第2話
先輩に友達はいない。
もちろん男友達にはものすごく嫌われていて、女友達だっていなかった。
多分協調性がないだろうし、先輩って人に合わせる事をしなさそうだから、女の子も近付いてきては離れるんだろう。
自由人すぎて、多分みんな関わりを避けてるんだと思う。
先輩って近付いてきた女の子にはすぐ手を出しそうだし、友達って感じじゃないんだろうな。
そのせいで、先輩の好感度はもはや最悪に近い。
芸能人みたいな人気はあるけど、誰も彼女になりたいとは思わないだろうし、友達になりたいとも思わないみたいだ。
真咲先輩は観賞用として高校では別格の位置にいた。
だから……。
この教室に他に知り合いがいると思えない。
だって、先輩は高二だし、この教室は高一のクラスだし、後輩に知り合いなんているだろうか。
うーんと唸っていると、先輩がとことこと教室に入ってくる。
みんなは息を飲んで先輩の綺麗な姿を見つめていた。
「見~つけた」
「せ、先輩……」
私の机の前まで来ると、にこやかに笑う。
やっぱり私ですか……。
先輩の顔は綺麗になっていて、怪我一つない。
あの時の痛々しい怪我は消えたみたいだ。
「先輩、私の教室どうやって分かったんですか?」
「一組から一個ずつに決まってんじゃん」
決まってんじゃんって……。
「えーっと、私に会いにきてくれたんですか?」
「そうだよ。文句ある?」
「な、ないですけどー。用事はなんですか?」
私がそう問いかけると、先輩はにこっと笑う。
その感情の読めない笑いにびくっとすると、クラス中のみんなが私と先輩を見ている事に気付いて溜息を吐いた。
先輩は自分の存在の破壊力を知らない。
胡乱気に見つめても、先輩は嬉しそうに笑うだけだった。
そこで冒頭に戻る。
「ねぇ、俺と付き合ってー」
独特の間延びした口調で君は言う。
唖然として見つめる私に、先輩はにこにこ笑っていた。
絶対に断られるはずがないと自信満々の表情でにこやかに私を見ていた。
困ってしまった私は先輩をちらっと見る。
「ん? 返事はー」
「えーっと……」
「おっけーだよね? ね?」
「えーっと……あのお友達からでよければ」
「オトモダチ? うん。それでいいよー」
嬉しそうに微笑む先輩が可愛くて、私も一緒になって笑った。
だって。
断れなかった。
断って傷つくかもしれない先輩を見たくなくて。
それでも、私はそんな事を言いながらも、先輩に興味とか憧れとかそんなものがあったから。
告白をされて、全然嫌じゃなかった。
きらきらした先輩の視界に少しでも特別に映っているのなら、自分はなんて光栄なんだろうと心のどこかで思っている自分がいた。
「ちょ、ちょっと先輩」
「はーい」
「とりあえず教室出ましょっか」
「ん? ラブホ行くの?」
「ちっがーう! 教室から出るだけです!」
先輩は不思議そうな顔をしてたけど、私は先輩の手を引いて教室を出た。
友達二人が目を丸くして、私と先輩を見ていることにようやく気付いた。
私は何をボケて、教室で告白劇なんて繰り広げてんだ…。
はぁ。
絶対次帰ってきたら、全校生徒に知れ渡ってるよ。
先輩の手を引いて、階段を上る。
「どこ行くのー」
「もうちょっと上まで行きましょう」
「えー」
反抗してくる先輩の腕を引っ張りながら、誰も人のいない四階の特別棟まで登った。
「ここでエッチすんの?」
「だからぁ! 違うってば!」
「じゃあ何すんの?」
「……ていうか、聞いてください。私たちまだお友達なんですからね」
先輩は分からないのか首を傾げる。
この人って大丈夫? なんていうか危なっかしすぎるんですけど。
「よく分かんないけどー。あ、そうだ。名前なんていうの? 教えて」
「……知らなかったんですか。知らなかったのに告白したんですか」
「悪い?」
いや。もうこの人なに。怖い。
何考えてるかわかんなすぎて宇宙人に見えてきた。
「名前は、小林亜衣です」
「あいちゃん」
「先輩の名前は知ってますよ。私」
「うそぉ」
「はい。有名なんで。真咲藤和先輩でしょ」
「そうだよー。どっちが名前か分かんないってよく言われるけど藤和が名前だよ」
「あはは。分かってますよ」
階段に並んで座っていると、先輩が膝に顔を乗せてまじまじと私を見つめてくる。
「うふふ、好き」
「…………はい?」
あ、だめだ。
ついていけない。
先輩おかしいよ、頭が。
「先輩ってなんで私と付き合おうと思ったんですか? 今まで特定の人と付き合ってなかったじゃないですか」
「ああーそれね。若林が付き合えって言ったから」
「誰だよ!!」
突っ込んでしまった。
しかもタメ口で。
「若林知らない? 二年の男。俺一人だけ友達いるんだぁ」
「若林さんですか。知らないかなぁ。それでその人がなんで私と付き合えって?」
「若林に最近彼女できて俺放ったらかしにされたからー、暇になってー、そしたら若林がお前も彼女作ればって言ったの」
「ああー。はい。で、なんで私を選んだんですか?」
「うん。好きになったから。やりたいなって思ったから」
…………。
唖然として先輩を見ていると、にこにこして顔を近づけてきた。
「ちょっ!」
顔を思いっきり手でぐいっと追いやる。
「今ちゅうしようとしたでしょ!」
「して何が悪いんだよ!彼女だろうがー」
「はい!? まだ友達ですって」
「じゃあ早く彼女になって」
「無理ですー」
「友達はどこまでおっけーなわけ」
「えー? ……んー、手繋ぐくらい?」
「おわ、まじで。えへへ、じゃーはい」
先輩の透き通った綺麗な手が差し出される。
なぜか手をつなぐことに喜んでくれているらしい。
いつもはそんな事をすっ飛ばして、やらしい事ばっかしてるからだろうか。
それをきゅっと握ると、先輩がきゅうっと握ってくれた。
「あはは。なにこれ」
「えー嫌ですか?」
「じゃなくて、なんかよく分かんないけど恥ずかしい」
先輩でも恥ずかしいって思う事なんてあるんだ。
そんな風に思いながら、先輩の横顔をチラッと見ると、頬が少し赤くなっていた。
それを見て、私までかっと顔が赤くなる。
「恥ずかしいなら手離しますか?」
「や!」
や…って先輩。
可愛すぎでしょうが!
「あ、授業もう始まってますよね」
「うん」
「ああー……やってしまった。早速サボり……」
「じゃあもういっそ早退する?」
「いや、次の授業から出ますよ」
「つまんない。若林が彼女できたら暇じゃなくなるって言ったのに」
「……じゃあ、放課後は遊びましょ。ね?」
「ぷん」
ぷんってなんでしょうか。
怒ってるのね? それってちょっと怒ってるって合図なのね?
「怒ってるの?」
「ぷん」
「あ、でも今日バイトだから十八時までしか無理でした。ごめんなさい」
「ぷんぷん」
「あはは。先輩可愛い」
「ぷん」
「一個減ったし。可愛いは嬉しいんだ」
「当たり前でしょ。俺って可愛いんだから」
「知ってますよ」
私がそう言うと、先輩が嬉しそうにへらっと笑う。
それが可愛くて、私までゆるゆると笑顔になった。
いちいち一喜一憂する先輩を見ていたら、この人は本当に私の事が好きなんじゃないかってそんな事を思った。
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