ゆうこ2023
神様はきっと
後悔している私に
最後のチャンスを
くれたんだね
―――――――――
ちかちゃんから離れると決意して一ヵ月が経った。
しばらくはちかちゃんから電話がかかってきたり、会社の前で待っていたりされたけど、もうすっかり無くなった。
最初は何度も電話に出たくなったし、会社まで来てくれているのに申し訳ないという気持ちもあった。
でも、一度無視をすると、次に電話に出るのが出にくくなって、会うのもだんだん会えなくなった。
反応が怖かったし、正直もう会って辛い思いをするのが嫌だった。
全く脈の無いまま、会うってこの上なく辛い。
だから私は高校の時と同じく彼から逃げて、楽な方へと流された。
会社の鈴木さんとは付き合ってるわけじゃないけど、週に一回ほどご飯を食べに行くくらいには仲が良くなった。
このままいくと鈴木さんと付き合うのかな。
最近ご飯行ったら付き合いたいって言われちゃったし。
でも、頭の中には、まだずっとちかちゃんがいて、それがまだ取りはらえそうにない。
そんな中、朝会社に行く前のワイドショーで驚愕の内容が放送された。
いつも楽しみに見ている朝の情報番組。
そこの芸能コーナーで紹介されたものは、私に会社を休ませるほどの威力を持っていた。
「ビッグニュースです! あの大人気モデルのユキと、人気女優のMIZUKIが高級レストランで目撃です! いやーびっくりですね。全国の女性は悲しいんじゃないでしょうか?」
安っぽいコメンテーターのセリフにいちいちイラついていられるほど冷静じゃなかった。
私は正直今の今までちかちゃんが誰かと付き合っているのを見た事がない。
高校の時は、女の子と楽しそうに話していたりしたけど、放課後はどうしてたか知らないし、彼女がいると聞いた事もない。
噂でもそんな事は流れてこなかった。
特定の彼女を作らないんじゃないかなぁとクラスメートたちが話しているのを聞いた事がある。
こういうスキャンダルはユキとして活動してきて四年が経って初めての事だった。
「ユキさんはとうとうドラマデビューが決まっていますし、しかも共演女優はMIZUKIなので、そこで共演して芽生えた恋かもしれませんねぇ。またこの話題で視聴率は上がりそうですね」
「ユキさんもMIZUKIさんもこれがスキャンダル初めてじゃない?」
「そうですねぇ。それくらい真剣って事でしょうか? ちなみにレストランで料理を楽しんだ後は二人でタクシーに乗ってどこかに消えて行ったという事です」
そこまで聞いて、テレビを消した。
マスカラを塗っていた手を止めて、手をだらんと落とした。
涙もろくなった自分に、笑いさえ込み上げてくる。
「ふふっ………ふっ…うっ……」
涙をこすってもこすっても込み上げて来て、自分には泣く資格はないのだと自分を戒める。
ちかちゃんから逃げた自分が、嘆く資格はない。
化粧をするために前に置いた鏡に自分の顔を写る。
マスカラを塗った瞳からぼろぼろとグレーの涙が落ちてきて、その自分の顔の醜さに思わず目を瞑った。
MIZUKIは綺麗な人だ。
女優さんなのだから。
私が勝てるはずもない。
ちかちゃんに頑張れなかった私が、比べちゃいけない。
ただのファンは自分と女優を比べる事自体、おこがましいのだ。
違う世界に存在する二人として、うらやましいと思えばいい話だ。
でも、どうしてもそう割り切れないのは、一か月前ちかちゃんと会っていたからだ。
携帯の連絡先にちかちゃんの文字があるからだ。
高校の放課後、二人で過ごした三年間があるからだ。
でも。
そんな事考えてもどうしようもない。
だって、あんなに長い事一緒にいて、何もなかった。
私たちの間には何もなかったんだ。
たまに手が触れるだけで喜んでいる私と、ちかちゃんの間には。
かろうじてあった友情も私が消した。
嘆く資格はないと思いながらも、後悔と絶望ばかりが襲ってきて、その日は到底会社には行けなかった。
風邪で休みますと言うと、泣いて鼻声になっていたのかあっさり信用してくれた。
課長はゆっくり休みなさいと優しく言ってくれて、余計に罪悪感が沸いた。
本当にどうしようもない。
