カースト最下位より一個上の俺vsカースト最下位の高橋

鈴椋ねこぉ

第1話

 図書室の奥地にある個席。昼休みにここで弁当を食べている高橋に、いつも俺は付き合ってやっていた。ほぼ毎日のように、カースト最下位はどちらかについて、我ながら醜く言い争っている。

「いや、カースト最下位はお前だろ。俺はいじめられてないし、ハブられてもいない」

「それは、皆にいじめられる程、あなたの認知度がクラスにないのよ樹山くん。残念ながら、あなたが最下位なのよ」

「いやいや、それはない……え、そうなの? 俺って認知すらもされてないの?」

「薄々自分でも気づいていたのね。可哀想に」

「いや、同情の眼差し辞めろっ!」

 高橋は、クラスの女王である谷岡に嫌われていた。正直すぎる性格が災いしてのことだろうが、それ以外は特筆すべき才のない平凡な少女だ。ただ性格が正直者すぎる、と言っても杭が突き出る程ではないから、ただ運が悪かっただけだと思う。

 カースト最下位でぼっちの高橋をクラスのいじめから救ってやることはできないが、俺は別に彼女に恨みもなければ害とも思っていなかった。だから、こうして話してやってる。

 話したきっかけは、本が互いに好きとか、その程度だ。ラブコメや文学、漫画も読んでいて偏りがないから、知識が豊富だし、意外にノリと話が面白い。確か、俺が持参した小説に飽きて図書室へ行ったら高橋がいて、彼女に恐る恐る話しかけたのが全ての始まりだった気がする。最初はそれこそ、本の話ばっかりしていたのに、いつからこんな醜い争いに手を染めてしまったのだろう。

「違うから。俺は最下位より一個上だから」

「何、そのマウントの取り方。それは五十歩百歩というのでは?」

「で、でも吉村とか、たまに話すし? 武田とかも」

 本当たまに、ごく稀に、だけど。そう考えると、俺も一人でいることは多いな。だからと言って俺がカースト最下位になることは俺の中で許されない。

「二人だけ?」

「だけ、とはなんだ。お前、一人もいねぇじゃん」

「二人だって、あなたがいじめられたら去っていくわよ。そしたら、あなたもいないでしょ」

 まるで、去られたことがあるような言い方だ、というのは内心に留めた。自虐ネタは人に言われても面白くないからな。

「いじめられることはないね。そもそも俺が認知される日は来ないから」

「じゃあ駄目じゃない……」

 昼休みの図書室は薄暗く、どちらか最後に話した方の声が虚しく響いた。

 俺たちが座っている奥の個別席にはそれぞれ一つずつデスクライトがついていて、昼休みに軽食と読書をここで済ませる高橋はそれを点けている。

 俺はそれに便乗していて自分の机のライトを点けていない。だから、暗い部屋にはっきり浮かび上がる高橋とは対象に、俺はほぼ影と同化していた。

「でも私、いじめられる前は友達三人くらいいたから私の勝ちよ」

「おいおい、それこそ五十歩百歩だろーが」

「あなたが五十歩でも百歩でもどちらでも構わないと言うのなら、私は五十歩の方を選ばせてもらうわね。はい私の勝ち」

「器小せぇー! それは最下位の発言だね!」

 大きくツッコミを入れたつもりでも、なんとなくボリュームは抑えている。自動的に声量下がるのは図書室あるあるだな。

 とはいえ、うちの高校の図書室は小学校の頃と違って、全くと言っていい程に人がおらず、賑わいに欠けていた。図書委員ですらサボっているのだから、ここで昼飯食おうが大声で話そうが、実はあまり問題はないのだ。

