番外編:家族外伝

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楽しい笑いは

家の中の太陽である。


サッカレー

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「明穂は?」

「水野の家にいるよ。打ち明けたから。家族だけの時間もいるかなと思って置いてきた」

「そうか」


明穂のお墓の前。

熱心に目を瞑って手を合わせていた吉村くんは、いつもの彼とまるで別人のようだった。

僕が近づいてきた気配がしたのか、彼は当たり前のように僕に声を掛けてくる。


明穂は置いてきた。

昨日はお寿司を食べて、その翌日の今日。

明穂の命日を一日過ぎた今日は、このお墓も人はさすがにいない。


……一人でこうして吉村くんはいつも来てたのだろうか。

彼の額から汗が流れる。

一体どれだけの時間、ここで手を合わせていたのだろう。

 

しんとした空気が流れる。

元々僕は口数が多くないし、彼も僕といるときはそこまで喋らない。

まぁ男二人なんてそんなものだろう。


「美亜が、大学卒業したら結婚しようと思ってる」

「ふうん。まぁそれが普通の流れじゃねぇの」

「うん」


また沈黙。

たまに考える。

吉村くんは一体どれだけ明穂を好きだったんだろうって。

申し訳ないなんてそんな失礼なことを思ったりはしないけど、ただ意味もなく考える時がある。


幼稚園の頃から知り合いだった僕たち。

思い返してみれば、きっと幼稚園の頃から吉村くんは明穂を好きだった。


明穂が亡くなったのは十四歳。

十年は片思い。明穂が亡くなってからだって、――彼はきっと……。


「なぁ、千里」

「ん?」

「俺、結婚しようと思う」


突然の告白に時が止まる。

僕が息を止めて彼を見ても、ふざけた顔なんてしていなかった。


「え、相手いるの?」

「いねぇ。けど、なんかようやくそんな気分になったわ。結婚とか考えてみてもいいかなって」

「……うん」


なんとなく言いたいことが分かった。

でもそれを突き詰めるととても切ないような気がして、口を噤む。茶化す気持ちにもなれずに言葉が出なかった。

そんな僕の心理に気づいたのか、彼が困ったように笑う。

 

「なんだよ、思ってることあるなら言えよ」

「美亜はちゃんと僕が幸せにするよ」

「おう。任せたわ」

「……でも。暇があったら手伝ってよ。美亜、喜ぶから」

「あいつ俺の事好きだからなー」


茶化したように言った吉村くんに、「うん」と頷くと、吉村くんが一瞬色を無くしたような顔をしてお墓を見た。

僕もつられてお墓を見る。


「綺麗ごとって思うかもしんねぇけどな。明穂と再会してから三年か? 俺は、明穂とお前が幸せになればいいって、ただそれだけ思って生きてきたよ」

「……うん。ありがとう」

「その夢も叶いそうだし、次は俺の番かな」

「応援する」

 

彼といると、美亜といる時以上に僕は子供になったような気分になる。

彼の前ではいつも酔っぱらうし、話す言葉だって教授の城山千里じゃなくて弱っちい僕でいられる。僕の唯一の気のおけない友人ってやつだ。


「お。応援してくれるなら巨乳。頼むぞ。あそこの女子大生レベル高いからな」


吉村くんがにやっと笑う。

僕はじとっと横目で見ながら呆れたそぶりを見せると、「うはは、冗談だって」と豪快に笑って見せた。



「さぁーーーて、和志の散髪でも行くか。ほら、千里も行くぞ」

「え、でも和志今日店閉めてたよ」

「はぁ? 定休日でもねぇのに。あいつ、毎年命日前後にやたら臨時休業しやがって。引っ張ってでも店開かせるぞ」

「ふふ、うん。切ってもらいに行こっか」


二人で歩きなれた田舎の道を歩き出した。

まっすぐな足取りで水野の家へ向かう吉村くんと並んで歩く。

 

吉村くんの横顔をちらりと窺う。精悍な顔つきは男らしくて、僕にはない。彼とは昔仲良くなかった。乱暴で、だけど明穂と常に笑い合っている彼が気に入らなかった。

昔は明穂を通じて繋がっているようなそんな感じだったけど、でも僕は彼自身を知って、とても好きになった。


爽やかで、こんな僕の幸せを心から祈ってくれる大切な人。

明穂を通さなくても、僕たちはもう昔のままじゃないよね。


「ねぇ。僕たち、親友だよね?」


ぽつりと言った僕に、吉村くんはぎょっとした目でこっちを見た。


「おっ前、男同士でいきなり寒いこと言うなよ。あぁーさぶ! 真夏なのに鳥肌立ったぞ、お前」

「ごめん……」

「……あぁー、もう。……親友だよ。そんなもん言わなくたって分かるだろうが」

「うん、これからもよろしく!」


嬉しくなって頷いた。

吉村くんが呆れたような顔をしながら、それでも最後は仕方ないなぁって顔で笑った。


人の幸せばっかり祈っている彼に、たくさんの幸せが降り注ぎますように。

ただひたすら、そう願う。




おわり

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