ゆうこfinal
今まで頑張ってきた自分を
褒めてやりたいと思った
だってこんなにも
幸せなんだから
―――――――――――
ちかちゃんの部屋に連れ込まれて、靴を脱いで大きなソファに腰掛けた。
ちかちゃんは私を強引に連れてきた割に、部屋の中をうろうろしていて、今は冷蔵庫の中をごそごそとあさっている。
冷蔵庫の中から、パックに入ったアイスレモンティーを出してきて、二つのグラスに注いだ。
氷を入れてくれて、テーブルに置いてくれる。
いつもの五倍くらい……優しい。
なんか調子が狂う。
「……ありがと」
「……ん」
この妙に沈黙が続く、気まずい雰囲気は何だろう!
一言声を出すのも勇気がいるこれはなんでだろう。
私たちが緊張しているからなのか。
高校の時、あんなにさんざん二人で黙って教室にいたのに、こんな気まずくならなかったし。
ああーもうやだ。
でも幸せ。私意味分かんない……。
でも、今でもちかちゃんが私を好きなんて信じられなくて、チラッと盗み見すると、ちかちゃんもチラッとこっちを見てきて。
そのタイミングがかちあって、バチッと目が合ってしまった。
それにかぁっと顔を赤くして顔を逸らす。
ちかちゃんはそれと同時にすくっと立ち上がった。
「俺、汗かいたからシャワーしてくる」
「あ、うん」
「先入って悪いな。出る時に、新しい湯溜めといてやるから」
「………あ、ありがと」
真顔でそう言うと、ちかちゃんはお風呂場の扉を閉めて消えてしまった。
てか、私もここでお風呂入るの?!
いやいやいや。
なんかあの人当たり前のように言ってたけど!
ありえない……。
ああー今からもう緊張してきた……。
「どうしよう~~~~……」
独り言を大きなリビングで呟く。
じっとしているのが耐えられなくて、何の目的もなく携帯をいじった。
確かに泣きすぎて顔は多分ひどい事になってるし。
走ってきたから若干汗ばんではいるし。
泊まったらお風呂に入るのも普通だと思うけど。
けど。
ちかちゃんの家でお風呂なんていきなりハードルが高すぎるよぉ。
だって、ということは、
お風呂からあがったらすっぴんなわけで。
スーツにまた着替えるわけにもいかないから、ちかちゃんの服を借りないといけないわけで。
ああー考えたら頭おかしくなりそう。
なにこの状況。
ソファにもふっと倒れこんで、ぼーっとしていると、しばらくしてがちゃっと扉が開いた。
「ゆうこ? 寝てんのか?」
そう言って、髪をタオルでわしゃわしゃしながら出てくるちかちゃんはあまりにも色気むんむんだ。
熱気を帯びて、顔はほんのり赤くなっているし、髪からはぽたぽたと雫が落ちてくる。
かっこいい。
じぃっと寝ながら見とれていると、「寝んなよー」と軽く笑われた。
寝れるか! と思いながら、お風呂借りるねと声をかける。
「ああ、もう風呂溜まってる」
「ありがと。……あの、服なんでもいいから貸してくれない? あの、さすがにスーツはやだし」
そう言うと、ちかちゃんはしばらく固まってから、「うん」とゆっくり呟いた。
ちかちゃんにTシャツとジャージの半パンを借りて、お風呂場に入った。
そこにはバスタオルも用意されていて、まだ湯気がこもってるお風呂場に目をやっては眩暈を起こしそうになった。
もたもたして脱いでいたけど、意を決してお風呂に入って、意を決してすっぴんになる決意をして、意を決してお風呂場から出た。
ガチャッと扉を開けると、ちかちゃんがさっき私が座っていた位置でソファにだらしなく腰掛けている。
テレビを見ているようだった。
