第65話 継母の告白(1)

 

 私の義理の息子トト・カスタネットは、本当に可愛げの無い息子だ。


 トトは、私の夫、カスタネット準男爵オドル・カスタネットが、家の使用人にお手付きをして、生ませた子供だ。


 最初は、それ以上でも以下でも無かった。

 何故なら、私の子供でも無かったし、興味も無かったから。


 そして、まだトトが物心つく前に、私の夫を誑かしたトトの母親は、カスタネット家から出て行ってしまったのだ。


 私が、トトの継母を虐めて追い出したという、あらぬ疑いを残して。


 まあ、他の使用人が噂するように、確かに私は、トトの母親に意地悪な事を言った記憶はある。

 それは、旦那を寝取られた恨みもあったし、悔しい気持ちもあったので、思わず言ってしまった事だ。

 だけれども、私は正論を言っただけで、それほど酷い事を言った記憶はない。


 だけれども、話は大きくなるもの。


 使用人も、カスタネット準男爵領の人間達にも、私がトトの母親を虐め抜いて、失踪に追いやったと、話だけが大きくなり、それが事実のように伝わってしまったのだ。


 そして、トトも大きくなるにつれて、物の分別が分かるようになると、使用人が話してる噂話を信じてしまったのである。


 私は、トトの母親に、確かに意地悪な事を言ったが、それは全て正論であり、正しい事を言っただけであるのに。

 ただ、正論を、嫌味ったらしく言っただけで、それくらい私は旦那を寝盗られた訳で、言っても良い理由もあったのだ。


 だけれども、トトは、使用人が言う噂話を、まんま信じてしまったのだ。


 トトは、決して私の目を見て喋ろうとしない。私を母親だと認めていないのだ。


 確かに、私はトトの本当の母親ではないが、カスタネット家においては、正妻なのだ。

 そして、トトは、決して私の事をお母さんとも呼ばない。


 貴族社会では、家の主人に妾が何人も居る事は良くある事で、家の第一夫人の正妻に対して、子供が母上とか、お母さんとか言うのが通例なのに。


 それなのに、トトは、絶対に私の事をお母さんと呼ばないのだ。

 そして、決して、私と目を合わそうともしない。


 それに腹を立てて、無理矢理、トトの顔を持って、私の目と合わせようとした事があったが、トトの目は、完全に私の事を軽蔑してる目であったのだ。


 それを境に、私は、トトへの虐めを始めてしまった。


 全ては、トトが悪いのだ。


 勝手に使用人の話を信じて、私がトトの母親を失踪に追いやったと信じてるのだから。


 トトの母親は、私の虐めで失踪したのではない。

 私の嫌味も、普通に聞き流してたし、あの女はとても心が強い女なのだ。

 そもそも、あの女は冒険者でとても強い女であった。


 何でも、たまたま、カスタネット準男爵領に訪れた時に魔物の氾濫があり、緊急クエストで招集され、カスタネット準男爵家の騎士団と冒険者が連携して、魔物討伐する機会があったそうだ。


 その時、トトの母親が、カスタネット準男爵の、強く格好良く朴訥な姿に惚れてしまい、勝手に押し掛け女房のようにカスタネット準男爵家に転がり込んで、メイドになってしまったという経緯がある。


 そんな自分勝手で、図々しい女が、私の小言程度で失踪する筈ないのだ。


 カスタネット準男爵家では猫を被ってたが、私はカスタネット準男爵から、トトの母親が冒険者で、家に転がり込んで来た経緯を全て聞いている。


 しかも、冒険者として実力もかなりのもので、カスタネット準男爵の力を持ってしても家から追い出せないと言っていたのだ。


 それなのに……


 何も知らないトトは、決して私を認めないし、私の事を軽蔑してる。


 なので、私は、まだ幼かったトトに井戸掘りを命令したのだ。

 子供のトトが、井戸掘りなんか出来ない事など分かってる。


 本当に、ただの思い付きだったのだ。

 家の使用人が、離れた小川から水を汲んで来るのが大変だという話を、小耳に挟んで。


 だけれども、トトはやりきった。

 非力で力が足りなのに気付くと、自分で考えた道具を作り、黙々と。

 昼夜を問わず、延々と掘り続けたのだ。


 結局、井戸から水は出なかったが、30メートルの深さの井戸を、3年掛けて掘りきったのである。


 本当に、クソ真面目な所が、父親に似ている。

 それに加えて、オリジナルの道具を作るとか、父親には無い自由な発想。

 これは、冒険者である実の母親に似たのだろう。


 そして、私は、トトが13歳になったら、父親と冒険者であった母親が持ってたように、攻撃的なスキルを絶対に授かると思っていたのだ。


 それなのに、13歳になったトトは、教会で『握手』スキルという、相手の手を握ったら名前が分かるだけの、貴族としては何とも言えないスキルを授かったてしまったのだった。


 これには、流石の私もトトが可哀想になってしまう。

 何故なら、私も貴族の娘だというのに、『家事』スキルという、貴族の娘には似つかわしくないスキルを、女神様から授かっていたから。


 本当に、トトの気持ちはよく分かる。

 私も、同じ道を辿った女だから。


 貴族の娘なら、ダンスやら社交やら話術。それから、魔法系のスキルや、中には普通に攻撃スキルを授かるのが普通なのだ。

 それなのに、私は、『家事』スキルを授かってしまったのだ……庶民でも無いのに。


 確かに、私は料理や部屋の模様替えや掃除をするのが大好きだった。

 だけれども、貴族の娘としては、『家事』スキルなんて持ってても、使用人じゃないんだから、逆に恥ずかしだけなのだ。


 そんの訳で、貴族の娘として出来損ないの私は、貧乏貴族であるカスタネット準男爵家に嫁がされた訳で、ずっと自分が持ってる『家事』スキルを呪ってたのだ。


 それもあって、カスタネット準男爵家では、本当は大好きであった料理も掃除も封印してたのである。


 そして、トトも私と同じように、貴族じゃあるまじき『握手』スキルなんてものを、女神様から授かってしまったのだ。


 これは、絶対に私のせいなのだ……

 私が、ほんのちょっと自分のイライラを和らげる為にやった、トトに対する嫌がらせが、トトに握手スキルが授かる原因になってしまったに違いないのだ。


 トトは小さい身体で、ずっと、スコップを握ったり、井戸から土を積んたバケツのロープを、必死に手で握って持ち上げていたのだ。


 どんだけ、自分に力があり、握力が有れば良いと考えただろう。

 それを井戸掘り続けていた3年間、ずっと考えてたに違いない。


 私の経験上、スキルは、その人が欲するスキルを授かる性質がある。

 勿論、どれだけ欲しいと思うのかが重要で、ただ漠然に欲しいと思ってただけでは、決して欲しいスキルは授からない。


 私やトトのように、実際に、やりたい事や欲しい事を願いながらやれば、やるほど欲しいスキルを授かる確率が上がるのだ。


 それが、実際は欲しくもないスキルだったとしても。


 トトの場合、子供の頃から昼夜を問わず、井戸掘りを続けて、余っ程、握力が欲しいと思い続けたのだろう。

 本来なら、子供には無理な井戸掘りをしていた訳で、人とは欲しいと思うレベルが違ったのだ。


 そのせいで、トトは、『握手』スキルという、トトにとっては、全く嬉しくもない外れスキルを授かってしまったのだ……


 私という、とんでもない母親のせいで……


 ーーー


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