溺愛王子様 【完】
大石エリ
第1話
「ねぇ、俺と付き合ってー」
独特の間延びした口調で君は言う。
唖然として見つめる私に、君はにこにこ笑っていた。
絶対に断られるはずがないと自信満々の表情でにこやかに私を見ていた。
そりゃあそうかもしれない。
君は完全無敵の王子様だ。
困ってしまった私は先輩をちらっと見る。
「ん? 返事はー」
「えーっと……」
「おっけーだよね? ねー?」
「えーっと……あの、お友達からでよければ」
「オトモダチ? うん。それでいいよー」
嬉しそうに微笑む君が少し可愛くて、私も一緒になって笑った。
それがとんでもない日々の始まりだった。
出会いはもちろん学校だった。
私は先輩の事を入学当時から知っていた。
有名な人だったから、知らない人はきっといない。
この学校は共学だし、そのせいか男女について強烈に意識している人は少ない。
女子高や男子高みたいに露骨に意識せずに、友達だと思ってるところが多い。
その中で、先輩だけはたった一人。
本当にたった一人。
別格中の別格の人だった。
「ねぇ、また真咲さんやらかしたらしいよ」
「えぇーまた?」
「うん。今回はレイカさんに手出して彼氏にぼこられたって」
「えぇーレイカさんに彼氏いるの有名じゃん。何してんの」
「いやあの人に常識は通じないでしょ。多分彼氏いる事も知らないよ」
「はぁー。つくづく訳分かんないね。真咲先輩」
友達とそんな話を入学して一週間で噂した。
彼のうわさは毎日のように飛び交っている。
二年生の真咲藤和(まさき とうわ)先輩。
見た目は本当に麗しい。本当に。
線が細そうで色素が全体的に薄くて、背だけが高い。
でもガリガリとかひょろいイメージもなくて、本当に西洋の芸術のような人だった。
まつ毛が綺麗な扇形を描くほど長く、薄い唇は常に楽しそうに弧を描いている。
瞳は柔らかい茶色で、さらさらしたクリーム色の髪は彼の美しさをより引き立てた。
かっこよくて綺麗な先輩。
男の人も見とれるほどの美しさで、先輩は女の人を食い荒らしていた。
まさに食い荒らすという言い方が誇張ではないと言うくらいに彼は節操がなかった。
誰にでも手を出して、手を出してはいけない人でまで手を出して、よく喧嘩をしていた。
と言っても、一方的に殴られて終わるんだけど。
生傷の絶えない先輩は、ある意味私たちの噂話のネタを毎日提供してくれる面白い人で、私たち一年は先輩の事を興味本位で騒いでいた。
騒ぎながら、誰もがあの先輩を近くで見たいと、触れられたいと、ひそかに思っていただろうけど。
そんな先輩との接点は偶然訪れた。
私がごみ捨てじゃんけんに負けて、校舎裏のゴミ捨て場まで歩いて行っていた時の事。
高一の五月だった。
「お前さ、いい加減にしろよ! 同じクラスなんだから俺と美和子が付き合ってる事くらい分かるだろ。モテるからってうぜえんだよ!」
ドカッという鈍い音が聞こえて、思わずぎゅっと目をつぶる。
私は助けに行く事もできず見ている事しかできなかった。
怖くて、巻き込まれるのが嫌で隠れていた。
二年の有名な野球部の先輩が気が済むまで殴り、校舎へ入って行くのを確認してから、近寄って行く。
誰がやられたんだろうと思いながらゴミ箱を持って歩いて行くと、今日も噂していた真咲先輩が校舎の壁にもたれて座り込んでいた。
…………うわあ。
近くで見たの初めてだけど、匂いたつような壮絶な色気。
すごい、さすが真咲先輩。
私は先輩の周りにある独特の雰囲気に飲まれるように、見つめ続けた。
あ。
目元の横に殴られたのか真っ赤に腫れた痕がある。
痛そう……。
今度は同じクラスの彼氏持ちの女の子に手を出したんだ。