扉を開けた音で、ちかちゃんはこっちを振り返って、それからなぜか手に持っていたテレビのリモコンを床にガタンと落とした。
「……リモコン落としたよ?」
「…………知ってる」
その言葉を聞きながら、バスタオルで髪を少しパンパン乾かす。
ちかちゃんのTシャツは大きくてぶかぶかだし、なぜか白を貸してきたせいでたまたま付けていた黒のブラは透けているように思うし、すっぴんは心なしか恥ずかしい。
ちかちゃんは私を見たまま固まっていて、今日はよく固まるなと思いながら、何がおかしいんだろと自分の体を下から上へと眺めた。
瞬きもせずに口を少し開けて固まっているちかちゃんに、手をぶんぶんと振ると、我に返ったのか唾をごくんと飲み込んだ。
「……………なんで黒なんだよ」
その言葉に、かぁっと顔が赤くなって、腕を胸の前でクロスする。
「み、見ないでよっ」
怒って言うと、ちかちゃんは見ないどころかずんずんと近付いてきて、私の腕を引っ張った。
その拍子にちかちゃんの胸にぽすっと入りこんでしまう。
背中に熱い手が添えられてドキドキする。
「お前が悪い」
そう言われて、熱に浮かされた頭で、ちかちゃんが悪いよ…とこっそり反論した。
「髪まだ乾いてないから服濡れちゃうよ」
焦ってそう告げても、離される気配はない。
「……うん」
やっと返ってきた返事は異常に頼りなくて、もうどうでもいいやと色んな事を諦めた。
バスタオルを床にパサッと落として、両腕をちかちゃんの背中に回すと、心臓の音が伝わってきてドキドキした。
「ゆうこ」
「ん?」
「俺にお前の風呂上がりは反則だわぁ」
力の抜けたように話されるその言葉に笑う。
「お風呂から出てくるの知ってたでしょ。想像つくじゃん」
「むり。想像なんかしてたら鼻血出る」
「……変態」
ちかちゃんはいつからこうやって、女の子として私を見てくれていたんだろう。
本人はさっき水無月さんと付き合ってた時からって言ってたけど、本当なんだろうか。
それだったら、私はどうしようもない鈍感だ。
今まで二人でどれだけ遠回りしたんだろう。
もうこんなすれ違いはこれっきりにしたい。
ちゃんと気持ちを伝えなきゃいけなかったんだね。
「ちかちゃん大好き」
首元囁くと、ちかちゃんが首をひねってくすぐたがった。
「……………髪乾かしてこいよ」
私の背中を行ったり来たりしていたかと思えば、私の頭をわしゃわしゃして体を離された。
「乾かしてよ」
じっと見上げながら言うと、ちかちゃんがへなへなっと力が抜けるようにしゃがみ込んで頭を抱えた。
「乾かすから。乾かすから、ちょっとの間放っておいて……頼む」
切羽詰まった感じに首を傾げながら、ソファに座ってバスタオルで髪をパンパンと叩いた。
チラッと後ろを振り返っても、まだ私に背をむけてしゃがみ込んだまま膝を抱えてじっとしている。
えりあしの部分から雫がポタポタと流れていて、ちかちゃんも髪をちゃんと乾かしていない事を知る。
ソファからすとんと降りて、ちかちゃんの後ろに回り込んで私のバスタオルを頭にかぶせてガシガシしてあげた。
「うおっ、なんだよ。びっくりした」
「風邪ひくよー?」
「俺引かないから。心配しなくていい。向こう行ってて」
何の根拠があってそんな事を言ってるんだろう。
芸能人が風邪なんてひいたり大変なのに。
替えがきかないお仕事なんだから、簡単に休めないのに。
「だめだよ。ちゃんと乾かさないと」
そう言って、わしゃわしゃしていると、ちかちゃんがビクッと震えた。
「ゆうこ! 今すぐ! あっち行って!」
いきなり牙をむいたかのように怒りだしたちかちゃんにビクッとなる。
「……なに?」
