SSRの黒歴史を回収する為に、ダンジョンを探索する
カンさん
第1話
2035年。6月15日。史上最悪のダンジョン災害が――日本全国を襲った。
ダンジョンから溢れ出したモンスターが人を、街を、文明を踏み荒らし、壊していく。
空は黒い影で覆われ、海は生き物の血で染め上がり、大地には命だったものが原型を留めずに散っていく。
誰もが逃げ、誰もが死に、誰もが恐怖のどん底に落ちていく。
「ハァ……ハァ……」
そして此処にも少女が一人。
ダンジョンから現れた異形によってその命が今まさに奪われようとしていた。
「――おかあさん……おとうさん……みんな……!」
幼き少女の瞳には絶望しかなかった。頬を伝う涙は血で汚れ、赤い水滴が地面に溶けていく。
しかし周囲には生きている者は誰も居らず、異形はケタケタと嗤い続けた。
「誰か……」
そしてこれからもひとの命を奪っていくのだろう。
異形はその鎌の様な腕を振り上げ、少女に向かって振り下ろし――。
「――たすけて」
ザンッと斬り裂く音が地獄に響く。
しかし異形は人を殺せた快楽による喜びではなく、手応えの無さに顔を顰めた。
ゆっくりと振り返ると、そこには――この世界には似つかわしくない光が居た。
「大丈夫か」
「――ぁ」
間一髪の所で少女は救われた。気が付いた時には抱き締められ、異形から遠く離れた位置に避難させられていた。
地面に下ろされた少女は、自分を救ったその人物を見上げる。
「――何者だ」
異形がクチリと口を開いて問い掛ける。
こちらの世界の言語を話す事に内心驚きつつもその男は――笑みを浮かべ不敵に答えた。
「お前たちを倒す――英雄だ」
そして次の瞬間――この日に起きた地獄は終わりを告げた。
たった一人の英雄の力によって。
◆
【今日はダンジョンに潜るから自分でご飯作って】
「了解っと……」
バイトの帰り道。幼馴染からのメッセージに返信しつつ帰路に着く。
「だったら今日はうどんにでもするか」
4月とはいえ、夜になると少しだけ肌寒い。簡単に作れるし、体が温まるし、何より美味い。
今夜の献立を考えていると口の中に涎が溢れそうになり、完全にうどんの気分になってしまった。確か白菜が残っていたし、それを使うか。
「なん……だと……!?」
家に着き冷蔵庫を開けて絶望する。
うどんはある。白菜はある。各種調味料はある。しかし肉が無い。何故だ。
原因を追及し、思い出すのは昨日幼馴染が作ってくれた夕飯の献立。
「そう言えばアイツ、肉肉肉野菜炒めとか言ってたな」
ボリュームがあって確かな満足は得られていたが、まさか今日の分も使っているとは思わなかった。もっと言えば家を出る前に冷蔵庫内の残弾数を把握しておけよ、と今朝の自分を呪う。
「どうしたものかな……」
【やぁ。
「……ん?」
今からスーパーまで買いに行くか? しかしそれだと見たい番組に間に合わないかもしれないと人生最難関の選択に悩んでいると、頭に雑音が響いた。
なんだ。誰かが魔法でもミスったのか? いやに響く不快な感触に顔を顰めていると、足元にウサギのモンスターが居る事に気が付いた。
……いつの間に?
