ゆきちか2023

あいつを見つめるように

見つめられたかった

あいつに笑いかけるように

笑ってほしかった

あいつを愛するより

愛してほしかった

―――――――――――――


俺にしとけよと血迷って吐いた言葉に、車内の空気が凍りついたように感じた。

長い間何も喋らないゆうこに、俺のメンタルはもうこれ以上耐える事が出来なかった。


冷静に拒否をされることしか想像ができなくて、思わず体を離して車を走らせた。

心臓がいまだバクバクしていて、いつもよりぎゅっとハンドルを握って、手が小刻みに震えているのを誤魔化した。


振られたくない。

その想いが強すぎて、俺はどこまでへたれになっていくんだ。

自分の告げた言葉に責任も持てないほど、ゆうこを好きになっていて。

できれば、ゆうこが全て忘れてくれたらいいと、何もなかったかのようにふるまってくれたらいいと思った。

それだけを外の景色を見ながら、ひたすらに願った。


自分が恥をかくのが嫌で、それ以上にゆうことの関係に明確なピリオドを打たれるのが怖かった。


「さっきの言葉って………どういう意味?」


それを聞いてきた時のゆうこは、笑いながらも何か覚悟を決めた顔で。

俺はそれが怖くて仕方なかった。

ゆうこは俺の返事次第では、俺を拒否して会ってくれなくなるんだろう。


だって、ゆうこは俺が無害で、友達で、乱さない奴だから傍においてくれていたんだ。

友情以外の情を抱いていると知られたら、警戒されて、会ってくれなくなる。

それが怖くて、必死に嘘をついた。


その後のゆうこは忘れられない。

泣きながら、俺に意味不明な言葉を投げつけた。

ゆうこがいなくなった車内で思い返す。


『もう好きなのやめる』


やめるって事は、好きだったって事?

いやでも、ゆうこが?