「……………もう~~~~お前胸当てんなってまじで……」
その声に顔がかぁっと赤くなる。
そんなつもりは……そんなつもりはなかったのに……。
そう言われたら確かにうつむいているちかちゃんの頭を拭こうと必死で、胸が背中に当たっていたかもしれない。
「ごめんね。ちかちゃん」
はっきりそう言うと、私の顔を見てはぁっとため息をついてから、すくっと立ち上がった。
「え? なに?」
戸惑った私を無視して、私をお姫様だっこで抱き上げると、そのままズンズン寝室へと歩いて行った。
私の長い髪からはぽたぽたと長い廊下の床に雫が落ちている。
でも、そんな事を気にせずにちかちゃんは寝室の扉を蹴るように開けて、私をベッドに放った。
電気が消えたまま、私の上に跨るようにしてのしかかってくる。
ちかちゃんの顔があんまり暗くて見えない。
目を凝らすようにまじまじと見ていると、ちかちゃんの前髪からぽたっと私の頬に水を落ちてくる。
それに反射的に目をつぶった瞬間、唇にふわっと柔らかい感触が走る。
「んっ…………ふぅん……ん」
いきなり塞がれた唇で、食べられるようなキスが降ってくる。
息がしにくい。
このキスをしている相手が他の誰でもなくてちかちゃんなんだと思うと、胸が潰れそうに痛くなった。
ちかちゃんの首に腕を回すと、舌で唇をなぞられて思わず口を開けてしまう。
その瞬間、火傷しそうに熱いそれが入ってきて、どうしても呼吸が荒くなる。
それはちかちゃんも同じなようで、静かな部屋に二人のはぁはぁという荒い息遣いがよく響く。
舌を掬われ絡め取られると、それを楽しむかのように撫でまわされる。
じゅっとやらしい音を立てて、吸われてしまい、体全体がビクッとする。
それに満足したのかちかちゃんは唇を離して、私の体の上に倒れこんだ。
のしかかる体重が心地いい。
少ししてちかちゃんは私の顔の両脇に手をついて、体を起こすと、私の髪の毛を綺麗な指で撫でつけた。
その指が移動して、頬を撫でて、首筋を撫でる。
犬や猫を撫でるようなものじゃない、いやらしい撫で方に体がブルリと震える。
「ち、ちかちゃん」
「ん?」
いつもより何倍も色っぽくてついていけない。
ドキドキしておかしくなりそうだ。
でもそう思ってたのは私だけじゃないみたいで、暗闇に慣れた目がちかちゃんを捉えると、それはそれは苦しそうな顔で私を見下ろしていた。
「どうしたの?」
あんな濃厚なキスをしてきたくせに、もう十分も私の顔周りを撫でつけたままだ。
一向に手を出される気配はないのに、私の上から離れる気配もない。
一応ちゃんと念入りに洗ってきたのにな。
不思議に思ってそう問いかけると、ちかちゃんがさらに苦悩の表情で私の頬をするりと撫でた。
「俺、これ以上無理……」
「え?」
「ていうか……もう限界」
何が? って聞こうと思ったけど、私に触れるちかちゃんの手がどうしようもなく震えている事に気がついた。
それを横目で見てからぎょっと目を見張る。
どうして?
私がそう思ったのに気付いたのか、ちかちゃんは自分の片手の手首をぎゅうっと握って、どうしようと呟いた。
「まじ……手震えてどうしよう……怖い、お前に触んの怖い」
思わず体を少し起こして、ちかちゃんの手を握る。
「どうして? なんか嫌だった?」
首をぶんぶんと横に振るだけのちかちゃんは子供みたいで、何がなんだか分からないけどこっちまで不安になってくる。
「あの、さ、一生やらなくていい?」
その言葉に少しの間ぽかーんとなる。
やらなくていい? って言うのは、その、エッチをしなくてもいいかってこと?
一生?
なんで?