「なんだこいつ」
【やれやれ。相変わらず規格外だね。力が強過ぎる故に、逆に感知できないとは思わなかったよ】
「何処から入って来たんだ?」
ダンジョンからはかなり離れている筈だが……イレギュラーが発生して探索者が見落としたのだろうか? 危ないなぁ。
それにしてもさっきから頭に響く雑音がうるさいな。隣の田中さんか? 今はダンジョンじゃなくて家に引き篭もっているらしいけど。
とりあえず着拒しよ。
「……」
【あれ? 聞いているかい空我センシ。我々の勘違いでなければ、君いま我々の干渉を拒否していないかい?】
「……ウサギ肉って美味いんだっけ?」
【ねぇ、聞いてる? 君の目怖いんだけど。我々、あまり感情とかないタイプの上位存在なんだけど】
「まぁ、今日のおかずはこれで良いか」
【ねぇ。ねぇってば。空我センシ? ちょっと。ねぇ】
「ウサギ肉も結構行けるな」
【何してくれてんのさ】
「ん?」
食後にアイスを食べながら番組を見ていると、頭の中に突如声が響いた。
なんだいったい。
声のした方向へと視線を向けると、クワガタの形をした機械的なモンスターがそこに居た。
「流石に虫は食べたくないかな……」
【何で食べる気満々なのさ。わざわざ食用に見えないモンスターにしたのに】
「……ん? 喋っている? いや、頭の中に直接話しかけているのか、これ」
【ようやく会話できる】
何処か疲れた雰囲気を出すクワガタのメカモンスター。ここまで感情豊かに見えるモンスターも珍しいのかもしれない。
【改めて。初めまして……いや、久しぶりと言った方が良いかい? 空我センシ】
「いや、初めましてだろ」
【おや。その反応、我々の存在に気が付いているのかい?】
流石小型のモンスターが念話を出来る程の力を持っている訳がないからな。
パタンとゲーム機を閉じて意識を目の前のモンスターに向ける。
こうしてじっくりと感じ取ってみるとよく分かる。小さな体に似つかわしくないエネルギーだ。
【さて、今回我々が来たのは……】
「その前にさ、この頭に響くの何とかしてくれないか? 鬱陶しくて構わん」
【む。そうかい? だったら……】
クワガタのメカモンスターは、チラリとテレビを見る。そこにはアニメのCMが流れており、丁度幼馴染が以前に話題に上げていた声優が番宣の台詞を読み上げていた所だった。
何処か渋い声で、よく主人公の敵キャラで使われたりしている。何というか、黒幕キャラみたいな?
『あー、あー……うん。これで良いかい? 空我センシ』
目の前のモンスターからもテレビと同じ声が響いた。
どうやら声をコピーしたらしい。まるでアニメキャラが自分で話しかけて来ているみたいで変な気分だ。
『これでようやく本題に入れる』
「その前に自己紹介くらいしたらどうだ?」
『必要かい? 君、我々をよく知っているだろう』
「……」
自分が今どんな顔をしているのか。鏡を見なくてもよく分かるほどには歪んでいた。
正直関わりたくない存在ではあった。だからこれまでひっそりと暮らしていたのだが……どうやら無駄だったらしい。
というより、コピーした声のせいで胡散臭さが爆上がりしている。
「それで。何の用だよ【星の意志】」
『久しいね。君にそう呼ばれるのは』
「何言ってんだ。初めてだろ」
馴れ馴れしく接してくるクワガタの形をしたナニカにげんなりしつつ答える。
「もしくは邪神って言った方が良いか?」
『我々からしたら【星の意志】も【邪神】も大して意味はないよ。君の好きなように呼んでくれたら良い』
「相変わらず腹が立つな」
もし世界中の人が、あの災害を起こしたのがこの星の意志だと知ったらどうなるのだろうか。確実に現代のダンジョンに対する見方が変わる気がする。
悪気なく大勢の人々の命を失う選択を取るから質が悪いんだよな。
そしてそんな厄介な存在がオレ個人に接触してきた、と。塩撒いてやりたい。
「それで本題って何だ?」
『なに。なかなか動かない君に我々は歯痒い想いをしてね。だからこうしてモンスターの肉体を作って直接出向いたんだ』
「そうか」
『いわゆる凸って奴だね』
多分違うと思う。
『それなのに。君は我々を殺して晩御飯のおかずにした』
「悪かったな」
正直買いに行くの面倒くさかったんだよな。
『でも、ちょっと気持ちよかったかな……我々が君の血肉の一部になるのは』
きっしょ……。
『これが君たち人間の言う推し活って奴かい?』
「推しに自分の血肉喰わせる奴いねーよ。貢ぐにしても金くらいだわ」
スパチャとかファンクラブとか、グッズ購入とかね。
『本題がズレたね。――それで。どうして5年前のあの日を境に、表舞台から去ったんだい? 空我センシ』
「……」
『いや――こう呼んだ方が良いかい? 白の英雄』
星の意志のその言葉に、オレは深く深く息を吐いた。
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