まさかそんなことはありえない。

彼女は、俺が到底手の届かない位置にいる女の子だ。


いつだって、俺は賞賛され続ける彼女を遠くからじっと見ていた。

そして、たまに微笑んで俺を手招いてくれるゆうこに心から幸せを憶えたんだ。

それだけで俺は他の奴らより、ゆうこにとって特別だって優越感を抱いた。


だから、ありえない。

でも、そのわずかな可能性にすがりたいほど、俺はゆうこが好きだった。


目についたコインパーキングに無理やり車を停車させ、置き去りにして、走ってゆうこを追いかけた。

ゆうこの家までの道をただひたすらに全力で走った。

そして、曲がり角を曲がった瞬間に、愛しい人が目に入る。

俺の住んでいた懐かしい施設を見上げて、ぽろぽろと涙を流していた。

それを見て、胸がぎゅうっと締めつける。

さっき見出したわずかな可能性にまた少し光が差し込む。


ゆうこは俺の事を好きなのかもしれない。

そんな愚かな可能性を信じ込めてしまうほど、ゆうこは悲しそうに泣いていた。

足の速い彼女を追いかけて、問い詰める。


「俺のこと、すきなの?」


それを聞いた瞬間、ゆうこは顔をかぁっと赤くして、俺に至福の言葉を与えた。


「……すきだよ。ずっと。高校の時からずっとすきだった」


透き通るような容姿の綺麗なゆうこ。

そんなゆうこに、夜空を明るく照らす月の白い光が、祝福するようにまばゆく照らしつける。

全てのものが彼女を愛しているように見えた。

天使みたいだと思った。


そこでふと笑いそうになる。

神様だと言ったり、天使だと言ったり。

どれだけ彼女を手の届かない存在にしたいのだろう。

こんなにも近付きたいと思っているのに。

こんなにも近くにいて、俺を想ってくれていたというのに。


自分の無知さに腹が立つ。

天使が俺の元へ来てくれたという、普通じゃない状況に、俺は一生味わえないほどの幸福を味わう。

こんなに幸せでどうしよう。


そう思った瞬間、強烈な痛みが胸を襲って、勝手に涙がぼろぼろっと同時に何粒を零れおちた。

涙は全然思うとおりになんてなってくれなくて、俺の瞳からただただ零れ続ける。


それを見てゆうこがびっくりしているのが目に入る。

分かったか。

俺がこんなにもお前を好きなこと。

もっと分かればいい。


どれだけ俺がお前の事を好きか思い知って、笑えばいい。

笑ってそして、馬鹿にして、愛してほしい。


今すぐこの胸に抱きしめて、綺麗な髪を撫でつけて、真っ白な細い手を握りたい。

そんな事ばかりを考えてる俺。


お願いだから、そばにいて。

頼むから、俺を見てよ。

絶対に幸せにするから。

なんでもするから。

お願いだから、頼むから、好きになってよ。


そんな言葉にできない想いを何度、何年、心の中で繰り広げたか。

何度そのどこにもいけない想いに涙したか。


俺の勝手な醜い想いは、ただのわがままだったのに。

こんな俺をゆうこは好きになってくれたのか。

そう思うだけで、今まで限界だと思ってた愛しさはその何倍にも膨れ上がった。


俺に目線を合わせてしゃがみ込んだゆうこの細い腕を引っ張って、胸の中に抱きしめた。

これで抱きしめるのは、三回目。

うわ、数えてる俺ってきも。

まじきもい、俺。

でも、抱きしめて幸せな気持ちになれたのはこれが初めてだ。

嬉しい。

近付いたゆうこから、ローズの甘い香りが香ってくる。

近付かなければ分からない控えめな香り。


それを知っていることにこの上ない幸せを感じる。



「………好きだ」


言葉にすると、さらに気持ちが募る。

これ以上募らせてどうするのだと心の中の俺が、戸惑っているのを感じて笑いそうになった。


「………ほんとに?」

「うん」

「そんなの、信じられない。うそついてるの?」


なんでそうなるんだよ。

嘘で泣く男がいるかよ。


「なんでそう思うんだよ」

「だって、ちかちゃん俳優になったんでしょ。きっと嘘も上手になった」


そんな戸惑っているゆうこが愛しい。

堪え切れない気持ちをごまかすように、ゆうこの髪に指を差し込んでくしゃくしゃと撫でまわした。


「ずっと好きだった。水無月と付き合ってた時からずっと」

「……ばかじゃない」


ゆうこらしいその言葉に笑いがこみ上げてくる。

そうだ、馬鹿だよ。

お前しか見えてない馬鹿だ。


「ゆうこ」

「なに」

「俺のものになってよ」

「……………うん」

「俺だけのものになれよ」

「……うん」

「お前分かってんのかよ、俺だけのものだぞ」

「うん知ってるよ」

「死んでも離さねぇぞ?」

「いいよ」

「ああー……俺まじで好きすぎてどうしよう」

「私もすき」


甘えたようにこてんと頭を肩に預けてくるゆうこの後頭部をぎゅっとおさえた。

あの、矢野祐子が俺をすきだという。

それだけで、こんなにも世界が綺麗に見えるものか。


「すき。だいすき」


なぜかゆうこが俺に大サービスをしてくる。


なぜ?

そう思った瞬間、高校時代のゆうこを思い出す。

そうだ。

水無月と一緒にいた時のゆうこは、ひどく可愛らしくて、盲目だった気がする。

あの男の甘い言葉に喜んで、顔を赤らめて、いつものゆうこじゃない普通の女の子の表情をしていた。

そう考えるとだんだんイライラしてくる。

やっぱりあの男むかつく、許せねぇ。


「……………水無月死ね」


ぼそっと口にすると、胸の中にいるゆうこが不思議そうに首を傾げる。


「なんでいきなり水無月さんが出てくるの?」

「別に。むかつくだけ」

「水無月さんはちかちゃんを悪く言ってなかったよ。私が別れを告げた時だって、ちかちゃんの事悪く言ってなかった」

「は?」


俺の機嫌を損ねたと感じたのか、ゆうこが体を離してフォローをしてくる。


「だって、私ちかちゃんが好きだから別れるって言ったんだもん」


今更知った驚愕の新事実に、ぽかんと放心状態になる。


「………早く言えよ」

「片想いだって思ってたから」


それにはぁっとため息を吐いてゆうこを見つめると、ゆうこは俺の顔を至近距離で見て、ん? と可愛らしく首をかしげた。


「…………もっと俺の事好きって言え。水無月に言った百倍言え。俺の知らない間に他の男にも言ってたなら、そいつの住所と名前も言え。殺してやる」


くすくす笑うゆうこは、俺の顔をじっと見て、一言好きだよと囁いた。

誤魔化された気もするけど、それ以上問い詰められないほど幸せで、体が溶けるかと思った。


そのまま、なぜかぐっと背伸びをしたゆうこは、俺の頬に手を添えて、ちゅっと音のなる可愛らしいキスをよこして見せた。


「……………しちゃった」


その言葉に、俺の心臓が持って行かれたのは言うまでもないよね。

この女! ほんと!

どんだけ乱したら気が済むんだよ!

ほんとこの子やだ!!

俺こんな小悪魔とやっていける気しないんですけど!!


そう思いながらも、俺の男心はかなりくすぐられて喜んでいて、立ち上がってぐいっとゆうこの手を引いた。


「なに?」

「今日、俺ん家泊まれよ」

「え、でも明日も仕事……」

「知ってる。泊まれよ」

「……うん」


恥ずかしそうに頷くゆうこの腕を引いて、さっき走り抜けた街並みをゆっくり引き返して歩いた。

置き去りにしていた車に乗せて、マンションに着いて、部屋まで入れてから、俺はどうしようもなく自分が馬鹿なことに気付いた。


七年間想い続けていたゆうこに、俺は手を出すことが到底できない。

いやまじで。

さっきキスしただけでも心臓壊れそうだったのに、それ以上なんて俺マジで死ぬと思うもん。

でも、ゆうこに触りたい気持ちもすごくあって。


俺の中で両意見が戦った結果。

今日が終わったら死んでも仕方ないと思う事にした。

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