第2話
【白の英雄が現れた! 彼は世界を制する力で持って異世界の侵略者を倒す! 凄いぞ! 英雄パンチ! 相手は死ぬ。
「大丈夫か?」
凄くイケメンな顔で女の子に微笑む英雄! 女の子はメロメロになった!
世界は平和になった!異界の神は悔しがった!ぐぬぬぬ!
しかし世界は英雄を追い出した!お前は追放だ!もう遅い!
それでも彼は英雄であり続ける!何故なら彼が英雄だからだ!】
「……なにこれ」
渡された本の最初の数行を翻訳して貰って読んだ感想が思わず口から零れ落ちた。
オレを英雄と呼んだ星の意志は是非とも拝読してくれと言って一つの本を渡して来たのだが……物凄く背中がムズムズする!
え? なに? もしかして初めて投稿したネット小説のコピー? 共感性羞恥で死にそうなんだけど。
『君の英雄譚だよ』
「――は?」
改めて読んでみる。
……いや、確かに5年前に世界救ったけど。結果的に。
……確かに白い鎧着た姿でモンスターぶん殴りまくっていたけど。
……そして白の英雄って呼ばれているのも知っているけど。
――オレがその正体なのも本当だけど!!
「……何で本になっているの?」
『我々が創った』
「ふんっ」
閉じた本をバリッと真っ二つに破り捨てる。国語辞典並みに分厚かったけど、あのような内容が何百ページと続いて書かれていると思うとゾッとするんだが。
『何をするんだい?』
「何をするはこっちのセリフだ!」
ああ……今、思い出しても恥ずかしい。
当時のオレはクソボケの勘違い野郎だった。人外染みた力を偶然持っていた為に、英雄になれると思って暴れた。さらに助けた相手にも「大丈夫か?」と陳腐な創作に出て来る様な英雄ムーブ。
ああああああああ! 今思い出しても恥ずかしい! アレがカッコいいと思っていた自分を殺してやりたい!
何よりも傷ついたのが「今更出て来て何英雄ツラしてるんだ」と罵られた事だ。
いや、まったくもってその通りです。自分に酔っていた頭をガツンと殴ってくれたその言葉のおかげで、オレは正気に戻る事ができた。死ぬほど傷ついたけど。
だからその後は全国のモンスターを狩り尽くして隠れる事にした。
オレはもう英雄には憧れない。ならない。なりたくない。その思いで普通に生きて来たんだが……。
『我々はただ君の偉業をより多くの人に知って欲しいだけなんだ』
「はた迷惑すぎる」
『ふむ。ならば、この第1章から最終章に渡る計8冊も……?』
「当然廃棄じゃボケ」
何で8冊も……いや、さっきの分も合わせると9冊か。
取り出した黒歴史を取り上げて、全部力任せに破り捨てた。
『ひどいな。鬼畜の所業だ』
人の黒歴史を勝手に書籍化させる方がよっぽど鬼畜だと思う。
「そもそも何故本になっているんだ」
『推しの事は認知されたいだろう?』
「ちょくちょく挟まれるその日本のサブカルチャーは何なの?」
星の意志ってスマホで現代知識勉強でもしてんのか?
『ふむ……理解できないね。君の偉業は本来多くの人々に知ってもらうべきなのに』
「そんなのお前の勝手な考えだろう。推しの押し付け程醜いものはない」
『なるほど……勉強になるね』
それに、今となっては他人に知られるべき事柄ではないと本気で思っている。
当時ノリノリだった時は楽しくて、承認欲求を満たされたいと考えていた。
今では完全に黒歴史で、正直知られると心臓が止まって死ぬ可能性がある。
『それならこの布教用は廃棄した方が良いかい?』
「当たり前」
新たに出された9冊を見て、己の顔が青ざめるのを感じた。初めてダンジョンに墜ちた時よりも死を覚悟したのかもしれない。
中身を確認すると、わざわざ日本語に訳されていた。なんか擬音がたくさん使われたり、一人称と三人称がごちゃごちゃになってやがる。どこのネット小説サイトを参考にしたんだ?
それにしても……。
「布教用……最初のはさしずめ観賞用って事か? もしかして保存用とかないよな?」
『あるよ』
「今すぐ出せ。消してやる」
『あ、無理だね』
瞬間、オレの手は音速を超えて星の意志が宿ったモンスターの頭をわし掴んだ。
さて、次の不燃ゴミはいつだったかな? 業者が回収しやすい様にしっかりとコナゴナにしないとな。
『話を聞いて貰っても良いか? 解体はその後にしておくれ』
「この状況で落ち着いているの腹立つな」
ギリギリと力を込めているが痛がっている素振りは全くない。オレたち人間とは根本から違う存在ゆえに仕方ないが……。
感情的になってもオレが疲れるだけか。まぁそれがこの手を離す理由にはならないが。
星の意志は頭を掴まれたまま理由を話し始めた。
「実はその布教用なんだけど、アイツに借りパクされてね」
上位存在でも借りパクとかあるんだ。
「アイツ……異界の神か」
「この世界ではそう呼ばれているね」
思い出すのはオレに何度も嫌がらせをしてくる性格の悪い上位存在。
アイツの送って来る刺客をことごとくぶっ飛ばしては発狂され、その度に口汚く罵倒し、うるさいと思った時は直接殴りに行ったのも遠い記憶。
この5年間もちょくちょくちょっかいを掛けて来たが、ここ最近は大人しいと思ったら……。
「……え。凄く嫌な予感がするんだけど」
「君の予測通り。異界の神は嬉々として君の英雄譚をダンジョンに配布したようだよ」
「ぎゃあああああ!? 何してくれてんだぁ!?」
星の意志を放り投げて頭を抱える。
書籍化されただけでもキツイのに、それを不特定多数の人間が出入りするダンジョンに配布!?デジタルタトゥーってレベルじゃねぇぞ!?
ダンジョンに意味深に置かれている本だなんて、探索者からすれば何か凄いお宝に見えるじゃねぇか。
アイツ、オレが嫌がる事をとことん分かってやがる……!
「安心しなよ。日本語に翻訳していないし。我々が楽しむために書いた物だから、この世界の人々では理解できないさ」
「それでも可能性はゼロじゃないだろ!」
急いで服を着替えて、幼馴染に出掛ける旨のメールを送る。
もし翻訳に特化したダンジョン探索者が居れば、オレの黒歴史が暴かれる。加えて先ほどの「ぼくのかんがえたさいきょうのえいゆう」な書き方で知られるのも嫌すぎる。共感性羞恥で殺される。
「ダンジョンに行くのかい?」
「当然だろ! お前も来い!」
「やれやれ。無駄だと思うけどね」
パタリとオレの肩に乗った星の意志はそんな事を言う。
うるせぇ。オレも分かっているが、今の話を聞いて黙っていられる訳がないだろうが。
外に飛び出したオレは、空を飛び、音速を超えて、誰にも気づかれない様にダンジョンへと突貫した。
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