番外:すれ違い ゆきちかSIDE

最近、ゆうこの事がよく分からない。

恋人になってから結婚するまで、俺は単純に浮かれていた。

事務所も強行突破して、結婚会見もして、もてはやされて、テレビの露出が増えた影響で映画とドラマも立て続けに決まった。

そして、家に帰ればゆうこがいて、ゆうこが毎晩俺の隣で眠る。


夢のような日々だった。

忙しくてたまらなくしんどかったけど、そんな事何も気にならなかった。


結婚をしたが、ゆうこは変わらず毎日会社に出勤している。

俺の仕事のスケジュール上、すぐには長期休みが取れない事もあって、新婚旅行は少し先で予定を立てている。

結婚式も先だが、日にちは決まっている。 


婚姻届を提出した次の日。

俺が仕事から帰ってくると、ゆうこはすでに帰っていたようで、リビングに明かりがついていた。


「ゆう……っ」


玄関先から声を掛けようとした途端、ゆうこの声が聞こえて、電話中かと声を噤んだ。

仕事の電話をしている事が多い。

忙しいやつだから、家に帰っても仕事の事ばかり考えている。


でも、俺はそんなゆうこがやっぱり好きで、ゆうこはいつだって何かに一生懸命で俺はずっと憧れているんだ。


「だよね。分かる分かる。あんまりくっつかれると嫌になっちゃうよね」


あははとゆうこの笑い声が玄関先まで届く。

ドクンと心臓の音が鳴った。

仕事の電話じゃないのか。友達?


「四六時中ベッタリされたら息詰まっちゃうよね。自由の時間も欲しいっていうか。うんうん。分かるー」

 

俺の事を言っているのか?

確かに俺はゆうこと恋人になれて浮かれていた。

仕事が終わって二人でいられる時くらい、片時も離れたくなんてなくて、ずっとそばにいた。


オフの日は、ゆうこが誰かと遊びに行く事なんて許さなかったし。

まぁゆうこが俺のオフの日に誰かと出かけようなんてしなかったけど。

それも何も言わなかったけど、不満だったのか?

元々自由な女だ。

甘えてばかりの女性とは考え方が違うのは分かっている。


もしかすると、恋人同士の付き合いも、ゆうこはもっとドライなものを望んでいるのかもしれない。

そう思うと、どんどん悪い方向へ考えは進んだ。


元々ゆうこの事に関して、自信を持てた事なんて一度だってない。

俺のネガティブ思考は進み、ゆうことどう接していいのか分からず、毎晩ゆうこを求めていたのに、俺は指一本触れられなくなった。

ゆうこも別にそれを不満そうに訴える事もなかったから、結局やはり今までの俺がうっとうしかったのだろう。



――考えを改めないといけない。


俺は別にゆうこを閉じ込めたいわけじゃない。俺のものだと囲うつもりもない。

ただ、きらきら輝くゆうこを一番そばで見たいだけだ。

それが叶うなら、別にゆうこに触れられなくともかまわない。



そう決めた俺は、ゆうこに対しての束縛をやめた。

飲みに行った時もそうだった。

本来なら、ゆうこの隣に違う男が座る光景を見ているなんて耐えられない。

 

だけど、俺のそばにずっと座らせているのも息が詰まるのだろう。

彰なら安心だ。

あいつは高校の時から恵子にしか目がないし、みんなが矢野祐子と騒いでいたときだって大してノッてはこなかった。

だから、大丈夫だと思っていたのに。




――パンッと張り詰めた音が狭い室内に響いた。


何事かと思って、ゆうこを見ると、あからさまに怒った顔をしたゆうこが彰を見ていた。

さぁっと冷や汗が流れる。


元々彰は人をおちょくったり、からかったりするのが好きな性格だけど、それも全て恵子絡みの時だけで、普段はそんな事はない。

まさかゆうこに何もしないだろうと思っていたのに、ゆうこが怒るなんてよっぽどだ。

しかも引っぱたくほど?


結局何も打ち明けようとしないゆうこと彰に痺れを切らして、タクシーの中に乗り込んだ。 

ゆうこは相変わらず美麗な顔で、表情を無くすと、恐ろしく冷たく見えた。

ゆうこは頑固な性格で一度喋らないと決めると、多分何を言っても喋らない。俺がゆうこを思い通り操る事なんて全く持って不可能なんだ。


それ以上なにがあったと突っ込むことすらできずに、ひたすら黙る事しかできなかった。

いつまで経っても俺はヘタレのままだ。

これ以上聞くとゆうこがうっとうしがるんじゃないかと考えて、いつまで経っても踏み込めない。

恵子とか友達なら何の迷いもなく、声を掛けられるのに。


はぁっとため息を吐くと、隣のゆうこがビクンと身体を跳ねさせた。

だめだ。

息が詰まる。喉元が息もできないくらい苦しくなって、胸が千切れそうに痛い。

好きで好きでたまらなくて、接し方が何もかも分からなくなる。

息をする方法さえ忘れそうになる。


ゆうこといるといつもこうだ。

幸せだと思う反面、たまらなくしんどい。

心の奥底で俺たちはだめかもしれないと、そんな卑屈な考えが浮かんでは消えた。

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