二十二にもなって、失恋したぐらいで会社を休むなんて最低だ。
高校の時、最後の大事な晴れ舞台でも泣いた自分を思い出して、成長のなさにさらに涙が出た。
その日の夜に鈴木さんから電話がかかってきたけど、それを取る気にもなれず放っておくと、心配してそうなメッセージが入っていた。
罪悪感で埋もれそうだ。
鈴木さんに電話しなきゃと思い、電話をかける。
十コールくらいで電話が繋がって、罪悪感からか私一人でべらべら喋り出してしまう。
「あ、もしもし鈴木さんですか? あの心配かけてごめんなさい。風邪はもうだいぶ良くなったんで大丈夫です」
「……俺、鈴木さんじゃねぇんだけど」
心臓が止まったかと思った。
一瞬、息が止まって、そのあと心臓がぎゅうっと痛くなる。
喉がひゅっと音を立てて、本当に喉って音を立てるんだなんて馬鹿な事を頭の隅で考えた。
「あ、え、あ……ちか、ちゃん?」
それから始まる沈黙が痛くて、どくどくとおかしいくらいに心臓が音をたてた。
「間違えて掛けてる。もう番号消しとけよ。必要ないだろ」
そう言ってぷつりと切られた通話。
ツーツーと冷たい機械音が流れて、ゆっくりと耳から携帯を離した。
あんなに冷たいちかちゃんは初めてだった。
再会した日も怒ってはいたけど、あんなに冷たくなんてなかった。
私の事なんてもうどうでもいいって言うのがありありと伝わってきて、無くなった関係に泣きそうになる。
風邪だって言ったのに心配もしてくれない。
そりゃそうだ。自分が徹底的に避けたくせに。
そんな事で落ち込む自分が情けない。
ちかちゃんの事を考えながら鈴木さんに電話しようとなんてするから、こんな事になったんだ。
本当に情けない。
その日は、後悔と失敗ばかりが頭の中を占めていて、ベッドに入ってもなかなか眠れなかった。
鈴木さんに電話をする事なんてすっかり忘れていて、次の日に心配した鈴木さんからまた電話がかかってきたのだけれど。
休んだのが金曜だったから、土日の休みに買い物に出かけた。
女友達と服を大量に買い込んで、ストレスを発散した。
でも、それでもやっぱり心のもやもやは取れなくて、見ないようにしたテレビと雑誌が無性に目についた。
火曜日の会社もさんざんだった。
月曜のドラマを見たという愛子さんがドラマの内容を喋り出すものだから、耳を塞いで、ペンケースを投げつけたい気持ちになった。
「もうユキのかっこよさやばいのよー! キスシーンとかもあったりしてやばいやばい! あんな人と一度でいいから会ってみたい! やっぱり会社に来た時怒られてでも見に行けば良かった~」
それにはぁっとため息を吐く。
キスシーン……。
私はちかちゃんともしそんな状況になったら、きっと死んでしまう。
心停止か呼吸困難できっと死んじゃうだろうな。
別に死んでも構わないけど。
そう思うと、鈴木さんにはそういうときめきなんて全くない気がする。
キスをしようと思えばできるかもしれない。でもしたいと思わない。
ちかちゃんを好きな気持ちの十分の一もない気がして、気が滅入った。
この先恋愛できるのだろうか、一生このままだったら泣きたいよ。
その日、愛子さんに誘われて二人でイタリアンを食べに行った。
その帰りに、どうしても家に帰りたくなくて、視界に入った隠れ家的なバーに入りこむ。
たまには酔って、現実を忘れてみるのもいいかなぁっと思ったんだ。
「こんばんは。何飲みます?」
「酔えそうなカクテル作って下さい」
にこっと笑って言うと、バーのマスターは一瞬びっくりしてからまた営業スマイルに戻して、分かりましたと囁いた。
「それにしても綺麗ですね。彼氏いるんですか?」
「いないですよ~最近失恋しちゃいましたし」
「それで酔いに来たんですか?」
「そんな感じです」
何だか口説いてきそうな雰囲気のバーのマスターを無視して、お酒を飲み続けた。
目が回る。
くらくらして気持ちよくて、一度トイレに立ったら余計に酔いが回ってきた。
席に戻ってくる頃には、方向感覚も平衡感覚も失っていて、だんだん眠くもなってくる。
やっぱりお酒に弱いのに、こんなに飲むのがいけなかったんだ。
だめだ、眠い。
ちょっとくらい寝てもいいかな?
