第64話 玉ねぎソースは、甘しょっぱい味

 

 部屋着に着替えて、食堂兼、リビングに行くと美味しそうな匂いが漂って来る。


 どうやら、継母が料理を作ってくれてるようだ。

 継母って、なんか知らないけど料理得意なんだよね。

 実家では、全く、料理を作ってるところ見た事無かったけど。


 なんかよく分からないけど、継母にも秘密が有るのだろう。

 元々、カスタネット準男爵家より貧乏な貴族の家の生まれで、使用人を雇えなかったとか?

 それで、自炊や掃除を自分達でやるしかなくて、上手くなってしまったとか?


 理由を直接聞く気もないので、妄想だけが膨らむ。


 そうこうしてると、サクラ姫とアマンダさんもお風呂から上がってきたようだ。


「なんか、美味しそうな匂いがする!」


 サクラ姫が、目を輝かせている。


 俺も気になって、チラリと、厨房を見ると、なにやら寸胴を2つ並べて何かを煮込んでるようだ。


 まさかの煮込み料理?

 しかも2種類も……


 サクラ姫は、気になって仕方がないのか、厨房を覗きに行く。


「こちらは今日の夕食じゃないですよ。

 たくさん虎の肉を頂いたので、虎筋煮込みと、虎肉カレーを作ってるんです。最低でも丸一日は煮込む予定ですので、今日はお出し出来ないのです」


「エッ? じゃあ、今日の夕食は?」


 サクラ姫が、継母に質問する。


「今日のメインディッシュは、虎ステーキになります」


 継母はそう言うと、ダイニングテーブルに、野菜サラダとスープを運ぶ。


「こちらは、季節の野菜サラダと、カボチャのポタージュになります」


「美味しそう!」


 サクラ姫は、大喜び。


「虎ステーキの焼き加減は、どうしますか?」


「俺はレア!」


「私は、ミディアムレア!」


「私は、どうしようかな……やっぱりレアかな?」


 俺とサクラ姫とアマンダさんは、それぞれ焼き加減をお願いする。


「承知しました。それではサラダとポタージュを飲みながらお待ち下さいませ」


 なんか、継母は本格的だ。

 本当に、こんな特技があるなんて知らなかったし。

 まさか、肉の火加減まで聞かれるとは、思ってもみなかった。


「うん! やっぱりステーキなら、ワインでしょ!」


 アマンダさんは、ワインを持ち出して、勝手に飲みだしてるし。

 本当に、飲みすぎないで欲しい。

 アマンダさんは、酔ってもバーサーカー化するんだもん。


 まあ、バーサーカー化しても『癒し手』スキルで、すぐに、アルコールを中和するから大丈夫なんだけどね。ただ、その手間が面倒臭いだけ。


 そうこうしてると、ステーキが到着してきた。

 ステーキの火加減って、実は結構難しいんだよね。

 だけれども、継母は、完璧に俺が好きな焼き加減に仕上げてきている。


 しかも、ステーキソースが3種類も用意されてるし。

 1つは、基本的なデミグラスソース。もう1つは、匂い的にニンニクソース。もう1つは、玉ねぎが入った、少し酸っぱい匂いがする見た事のないソース。


 俺は、最初は無難にデミグラスソースを使ってみる。


「うん! 上手い! 焼き加減完璧!」


 俺は、大満足。継母は、料理が上手いというだけで、俺に対する過去の虐めは全て許せるレベル!


 女性は、料理で男性の腹を掴む事が出来るというのは本当のようだ。

 毎日、この料理を作ってくれるなら、少々性格に難が有っても許せちゃう。

 だって、食欲って三大欲求の一つだからね。


 俺はどんなに美人さんでも、料理が壊滅的に下手な女より、少しばかりブサイクでも料理な得意な女を選んでしまうだろう。


 継母の料理は、それ程の破壊力を持ってるのだ。


 まあ、貴族の金持ちの家だったら、女性が料理作る必要もないのだけどね。


 きっと、この継母も、カスタネット準男爵家で料理を作っていたら、俺の評価も変わってたかもしれない。

 料理がとても上手な、性格が悪い女って。


 俺はデミグラスソースを味わった後、口直しに、付き合わせの人参を食べ、次はニンニクソースを使ってみる事にする。


「うめぇーー! やっぱりステーキは、ニンニクだよ!」


 当たり前だが、ニンニクソースは美味しかった。


 そして、初体験の玉ねぎのみじん切りが入った、少し酸っぱい匂いがするソースを使ってみる。

 よ~く、匂い嗅いでみると、なんか甘しょっぱい匂いもする。


 これは、東方の国で使われてるという醤油の匂いか?

 なんか、よく分からないが、今迄嗅いだ事が無い複雑な匂いがするのだ。


 酢の匂いと醤油の匂いと甘い匂い。風味付けでお酒も使ってるか?


 俺は、たっぷり玉ねぎソースをスプーンですくい、熱々のレア肉の上に掛けてやる。


 すると、玉ねぎソースの汁が鉄板の上に溢れ落ち、ジュー!と、甘しょぱい香ばしい匂いが辺りを漂い、俺の食欲を刺激する。


 匂いだけで、絶対にこのソースは美味しい奴。


 そして、俺はゆっくりと、玉ねぎソースが乗ったレア肉を口に運んだのだ。


『こ……これは、なんという味……東方の調味料の醤油と酢の絶妙なハーモーニー。酒と、何かの出汁も入っていて、酢の酸っぱさを抑えている。そして玉ねぎ。少し炒めてるのか、甘く感じられる!

 これほどまで、ステーキに合うソースなど、他に無いと断言できる!』


継母おかあさん。とても美味しいです」


 そして、俺は、玉ねぎソースの美味しさの衝撃のあまり、生まれて初めて、俺は、継母の事を、継母おかあさんと、呼んでしまったのだ。


 今迄、あの……とか、その……としか、継母のことを呼んだ事無かったのに。


「ハイ! トトさん。ありがとうございます!」


 そして、何故だか知らないが、継母も満面の笑みを浮かべて、瞳から涙を溢れさせていたのであった。


 ーーー


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