番外:憧れ ゆうこSIDE

◎『誤解は恋の始まり』のアヤトとコラボの小説です




彼の撮影場所を訪れるのは、これで二度目だ。

私の仕事の休みとかち合わないのもあるし、私が仕事休みの日はゆっくりしたいっていうのもあって、あまりここに来るのは乗り気じゃない。


来るのを渋る理由はもっと別にあるのだけれど。

ちかちゃんにはそう説明していつも断っている。

それなのに、彼は何度も私に来い来いと催促してくる。


彼の聖域に踏み入れたって邪魔にしかならないと思うのに、彼はそうでもないらしい。

今度の撮影は、映画らしい。

ホテルを舞台に描く人間ドラマらしく、彼はそこのホテルマンを演じるらしい。

見慣れない制服を着て、お堅いイメージになったちかちゃん。

 

それでも輝く個性は健在で、だけどいつものどこか偉そうな雰囲気は封印されていた。

これが役作りと言うものなのだろう。


軽く始めた仕事と本人は言っていて、きっかけも何も大したことじゃないと教えてくれないけど、でも今は確実に誇りを持って仕事をしていると思う。

元々雑誌モデルだったのに、今や若手俳優としてはトップをひた走っている。


そんな人の奥さんが撮影場所に来るなんて、ちかちゃんにとっても、周りの人からしても迷惑以外の何者でもない気がする。

だけど、私が行きたいって言ったわけじゃないし。


ちかちゃんが見においでって言うからさぁ、いやまぁ見たかった事は見たかったんだけど。

と、自分に言い訳をしながら、存在を隠すように端の方に移動する。

大きな撮影所のすみっこのパイプいすに腰掛けて、撮影シーンをじっと見た。

 

それぞれが真剣に演じる役はどれも輝いていて、豪華なホテルのセットに紛れても、その光は消え失せることがない。

彼ら一人一人のために、何十人ものスタッフが走り回る。

そのバックでは何百人以上もの人が動いていて、一本の映画ができるんだ。


そう考えるとブルリと寒気がして、鳥肌が立った。

私の夫はその中心にいるのだと思うと、途方もなくちかちゃんが遠く感じられる。

光の当たらない隅っこに座らせられて、誰も私なんて目に留めない。

もちろん注目されても困るから気付かなくていいのだけれど、なんだか。


ひどく場違いな気分になるのだ。

どうやら私は夫の栄光の下で、夫の光を自分の光に変換して生きていくすべを知らないらしい。


今までの学生時代も社会人になってからも、それなりに目立つ位置にいた。

中学高校は生徒会長をして、大学では新入生代表挨拶も答辞も読んだ。


会社で働いて三年目にして、異例の早さで企画第一課に異動になった。

自分の人生は光り輝いていると思っているし、それにはもちろん人並み外れた努力をしているからだと知っている。

私は何も特別な人間じゃない。

誰よりも努力した。努力が当たり前になって、眠る事が罪だと思えるほどに自分に鞭を打って生きてきた。

その理由は、みっともない自分でいたくなかったからだ。

光り輝く自分でいたかったからだ。


だけど、彼らは私の努力なんて到底及ばない位置で光り輝いている。

努力とはまた別次元。

三段跳びで追いぬかれていく、魔法のような。

才能という光で輝いていて、その光に焼かれそうになる。


ちかちゃんの成功はとてもうれしい。

それは本当。

好きな人の輝きが嬉しくないわけがない。

だけど、光の当たらない隅っこで、ライトの当たる彼を見ていると、なんだか場違いな気分になるんだ。

生きている世界が違うような、そんな感じ。


そう考えてみて、高校のときだって、彼は私の手の届かないくらい目立っていたことを思い出す。

何も努力などせずとも、友達はたくさんいたし、勉強もスポーツも何も頑張らなくたって輝いていた。

成績が悪くたって、友達に笑って囲まれていた。

スポーツだって、大して努力もしないでいつもみんなの視線を奪っていった。

憧れた。

自由な彼に憧れて、憧れ続けて、今もそのままだ。


私は彼が好きでありながら、憧れているんだ。

 

「……ゆうこ?」


いつの間にか彼が目の前にいた。

ぼんやりしていたらしく、顔を覗きこまれている。


「あ、ちかちゃん。お疲れ」

「うん、暇だった? ごめんな」

「あ、いや。そんな事ない。ちょっと考え事してただけ」

「仕事続きで疲れてたのにごめんな」

「ううん」


周りの視線がチラチラと突き刺さる。

これがちかちゃんの世界。

私の微妙な反応にちかちゃんは気にした様子だ。

慌てて、笑みを作った。

 

