番外編:遠い夏の日のデジャヴ
◇和志side
俺は昔から誕生日が嫌いだ。
高校の時に初めて付き合った彼女が、俺の誕生日の日にケーキを持ってきて家を訪ねてきたことで大ゲンカしたこともある。
不謹慎だと俺は柄にもなく怒鳴りつけて、そのせいで初彼女とはダメになった。
そんな俺も二十代後半に突入すると、さすがにそういう葛藤も過ぎ去ったけど、それでも誕生日はあまり好きじゃない。
姉ちゃんがいきなり俺の目の前から消えた。
急に。嵐のようになんて言葉が思い浮かんだけど、そんな言葉も陳腐に聞こえるくらい、急だった。
例えば病気で闘病していたら心の準備ができたのにとかそんな風に妙な恨み言を持ったものだけど、でも実際そうなったとしたらそれはそれで文句があっただろう。
姉ちゃんは口うるさくて、男みたいで、がさつで、頭も良くなかったけど、確実にうちの家の太陽だった。
みんなが姉ちゃんの存在だけで、明るくなれるような、そんな人だったから。
千里兄の憔悴っぷりもよく理解できた。
そんな姉ちゃんが帰ってきた。
千里兄が連れて。それはもう嬉しそうに。
千里兄の幸せそうな顔を見るのは本当に久しぶりだった。
結婚をするときに挨拶に来ていたけど、そのときだって割と千里兄はポーカーフェイスだった。
そして、今日もまた結構頻繁にこっちに帰ってくるカップルは、二人でのんきにスイカを食べている。
「美亜。塩いる?」
「え、いらない。塩なんてかけなくたっておいしいよ」
「そうだね」
二人は縁側に並んでスイカを食べている。
むしゃむしゃとかぶりついている姉ちゃんと違って、千里兄はやっぱり上品だ。この二人はほんとナイスカップルな感じはするよな。
きっと美亜の方は生まれついた時から、千里兄と結ばれる事が決まっていたんだろう。
「和志ー。スイカおいしいよ」
「食べよっかな」
姉ちゃんが俺に“和志”という。
それだけで何度も胸がじーんと熱くなる。
いい加減慣れればいいと思うけど、姉の喪失感をずっと味わって生きてきた自分からするとそう簡単に慣れてしまってたまるかとも思う。
「千里兄、塩ちょうだい」
「ん。どうぞ」
千里兄が優しく微笑みながら塩を渡してくれる。
俺は二人のそばに腰を下ろして、千里兄から塩を受け取った。
スイカに塩をかけていると、姉ちゃんが振り返って眉をしかめる。
「塩かけるなんて邪道だよ」
「いいじゃん。うまいし」
「えー、私そういう好きじゃない」
「うっせ。俺が好きだからいいの」
「和志のくせに超生意気」
「だからうるさい」
最初の頃はお互いに気を遣っていたけど、だんだん昔のような関係になりつつある。いまだに言い合いをしてる大人ってどうなのって思わないでもないけど、それが嬉しいから別につっこみはしない。
「美亜ちゃんたち、いつ帰んの?」
「あー、明日かな。美亜がもうすぐテストだし」
「うわ、嫌な事思い出した。千里帰ったら英語教えて」
「いいよ」
「え、それっていいの? 教授が一生徒に個人授業って問題じゃね?」
「バレなかったらいいんじゃないかな。僕も美亜も誰にも言わないし」
そういう問題なの?
と思いながら、一応つっこむのはやめた。
千里兄はいつだって明穂至上主義。
年をとっても変わらないらしい。
俺も千里兄も今では“美亜”と呼んでいるけど、知れば知るほど美亜っていうのは身体だけで、中身は明穂のままだと思う。
「そういや、今日吉村くん合コンって言ってたな」
俺がつぶやくと、二人がぐるっとこっちを振り向く。
「なんであんたが知ってんの!」
「え、だって、そこの居酒屋でするって田中が言ってたから」
「ええええ!吉村帰ってきてんの? しかもそこの居酒屋ってなに。地元で合コンしたって若い子いないと思うけど!」
「さぁーどっかから人数集めたんじゃないの?」
俺がてきとうに言うと、姉ちゃんと千里兄はキラキラと目を輝かせている。なんか嫌な予感がしてじっと二人を見る。
「千里、行くよね?」
「美亜行く気満々でしょ」
「えーだって見たいもん。千里も見たいでしょ?」
「まぁ、ちょっと気になるよね」
二人はいたずらを思いついた顔で笑って、立ち上がった。
日光に照らされた顔はどこか懐かしい表情で、美亜になって顔は違うのにどこか姉ちゃんの面影を感じる。
ぼーっと見とれていると、二人はそそくさと出かける準備をしだした。
「和志も行く?」
千里兄に聞かれて首を振る。
「いいや。嫁が家で待ってるし」
「そっか。じゃあ、またな」
千里兄に手を振る。
姉ちゃんは早速玄関に飛び出していて、千里兄は慌ててそのあとを追いかけた。
誰もいなくなった部屋で一人、ぼんやりと縁側に出る。
風鈴の音がする。
姉ちゃんがまいた、スイカの種が庭に落ちている。
ずず、っと鼻をすすって、空を見上げた。
おわり
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