甘落の雁〜和菓子の結び〜

@yusanari

第1話

 某吉日——。


 その青年はふと空を見上げた。


 目線の先には、薄い水色の空が広がっており天気が抜群に良い。

 顔を地へ戻すと、目の前では川べりで馬達に水を与えたり、婚礼道具の乗った荷車の横に座って談笑していたりと、従者達が共に休憩をしている。

 のどかな光景に、今が戦乱の時代だと忘れてしまうくらいだ。


 (おめでたい日にはもってこいの日和ひよりだな。それなのに……こいつ、出会ってからひとっこともしゃべらないときた)


 青年は岩場に座ったままちらりと目を向けてみるが、先ほど国境で婚礼を挙げて妻になった隣の国の姫君は、自身と少し距離を置いて座っており、市女笠いちめがさを傾けたまま微動だにしない。


 (そりゃ、初めて会う奴の嫁になったんだから戸惑うのも分かる。あ、もしかして、国に恋慕う男がいて泣く泣く俺に嫁いだのか? あんなに美しいのだし……)


 式で見た姫君の容姿は、正に青年の好みど真ん中だった。


 (そんなの、俺だって正室にしたかった女を振ってきたんだ! お互い様ってもんだろ)


 頬杖をついて青年は苛々してきた。


 (……どんな男なんだ? やはり美しい奴か? ふん、俺だって知的でカッコいいって結構いわれるぞ! つーか、そもそもこの国の嫡子である俺に、嫌々嫁ぐとは何事だ! それならば、今すぐ送り返してやろう!)


 ふんっと鼻息を豪快について、青年は姫君の近くに詰め寄った。


 「おい、姫さんよ——」


 少々苛立った声に、姫はビクッとなるとゆっくり笠を外して青年を見つめる。

 微かに震えている弱々しい姿に、先ほどの威勢を削がれて青年は焦った。


 「だ、大丈夫なのか……。辛いのか?」

 「いえ、あの……実は……私……私は……」


 何かを打ち明けられると緊張した青年は、ごくりと唾を飲む。


 「……こんなに遠くに来たのが、産まれて初めてなのです」


 「へ?」


 顔を真っ赤にして俯いた姫に、あっとなった。


 (そうだ、姫なんてやつは普段から滅多に屋敷からでないもの! そりゃ緊張もする)


 あわあわと腰の巾着を漁ると青年は、


 (く、あの菓子屋のいけ好かないチャラいせがれを信じてやる!)


 姫の前に小箱を差し出してぱかりと開いてみた。


 「まあ……ありがとうございます」


 目の前のコロコロとした落雁を見て愛らしく笑った姫に、青年は真っ赤な顔で応じたのであった。



 ——その後、青年と菓子屋のチャラいせがれは仲良くなった。

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