであった。

 別動隊がそこまで幅を広げているとは思えない」

 そこまで幅を広げるには、人数的に無理がある。だから、

「まずは、復讐という動機から探ってみるというのが、最優先の捜査」

 であるということだった。

 だが、捜査本部としては、

「金に困っている」

 という人間の捜査もしっかりやりたいという意図があったので、ある意味、門倉刑事たちが、話に来てくれたのは、

「渡りに船だった」

 というわけで、副本部長も、

「頼みやすかった」

 というべきであろう。

 それを考えると、

「実にいいタイミングだった」

 といってもいいのかも知れない。

 ということで、門倉部隊三人は、まず、親戚縁者から、少しずつ幅を広げていくことにした。

 誘拐された家族は、

「西園寺一族」

 といって、政財界にも顔が利くと言われ、

「警察ですら、裏から手を回すことができる」

 と言われた人たちであった。

 そもそも、

「財閥系の生き残り」

 といってもいい。

 戦後の華族というものが廃止になり、財閥が解体されたが、そんな中で、ひそかに活動し、決して表に出ることなく、静かにその体制を維持してきた。

 先々代の当主が、戦後の混乱を乗り越え、執事とともに、支えてきたことが、

「今日の西園寺家を支えている」

 ということだ。

 もちろん、西園寺グループという会社の社長として君臨してきたのが、今の当主である、

「西園寺雄太郎氏」

 であった。

 彼は、その力を十分に生かし、しかも、他社から、決して抜きん出ようとしないことによって、見事に生き残ってきた。

 しかも、

「バブル崩壊」

 をしっかりと見抜いていて、バブルの時代も、他の会社のように、必要以上に、

「事業拡大」

 などはしなかった。

 もっとも、

「バブル時代の到来と、それが長くはない」

 ということを分かっていたからこそ、

「決して目立たない」

 という経営方針だったのだ。

 だから、ある意味、

「バブルの崩壊というのは、彼らにとっては、待ち望んでいた、千載一遇のチャンスだった」

 といってもいいだろう。

 企業がどんどん潰れていく中、他の会社は、

「吸収合併」

 をすることで大きくなってきた。

 しかし、彼らはそこまではしなかった。

「資金融資」

 を行うことで、吸収することもなく、会社を持たせる形をとった。

 だから、

「植民地」

 であったり、

「国土併合」

 のようなことをするわけではなく、資金提供をした分、返してもらいながら、権益であったり、利益分を少しかさましすることで、まるで、

「冊封政策」

 のようなことをしているといってもいい。

 これは、中国の王朝がよくやることで、ある意味、

「主従関係」

 に似ているといってもいいだろう。

「封建制度」

 というものに近いともいえるかも知れないが、少し違っていた。

 あまり表に出ないことで、それらの関係は、裏でのつながりであった。

 あくまでも表では、

「資金援助によって復活したことで、子会社になったかのように見せる」

 ということであった。

 子会社ということにしてしまうと、

「系列会社」

 ということで、あまり身動きがとりにくくなりそうなので、そこは、建前上、

「上下関係ではなく、協力関係」

 と見せておいて、裏では、しっかりと、

「上納金」

 というものを受け取っているということだ。

 だから、表では、

「今の時代に、こんな優良な大会社があるというものか?」

 ということであった、

 バブル崩壊からこっち、経済の混乱とともに、

「吸収合併」

 というものが、どんどん行われ、結局、

「合併された方の社員はたまったものではない」

 ということで、

「いつ、リストラされるか分からない」

 という恐怖もあっただろう。

 逆に、

「吸収した方の社員」

 というのも、面白くはない。

 吸収できるだけの利益を挙げたのは、自分たちの努力によるもの。

 しかし、そこに吸収されなければ生き残れないという、赤字まみれの会社の社員が入ってくるのだ。

「せっかく、自分たちが大きくしてきた利益を、赤字会社の埋め合わせに使われる」

 ということに、現社員は黙っているということもないだろう。

 不満は噴出し、会社でも、仕事に集中できないかも知れない。

 それを思えば、

「俺たちは、何のために働いてきたんだ」

 として、同じ会社の社員になるのに、社員間で、完全な一触即発ということになることを、

「上層部は分かっている」

 というのだろうか?

 これが、バブル崩壊においての、

「負のスパイラル」

 ということなのかも知れない。

 それを思えば、

「西園寺グループ」

 というのは、実にうまい世渡りをしてきたということになるだろう。


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