「この後はどんな感じ?」

「おー、もう終わり。帰るか」

「うん」


見上げて笑みを作ると、ちかちゃんが嬉しそうに笑って私の頭をぽんと撫でた。

着替えてくると言っていなくなったちかちゃん。

相変わらずパイプいすに座ったまま、ぼーっと撮影を眺めていた。


「もしかして、ユキさんの奥さん?」


いきなり声を掛けられて顔を上げる。

目の前にはそれはもう麗しい人が立っていて、パチパチと目を瞬かせた。

ちかちゃんとはまた別のタイプ。


ちょっと乱暴な男前のちかちゃんと違って、甘い顔立ちのそれはとても女の子に人気があるだろうと思う。

ていうか、テレビですごくよく見る人。

あまり詳しくない私でも知っている、ちかちゃんの事務所の後輩の人。


「アヤトさんだ。初めまして、ユキの妻のゆうこです」

「知ってくれてるんだ。光栄です。ずっとお目にかかりたいなと思ってたので会えて良かったです」

「いえいえ、今日はお仕事で?」

「あ、はい。この映画にほんのちょっとだけ友情出演するんで。ユキさんに出ろって言われたんでね。ホテルマンCくらいの役です」


ふふっと笑う彼を見る。

この人もちかちゃんと同じ、才能の人だ。

才能が輝いているのが見てわかる。

もちろん努力もしていると思うけど、持って生まれた素質が違うんだ。


「奥さんはユキさんと高校の同級生なんですよね?」

「はい、そうですよ」

「でもこっちの世界にいたんじゃないんですか?」

「え、いやいや、私はただの会社員です」

「えー、嘘だぁ。モデルとかやってたでしょー」 


お世辞だと分かっているので、「いやいや」と言い返して笑みを作る。

この人、声が素敵。

低音だけど聞きやすくて、やっぱり歌手なんだなぁと思い知る。


「ユキさんね、愛妻家で有名ですけど、高校の時からお二人って好き同士だったんですか?」

「あぁー、えっと、まぁ。でもお互いに気持ちがあるって分かったのはほんとだいぶ後になってからなんですよ」

「へぇーいいですね。奥さんすごいくモテたんじゃないですか?」


その質問に苦笑していると、頭上から影が差して、アヤトさんの頭ががしっと掴まれた。

顔を上げると、着替えを済ましたちかちゃんがいて、笑みを作る。


「お前~、なにこんなとこで油売ってんだよ」

「だってー、奥さんに一目会いたかったんですもん」

「誤解されるような事言うな。スタッフがびっくりしてるだろ」

 

周りのスタッフさんがちらちらとこっちを見ていて、いたたまれなくなる。


「ゆうこ。帰るぞ」

「うん。じゃあ、アヤトさん一緒に時間潰してくれてありがとうございました」

「いえいえ、お気をつけて」


多分、私が居場所を無くしていたのを見て、声を掛けてくれたんだろうと思う。

お礼を言うと、目を見開いてから、丁寧にお辞儀してくれた彼に手を振って別れた。

二人で撮影所を出ると、ちかちゃんが怒ったような顔をする。


「なに? 怒ってる?」

「またお前はほいほいと男すぐに引っかけるからな」

「えー、別にアヤトさん引っかかってなかったよ」

「あいつ彼女いるからな。でも愛想良くするのやめろ」

 

むすっと膨れたままのちかちゃんに笑いながら、一緒に車に乗り込む。


「愛想よくしたのは、ちかちゃんの仕事の人だからだよ」

「……なら、いいけど」


素直じゃないな、ほんとに。

怒った顔をどうしていいか分からないのか、困ったように腕で顔を隠すちかちゃんが可愛い。


「ちかちゃん、照れてるの?」

「照れてねぇわ」

「ふぅん」


ちらりと横を見る。

ちかちゃんは目の縁をほんのり赤くして、それを誤魔化すように目つきを鋭くしていた。

照れているらしいちかちゃんは、外ではかっこよくて輝いていて、だけど私の前ではやっぱりちかちゃんになる。


そんなギャップが愛しい。

たまには仕事場に遊びに行くのも悪くないかもしれないと思い直した。


おわり

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