ゆきちかfinal

お願いだから…

頼むから…

と願っているだけじゃ

何も起こらない

行動しなきゃ

何も始まらない

――――――――――――


目が覚めて隣にゆうこがいる。

それだけで空の色がいつもより綺麗に見えた。

自分の部屋にい香りまで漂っているような気がして、思わず隣にある頭をくしゃくしゃと撫でつけた。


今日はスーツでも着ていこうか。

そしたら事務所の連中も少しは心の準備ができるんじゃないか。

そんな事を考えたけど、どっちにしてもびっくりされて反対される事は目に見えていた。

でも別にかまわない。


反対されたらこの仕事をやめると言うまでだし、俺はそれだけじゃ辞めさせられない自信も少しあった。

女性ファンが多い俺は、確かに結婚はマイナスだろうけど、今の時代そんな堅苦しい事も無くなっている風潮にある。


もし反対されたって、俺は譲らない。

そりゃ時期とかある程度妥協はするつもりだけど、一生結婚すんなって昭和のアイドルじゃあるまいし、そんな事を言われたらその日にやめてやる。

俺はゆうこと一緒に過ごして、ゆうこを養えたらそれでいいんだ。

別に職業にこだわってるつもりもない。

俳優が駄目なら、モデルに戻って、モデルとしての賞味期限が切れたら裏方に回ってもいいと思ってる。仕事の声を掛けてくれてた人は今までにも色々いた。俳優を選んだから断っていたけど。


今はまだ朝の六時。

もう少し寝る時間があるな。

仕事があるとはいえ、ゆうこの起床ももう少し後だろう。


俺はベッドにまた寝転んで、ゆうこにすり寄った。

こっちを向いて横向きで寝ているゆうこの寝顔をじっと見る。


可愛い。

口がちょっと開いて、いつもより幼い印象を受ける。

矢野祐子が俺の隣で眠っているという事実を、高校の連中全員に自慢して回りたい。

結婚式に全員招待してやってもいい。

俺の女なんだぞって世界中に言いふらしたい気持ちを必死に抑えて、ゆうこの前髪を撫でた。


頬を撫でると、眉を寄せてくる。

桃色の唇にちゅっと音を立てて口づけても起きる気配はない。

布団をめくってやると、俺が貸した白いTシャツの下に何も履いていなくて、すらっとした生足があるのを見つけて、目を見張った。


こいつ半パンも貸しただろうが!

履けよ!!

隣で男が寝てんのに危ないとかいう危機感はないのかな、この子は。

ほんと信じられない。

少し早くなった鼓動を抑えながら、布団をもう一度かけ直して、熱烈なキスをしてやった。

すぐに目を覚ましてゆうこはびっくりして、唇をとっさに離してきた。


「はよ」

「……え、うん。あ…おはよ」


挙動不審のゆうこの頭をポンと撫でて、立ち上がる。


「ゆうこ今日仕事何時に終わんの」

「ん? えーっと夜8時くらい」

「じゃあそれくらいに会社の前まで行くわ」


そう告げると、ゆうこは綺麗な顔をふわっと綻ばせて、ありがとうとこぼして見せた。

それが可愛くてベッドに舞い戻ってしまった俺は、寝起きのゆうこに何度もキスを繰り返した。

いちゃついてる場合じゃない。

ゆうこは早く帰らないといけないし、俺も今日は朝からロケがあった。


その後に事務所に戻って、社長と話をしよう。

その日ロケの後に社長に話をしに行くと、社長の一言目は「失神しそう」だった。

それに申し訳ないと思いながら話をしていると、話を聞きつけたマネージャーが部屋に飛び込んできて、「倒れそう」と呟いた。

みんなに仰天されながら必死に説得した。


結局認めてくれないなら仕事をやめるって言ったのが一番効いたらしい。


脅しみたいでちょっと悪い気がするけど、そんな事を言っていたら一生結婚できないだろうからこれでいい。

結局今から一ヵ月に記者会見をすると言われた。

ドラマとか色々のスケジュールを考えて、一ヵ月先が限界と社長に言われて、それには了承した。

さすがに可哀想だしな。


前にMIZUKIと噂になったから多少好感度は下がるかもしれないと言われたが、俺のゆうこへの気持ちを電波で伝えたらその方が好感度は下がるに違いないとはっきり思った。

MIZUKIとは事務所やドラマの制作側が策略して、ドラマ前に偽装のカップルに仕立てられた。


というより、一度二人で飯に行けと言われて、そこには週刊誌のカメラマンを呼ぶからと、色々お膳立てをされて盗られたショットだった。

そんな事は世間に暴露できないけど、俺は別にいい。

ただ、世間が一般人のゆうこに触れず、優しく見守ってくれたらそれでいい。



――記者会見当日。

俺はもちろん一人で会見の場に立った。

ゆうこは一般人だから出てくる事はない。

一人だけの会見で、芸能人同士の会見じゃないのにこんなに報道陣が集まるって意味分かんね。

そう思いながらしっかり前を見つめて笑う。


最近必死になってゆうこと用意した指輪を付けて。

普通に考えたらこの上ないスピード婚だけど、俺は全然早いだなんて思わない。

ゆうこを好きになってもう七年以上。

この時間が短かったとは決して思わない。

後は二人で幸せになるしかないんだと思う。


「今日はお集まりいただいてありがとうございます。僕、ユキは一般の女性と結婚させて頂くことになりました」


そう言って花が開くように笑った瞬間、おかしいくらいのフラッシュが降ってくる。

喋ってからは質問の嵐だった。

たまにうっとうしい質問も飛びこむ。


『MIZUKIさんと最近熱愛報道されたばっかじゃないですか!?』


聞かれると思ってたからちゃんと準備してある。


「MIZUKIさんとはドラマの話で盛り上がって一度食事に行っただけです。俺は高校の時からずっと彼女だけが好きだったのでその点は心配ないです。あ、でもドラマは見て下さいね」