「おーい、もう帰った方がいいんじゃない? 終電なくなっちゃうよー」
ふわふわした中で声が聞こえる。
「んー……」
「おーい、寝ちゃったら俺ん家に連れて帰るよー?」
「んー……やだぁ……」
「やだじゃないよ、もう。連れて帰るよー?」
遠くなっていく意識の中で、声だけが聞こえる。
「拓也さんおっす。なに? 酔いつぶれてんの? その子。お持ち帰りっすか?」
「おお、ユキちゃん。いや、あんまり綺麗で好みだから、あわよくば的なね」
「へぇー拓也さん綺麗系が好みかぁ」
「いや、好みとかじゃなくても、この子はみんなが持ち帰りたいと思うけどねぇ」
「ははっ、どんな女だよ。顔見てぇー」
「でも最近失恋したっていうからねぇ、この子を振る男がどんなのか知りたいよね」
「ふうん。どんな顔か見てやろ」
肩をトントンと叩かれる。
でも、どうしても目が覚めない私は、んー……と唸った声だけで返事をする。
「…………は?」
「なに、どうしたの。ユキちゃん」
いきなり両肩を掴まれて、がばっと乱暴に顔をあげられると、無理やり座る形にされてしまった。
目をうっすら開けると、なぜかちかちゃんがびっくりした顔で私の顔を覗き込んでいた。
「……はぁ? なんで、ゆうこがここに?」
「え? この子ゆうこちゃんって言うの? てか知り合い!? やっぱモデルとかなのか? 綺麗だもんなぁ」
ちかちゃんに頬を緩くパンパンとはたかれる。
「ちかちゃんだ。久しぶり」
酔っているせいか、にへらと笑ってちかちゃんを見た。
バーのマスターが、「ちかちゃん!?」となぜかびっくりしているのが目に入る。
ああー、そっか。
外ではちかちゃんって呼んじゃだめだったんだっけ?
「お前、こんなとこで何してんだよ! ほら送ってくから。帰るぞ!」
ちかちゃんに腕を引っ張られて、無理やり立たされる。
そのまま、引っ張って行こうとするけど、足に力が入らなくてがくんと膝から崩れ落ちた。
「あーあぁ、その子だめじゃん。べろべろ」
そう言って、バーのマスターがカウンターから出てきて、私の脇の下に手を入れて起き上らせようとする。
「触んないで、拓也さん。俺がする」
ちかちゃんがなぜか怒って言うから、マスターがびっくりして手を離した。
「ユキちゃん。この子だったんだね」
回っていない頭でぼーっと会話を聞く。
「ほら、ゆうこ。起きろ。帰るぞ」
うずくまったままで、立っているちかちゃんを見上げる。
きっと酔っているせいで顔は火照っていて、目がなぜか潤んでる。
こんなに酔った事ないから分からないけど、酔ったらこうなるのかな。
そう思いながら、じっとちかちゃんを見た。
「帰んぞ、酔っ払い」
「やだっ帰りたくない」
だって、帰ったらもうちかちゃんに会えない。
酔っているせいで、それを主張できるくらいには、いつものプライドはなくなっていた。
それを言った瞬間、ちかちゃんがいきなり顔を赤くして怒ったような顔になる。
「なんだ、お前。酔ったら誰にでもそんな事言ってんの? 馬鹿じゃねぇの」
「うぅー……しんどぃ」
「飲みすぎだ、ばか。お前もう飲酒禁止な」
ちかちゃんは私の鞄を片手に持って、膝の裏に手を差し込んで背中を支えた。
あ、ふわふわする。
ちかちゃんにお姫様だっこをされているんだと嬉しくなって、頬をちかちゃんの胸に擦り寄せた。
「なっ、お前何してんだ。ばか。それ以上近付いてみろ。降ろすぞ!」
怒っているちかちゃんの理由を考える事が出来なくて、胸にぎゅっと頬をあてて眠りについた。
「んー……」
「やっぱお前まじで飲むの禁止。犯すぞばかゆうこ」
そのまま、ゆっくりと気持ちいい眠りに落ちた。
夢にはちかちゃんが出てきて、現実では見せてくれない綺麗な笑顔を見せてくれた。
そして、私は次の日の朝、起きて心底後悔する事になる。
だって、目覚めたら見た事のない部屋にいたんだから。
その部屋のソファにはちかちゃんが眠っていたんだけど。
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