第3話

「ねぇ、俺の事いつ好きになるの?」


先輩と一緒に帰る。

その道はいつもよりも賑やかで、周りからの視線も感じて、だけど気分は良かった。


「まだです。そんなすぐなりません」

「えぇーけちー」

「けちって……」


先輩は子供みたいに喜怒哀楽を表現する。

それをうらやましく思う。

人に好かれなくても、友達が少なくても、全然気にしない強い人。

それは自分に自信があるからなのかもしれない。


「先輩は明るいですよね」

「そう? あ、今日のプログラムなんだけど」

「プログラム?」

「うん。あいちゃんのバイトまでね」

「はぁ……」

「今日はプリクラを撮る」

「はぁ!?」


訳が分からなくて思わず大声を張り上げる。

先輩は大声が苦手らしく、私が大声を上げる度に眉をしかめて耳に人差し指を突っ込む。

その古典的な仕草が可愛くて、私は思わず笑顔になる。


「なんでプリクラ?」

「んー、若林が友達と放課後にするならプリクラって言ってたから」


若林先輩。

どんな人なんだろう。

プリクラを提案するなんて変わってる。

もしかしてチャラ男?


「そ、そっか。じゃあ、ゲーセン行きましょっか」

「仕方ないなぁ。ふふ」

「…………」


仕方なしで行くなら行かなくていいよ!って言うのは、先輩相手には控えておこう。

先輩はバカの一つ覚えみたいにきゅっと私の手を握って歩いた。


ゲーセンに着いて、プリクラを撮る。

狭い個室に入ると、妙に緊張したけど、先輩はへぇ~と言いながらライトをばんばんと叩いて、自動で下りてくるカーテンをぐいぐいと引っ張って遊んでいた。


「先輩。撮りますよ。ほら」

「んー」


三,二,一とカウントされて、一になった瞬間に、先輩が私の頬にちゅっと音を立ててキスをする。

カシャっと音がする瞬間、私はびっくりした顔で撮られてしまって、少し口をタコにした先輩の横顔は相変わらず美しかった。


「友達条約違反ですよ、せんぱーい」

「えぇー。うるさいなーもう」


じゃあ手だけと言って私の手を握って、プリクラが印刷されるのを機械の前で待った。

素直だよね。先輩って。

ただ手を繋ぐ事を気に入ってるだけなのかもしれないけど。


そんな私たちをプリクラを撮りに来た女子高生たちがチラチラ見ている。


「あの人かっこよすぎじゃない!?」

「やっばー。うちの高校にもあんな人いたらねぇ。てか彼女ふつー」

「世の中顔じゃないんじゃね?」


失礼なんですけど。普通に。

先輩はふんふんと鼻唄をうたっていて、周りをまるで見てない。

そうだ、この人周りを見てないから、彼氏持ちに手出して殴られてたんだった。


そう考えると少し笑える。

この人はきっと一つの事にしか興味がないんだな。

先輩って子供のようで、庇護欲をくすぐる存在だ。

一から十まで教えたくなってしまう。


「あいちゃん。出てきたよ。切って切って」

「はさみあっちですよ」


先輩の手を引いて歩いて行く。

ハサミ置き場で手を離すと、私がハサミを握ってプリクラを分ける様子をじっと見ていた。

二つに分けて片方を渡すと、先輩はハサミを持ってそれを小さく切りだす。

一つだけ抜き取ると、先輩は携帯の裏のど真ん中にプリクラを貼った。


「なんかこれ付き合ってるっぽくない?」


楽しそうに笑うから、それだけで私は見とれて、ただ幸せになった。


「やべ。俺ら顔真っ白。うけるー」


先輩はプリクラがお気に召したらしい。

自分の携帯を空にかざして、貼ってある大きなプリクラをまじまじ見ている。

だらしなく緩ませた顔は、本当にうれしそうだった。

喜んでくれたなら良かった、良かった。


手を繋いでゲーセンを出た。

これって友達の放課後ってよりは、恋人の放課後の匂いがするけど、先輩を調子に乗らせるのはいけないから黙っておこう。


「あいちゃん。好き」

「ありがと、先輩」

「好きって言ってよー」

「ノリでは言えないですよ」

「ぶー」


唇を尖らせて拗ねる先輩を横目で少し笑って、手を離した。


「なんでっ」


手を離した事に先輩はさらに怒る。


「バイトこの近くなんですよ。あっちなんです」

「じゃあ俺もついてく」

「え? 無理ですよ」

「送る」

「んー、そしたらファミレスなんでご飯食べて帰りますか?」

「うん。食べて待ってる」

「待ってるって……。今から五時間もありますけど」

「待ってるってば!」


その言葉に首を傾げながら、断固として譲らない先輩に呆れてしまった。



――それから先輩は毎日一緒にいる。

どんな時も一緒にいて、私のそばを離れなかった。

どういう経緯なのかいまだに不明だけど。

先輩は私をべったべたに愛していた。

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