そう言うと、会場がドッと沸いて、しつこかった報道マンも大人しくなった。

ここがドラマを放送しているテレビ局だと知っているからだろう。


『ユキさんが高校の頃から好きって事は、その女性はそんなに素敵な人なの?』


その質問にふわりと笑って、指輪を撫でると、またフラッシュがたかれた。


「そうですね。ずっと手の届かない存在だったんで。大事にしていきたいと思ってます」


ゆうこを目の前にしないとこうも簡単に自分の気持ちを言えるものか……。

自分に呆れ果てそうになった。

生放送なんだからゆうこも今見てるに違いないんだけど、それでも全く緊張しない。

ゆうこの顔を見てる時の方がよっぽど緊張して言葉が出ない。


ほんとは、世界中の女よりゆうこが綺麗とか色々言いたかったけど、あんまり言うと本気でファンを無くすからその辺は空気を読んでおいた。




その日の夜中の二時に家に着いた。

記者会見の後の仕事が思ったより長引いて、せっかく家にゆうこが来ているのにこんな時間に……。


絶対寝てるだろうな。

ぶっきらぼうに玄関の扉を開くと、リビングから光が漏れていた。

ソファで寝てんのかなと思って部屋まで行くと、ソファに座っていたゆうこは録画された今日の記者会見を見ながら泣いていた。

ただ、その様子を見ただけで、可愛くて泣きそうになった。


ほろほろと頬を伝っていく涙。

一体ゆうこは何に泣いているのか分からないけど。

ただ、悲しそうではなかった。


「…………ゆうこ?」


ゆっくり声をかけると、俺が帰ってきた事に気付いていなかったのか、勢いよく振り返って俺を見つけた。

その瞬間、ごしごしと涙を拭こうとするゆうこの手を握る。


「どうした? なんで泣いてる?」


至近距離まで近づいて、顔を近づけてそう言うと、ゆうこは困ったように泣き笑いをした。


「ちかちゃんが私の為にこんな記者会見をしてくれたんだと思ったら嬉しくて」

「うん」

「嬉しくて泣けてきて、泣いてる自分が幸せだなと思ってまた泣けてきて」

「……うん」


いつもしゃきしゃき喋るゆうこが、しどろもどろになりながら伝えてくれる様子がいじらしくて。

この甘い時間が一生続けばいいのにと思った。

幸せを噛みしめるように綺麗な顔を眺めた。


「ずっとそばにいて。お願いだから一緒にいて」

「うん」

「私の事もっと好きになって」

「うん」

「好きって言って」

「うん好きだよ」


あまりの可愛さに返事をしながらたまらなくなって、ぎゅっと抱きしめた。


「離れられなくなったから離さないで」

「うん」


俺ももう離れられないよ。


「好きだから……ずっとっ」


嗚咽で話せなくなったゆうこの後頭部をきつく抱きしめて、震える声でうんと頷いた。

こんなに、可愛い。

きっとこんな幸せなプロポーズってない。

好きだ。

好きで好きでたまらない。

好きの気持ちでいっぱいになって、呼吸がしにくくなる。


「はぁ……」


大きくため息を吐いて、呼吸のしにくい体を慰めた。

俺のシャンプーの匂いがするゆうこが愛しくて、ちょっとだけ涙が出た。

それを、ゆうこが着ている俺が貸してあげたスウェットにこっそりなすりつけた。


「そっかぁ。私矢野祐子から麻生祐子になるのかぁ。なんか新鮮」


俺の耳元で笑いながらそう呟いたゆうこにとうとう俺は涙を誤魔化す事ができなくて、ぼろぼろと泣いてしまった。


あの矢野祐子。

誰もが触れる事の出来ない、とびきり綺麗で、とびきり優秀な女の子。

モデルになっても叶う事なんてないと思ってたのに。

矢野祐子が麻生祐子になる。

結婚制度とはなんて素敵なんだと笑いそうになった。

笑いながら泣いている俺に気付いて、ゆうこが困ったように笑った。

俺が守って行く女になる。


それだけでこんなにも人生が綺麗に見えるものか。

早くその世界を俺に見せてほしい。

きっとその人生は誰よりも幸せだ。


早く。

……早く。


「頼むから、早く麻生祐子になってよ」


駄々をこねるように言うと、ゆうこはくすくすと控えめに笑った。


「じゃあ今から婚姻届出しに行こうよ」


その素晴らしい行動力に涙がピタッと止まって、ゆうこらしさに笑いが込み上げた。

一人で誰よりも早く、強く、突き進んでいた高校時代のゆうこを思い出した。


笑った事に少し怒られたけど、昔と変わっていないその凛とした強さが好きなんだとそう伝えると、顔を赤くして本気で怒られた。

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