番外:同僚① 中川香織SIDE

今日は会社の忘年会。

うちの部署だけが集合する忘年会でも人数はそこそこいて、今日の飲み会の参加者だけでも三十人はいるだろう。


男女比は七:三というところだ。

割と仲はいい部署だと思う。

連携しないとできない仕事も多いせいで、全員の顔も覚えている。


部署の中でも仲のいい、同期のゆうこちゃんと一緒に居酒屋までの道を歩く。

目の前には三年先輩の鈴木さんが歩いていて、ちらりと振り返ってはゆうこちゃんに声を掛けている。


鈴木さんはうちの部署だけじゃなくて、社内でも人気で評判な男性で、仕事もよくできるし、ルックスもいいし、とてもよくモテている。

でもゆうこちゃんが入社してからは専らずっとゆうこちゃん狙いを公言していて、ほかの女子社員はかなりがっかりしたらしい。

 

そんな彼女は入社した年に結婚するという破天荒な事を引き起こして、それもうちの部署内ではもちきりのニュースになっていた。

鈴木さんは傷心してショックを受けたらしいけど、それでも諦めずにちょくちょく声を掛けているところを見ると、よほど好みなんだろう。


まぁー、ゆうこちゃん綺麗だもんな。

入社式で見たときにびっくりするほど綺麗な人がいると、目が釘付けになったのを今でも覚えている。

もちろんほかの人も彼女に釘付けではあったけれど。

成績もよくて、気さくで、誰とでも分け隔てなく接する彼女は、上司からもお気に入りだ。


美人に目がない私は積極的にゆうこちゃんにアタックして、今はこうしてゆうこちゃんの隣をゲットしている。

 

「矢野さん、今日はあんまり飲みすぎんなよ。そんなに酒強くないんだろ?」

「私弱いしそんなに飲まないですよ。今日も付き合い程度で」

「うん、その方がいい」


鈴木さんとゆうこちゃんが話している。

鈴木さんの目は優しそうで、それを見ると、居たたまれない気持ちになる。


ゆうこちゃんの旧姓である矢野の名字で呼ぶ人は、まだたまぁにいるけど、鈴木さんはわざとに違いない。

新しい名字では呼びたくないんだろう。精一杯の抵抗というか、その気持ちは何となく分からなくもない。


「香織ちゃんはお酒強いもんねぇ、いいなぁ」

「羽目外さなかったら大丈夫かな」

「おいー中川、今日くらい羽目外そうぜ。俺と飲み比べしよう」


鈴木さん……。

さっきと言っている事が全然違うじゃないですか。 

この扱いの差は何なんだろう。まぁいいけどね、全然。


結局居酒屋の大広間に案内されて、テーブルをいくつかに分かれて席を囲む。

いつものようにゆうこちゃんと席に座ると、いつの間にか鈴木さんはちゃっかり横を陣取っていて、他の男性陣も数名くっついてきた。

全部ゆうこちゃん目当てだろう。

最後に鈴木さんと同期の愛子さんが席について、合計八人でテーブルを囲むことになった。


「今年も一年お疲れ様でしたー」


という部長の長い前置きつきの乾杯のあいさつが終わり、全員とりあえずビールを囲んだ。


和食系のそこでみんなはどんどん料理を頼んでいき、テーブルはいっぱいになり、そうなれば料理は進むし、お酒も進む。

わが部署の酒豪、愛子さんと一緒にペースを上げて、飲んでいく。

向かいの席では、一杯目のビールをまだちびちびと飲んでいるゆうこちゃんに、隣の鈴木さんが声を掛けていた。


「矢野さん、なんか飲む? ビールこれもうぬるいっしょ? 俺もらってあげるから、なにか頼みなよ」

「えー、悪いですよ、ぬるくなっちゃってるし」

「いいっていいって、こんなのすぐだから。……ほら」


ゆうこちゃんのジョッキを奪ってごくごくと飲み干す鈴木さん。

それを呆れ顔で見る愛子さんと一緒に、しらっと見る。


「あ、すみません、ありがとうございます。えーっとじゃあカシスオレンジ頼もうかな」

「ん。すんませーん」

「ほんと鈴木さんすみません」


大きな声を出した鈴木さんは、甲斐甲斐しくゆうこちゃんの世話を焼いている。

ゆうこちゃんは困った顔をしているけど、先輩だから邪険にもできないらしい。

鈴木さん悲惨だ。

まぁこんなもの見慣れた光景で、今更驚いたりはしない。

 

それからお酒は進み、宴会が二時間を過ぎたところで、ゆうこちゃんが携帯を見て席を立った。


「ゆうこちゃん、旦那さん?」

「うん。ちょっと電話してくるね」

「いってらー」


私が送り出そうとすると、酒豪愛子さんがすでにべろんべろんの勢いでゆうこちゃんの足に掴みかかった。


「え、え、愛子さん?」

「麻生さーん。旦那さんってイケメン? イケメンなの? 結局私旦那さん見せてもらったことないんだけどぉ!」

「えーっと、すみません。見せたことないですね」


ゆうこちゃんが困っている。

愛子さん、うちの部署の酒豪の称号をゲットしてるけど、この時点でこんなに酔ってるなら大して強くないような……。 


でもすでに愛子さんのテーブルの前には焼酎のボトルが一本置かれていて、ほとんどなくなっている。

結構飲んでいるんだろう。


「あー、俺も麻生の旦那気になるわ。うちの部の鈴木が負けたんだからなぁ」

「ちょ、課長。それはもう内緒ですってば!」


同じテーブルを囲んでいたゆうこちゃんファン二号の課長まで便乗してくる。

ゆうこちゃんは困ったような顔をして笑うけれど、酒に酔ったみんなはなかなか勢いが激しい。


「てか、俺もう矢野さんの旦那見たくないし」

「え、鈴木、見たことあんの? 私でもまだ見たことないのにぃ!」

「あー、まぁ、会社の前でバッタリ会った。みんなびっくりする人だよ」


ハハハッと鈴木さんが痛々しくも笑う。 

でも鈴木さんが妙に煽ったせいで、みんなは余計にゆうこちゃんの旦那さんが気になったらしく、ここで電話しろと催促している。

「呼ーべ、呼ーべ」というコールまでされてしまい、ゆうこちゃんはたじたじだ。


しかし新入社員。

逆らえるはずもないか。

勢いに負けて、とりあえずその場で電話を掛けることにしたらしく、元いた位置にすとんと腰を下ろした。


ゆうこちゃんは携帯と睨めっこして、少しの間小難しい顔をしていたけど、電話を掛け始めた。

さっきまでどんちゃん騒ぎしていた人たちも黙って見守っている。

よっぽど気になるらしい。


「あ、もしもし?」

『おー、ゆうこ? 飲み会はどした?』


受話器越しに旦那さんの声まで聞こえてくる。

隣に座っていた私はそれに耳を澄ませた。

 

優しそうな声。

ゆうこちゃんもほんの少し目が優しくなる。

私は完全に聞こえているけど、他の人にはゆうこちゃんの声しか聞こえていないだろう。


「えっと、飲み会の途中なんだけど」

『ん? うん、なに。抜けてくんの?』

「いやまだそういう感じじゃないんだけど、えーっと、いややっぱいい」

『どした。酔ってんのか? あんま飲みすぎんなよ』

「うん」

『じゃあ終わったら連絡しろよ。車で迎え行くから』

「ありがと」


電話を切ると、ゆうこちゃんは「すみませーん」と謝って、困ったようにトイレに消えた。

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