「最下位でも、最下位より一個上でも、どのみち小さいから。小さい女の子はモテるけれど、小さい男は終わりよ」

「え、お前いじめられてる癖に何言ってんの? あと、俺はお前に付き合ってやってるだけだからね?」

「小さい男は終わりよ」

「なぜ二回言った!?」

 どのみち、俺たちがいくら話そうとも、教室や体育館の喧騒に勝ることはできない。この二人の話を周りが聞けば、至極不憫な傷の舐め合いをしているに過ぎないだろう。

 俺自身、自覚がありつつ通い続けているのは、恐らく惰性か何かの仕業だろう。

「じゃあ、勝負する?」

 突然、高橋がそんなことを言い出したので、俺は思わず彼女に目をやった。黒髪ロングの容姿は悪くないのに、いじめっ子に目をつけられてしまった不憫な女の子だ。

「あ? なんの?」

「……どっちが」

 高橋は言い淀んだ。少し溜めがあって、そうしてから口を開く。嫌な予感がした。

「どっちが、先に恋人を作れるか」

「……っ、はぁ?」

 意味不明だった。コイツは自分で何を言っているのか分かっているのだろうか。

「いやいやいや、無理無理! 絶対、無理だろ! お前に彼氏? ないない!」

「あら? もしかして自信がないの? てっきり友達が二人もいる樹山くんなら楽勝かと」

「いや、お前、俺はなんとかできるし? むしろ、お前の身を案じてやってるんだぞ?」

「じゃああなたの負け? 負けた方は今度からウンコって呼ばれるってことで……」

「おいおい、なんでハブられた二人で争うんだよ。新手のバトル・ロワイアルなのか? で、なんの脈絡もなくウンコ呼びは、本気でなんなんだよ」

 てか、女子が当たり前のようにウンコとか言うなよ。俺は違うけど、そういうのに興奮する人とかいるだろ。いや、俺は違うけど。

「いいの? 高校二年の時に女子にウンコつけられたって、結構、後々まで響くわよ」

「言い方! あと、それ、つけた側にも傷入るからな!」

 なんでこんな安すぎる挑発に乗らないといけないんだ。せめて、もう少し値上げしてくれ。

 と、予鈴のチャイムが廊下から聞こえた。そろそろ教室に戻らなければいけないな、という思いが、俺の思考を鈍らせる。俺は降参、という具合に両手を上げてその勝負を受けてやることにした。

「……分かったよ。やりゃいいんだろ。やるよ」

「罵られる趣味があるからって、わざと負けるのはなしね」

「ねぇよ、そんな趣味! あと言っとくけど、俺、勝ちにいくからな?」

「黙りなさいウンコ」

「まだ負けてねぇよ!」

 残念ながら、むしろ俺の勝利は堅かった。高橋には言ってないが、隣クラスに俺をちらちら見ている奴がいるのだ。確か木戸……だっけか。まぁまぁ可愛い奴。きっと、あいつは脈アリだ。俺の彼女にしてやってもいいだろう。俺が木戸にふさわしいのかはともかく。

 それより、高橋が心配でしかなかった。この不器用の塊でしかない彼女が何をしでかすのか。

 しかし、現時点では甘んじて受け入れてやろう。どうせ、一回言い出したらこいつは聞かないし。

「勝負は三ヶ月くらいにしましょうか。恋人できた時点で終了ね。もし万が一、両方とも恋人できた場合は、その恋人のカーストで勝負よ」

 高橋は平然とした態度でそう言う。

「分かってるとは思うが、それ人として最低な行為だからな」

「平気よ。この学校には最低な奴しかいないわ」

「お前が言うと説得力あるな」

 こうして、明日から三ヶ月にも及ぶ高橋との文字通り底辺争いが火蓋を切った。

 ウンコをかけて、なんて言うと意味が変わる上、まるで小学生のような低レベル帯の争いなのだが、彼女も俺もかなりの負けず嫌いだった。でなければ毎日のように終わらない言い争いをしていない訳で。

 そして早速、俺の予想(不器用な彼女は恐らくとんでもないことをしでかすだろう)は的中したのだった。

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カースト最下位より一個上の俺vsカースト最下位の高橋 鈴椋ねこぉ @suzusuzu_suzuki

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