「え……なんで? さっきまで普通だったし……」
「俺情けない……。けどゆうこに触る勇気が出ない。心臓壊れそう」
その不意打ちな言葉に心臓がぎゅうっと締め付けられる。
どうして。
どうして、そんなに私の事好きなのよ。
知らないよ、そんな可愛いちかちゃん。
「大丈夫だよ、ちかちゃん。私逃げないし。それに一生できないのはやっぱやだよ」
そう言うと、ちかちゃんはハッと息を飲んでから、顔を真っ赤にして両手で顔を覆ってしまった。
「何してんの、ほんと。私も恥ずかしくてたまらないけど、ちかちゃんとエッチしたいよ」
そう告げると、ちかちゃんは指の隙間から私を見て、また零れそうな告白をしてくれた。
「どうしよう………好きで、どうしよう。死ぬかも」
そう言ったちかちゃんの手を握って、私の胸にあてると、ビクッと全身をおおげさなぐらい震わせた。
手は私の胸から離れていこうとして、そんなに嫌なのかとかえって泣きたくなった。
「もういいよ。ちかちゃんのばか。恥かかせないでよ」
今度は私が両手で顔を覆う番だった。
そうした私をちかちゃんにしばらく放って置かれたけど、手を無理やり外された。
「ごめん、ゆうこ。今からお前抱いてもいい?」
決心が決まったのかはっきり言ってきたちかちゃんに、顔を真っ赤にしながらこくっと頷いた。
そんな私を見て、唇を近づけたちかちゃんと長いキスをした。
漏れる呼吸がお互いを興奮させて、キスをしながら体を擦りつけ合った。
ちかちゃんの大きなTシャツをめくられて、片手を回してブラを外される。
Tシャツを脱がされて、それと同時に荒々しくブラもはぎとられた。
今ちかちゃんが見てるんだと思うと恥ずかしくてたまらなくなって、思わず目をぎゅっと瞑る。
「大きくないからあんまり見ないで」
「はぁ……どうしようまじで。俺見てるだけで心臓もあそこももう持たないかも」
いきなり下ネタ。
少し笑った私にちかちゃんがキスを降らせて黙らせた。
その後何だかんだ言いながら、何度も中断しながらも、幸せな甘い蜜を吸うように体を重ねた。
事を終えて、ちかちゃんの隣にごろんと寝転がる。
大きなTシャツだけは恥ずかしくて着たけど。
「ちかちゃん。お願いがあるんだけど」
ちかちゃんは全力疾走をしたような荒い息をしながら、私の隣に横たわる。
その瞳の奥には、まだ欲望がかげっていて、ゾクゾクと体が震えた。
「なに? お願い?」
それに「うん」ってうきうきとして頷く。
付き合えたら、ちかちゃんとこうなれたら、絶対言おうと思ってた。
こういう関係になれないと思ってたから、夢のように思ってただけだけど。
「結婚したい。ちかちゃんのお嫁さんになりたい」
顔を真っ赤にしながら告げると、顔を少しの間じっとのぞきこんで来た。
黙ったまま、静止しているちかちゃんの瞳をじっと見つめる。
もう欲望の色は消え去って、ただ私をまっすぐに見ていた。
一分くらい経っただろうか。
いきなり腕を引っ張られて、ちかちゃんの胸の中におさまった。
「なに、お前。信じらんねぇ……そんなの…………」
「え?」
「結婚したいに決まってるだろ……。もうこれ以上殺すなよ」
意味の分かんない事を言うちかちゃんだけど、嬉しい事を言ってくれたんだと分かって、頬がゆるゆると上にあがった。
「幸せ~……」
そう呟く私の横顔をじっと見て、手をぎゅっと握られる。
「明日事務所に行ってくるから。もうちょっと待ってて」
いきなり男らしくなった真剣な言い方にこくりと頷く。
好き。好き。だいすき。
「ゆうこの事。絶対幸せにするから。絶対大事にするから」
「うん。ありがとぅ……」
真剣な瞳を見つめて返事をしながら、泣き笑いになった。
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