もちろん真咲先輩も悪いけど、女の子も女の子だと思うけどね。私は。
「先輩……。だ、大丈夫ですか?」
それが初めての会話で、先輩をこんなに近くで見たのも初めてだった。
人間らしくないあまりの美しさに、確かにこの人に迫られたら断れないだろうとはっきり思う。
本当に綺麗な人。
芸能人でも比べる相手がいないくらい、先輩はあまりの雰囲気と美貌を持ち備えていた。
女神様みたいに綺麗で、じっと見つめながら、心臓はドキドキしていた。
「大丈夫じゃないよーもうー」
気の抜けた返事に笑う。
雰囲気が一気に和らいだのを感じて、これが先輩の魅力なんだと気付く。
ぷぷっと笑ってしまった私に、先輩がじっと不思議そうな顔で見上げてきた。
「笑うとこあった? 俺可哀想だけど」
「え? いや、えーっと、その」
あんまり真面目に尋ねてくるから、私は調子を狂わされて戸惑ってしまう。
「保健室行きますか?」
「保健室嫌い」
「え? なんで?」
「保健室行ったら誘惑されるもん」
……ああ。
てか、まじっすか。
保健室にいる及川先生(30歳♀)は真咲先輩を誘惑するという新情報ゲットしました。
この人本当に恐ろしい……。
「先輩……。彼氏持ちの人に手を出さない方がいいですよ。自分のためにも」
ごみをゴミ捨て場に放り投げながら先輩に話す。
自分があの真咲先輩に話している事もびっくりだけど、説教までしてる自分にもっとびっくりだ。
でもなんていうかこの人は言いやすいっていうか、精神年齢が低いっていうか……。
先輩は彫刻のように綺麗な顔を不機嫌そうに歪ませて、ぶうーっと唸って見せた。
「えぇーだってー。俺知らないもんそんな事。興味ないもん」
「興味持ってくださいよ」
「やだやだやだ。だって俺やれたらいいもん。性欲満たせたらいいもんっ」
え。
なにこの人。
ぶりっ子して可愛い感じの仕草している。
両手を握りこぶしにして、いやいやしてる。
綺麗な顔でそんな事したって、……可愛いだけなんですけど!
「その考え方やめましょうよ」
内心では「かわいいーーー!」がこだましているが、私はポーカーフェイスだったらしい。
「えぇー……やだぁ。じゃあ俺の性欲どこ行くのさ」
「せ、性欲ぅ!? ど、どこも行きませんけど」
「ほらぁ」
ほらぁ……じゃないよ。先輩。
「じゃあ、彼氏なし狙いましょ! 彼氏いるの? って一度確認してから。ね?」
「うーん。分かった。そうしてあげる」
「……はい、そうしてください」
先輩はそれからにこにこしながら、私に手を振ってくれた。
平和に生きる方法を見つけられたのか、ホッとしたように歩いて行く。
その後ろ姿はやっぱり綺麗で、あの不思議な性格とのギャップはマイナスだと思う。
静かな人だったらもっと人気あったと思うのになぁ。
私は空になったゴミ箱を両手で持ちながら、(やっぱ先輩普通じゃない、宇宙人)とこっそり思った。
そして、先輩は思っていたよりもっと普通じゃなかった。
あれから二週間が経ったある日の休み時間。
クラスの扉がいきなり開いて、先輩がひょこっと顔を出した。
げ。
嫌な予感がする。
とっても嫌な予感がする。
「ひゃー。真咲さんなんだけど! やば! 綺麗過ぎ」
「やっぱあの人って人間じゃないよねぇ。女のうちらより何倍も綺麗じゃん」
一緒にいた友達二人がそんな事をのんきに喋っている。
私は会話に参加する事も忘れてじっと先輩を見た。
先輩は教室を見渡してきょろきょろしている。
「ああー。見っけ」
間延びした声が聞こえて、私はとっさに机にうつむいた。
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